18 準備x4
ようやく動けるようになり、出発のための準備を整えてゆく。
組合か憲兵の詰め所か。
どちらを先に済ませるか迷ったが、後者を選ぶ。
「どのようなご用件でしょうか?」
「商会の一件に関わった戦士団なんだが、捕まってる奴と話がしたくてね」
「……左様ですか。担当者に確認してみますので、少々お待ちください」
受付の人が、すぐ後ろの部屋へと引っ込んだ。
「何するつもりなわけ?」
「馬車の手配……の前準備だな。誰と何処で取引してんのか、把握しとかねぇと」
「聞いて分かるもんなの?」
「運んだ当人を特定できりゃ、そいつに案内させるさ」
「買い手が直接こっちに来てたらどうすんのよ」
「……なるほど、そういう可能性もあったか。頭が回ってねぇな」
「やっぱり、まだ本調子じゃないんじゃない?」
「心配してくれんのか?」
「当たり前でしょ」
「お、おう。そうか」
冗談なのか本気なのか、偶に判断をミスるよな。
最近は素直になってきたってことなのかねぇ。
「──お待たせいたしました。すぐに担当者が参ります」
受付の人が部屋から戻ってきた。
そのすぐ後、通路から担当者とやらが現れた。
「キミ! もう動いて大丈夫なのかい⁉」
「えっと……?」
……随分と馴れなれしいが、誰だコイツ?
「──アンタを最初に見付けてくれた憲兵さんよ。治癒魔術師の手配とかもしてくれたの」
戸惑いを察してか、素早く耳打ちしてくれた。
「どうやら、アンタには世話になったらしいな。礼を言わせてくれ。ありがとう、お蔭で助かった」
「いや、我々が不甲斐ないばかりに、あんな怪我をさせてしまったんだ。むしろ謝りたいぐらいだよ」
「気にしないでくれ。どうするか決めたのは俺だからな。悪いってんなら、それこそ犯人共のほうだろ」
「違いない。さて、犯人に会いたいとのことだったが、まずは事情聴取に協力してはもらえないだろうか。地下室の状況が状況だったんでね」
コイツが一緒に居るが……まあ、ある程度はボカして伝えても通じるだろ。
「ああ、構わないぜ」
「ありがとう、助かるよ。では、部屋に案内しよう。付いて来てくれ」
「──なるほど、状況は概ね把握したよ。しかし、随分と無茶をしたものだ」
「全くよ」
まあ何だ。
今にして思えば、冷静さを欠いてはいたかもな。
憲兵に任せりゃ楽はできただろうが、その場合、監禁されてた女性たちに被害が出ていた可能性もある。
俺が単独で向かったからこそ、相手は油断したのだろうし、女性を人質としたりもほぼされなかった。
惜しむらくは、下手を打って怪我したことに尽きる。
「聞くにつれ、魔術とは恐ろしいモノだな。っと、魔術師のキミを前にして、この発言はあまりにも失礼過ぎるな、すまない」
「気にしちゃいねぇよ」
「もっとも、考えようによっては、我々にとって有益なのは確かだ。学院に卒業生を斡旋するよう、打診を検討する余地は十分にあるだろうな」
それはまぁ、学生たちにとっちゃ、良いことではあるのかね。
進路が一つ増えるわけだしな。
学院側、もっと言えば、魔術局側がどう考えるか次第だろうが。
「寄付金ぐらいは要求されそうだがな」
「ハハハハハ、確かにそうだな。そこが世知辛いところでもある」
別段ウケを狙ったわけでもなかったのだが。
余程に可笑しかったのか、目尻を拭ってみせた。
「さてと、次はキミたちの用事を済ませる番なわけだが……」
妙な溜めが入る。
「頼んでばかりで恐縮だが、キミたちが何をしようとしているのか、先に説明してはもらえないだろうか」
「何だよ、そんなことかよ」
てっきり拒否られるのかと構えちまったぜ。
「別に構わないぜ。実は──」
昨日の夜、話し合った内容を話して聞かせる。
「また随分と危険な橋を渡るつもりらしいな」
「そうか?」
「そうよ」
オマエが同意すんのかよ。
「依頼には含まれていないのだろう? 無報酬でそんな危険を犯すのか?」
「ま、そうなっちまうわな。仕方ねぇさ」
「何が仕方ないよ。余計な真似に決まってるじゃない」
「……どうにも、未だ同意は得られていない様子に見受けられるが」
「今更ごねるなよ」
「フン」
「是非とも今回の一件を教訓として、仲間と協力して事に当たって欲しいものだ」
「勝手するつもりはねぇよ」
「すまないが、キミたちが犯人と面会する間に済ませておきたい仕事ができた。他の者に案内をさせるから、帰る際、受付に声を掛けるのを忘れないでくれ」
「ん? まあ構わねぇが」
例によって、魔術で口を割らせる。
取引相手とは、現地で落ち合っていたようだ。
荷物と共に、連中も数人付いて行くのが通例らしい。
検品やら金の遣り取りやらをするそうだ。
取り敢えず、普段利用している馬車の店は特定できた。
これで向かう方法の目処は立った。
犯人を連れて行かずとも、取引場所は分かるはず。
後は木箱を手に入れないとな。
「あの、帰りに声を掛けるよう言われたんですが」
「承っております。こちらをお渡しするよう、言付かっておりました。どうぞ、ご確認ください」
「え? あ、ああ、分かったよ」
紙が複数枚手渡される。
えぇっと何々……押収品の持ち出し許可、ってのは木箱のことか。
北区の憲兵充ての手紙に、こっちは依頼書か?
最後のは、馬車の店への命令書?
……こりゃまた、随分と気を回してくれたらしい。
「確かに受け取ったぜ。ありがたく使わせてもらうよ。あーそれと、倉庫の場所を教えて欲しいんだが」
倉庫に馬車にと、用事を済ませてゆく。
そうして最後。
予定よりも大分遅れたが、戦士団組合へと辿り着いた。
そろそろ、歩くのも辛くなってきたな。
「ふぅ」
「少し休憩したら? 体力が戻ってないんでしょ」
「此処で最後だ。そしたら休憩を入れるさ」
「ど、どうしてもって言うなら、肩ぐらい貸してあげてもいいわよ」
「そいつはどうも。無理そうなら頼らせてもらうさ」
三日寝てただけでこのザマか。
体ってヤツは面倒なもんだぜ。
また絡まれても詰まらねぇ。
精々、虚勢を張って用事を済ませるとしよう。
が、前回とは違って、客は一人も見当たらない。
妨害に遭うことも無く、すんなりと受付へ。
「おう、しばらくぶりだな。怪我したって聞いてたが、もう動けるようだな」
「ああ、まあな。今日は随分と寂れてるみてぇだな」
「お蔭さんでな。随分と稼がせてもらってるぜ」
「あ? どういう意味だよ」
「辺境伯様直々のご依頼でね。例の一件に関わった貴族の家宅捜索ってだけじゃなく、他の商会に関しても手入れするってんで、皆出払ってる」
「そりゃ大事だな」
家探しついでに、色々と物が無くなりそうにも思えるがね。
「王国はエルフも獣人も差別なんかしねぇ。帝国にも示しがつかんからな。関わった貴族が褫爵されるって専らの噂だ」
「ちしゃくってのは何だ?」
「爵位を取り消されるってことよ。辺境伯にその権利は無いから、単なる噂に過ぎないと思うけど」
流石は貴族。
そういった知識はちゃんとあるんだな。
「王都からも近々役人が来るそうだぜ」
「……それなら、割と深刻かもね」
「まあそれについてはいい。依頼の報酬を貰いに来たってのと、憲兵から新たな依頼書を預かってきたぜ」
「ほう、見せてみな」
手渡してから、そう間を置かずに突っ返された。
「は? 何だよ?」
「こいつは北区の組合充てだ。ちゃんと確認してこなかったのか? 雑な仕事してっと、折角の評判を落としちまうぜ」
「……マジか」
戻って来た依頼書を慌てて確認する。
……書いてあったわ。
「すまねぇ。早とちりだったらしい」
「しっかりしてくれよ? 後は報酬だったな。依頼書を剥がしてこよう」
「貰った依頼書って、どんな内容なのよ?」
「そういや見せてもなかったか。ほらよ」
「…………ふーん、獣人の保護か。戦士団を捕まえろってわけじゃないのね」
「組合の協力求む、とはされてるがな」
「……ねぇ、まだ生きてると思ってる?」
「連中の目的次第だろうな。だが、定期的にってことは、向こうで増え続けちゃいねぇんだろう」
「なーんか、暗い話題ばっかりよね。気晴らしがしたいわ」
「そうだな。次はそうすっか」
「──おう、待たせたな。憲兵からの報告書もどっかに……お、これだこれ。手紙の配達分と、商会関係者の人数が……」
そういや、依頼には保護した獣人分の報酬は記載されてなかったか。
まあそれでも、大銀貨5枚ってのは十分過ぎるがな。
贅沢さえしなきゃ、当分は余裕ってもんだ。
問題は、贅沢しがちなのが2人もいることか。
「ねぇねぇ。これってアタシのよりも多いの?」
「いいや。オマエの手持ちのほうが多い」
「随分と人数がいたもんだな。殆どをオマエらだけで倒しちまったんだろ? ヒョロっこい見た目の癖に、腕は立つようだな」
「仲間が優秀でね」
「そうね。アンタは5人ぐらいしか倒してないはずだものね」
「ってことは、そっちの嬢ちゃんが強いってわけか。若いのに大したもんだ」
「ま、まあね」
「あんま煽てんな。調子に乗っちまう」
「何よ! アンタは褒めなさいよ!」
「仲が良さそうで結構なことだ。またいつでも利用しに来てくれよ」
「ああ。機会があればな」
最初とは随分と対応が違ったな。
少しは信用されたってことかね。
「──で、結局、家に戻って来たってわけ。いい加減、休憩しなさいよね」
「今日はもう出歩かねぇよ。ゆっくり休むさ。出発は明日だ」
今日中にチビ助の両親に挨拶できればいいんだが。
組合で聞いたみたく、対応に追われてりや、まだ当分は忙しいままかね。
「しっかし、どうにも慣れねぇな」
「何がよ? 突っ立ってないで、さっさと入るわよ」
「こんな豪邸で寝泊まりしてたんだと思うとつい、な」
宿泊費を請求されでもすりゃ、折角受け取ったばかりの報酬が一瞬で消え去りそうだぜ。
あり得ねぇとは思いたいが。
分不相応過ぎて、気が休まりゃしねぇ。
「やっぱ暮らすんなら、こぢんまりとした家が落ち着くんだろうな」
「ふーん」
「……何だよ」
「べっつにぃ~。誰と暮らすつもり、とか思ってませんけどぉ~」
「思ってんのかよ」
「大は小を兼ねるって言うじゃない。ほら、もし仮に子供が増えても安心だし」
「おいおい、何か妄想がだだ漏れてんぞ」
聞いちゃいないのか、ブツブツと言い続けている。
よって放置し、さっさと家に入る。
「お帰りなさいませ」
「お、おぅ、ど、どうも」
玄関で待ち伏せ。
家事なんかを請け負う人を、何人も雇い入れるらしい。
……のはいいのだが、どうにも慣れねぇし落ち着かねぇ。
気付くと居たりするから、心臓に悪いんだよな。
逃げるように、宛がわれた部屋へと急ぐ。
世話になっておいてなんだが、宿のほうが気が楽だぜ。
準備は済ませた。
明日にはおさらばできる。
もう一晩の辛抱だ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




