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災禍の獣と骸の竜  作者: nauji
四章 一周目 禁忌
24/97

20 酔っ払い

 馬車に揺られながら夜を明かし、ようやく北区に到着した。


 入ってすぐの場所にあった馬宿で停車する。



「すまんが、ひと眠りさせてもらうよ」


「ああ。ゆっくり休んでくれ。こっちも準備があるからな」



 御者ぎょしゃと別れ、まずは憲兵の詰め所を探す。



「えー、アタシたちも休んでかないの?」


「さっきまで寝てただろうが」


「まだ揺れてる感じがして、気持ち悪いんだけどぉ」


「錯覚だ。直に治る」


「……できればワタシも宿で体を清めたかったのですが」


「ハァッ。わーったよ。俺が済ませといてやるから、宿で待ってろ」


「やったー! おっ風呂、おっ風呂」


「助かります。すみませんが、お願いします」


「ああ。その代わり外は出歩くなよ? 迷子探しまでは面倒見切れねぇからな」


「観光する場所なんて無いでしょ。しないわよ」



 幸い、人数が必要な用事でもねぇしな。


 思うところが無いではないが、体調を崩されちゃ敵わん。


 未だ万全とは言い難いが、まあ、どうにかなるだろ。






 詰め所の受付で手紙を渡す。



「──確かにお預かりいたしました」


「今日にも動くことになるかもしれねぇんでな。周知しといてくれ」


「お任せください」


「……実際んとこ、憲兵で戦士団を捕えるってのは可能そうか?」


「無力化されている状態であれば可能かと」



 つまり、戦ったら勝てねぇわけだ。


 まあ、そうだろうとは思ってたけどな。



「とは言え、人命が懸かっている以上、我々も全力で事に当たりましょう。例え組合の協力が得られずとも、我々だけで救出に向かうことになるでしょう」


「勝算はあんのか?」


「妨害行為もまた犯罪に当たります。相手の対応如何によっては、組合への命令もあり得ます」



 結局は組合を動かすことはできるってわけか。


 これなら、俺らが無茶せずとも解決はしそうに思えるけどな。


 耳を着けずに済むなら、それに越したことはねぇ。



「時間を取らせたな。決行する時に、また寄らせてもらうぜ。よろしく頼む」






 これまたデカい工房が併設されてやがる。


 王都のよりもデカいな。


 魔獣の間引きってのが、どれぐらいの頻度で行われてるのかは知らねぇが、此処をあぶれた分が王都に輸送でもされてんのかねぇ。


 工房には用はねぇ。


 隣の建物へと足を踏み入れる。


 やはり酒場と合体したような造りの店内。


 やたらと酒臭い割に、客は1人だけしか見当たらねぇ。


 机に床にと、大量の酒瓶が転がっている。


 まさかとは思うが、この臭気はコイツだけで形成されてんじゃねぇだろうな。


 なるべく遠回りして奥の受付へと向かう。



「……アンタ、新顔だな」


「分かんのか?」


「今居るのが何よりの証明だ」


「は?」



 何言ってんだコイツ?



「さっさと用件を済ませて、出てってくれ」


「随分な扱いだな。余所者はお断りってか? それとも、一般組にゃ居場所はねぇってことか?」


「歓迎されたきゃ、夜に出直してくれ」



 そりゃあ流石に、夜のほうが賑わうんだろうが。


 客入りの少なさを、客に当て擦ってんじゃねぇよ。



「悪いが、こっちは急ぎの用件なんでね。アンタの都合になんざ、いちいち構っちゃいられねぇ」



 登録時の紙と依頼書を差し出す。



「……王都の登録書に、西区からの依頼書ねぇ。呑気に旅でもしてんのか?」


「無駄口叩いてねぇで、さっさと依頼書に目を通せ」


「…………はぁ⁉ 戦士団が人身売買だぁ? 冗談にしろたちが悪過ぎる」


「冗談なんかじゃねぇよ。西区じゃ、辺境伯まで動いてる大騒ぎだぜ。憲兵には既に通達済みだ」


「──騒がしいな。酔いが醒めちまうぜ」


「ッ⁉ こ、こりゃ、相済みません」



 何だよ、急に態度を一変しやがって。


 声を掛けて来たのは、例の酔っ払いじゃねぇか。


 ……つうか、いつの間に隣まで来てたんだ?


 全然気づかなかったんだが。


 大したガタイしてやがる。


 団証からして、コイツも討伐組か。


 ともあれ、今は邪魔でしかねぇ。



「酔っ払いが絡んでくんじゃねぇよ」


「ば、バカが! 口閉じてろ!」


「おい、二度も同じこと言わせんなよ?」


「す、すみません」


「ここらじゃ見ねぇ顔だな。騒ぎの原因はオマエさんかい?」


「別に騒いじゃいねぇだろ。俺は依頼を済ませたいだけだ」


「どんな依頼だ」


「アンタに話すことじゃ──」


「こ、こちらになります」


「あ、おい!」


「いいから黙ってろ」



 酔っ払いの手に依頼書が渡る。



「……穏やかな内容じゃないな。この町に獣人を持ち込んでるなら、随分と頭が足りてない連中が居ることになる」


「持ち込む、だとぉ? 同じ人間だろうが! 何様だテメェ!」


「フッ、その反応からして、北区出身じゃあないな。獣人を居つかせないのが暗黙の了解。此処での常識だ」


「それがどうしたってんだ! 物扱いする理由になんのかよ!」


「なるとも。北区では、獣人はお荷物なんだよ。置き場所なんて無いのさ」



 あー、ダメだわ。


 どうにも我慢ならねぇ。



「──おっと危ない。オマエさん、魔術師だったのか」



 素早く触れようとした瞬間、ほんの僅かに距離を取られてしまった。


 今の一瞬で気取られたのか?



「そうなると、王都からの御上おのぼりさんか」


「出身は東区だ」


「……なるほどな。どおりでやたらと獣人に反応するわけだ。さぞ馴れ合ってたことだろう」



 チッ、いちいち癇に障る奴だ。


 だが腐っても討伐組。


 俺なんぞじゃ、触れることすらできねぇらしい。



「そう睨むな。折角だ、ひとつモノを教えてやろう」



 返事の代わりに、盾で以て薙ぎ払う。


 手応えは当然無い。



「北区で仕事をこなすつもりなら、知っておいて損はないと思うがね」


「表出ろやゴラァ! ぶっ飛ばしてやんよ!」


「やれやれ、そう怒るなよ。あまりに沸点が低過ぎるだろう」



 並みの動きじゃ、コイツを捉え切れねぇ。


 狂化を使ったとして、通用するかも怪しいとこだが。


 許すなんざあり得ねぇ。



「おい、止めとけ。敵いっこない。悪いことは言わんから、大人しく話を聞いておけ」


「うるせぇ!」


「──三度目だ。騒ぐな」



 い、息が……できねぇ……⁉


 体も動かせねぇ、だとぉ⁉


 これじゃあまるで、魔獣にでも見られてるみてぇじゃねぇか。



「活きがいいのは結構だが、少しはわきまえてもらわないとな。郷に入りてはってヤツさ」


「──プハァ⁉ カハッ、ゴホッ!」


「いいな? ありがたく話を聞きやがれ」






「此処は昔、王国が興る以前は帝国の前哨陣地だった。つまりは人と魔獣との最前線なわけだ。それはもう酷い有様だったと伝え聞いてる」


「ケッ、何を言い出すかと思えば、歴史の授業かよ。300年以上も前のことで、不幸自慢でも始めるつもりか?」



 視線を向けられる。


 たったそれだけで、言葉が封じられた。



「当時は今みたく壁なんて物は存在しない。昼も夜も関係なく、常に戦闘続き。要は帝国への被害を抑えるための時間稼ぎにされたわけだ。そんな状況の中、何が最悪か分かるか?」



 そりゃあ、頭数が足りねぇんだろ。



たおす数よりも、増える数のほうが多いんだよ。そう、増えてるのさ。必死に減らしても、またゾロゾロと湧いてくる。その原因については、今更言うまでも無いよな。魔族と獣人族の所為だ」


「ざけんな! 獣人は被害者だろうが!」


「そんなことが、魔獣に殺された連中に関係あると思うか? どちらか一方でもいなくなればと、そう思うのは至極当然だろ。この地に於ける、奴等への恨みは根深い。何せ、子々孫々語り継がれてきてるんだからな」


「くだらねぇ。聞くだけ時間の無駄だったぜ」


「──おい小僧。今の話の何がくだらないんだ。言ってみろ」


「言うほどに魔獣が増えてたんならよぉ、つまりはそんだけ沢山の獣人が犠牲になってたってこったろうが! その獣人たちが、何の抵抗もせず死んでいったとでも思ってんのか、ああ⁉ 戦ってたのが、テメェらの先祖だけなわけねぇだろうが!」


「……だな、違いない」


「あ?」


「全く以て同感だ。オマエさんの言うとおりだと思う」


「何を言い出してんだ? 頭おかしいんじゃねぇのか?」


「さっきのは此処での常識を伝えたまでだ。個人的な解釈ではない。そして、オレもオマエさんと同じ解釈をしたクチさ」



 訳が分からねぇ。


 つまりはどういうことなんだ?



「容易く感化されるようなら捨て置くつもりだったが、気が変わった。いや言い直そう、気に入ったよ」


「説明をしろ、説明を」


「要は試したのさ。オマエさんの言う、くだらない人物かどうかをね」



 コイツもしや、酒の飲み過ぎでイカれてんじゃねぇだろうな?



「酔ってんのか?」


「あれぐらい、まだ序の口さ」



 いやいや、転がってる酒瓶は10や20じゃきかねぇぞ。



「この依頼、オレが協力しよう」


「勝手に決めんな! それに、アンタ1人加わっただけで、どうなるってんだ。相手の人数も分からねぇんだし」


「不足かい?」


「明らかに数が足りねぇだろ! やっぱ頭回ってねぇんだろ!」


「き、キミ、あまり失礼なことは言うもんじゃあない」


「オッサン、いいから組合も協力してくれよ。もっとマシな連中を寄越してくれ」


「ハハハハハ、その必要は無いさ。オレ一人で十分事足りる」


「どうしてもってんなら、アンタの仲間も連れてきてくれよ」


「言っただろう? オレ一人で十分だよ。仲間は壁の警備に就かせていて、おいそれと動かせる状態じゃあない」


「組合としても、これ以上の人選は無いよ。ここはありがたく手を借りることだ」



 ……マジかよ。


 言うほど強いってことか?



「自慢じゃねぇが、俺や仲間じゃ討伐組には敵わねぇぞ」


「ハハハハハ、確かに自慢にはならないな。むしろ情けない限りだ」


「るせえ!」


「任せておきたまえ。相手は全員、オレが引き受ける」



 随分な自信だな。


 まあ、憲兵には協力を取り付けてあるし、救助さえ叶えば構わねぇがな。



「もちろん、報酬に関しても心配はいらない。オレは組合からの助っ人として、はなから受け取る気はない」



 金も要らねぇとか、増々疑わしいんだが。



「助けに行くならば、なるべく急ぐべきだろうが。夜まで時間をくれないだろうか。酒を抜いておくよ」



 やっぱ酔ってんじゃねぇかよ!


 心配だ、ひたすらに心配だぜ。



「……西の街道付近に馬宿を取ってる。そこに来てくれ」


「分かった。必ず向かうから、くれぐれも先走らないようにな」


「へいへい。期待しないで待ってるよ」



 何か、精神的に疲れちまったぜ。






 馬宿に戻り、2人に事情を説明した。



「はあぁー⁉ 協力者って、たった一人なわけ⁉」


「成り行き上、仕方なく、な」


「相当の手練れと見て良いのでしょうか。印象はどうなのですか?」


「まー、そうだなぁー、何つぅか、酔っ払いだな」


「アンタに任せるんじゃなかったわ」


「信の置ける方と見込んでいたのですが……残念です」


「俺の所為かよ⁉」


「あったり前でしょ!」


「ですね」


「この役立たずは放っておいて、アタシらで見極めるわよ。使えなそうな奴が来たら、明日朝一で組合へ直行よ」


「夜襲は諦めるのですか?」


「ケモ耳だけじゃ、どうにもなんないでしょ…………プッ」


「どうにももどかしいですね」



 剣を抜き差しすんじゃねぇよ。


 こえぇんだよ。






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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