19 妙案
出発の朝。
過剰にも思える別れが繰り広げられていた。
「あ”ー」
「ごめんなさい、すぐに帰ってきますから。いい子にして待っていてくださいね」
「い”あ”ー」
「どうか泣き止んでください。ワタシまで泣いてしまいそうです」
「あ、あわわわわ」
獣人の子供が、泣きながらエルフにしがみついている。
離れ離れになるのだと、ようやく理解するに至ったらしい。
もう何だったら、エルフには残ってもらっても構わないのだが。
「もういっそのこと、置いていったら?」
「そうすっか」
「待ってください。同行しなければ、ワタシはきっと後悔してしまいます」
「う”あ”ー」
子供のガン泣きは最強無比。
物の道理など度外視。
理不尽な現実に対して、精一杯の抗う術。
養護院だったのならば、マザーがすぐさま宥めてみせるのだが。
当然、この場に居ようはずもない。
もっとも、あの場所で大泣きすれば、命が危うい。
「いいですか、よく聞いてください。未だ囚われたままの人がいるのです。アナタを助けたように、その人を助けに行きたい」
「う”ー」
「きっと心細い思いをしています。こうして、誰かに抱きしめて欲しいことでしょう」
この感じ……。
姿も声も、言葉だって違っている。
だというのに、何故だかマザーを彷彿とさせる。
「我慢を強いてしまいます。寂しい思いをさせてもしまうでしょう。それでもどうか、ワタシを助けに向かわせてはくれませんか」
だが違う。
あの、全てを包み込んでくれるような優しさだけじゃない。
強さがある。
他者を、誰かを守らんとする、そんな強さが。
「約束します。必ず帰ってきます。だから、少しの間だけ辛抱してください」
「うー うー」
次第に泣き声が止み始めた。
「……何か、凄いわね」
「だな」
「どうして他人なんかのために、あんなにしてみせるのかしら」
「おいおい、随分な言い草だな」
「だってそうじゃない」
「アイツにとってのやりたいことなんだろ。俺が故郷に拘ってるみたいによ」
「それと同じなわけ? アンタがそこまで必死には見えないけど」
必死さか。
足りてねぇのかな。
「行きましょう」
「ホントにいいのか? さっきも言ったが──」
「何度問われようが、答えは同じです」
「そうかい」
「あーあー、これじゃ目が腫れちゃうわね。後で冷やしておきなさいよ」
「う」
「う、ウチが責任を持ってお預かりします! み、皆さんもどうかご無事で!」
此処なら、面倒を見てくれる連中は沢山居ることだろうしな。
こっちのほうこそ、気を引き締めて行かねぇとな。
「じゃあ、行ってくる」
「行ってくるわ」
「行ってきます」
「うー」
「ちゃ、ちゃんとお見送りしてあげましょう? こ、こうやって手を振るんです」
「あー あー」
馬車に揺られ、一路北を目指す。
出発にこそ手間取ったが、一昼夜も走れば北区には着けるだろう。
「大丈夫でしょうか……また泣いてなどいないでしょうか……」
「いくらなんでも、心配すんのが早過ぎんだろ」
「あっちのほうが安全なのは確実でしょ。今はアタシたちのことを考えるべきよ」
「随分とまともなことを言ったな」
「……アンタ、馬車から落ちたいわけ?」
「こんなとこで暴れんなよ。着くのが遅れるってことは、その分、帰るのも遅れるんだぞ」
「それは困ります。邪魔になるようなら、2人には降りていただきます」
「おいおい……」
「あのねぇ……」
コイツ、目がマジだ。
「そういえば、組合の協力が得られなかった場合、どうするつもりなわけ?」
「当然、ワタシたちだけで──」
「そいつは無茶過ぎる。魔獣を討伐してる連中なら、魔獣を相手にするも同然だ。とはいえ、相手が一般の戦士団って可能性もなくはねぇが」
「──話に割り込んで済まんがね」
「あ? 何だよ?」
幌の外に座る御者がいきなり話しかけてきた。
「首に着けとるもんで判別できるんだろ?」
「ああ、団証な。そうだぜ」
「ワシが会った連中は皆、骨を着けとったよ」
「……そうかい、ありがとよ。なら、討伐組で間違いねぇな」
「魔獣と言っても、幼生体と成体がいます。幼生体を主に狩っている者たちかもしれませんよね」
「だとしても、俺らよりかは強いっての」
この言動はもしかして。
「魔獣に遭ったことねぇな?」
「ワタシですか? ええ、そのとおりですが」
「だと思ったぜ。動物なんかとはわけが違う。幼生体ですら、家なんざ紙切れも同然にズタボロだ」
「アタシは、あの院外学習でしか見たこと無いけど、視線を向けられただけで動けなかったわよ」
「強いってだけじゃ敵わねぇ。魔獣に特化した動きってのが必要になんのさ」
「そういうものですか」
「俺らが相手取ろうってのは、そういう輩だ。まず反応速度が違い過ぎるんだよ。動く前にやられるだろうぜ」
俺が見知っているのは、先生の戦士団だけ。
他の戦士団が、どの程度かまでは分からない。
それでも、弱いと断じるのは命取りだろう。
「随分な評価ですね。ワタシを侮り過ぎではありませんか?」
「どうにも勘違いが過ぎるんじゃねぇか? 戦うわけじゃねぇっつってんだろうが」
「万が一の事態があり得ます。常に戦う覚悟はしておくべきでしょう」
どう見ても、やる気満々なんだが。
良くねぇな。
実際に見てねぇと、伝わるもんも伝わんねぇか。
「……この様子じゃ、組合の協力が得られなかった場合、諦めたほうが良くない?」
「そんな! それでは赴く意味が無いではありませんか!」
「この依頼、いえ、これからやろうってのは、魔獣討伐と同義ってことでしょ。アタシたちだけじゃ無理よ無理」
「無事に帰ると約束してただろうが。無茶したところで、どうにもならん」
「見捨てることなど、ワタシには……」
「──すまねぇなぁ。ワシらが運んじまったばっかりによぉ。とんでもないことをしちまった。ホンにすまねぇ」
「まあ何だ、気付けるもんでもねぇだろ」
魔術で常に眠らされてたなら、よっぽどでない限り、起きて物音を立てたりはできなかっただろうしな。
普通に考えて、箱の中身が人とは疑うまい。
責任が全く無いとまでは言えねぇがな。
「猛省してください」
「すまねぇ、すまねぇ」
「おいおい、止めとけっての」
事故られでもしたら堪らんぜ。
「ねぇ、箱の中身ってどうするの? 今って空なんでしょ?」
「組合の協力が得られりゃ、中に潜むってのもアリかと思ってたんだがな」
「無茶過ぎ」
「だな。討伐組に力技じゃ敵わん。他の手を考えとくか」
「──いえ、それでいきましょう」
「いかねぇよ」
「お忘れですか? ワタシたちは獣人に扮することが可能だということを」
「……は?」
「まさかとは思うけど、耳、持ってきたの?」
「折角貰った物ですから」
耳って、あのケモ耳かよ!
たまーに、チビ助が着けてるのは見掛けたが。
獣人に偽装できれば、相手の油断は誘えるか?
少なくとも、箱の中身を見られた瞬間、バレるってことはねぇかもな。
「いや待て。エルフ耳でバレるっての。やるなら俺だ」
「え、アンタまさか、着けたかったとか?」
「んなわけあるか! 俺なら魔術が使える。触れた瞬間に、一人は無力化できるはずだ」
色味的にも、黒系統なら違和感はねぇだろ。
「……またワタシでは無いのですね」
やりたかったのかよ。
「アタシがやらされるんだと思ったわ。ねぇねぇ、今着けてみてよ」
「断る」
「いいじゃない。試しておかないと、もしかしたらサイズが合わないかもよ」
「オマエらの見ている前では着けん」
「なら力尽くってことで」
「な、おいこら放せ、止めろ!」
「大人しくしていてください。壊れたら弁償してもらいますよ」
「アホか! 小銀貨1枚もすんだぞ! 二度と買うかよ!」
「装着ぅ~、ップ、プププ、プハハハハハハハハ!」
「随分と可愛らしくなりましたね」
「はーずーせー!」
無駄に疲れちまった。
しかも暴れた所為で、一旦馬車が止まる事態にまで陥ったしな。
「もうふざけるのは無しだ」
「そうね…………プッ、クククッ」
……落ち着け、冷静になれ、構わず無視しろ。
「これでは遅れてしまうじゃないですか。いい加減にしてください」
……我慢だ我慢、全て聞き流せ。
「仲が良いのは結構なんだが、もう暴れんでくれよ?」
「ああ、すまなかった」
「アハハハハハハハハ!」
「こっち見んな。いつまで笑ってんだ」
「何が可笑しいのでしょう。もう耳は外したというのに」
「ひぃー、死ぬぅ、死んじゃうぅー、アハハハハ!」
「頭がおかしいんだろ。あんまうるせぇと強制的に黙らすぞ」
「女性に対して物言いが乱暴ですよ」
「……チッ」
「舌打ちもどうかと思います」
ええい、くどくどと!
学院の教師かよ、テメェはよぉ⁉
「ひぃー、ひぃー、か、帰ったら2人にも見せてあげなきゃね」
「それもそうですね。仲間外れは感心しません」
「次は戦争だぜ? 覚悟はできてんだろうな? あ”あ”?」
俺は極めて冷静だ。
冷静にキレてるだけだ。
「いいじゃないのよ。ププッ。普段は目付きが悪過ぎなのよ。ウヒヒッ。あれなら可愛いこと間違いなしよ。アハハハハ!」
喧嘩売ってんだよな?
そうなんだな?
「ですが、本人が嫌がっているならば、無理強いも感心しません。いずれは、人数分揃えたいものです」
「あー、笑った笑った。髪が短過ぎて耳が4つになっちゃうとか。結局、アタシが着けて潜むしかないわけよね」
「いや、潜むなら俺だ。自前の耳ぐらい、腕か何かで隠せば済む話だ」
「それならば、ワタシでも問題無かったのではありませんか?」
「不意を打って無力化するなら、俺のほうが適任だろ」
「まあ、アンタがやりたいって言うなら構わないわよ。ププッ」
「やりたがっちゃいねぇ!」
「──ワシの話、聞いとったか? 頼むから暴れんでくれよ」
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