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災禍の獣と骸の竜  作者: nauji
四章 一周目 禁忌
23/97

19 妙案

 出発の朝。


 過剰にも思える別れが繰り広げられていた。



「あ”ー」


「ごめんなさい、すぐに帰ってきますから。いい子にして待っていてくださいね」


「い”あ”ー」


「どうか泣き止んでください。ワタシまで泣いてしまいそうです」


「あ、あわわわわ」



 獣人の子供が、泣きながらエルフにしがみついている。


 離れ離れになるのだと、ようやく理解するに至ったらしい。


 もう何だったら、エルフには残ってもらっても構わないのだが。



「もういっそのこと、置いていったら?」


「そうすっか」


「待ってください。同行しなければ、ワタシはきっと後悔してしまいます」


「う”あ”ー」



 子供のガン泣きは最強無比。


 物の道理など度外視。


 理不尽な現実に対して、精一杯の抗うすべ


 養護院だったのならば、マザーがすぐさまなだめてみせるのだが。


 当然、この場に居ようはずもない。


 もっとも、あの場所で大泣きすれば、命が危うい。



「いいですか、よく聞いてください。未だ囚われたままの人がいるのです。アナタを助けたように、その人を助けに行きたい」


「う”ー」


「きっと心細い思いをしています。こうして、誰かに抱きしめて欲しいことでしょう」



 この感じ……。


 姿も声も、言葉だって違っている。


 だというのに、何故だかマザーを彷彿とさせる。



「我慢をいてしまいます。寂しい思いをさせてもしまうでしょう。それでもどうか、ワタシを助けに向かわせてはくれませんか」



 だが違う。


 あの、全てを包み込んでくれるような優しさだけじゃない。


 強さがある。


 他者を、誰かを守らんとする、そんな強さが。



「約束します。必ず帰ってきます。だから、少しの間だけ辛抱してください」


「うー うー」



 次第に泣き声が止み始めた。



「……何か、凄いわね」


「だな」


「どうして他人なんかのために、あんなにしてみせるのかしら」


「おいおい、随分な言い草だな」


「だってそうじゃない」


「アイツにとってのやりたいことなんだろ。俺が故郷に拘ってるみたいによ」


「それと同じなわけ? アンタがそこまで必死には見えないけど」



 必死さか。


 足りてねぇのかな。



「行きましょう」


「ホントにいいのか? さっきも言ったが──」


「何度問われようが、答えは同じです」


「そうかい」


「あーあー、これじゃ目が腫れちゃうわね。後で冷やしておきなさいよ」


「う」


「う、ウチが責任を持ってお預かりします! み、皆さんもどうかご無事で!」



 此処なら、面倒を見てくれる連中は沢山居ることだろうしな。


 こっちのほうこそ、気を引き締めて行かねぇとな。



「じゃあ、行ってくる」


「行ってくるわ」


「行ってきます」


「うー」


「ちゃ、ちゃんとお見送りしてあげましょう? こ、こうやって手を振るんです」


「あー あー」






 馬車に揺られ、一路北を目指す。


 出発にこそ手間取ったが、一昼夜も走れば北区には着けるだろう。



「大丈夫でしょうか……また泣いてなどいないでしょうか……」


「いくらなんでも、心配すんのが早過ぎんだろ」


「あっちのほうが安全なのは確実でしょ。今はアタシたちのことを考えるべきよ」


「随分とまともなことを言ったな」


「……アンタ、馬車から落ちたいわけ?」


「こんなとこで暴れんなよ。着くのが遅れるってことは、その分、帰るのも遅れるんだぞ」


「それは困ります。邪魔になるようなら、2人には降りていただきます」


「おいおい……」


「あのねぇ……」



 コイツ、目がマジだ。



「そういえば、組合の協力が得られなかった場合、どうするつもりなわけ?」


「当然、ワタシたちだけで──」


「そいつは無茶過ぎる。魔獣を討伐してる連中なら、魔獣を相手にするも同然だ。とはいえ、相手が一般の戦士団って可能性もなくはねぇが」


「──話に割り込んで済まんがね」


「あ? 何だよ?」



 ほろの外に座る御者ぎょしゃがいきなり話しかけてきた。



「首に着けとるもんで判別できるんだろ?」


「ああ、団証な。そうだぜ」


「ワシが会った連中は皆、骨を着けとったよ」


「……そうかい、ありがとよ。なら、討伐組で間違いねぇな」


「魔獣と言っても、幼生体と成体がいます。幼生体を主に狩っている者たちかもしれませんよね」


「だとしても、俺らよりかは強いっての」



 この言動はもしかして。



「魔獣に遭ったことねぇな?」


「ワタシですか? ええ、そのとおりですが」


「だと思ったぜ。動物なんかとはわけが違う。幼生体ですら、家なんざ紙切れも同然にズタボロだ」


「アタシは、あの院外学習でしか見たこと無いけど、視線を向けられただけで動けなかったわよ」


「強いってだけじゃ敵わねぇ。魔獣に特化した動きってのが必要になんのさ」


「そういうものですか」


「俺らが相手取ろうってのは、そういう輩だ。まず反応速度が違い過ぎるんだよ。動く前にやられるだろうぜ」



 俺が見知っているのは、先生の戦士団だけ。


 他の戦士団が、どの程度かまでは分からない。


 それでも、弱いと断じるのは命取りだろう。



「随分な評価ですね。ワタシを侮り過ぎではありませんか?」


「どうにも勘違いが過ぎるんじゃねぇか? 戦うわけじゃねぇっつってんだろうが」


「万が一の事態があり得ます。常に戦う覚悟はしておくべきでしょう」



 どう見ても、やる気満々なんだが。


 良くねぇな。


 実際に見てねぇと、伝わるもんも伝わんねぇか。



「……この様子じゃ、組合の協力が得られなかった場合、諦めたほうが良くない?」


「そんな! それでは赴く意味が無いではありませんか!」


「この依頼、いえ、これからやろうってのは、魔獣討伐と同義ってことでしょ。アタシたちだけじゃ無理よ無理」


「無事に帰ると約束してただろうが。無茶したところで、どうにもならん」


「見捨てることなど、ワタシには……」


「──すまねぇなぁ。ワシらが運んじまったばっかりによぉ。とんでもないことをしちまった。ホンにすまねぇ」


「まあ何だ、気付けるもんでもねぇだろ」



 魔術で常に眠らされてたなら、よっぽどでない限り、起きて物音を立てたりはできなかっただろうしな。


 普通に考えて、箱の中身が人とは疑うまい。


 責任が全く無いとまでは言えねぇがな。



「猛省してください」


「すまねぇ、すまねぇ」


「おいおい、止めとけっての」



 事故られでもしたら堪らんぜ。



「ねぇ、箱の中身ってどうするの? 今って空なんでしょ?」


「組合の協力が得られりゃ、中に潜むってのもアリかと思ってたんだがな」


「無茶過ぎ」


「だな。討伐組に力技じゃ敵わん。他の手を考えとくか」


「──いえ、それでいきましょう」


「いかねぇよ」


「お忘れですか? ワタシたちは獣人に扮することが可能だということを」


「……は?」


「まさかとは思うけど、耳、持ってきたの?」


「折角貰った物ですから」



 耳って、あのケモ耳かよ!


 たまーに、チビ助が着けてるのは見掛けたが。


 獣人に偽装できれば、相手の油断は誘えるか?


 少なくとも、箱の中身を見られた瞬間、バレるってことはねぇかもな。



「いや待て。エルフ耳でバレるっての。やるなら俺だ」


「え、アンタまさか、着けたかったとか?」


「んなわけあるか! 俺なら魔術が使える。触れた瞬間に、一人は無力化できるはずだ」



 色味的にも、黒系統なら違和感はねぇだろ。



「……またワタシでは無いのですね」



 やりたかったのかよ。



「アタシがやらされるんだと思ったわ。ねぇねぇ、今着けてみてよ」


「断る」


「いいじゃない。試しておかないと、もしかしたらサイズが合わないかもよ」


「オマエらの見ている前では着けん」


「なら力尽くってことで」


「な、おいこら放せ、止めろ!」


「大人しくしていてください。壊れたら弁償してもらいますよ」


「アホか! 小銀貨1枚もすんだぞ! 二度と買うかよ!」


「装着ぅ~、ップ、プププ、プハハハハハハハハ!」


「随分と可愛らしくなりましたね」


「はーずーせー!」






 無駄に疲れちまった。


 しかも暴れた所為で、一旦馬車が止まる事態にまで陥ったしな。



「もうふざけるのは無しだ」


「そうね…………プッ、クククッ」



 ……落ち着け、冷静になれ、構わず無視しろ。



「これでは遅れてしまうじゃないですか。いい加減にしてください」



 ……我慢だ我慢、全て聞き流せ。



「仲が良いのは結構なんだが、もう暴れんでくれよ?」


「ああ、すまなかった」


「アハハハハハハハハ!」


「こっち見んな。いつまで笑ってんだ」


「何が可笑しいのでしょう。もう耳は外したというのに」


「ひぃー、死ぬぅ、死んじゃうぅー、アハハハハ!」


「頭がおかしいんだろ。あんまうるせぇと強制的に黙らすぞ」


「女性に対して物言いが乱暴ですよ」


「……チッ」


「舌打ちもどうかと思います」



 ええい、くどくどと!


 学院の教師かよ、テメェはよぉ⁉



「ひぃー、ひぃー、か、帰ったら2人にも見せてあげなきゃね」


「それもそうですね。仲間外れは感心しません」


「次は戦争だぜ? 覚悟はできてんだろうな? あ”あ”?」



 俺は極めて冷静だ。


 冷静にキレてるだけだ。



「いいじゃないのよ。ププッ。普段は目付きが悪過ぎなのよ。ウヒヒッ。あれなら可愛いこと間違いなしよ。アハハハハ!」



 喧嘩売ってんだよな?


 そうなんだな?



「ですが、本人が嫌がっているならば、無理強いも感心しません。いずれは、人数分揃えたいものです」


「あー、笑った笑った。髪が短過ぎて耳が4つになっちゃうとか。結局、アタシが着けて潜むしかないわけよね」


「いや、潜むなら俺だ。自前の耳ぐらい、腕か何かで隠せば済む話だ」


「それならば、ワタシでも問題無かったのではありませんか?」


「不意を打って無力化するなら、俺のほうが適任だろ」


「まあ、アンタがやりたいって言うなら構わないわよ。ププッ」


「やりたがっちゃいねぇ!」


「──ワシの話、聞いとったか? 頼むから暴れんでくれよ」







ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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