21 圧倒
外もすっかり暗くなり、ロビーにて待機する。
待ち人は未だ現れず。
徐々に不安が増してゆく。
「ホントに来るんでしょうね?」
「どうだかな」
酔っ払いの戯言……という印象は受けなかった。
まともに会話は成立していたような気はする。
まあ、気はするだけなんだが。
「やはり待つだけというのは、どうにも性に合いません」
「ワシが言えた義理でもないが、少々落ち着いてはどうかな」
「今この瞬間にも、命が失われようとしているかもしれません。どうして冷静でいられましょう」
「そ、そうだねぇ。すまなかったよ」
「おい、絡むな。俺らだけじゃ助け出すのは無理なんだ。いい加減、理解しろ」
「ですが!」
「あーはいはい、アタシらで揉めても仕方ないでしょ」
「……ふぅ。少し近くを見て回ってくる。場所が分かってねぇ可能性もあるしな」
「ならばワタシも。ジッとなどしていられません」
「いやいや、顔も知らねぇだろうが」
「構いません。気分転換がしたいだけです」
「アタシだけ置いてくつもり? 連れてきなさいよ」
「全員で出てったら、入れ違いになるかもしれねぇだろうが」
「行ってきなさい。ワシが残っておるよ。もし訪ねてきたら、引き留めておくから」
「悪いな。頼むぜ」
2人を引き連れて宿を出る。
「──おう、女連れとは、これからデートか? 何とも間が悪いな」
「やっと来たのかよ。随分と待ったぜ」
数歩もせず、バッタリと出くわした。
「……ちょっと、何者よコイツ」
「力量がまるで測れません……これは想像以上に……」
「あ? 2人してどうしたんだ?」
「どうする? しばらく時間を潰してきたほうがいいか?」
「何言ってんだよ。アンタを待ってたっつったろうが。ちょうど探しに行こうとしたとこだったんだよ」
「そんなに遅れたか? まだ宵の口だと思うがな」
「つーか、ホントに一人で来たんだな」
「そう言っただろう。オマエさんの連れには、警戒されてるみたいだがな」
振り返ってみると、2人の表情が強張っていた。
よく見れば、薄っすらと冷や汗すら滲んている。
「……どうしたんだ?」
「とんだ化け物よコイツ」
「ですね。ワタシたちよりも、遥かに格上なのは間違いありません」
「随分な言われようだが、まあ、褒められたと思っておくか」
「……そんなに強いのか?」
「普通、どんな奴だって、何となく強さが分かるものよ。けど、コイツの場合は……」
「さっさと向かわなくていいのか? それとも、まだ続けるか?」
「いや、さっさと済ませちまおう。一旦、憲兵の詰め所に寄ってから、取引場所に向かう」
コイツが強いのは当然のこと、分かり切ってる。
何せ討伐組なのだ。
俺らからすりゃ、魔獣と同じぐらいの脅威に違いねぇ。
問題なのは、他の討伐組と比べてどうかってとこなんだろうが。
夜道を揺られながら進む。
「憲兵と一緒じゃなくて良かったのか?」
「連中がいても邪魔なだけだ。保護はともかく、捕縛には役に立たんさ」
コイツを見た瞬間、憲兵の態度が一変しやがった。
組合の時といい、知名度は高いらしい。
「それよりも、さっきの話だ」
「どれのことだよ?」
「木箱にオマエさんが潜むってヤツだ。止めとけ、どうせ無駄だ」
「んだよ、次から次へと却下かよ」
「触れた相手に魔術を掛けるつもりだったんだろ?」
「……ああ、そうだよ」
「経験を積んでる連中ほど、そういったもんには敏感になる。初見殺しにこそなっても、二度目以降は通用しないってのは覚えとくべきだぜ」
相手が触れてくること前提だったからな。
そもそもが警戒されて触れて来ないってんなら、話は変わってくるんだろうが。
「けどよ、獣人は魔術を使えないってのは常識だろ? なら、偽装さえしてれば、触れて来るんじゃねぇのか」
「組合でも話したろ? この地区で、獣人を丁重に扱うはずもない」
「そうかい、わーったよ」
所詮は浅知恵だったわけか。
「オマエさんたちは、御者の護衛をしてくれるだけでいい」
「そうはいきません。相手の数が不明な以上、予想よりも多ければ──」
「ならハッキリ言おう。足手まといだ。大人しくしててくれ」
「アンタ、随分な自信よね」
「信用できないか?」
「そうね。一人で敵うのかっていうのもあるし、どうして協力してるのかも分からないわ」
「他区から来た御上りさんは、大体が先達からの手痛い洗礼を受けるからな。いわゆる老婆心みたいなものだよ」
「せんれい? どういう意味よ?」
「この地区に来る戦士団は、大抵が魔獣討伐目当てだ。そして、これまた大抵の連中は実力を伴っていない。結果、先達からは煙たがられるわけだ」
「邪険にされるってこと?」
「ガラの悪い連中も多い。目の届かないところで何をしているやら、さ」
「随分と治安が悪いみたいね」
「必然的に古参の戦士団が幅を利かせることになる。無駄な自尊心ばかりが膨れ上がってるのかもな」
しっかし、物怖じしない奴だよな。
不信は抱いてるみてぇだが。
エルフなんざ、睨んですらいるってのに。
「──もうすぐ着くよ。準備しといてくれ」
さて、いよいよ一連の事件の決着かね。
王都から、随分と振り回されてきたんだ。
いい加減、終わりにしたいもんだぜ。
到着したのは、町外れもいいとこ。
周囲には、ある一つを除いて建造物すら見当たらない。
その唯一の建造物が、煌々と辺りを照らし出している。
「此処は……第一門辺りか?」
「何よそれ?」
「北壁には第一から第五まで門が設置されてる。第一は西、つまり帝国領側に当たる」
これが北壁。
何を想定しているのか、どれだけ高いか窺い知れない。
「そんなに門があって、強度的に大丈夫なわけ?」
「むしろ必要なんだ。魔獣を防ぐだけでなく、定期的に減らさなければ、それこそ壁が破壊されてしまう」
「門に警備は就いてねぇのか?」
「居るはずだ。それも昼夜問わずにな。第一門は他と比べて、魔獣の襲撃回数が異常に多い。それだけ待機してる連中も多いはずだ」
「こんだけ明るきゃ目立つよな。ホントに場所合ってんのか?」
「この先に洞窟があるんだよ。取引場所はそこだよ」
「洞窟だと? まさか、こんな壁のすぐそばに廃坑道があるのか?」
「そう言えば、鉱山業が盛んだって習ったわね」
「珍しく覚えてたんだな」
「珍しくとは何よ!」
「大声は控えろ。既に監視されてる」
「……そう? アタシは何も感じないけど。エルフはどう?」
「ワタシにも感じられません」
「視線が増えたな。どうやら、場所に間違いは無いらしい」
「ワシを疑っておったのか?」
「可能性なら幾らでもある。まだ内通者って線も残ってる」
「おいおい、勘弁しとくれ」
揺れが酷くなる。
この辺りは道が整備されてねぇのか。
明かりから遠退いているのだろう、次第に暗さを取り戻してゆく。
「あ」
「む」
不意に、2人が声を上げた。
「確かに居るわね」
「ええ。人数は……5人でしょうか」
「残念。それだと最初に監視してた連中が漏れてるな。外に居るのだけで8人だ」
……俺にはサッパリ分からねぇんだが。
「なら、監視してる奴らはどうするんだ? 逃げられちまわねぇか?」
「この距離でか? それはあり得んさ」
いや、どの距離だよ!
分かんねぇっての!
「──馬車を止めろ」
外から聞き覚えの無い男の声がした。
すぐに馬車が止まる。
「此処に来た目的は何だ」
「へぇ、ワシはただ荷を運べと言われただけでして」
「何を運んでいる」
「木箱です。中身は知らんです」
「ならば、荷を置いて立ち去れ」
……これは、本当にいつも行われている取引なのか?
何だったら強盗の類いに思えるんだが。
「後、馬車内に潜んでいる連中。オマエらも出て来い。命が惜しくば、妙な真似はしないことだ」
野郎に視線を送ると、黙って頷かれた。
取り敢えずは、大人しく指示に従っとけばいいらしい。
と、外へと真っ先に跳び出して行った奴がいた。
「キサマら! 獣人を何処へやったのですか! 事と次第によっては、キサマらこそ命が無いと思いなさい!」
──な⁉
あのバカエルフが!
勝手な真似しやがって!
「……いつもの付き添いじゃあないな。やはり別口か。余計なことまで知ってるらしい」
「やれやれ。こうなっては仕方がないね」
のっそりと野郎が馬車を出てゆく。
瞬間、空気が変わったのを感じた。
酷く息苦しい。
「よう。随分と勝手な真似をしているらしいな」
「な」
「どうやら、オレの顔ぐらいは知ってるようだね。結構結構。では、これからどうなるかも見当が付くはずだな?」
「に、逃げ──」
「わけがないだろ」
どうにか外に出ると、既に1人が倒された後だった。
「全員、その場を動くな。動けば殺す」
さらに息苦しさが増す。
「……やれやれ、監視してる連中も含んでるに決まってるだろう」
跡形も無く、姿が掻き消えた。
監視してるって連中のほうへ向かったのか?
が、その瞬間を狙ってか、全員が動いた。
「逃がしません!」
遅れてエルフが動く。
体を押し退けるような強風が吹き荒れ、これまた姿が掻き消えていた。
慌てて姿探す。
「コイツ、エルフか!」
声に視線を向けると、一瞬で接敵を果たしたのか、剣戟が始まっていた。
いつまで無事に済むかも分からない。
その上、他の連中は散り散りに走り去ってしまった。
「ど、どうすんのよ、これ⁉」
「おっと、聞き分けのない連中だな」
「うおぉ⁉」
いつの間にか、野郎が戻って来ていた。
地面には3人の体が横たわっている。
「エルフの嬢ちゃん、まさか魔術を使ってやしないか? マズいな、壁に近過ぎる。先に止めるか」
も、もう居やしねぇし。
次いで、剣戟の音が止む。
「悪いな。気絶してもらった」
再び現れたと思ったら、ぐったりとしたエルフが担がれてた。
「ちょっとアンタ! 仲間に何してくれてんのよ!」
「説明は後だ。救助まで間に合うか、微妙なとこなんだ」
そして再び姿を消す。
いやもう、常人離れし過ぎだろ。
地面に置き去りにされたエルフへと駆け寄り、状態を確かめる。
「……気絶してるわね。何なのよアイツ。訳分かんない」
「そりゃ俺も同じだ」
言うだけあって、アイツの強さは尋常じゃなかったらしい。
先生並みか、もしかしたらそれ以上か。
随分と久しぶりに、帝国の騎士を思い出したほどだ。
「だがまあ、マジで1人で全滅させちまうな」
「みたいね。正直な話、アイツが一番の脅威に思えるわ」
アイツが特別なのか。
それとも、あんな手合いが大勢いやがんのか。
そう考えると、生きた心地がしねぇな。
「──待たせたな。外は片付いたぜ」
最早、驚く気も失せた。
声に振り返ってみたが、逃げた奴等を連れてはいなかった。
「残りは廃坑内の奴だけだ。気配からして、そいつが頭だろう。僅かだが他の気配も感じる。まだ助けられそうだ」
んなことまで分かんのかよ。
何でもアリだな、コイツ。
……いや待て、残りは、だと?
「オマエさんたちは、馬車の木箱を除けといてくれないか? 救助した連中を乗せたら、すぐに此処を離れよう」
「倒した奴等はどうしたんだよ? 置いてきたのか?」
「事情を把握してる奴を1人でも連れ帰れば十分だろう」
「放置はできねぇだろ。逃げられちゃ意味がねぇ」
「なら、コイツらも殺しておこう」
「は? おい待──」
呆気なく踏み潰されてゆく頭。
「すぐに戻る。いつでも出発できるようにしていてくれ」
「な、何してんだよアンタ!」
「時間が無いんだ。もうすぐ魔獣の群れが押し寄せてくる」
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