20 酔っ払い
馬車に揺られながら夜を明かし、ようやく北区に到着した。
入ってすぐの場所にあった馬宿で停車する。
「すまんが、ひと眠りさせてもらうよ」
「ああ。ゆっくり休んでくれ。こっちも準備があるからな」
御者と別れ、まずは憲兵の詰め所を探す。
「えー、アタシたちも休んでかないの?」
「さっきまで寝てただろうが」
「まだ揺れてる感じがして、気持ち悪いんだけどぉ」
「錯覚だ。直に治る」
「……できればワタシも宿で体を清めたかったのですが」
「ハァッ。わーったよ。俺が済ませといてやるから、宿で待ってろ」
「やったー! おっ風呂、おっ風呂」
「助かります。すみませんが、お願いします」
「ああ。その代わり外は出歩くなよ? 迷子探しまでは面倒見切れねぇからな」
「観光する場所なんて無いでしょ。しないわよ」
幸い、人数が必要な用事でもねぇしな。
思うところが無いではないが、体調を崩されちゃ敵わん。
未だ万全とは言い難いが、まあ、どうにかなるだろ。
詰め所の受付で手紙を渡す。
「──確かにお預かりいたしました」
「今日にも動くことになるかもしれねぇんでな。周知しといてくれ」
「お任せください」
「……実際んとこ、憲兵で戦士団を捕えるってのは可能そうか?」
「無力化されている状態であれば可能かと」
つまり、戦ったら勝てねぇわけだ。
まあ、そうだろうとは思ってたけどな。
「とは言え、人命が懸かっている以上、我々も全力で事に当たりましょう。例え組合の協力が得られずとも、我々だけで救出に向かうことになるでしょう」
「勝算はあんのか?」
「妨害行為もまた犯罪に当たります。相手の対応如何によっては、組合への命令もあり得ます」
結局は組合を動かすことはできるってわけか。
これなら、俺らが無茶せずとも解決はしそうに思えるけどな。
耳を着けずに済むなら、それに越したことはねぇ。
「時間を取らせたな。決行する時に、また寄らせてもらうぜ。よろしく頼む」
これまたデカい工房が併設されてやがる。
王都のよりもデカいな。
魔獣の間引きってのが、どれぐらいの頻度で行われてるのかは知らねぇが、此処をあぶれた分が王都に輸送でもされてんのかねぇ。
工房には用はねぇ。
隣の建物へと足を踏み入れる。
やはり酒場と合体したような造りの店内。
やたらと酒臭い割に、客は1人だけしか見当たらねぇ。
机に床にと、大量の酒瓶が転がっている。
まさかとは思うが、この臭気はコイツだけで形成されてんじゃねぇだろうな。
なるべく遠回りして奥の受付へと向かう。
「……アンタ、新顔だな」
「分かんのか?」
「今居るのが何よりの証明だ」
「は?」
何言ってんだコイツ?
「さっさと用件を済ませて、出てってくれ」
「随分な扱いだな。余所者はお断りってか? それとも、一般組にゃ居場所はねぇってことか?」
「歓迎されたきゃ、夜に出直してくれ」
そりゃあ流石に、夜のほうが賑わうんだろうが。
客入りの少なさを、客に当て擦ってんじゃねぇよ。
「悪いが、こっちは急ぎの用件なんでね。アンタの都合になんざ、いちいち構っちゃいられねぇ」
登録時の紙と依頼書を差し出す。
「……王都の登録書に、西区からの依頼書ねぇ。呑気に旅でもしてんのか?」
「無駄口叩いてねぇで、さっさと依頼書に目を通せ」
「…………はぁ⁉ 戦士団が人身売買だぁ? 冗談にしろ質が悪過ぎる」
「冗談なんかじゃねぇよ。西区じゃ、辺境伯まで動いてる大騒ぎだぜ。憲兵には既に通達済みだ」
「──騒がしいな。酔いが醒めちまうぜ」
「ッ⁉ こ、こりゃ、相済みません」
何だよ、急に態度を一変しやがって。
声を掛けて来たのは、例の酔っ払いじゃねぇか。
……つうか、いつの間に隣まで来てたんだ?
全然気づかなかったんだが。
大したガタイしてやがる。
団証からして、コイツも討伐組か。
ともあれ、今は邪魔でしかねぇ。
「酔っ払いが絡んでくんじゃねぇよ」
「ば、バカが! 口閉じてろ!」
「おい、二度も同じこと言わせんなよ?」
「す、すみません」
「ここらじゃ見ねぇ顔だな。騒ぎの原因はオマエさんかい?」
「別に騒いじゃいねぇだろ。俺は依頼を済ませたいだけだ」
「どんな依頼だ」
「アンタに話すことじゃ──」
「こ、こちらになります」
「あ、おい!」
「いいから黙ってろ」
酔っ払いの手に依頼書が渡る。
「……穏やかな内容じゃないな。この町に獣人を持ち込んでるなら、随分と頭が足りてない連中が居ることになる」
「持ち込む、だとぉ? 同じ人間だろうが! 何様だテメェ!」
「フッ、その反応からして、北区出身じゃあないな。獣人を居つかせないのが暗黙の了解。此処での常識だ」
「それがどうしたってんだ! 物扱いする理由になんのかよ!」
「なるとも。北区では、獣人はお荷物なんだよ。置き場所なんて無いのさ」
あー、ダメだわ。
どうにも我慢ならねぇ。
「──おっと危ない。オマエさん、魔術師だったのか」
素早く触れようとした瞬間、ほんの僅かに距離を取られてしまった。
今の一瞬で気取られたのか?
「そうなると、王都からの御上りさんか」
「出身は東区だ」
「……なるほどな。どおりでやたらと獣人に反応するわけだ。さぞ馴れ合ってたことだろう」
チッ、いちいち癇に障る奴だ。
だが腐っても討伐組。
俺なんぞじゃ、触れることすらできねぇらしい。
「そう睨むな。折角だ、ひとつモノを教えてやろう」
返事の代わりに、盾で以て薙ぎ払う。
手応えは当然無い。
「北区で仕事をこなすつもりなら、知っておいて損はないと思うがね」
「表出ろやゴラァ! ぶっ飛ばしてやんよ!」
「やれやれ、そう怒るなよ。あまりに沸点が低過ぎるだろう」
並みの動きじゃ、コイツを捉え切れねぇ。
狂化を使ったとして、通用するかも怪しいとこだが。
許すなんざあり得ねぇ。
「おい、止めとけ。敵いっこない。悪いことは言わんから、大人しく話を聞いておけ」
「うるせぇ!」
「──三度目だ。騒ぐな」
い、息が……できねぇ……⁉
体も動かせねぇ、だとぉ⁉
これじゃあまるで、魔獣にでも見られてるみてぇじゃねぇか。
「活きがいいのは結構だが、少しは弁えてもらわないとな。郷に入りてはってヤツさ」
「──プハァ⁉ カハッ、ゴホッ!」
「いいな? ありがたく話を聞きやがれ」
「此処は昔、王国が興る以前は帝国の前哨陣地だった。つまりは人と魔獣との最前線なわけだ。それはもう酷い有様だったと伝え聞いてる」
「ケッ、何を言い出すかと思えば、歴史の授業かよ。300年以上も前のことで、不幸自慢でも始めるつもりか?」
視線を向けられる。
たったそれだけで、言葉が封じられた。
「当時は今みたく壁なんて物は存在しない。昼も夜も関係なく、常に戦闘続き。要は帝国への被害を抑えるための時間稼ぎにされたわけだ。そんな状況の中、何が最悪か分かるか?」
そりゃあ、頭数が足りねぇんだろ。
「斃す数よりも、増える数のほうが多いんだよ。そう、増えてるのさ。必死に減らしても、またゾロゾロと湧いてくる。その原因については、今更言うまでも無いよな。魔族と獣人族の所為だ」
「ざけんな! 獣人は被害者だろうが!」
「そんなことが、魔獣に殺された連中に関係あると思うか? どちらか一方でもいなくなればと、そう思うのは至極当然だろ。この地に於ける、奴等への恨みは根深い。何せ、子々孫々語り継がれてきてるんだからな」
「くだらねぇ。聞くだけ時間の無駄だったぜ」
「──おい小僧。今の話の何がくだらないんだ。言ってみろ」
「言うほどに魔獣が増えてたんならよぉ、つまりはそんだけ沢山の獣人が犠牲になってたってこったろうが! その獣人たちが、何の抵抗もせず死んでいったとでも思ってんのか、ああ⁉ 戦ってたのが、テメェらの先祖だけなわけねぇだろうが!」
「……だな、違いない」
「あ?」
「全く以て同感だ。オマエさんの言うとおりだと思う」
「何を言い出してんだ? 頭おかしいんじゃねぇのか?」
「さっきのは此処での常識を伝えたまでだ。個人的な解釈ではない。そして、オレもオマエさんと同じ解釈をしたクチさ」
訳が分からねぇ。
つまりはどういうことなんだ?
「容易く感化されるようなら捨て置くつもりだったが、気が変わった。いや言い直そう、気に入ったよ」
「説明をしろ、説明を」
「要は試したのさ。オマエさんの言う、くだらない人物かどうかをね」
コイツもしや、酒の飲み過ぎでイカれてんじゃねぇだろうな?
「酔ってんのか?」
「あれぐらい、まだ序の口さ」
いやいや、転がってる酒瓶は10や20じゃきかねぇぞ。
「この依頼、オレが協力しよう」
「勝手に決めんな! それに、アンタ1人加わっただけで、どうなるってんだ。相手の人数も分からねぇんだし」
「不足かい?」
「明らかに数が足りねぇだろ! やっぱ頭回ってねぇんだろ!」
「き、キミ、あまり失礼なことは言うもんじゃあない」
「オッサン、いいから組合も協力してくれよ。もっとマシな連中を寄越してくれ」
「ハハハハハ、その必要は無いさ。オレ一人で十分事足りる」
「どうしてもってんなら、アンタの仲間も連れてきてくれよ」
「言っただろう? オレ一人で十分だよ。仲間は壁の警備に就かせていて、おいそれと動かせる状態じゃあない」
「組合としても、これ以上の人選は無いよ。ここはありがたく手を借りることだ」
……マジかよ。
言うほど強いってことか?
「自慢じゃねぇが、俺や仲間じゃ討伐組には敵わねぇぞ」
「ハハハハハ、確かに自慢にはならないな。むしろ情けない限りだ」
「るせえ!」
「任せておきたまえ。相手は全員、オレが引き受ける」
随分な自信だな。
まあ、憲兵には協力を取り付けてあるし、救助さえ叶えば構わねぇがな。
「もちろん、報酬に関しても心配はいらない。オレは組合からの助っ人として、はなから受け取る気はない」
金も要らねぇとか、増々疑わしいんだが。
「助けに行くならば、なるべく急ぐべきだろうが。夜まで時間をくれないだろうか。酒を抜いておくよ」
やっぱ酔ってんじゃねぇかよ!
心配だ、ひたすらに心配だぜ。
「……西の街道付近に馬宿を取ってる。そこに来てくれ」
「分かった。必ず向かうから、くれぐれも先走らないようにな」
「へいへい。期待しないで待ってるよ」
何か、精神的に疲れちまったぜ。
馬宿に戻り、2人に事情を説明した。
「はあぁー⁉ 協力者って、たった一人なわけ⁉」
「成り行き上、仕方なく、な」
「相当の手練れと見て良いのでしょうか。印象はどうなのですか?」
「まー、そうだなぁー、何つぅか、酔っ払いだな」
「アンタに任せるんじゃなかったわ」
「信の置ける方と見込んでいたのですが……残念です」
「俺の所為かよ⁉」
「あったり前でしょ!」
「ですね」
「この役立たずは放っておいて、アタシらで見極めるわよ。使えなそうな奴が来たら、明日朝一で組合へ直行よ」
「夜襲は諦めるのですか?」
「ケモ耳だけじゃ、どうにもなんないでしょ…………プッ」
「どうにももどかしいですね」
剣を抜き差しすんじゃねぇよ。
こえぇんだよ。
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