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災禍の獣と骸の竜  作者: nauji
四章 一周目 禁忌
21/97

17 東か北か

 泣き止むのを待つ。



「落ち着いたか?」


「……うん」


「すまねぇ。随分と心配させたみてぇだな」


「……そうよ、バカ」


「さ、さっきは言いそびれてましたけど、あれから3日も経ってますから」



 なるほど、道理で起き上がろうにも、力が入らねぇわけだ。


 血が足りねぇ。



「少し時間を置きましょう。頭を怪我しているのですから、起きたばかりで考えを巡らせるのは、良いこととは思えません」


「で、ですね。お、お水やお食事は取れそうですか?」


「ああ、用意してもらえると助かる」


「わ、分かりました。す、すぐ持ってきますね」



 パタパタと部屋を出てゆく。



「あいおうう?」


「ん? どうした?」


「大丈夫かと心配しています」


「ああ。もう大丈夫だ。心配してくれて、ありがとな」



 気怠い体を動かす。


 身を乗り出している頭にそっと手を乗せ、灰色の髪を撫でる。



「ん」


「まだ、余り動かないほうが良いでしょう。ワタシたちは一旦、退室していますね」


「気を使わせてすまん」


「さあ、行きましょう」


「あい」



 手を繋いで2人が出てゆく。



「……オマエは出ていかねぇのか?」


「アンタが動かなくなったら、また叩き起こさないとだし」



 ……おいおい。



「しんどいなら、無理して喋らなくていいわよ」



 ベッドの横の椅子に座ったまま、動こうとしない。


 出ていくつもりは無いらしい。


 先程までの賑やかさが嘘のように、あらゆる音が遠い。


 互いに口は開かない。


 ただぼんやりと過ごす。






 どうにか飲食を終え、ようやく人心地つけた。



「不器用だな」


「うっさい」



 甲斐甲斐しくも、飲ませようとしたり、食べさせようとはしてくれた。


 善意の行動なのは理解できるところ。


 しかしながら、むせせるし、嘔吐えずくしで、割と大変な目に遭った。



「もう行っていいぞ。どうせ今日中にベッドからは動けそうにねぇしな」


「寝たいなら寝ればいいじゃない。もう殴ったりしないわよ」



 こうも見られてちゃ、眠れるもんも眠れやしねぇんだが。



「……ねぇ、学院に残ってたら、どうなってたと思う?」


「何だよ急に」


「別に。意味なんてないわ。ただの雑談よ」


「つってもなぁ……そもそも残る気がなかったしな」


「そんなに故郷が心配?」


「どうだかな」



 この気持ちは、心配と表現するべきモノなのか。


 両親が魔獣に殺されて以降、頭に心に、こびりついて離れねぇ。


 どうにかしなければと、急き立てられ続けてきた。


 すべきこと。


 そんな感じだ。



「独りじゃ生きられやしなかった。命を救われて、面倒を見てもらって」



 先生に命を救われ、マザーに養護院で育ててもらった。


 デカい借りだ。


 返せぬままに生きるも死ぬもできやしねぇ。


 できるわけがねぇんだ。



「どうにかしてやりてぇんだ」



 力と金と時間があれば。


 北壁ほくへきのように壁を造れさえすれば、魔獣の被害を抑えられるはず。


 時間だけはあるっちゃあるが、それだけじゃ無意味だしな。



「ふーん。それなら、学院なんて居るだけ無駄だった?」


「無駄ってことはねぇさ。土魔術を扱える奴が必要だったしな」


「……やっぱり、アタシはどうでもいいのね」


「拗ねるなよ」


「──ッ⁉ 独り言聞いてんじゃないわよ、このバカッ!」



 無茶言うな。


 この距離じゃ、聞き逃しようがねぇだろ。



「あのまま学院に居たんじゃ、どん詰まりだ。強制的に魔術局入りさせられちまう」


「何でよ? 魔術局なら、当然もっと凄い魔術師が居るはずじゃない」


「オマエの母親に言われたんだよ。魔術師を魔術局からは出さねぇってな」


「……けど、お母様は外に出てたじゃない」


「知らん。俺に言うな」



 魔獣が魔術師を狙うとも言ってたが。



「って、そうじゃなくて。あのまま学院生活を送ってたらって意味よ。将来がどうとかじゃなくってこと」


「ああ? そもそも前提が変わってくるんだが。土魔術師を連れて帰るって目的がなけりゃ、チビ助とは碌に話もしなかったかもな」


「なら、エルフとはどうなの?」


「……どうせ次にアタシはって続くんだろ? 出会いがあのままってんなら、今とさして関係は変わってねぇだろ。ちなみに、2人共な」


「フン!」


「──っと、危ねぇな! 殴るんじゃねぇよ」


「あーあ、どうしてれば良かったのかしら」


「んだよ、今が不満か?」


「なーんか、想像してたのとは違うのよねー」


「どんな想像してたんだよ」


「教えない」


「そうかい」



 無意識になのか、しきりに髪紐に触れている。



「ずっと着けてるよな。気に入ったのか?」


「……は? 何のこと?」


「オマエがずっと触ってるもんだよ」


「ああ、コレのこと? って、ずっとって何よ! アンタ、毎日監視でもしてるわけ⁉」


「過剰に反応し過ぎだろ。違うの着けてりゃ気付くっての」


「ふ、ふーん」


「あんま他の連中に見せびらかすなよ? 強請ねだられたら敵わん」


「見せびらかしてるつもりなんか無いわよ」



 何か、養護院にもこんな奴いたよな。


 構ってちゃんとでも言うのか。


 比べてると知れたら、また機嫌を損ねるわな。



「また何かくれてもいいのよ」


「オマエが強請ねだるのかよ」


「そうねぇ、何がいいかしら」


「考えんな」


「やっぱり、身に着けられる物のほうがいいわよね」



 聞いちゃいねぇし。



「装飾品……そう、指輪とかいい感じじゃない」


「勘弁してくれ」






 夕食を終え、また皆が集まっていた。



「どうですか? ゆっくり休めましたか?」


「いやまぁ、どうだろうな」



 何だかんだ、ずっと話に付き合わされてたからな。



「いつまでも寝ないからでしょ」



 オマエが言うな!



「な、何だか賑やかでしたしね」


「ちょ、まさか聞いてたわけ⁉」


「い、いえいえ、扉越しに聞こえてきただけです。す、すぐ退散しましたよ?」


「そ、そうなの? ならいいけど」



 挙動不審過ぎるだろ。


 変な勘繰りをされかねんぞ。



「えんい あっあ?」


「どうした?」


「元気になったかと尋ねています」



 ……何で分かるんだよ。



「少しはな。しっかし、発音こそいまいちだが、結構喋るようになったな」


「沢山お話していますから。ねえ?」


「あい」



 コイツは本当にあのエルフと同一人物なのか?


 随分とまあ、母性が強かったもんだ。


 姉妹か親子かって雰囲気だぞ。



「う、ううう。さ、最近は特にエルフさんにベッタリで寂しいですぅ」


「ああいい?」


「フフ、本当に悲しんでいるわけではありませんよ。アナタに構って欲しいんです」


「おんお?」


「ええ」



 どうやって翻訳しているのやら。



「そんなことより、今後のことについて話し合うんじゃなかったの?」


「そうだったな。まだ意見を出して無いのは、俺とチビ助だったか」


「う、ウチは……」


「これでは、前回と同じ状況ではありませんか?」


「それもそうか。なら、俺から済ませちまおう」



 考えてみれば、東も北も危険には違いあるまい。


 東のほうが、より魔獣の危険が増す。


 昔聞かされたが、北区じゃ獣人は働くどころか住むのも無理らしい。


 鉱山業が有名でもあるし、労働力として獣人は申し分ないはず。


 魔獣を生み出す原因などと、獣人への偏見が根強いということなのか。


 買われた者たちも気掛かりではあるが、今はこっちも獣人を連れている。


 連れて行くのは、どうにも危険に過ぎる。



「二手に分かれるってのはどうだ? チビ助と子供は一旦此処に残って、俺たち3人で北行きだ」


「置き去りにする理由は何ですか?」


「表現が気に掛かるが、北区に獣人を連れてくってのは危険だってこった。話に聞いた感じじゃ、随分な扱いを受けたみてぇだしな」


「安全を考えてのことであれば、異論はありません」


「待ってよ! そもそも行かなきゃいいじゃない!」


「他人任せにすることもできるがな。それだといつ動くかも分からねぇ。助かるもんも助からねぇよ」



 商会への襲撃をかけてから、既に三日経ってるらしいしな。


 チンタラやってりゃ、手遅れになる。


 東に行けば、誰を助けることも叶わねぇ。


 地下室の光景を思い出す。


 どんな目に遭ってるとも知れない。


 どうしたって寝覚めが悪い。



「義理も義務もありゃしねぇがよぉ、どうせ後悔すんなら、やれることやってからにしたいもんだ」



 もし荒事に巻き込まれるにしろ、チビ助と子供が此処に居てくれりゃあ、少しは気が楽だ。



「う、ウチは、皆に危ない目に遭って欲しくないです」



 ……ふむ、これで2対2に意見が割れちまったか。


 どうしたもんかね。



「け、けど、今動かなかったことを、きっと後悔するとも思うんです」


「つまり、北行きに賛成ってわけ?」


「さ、賛成というか、反対もできないと言うか」



 微妙っぽいが、完全な反対ってわけでもねぇのか。


 なら、このまま推し進められそうか?



「何も今回みたく、買い手らしい戦士団に戦いを挑もうってわけじゃねぇ。最悪、現地の組合に話を通すぐらいしかできねぇかもだがな」


「どうかしらね。怪しいもんだわ」


「動けそうなら、明日にも出発してぇとこだ」


「それは流石に性急過ぎではありませんか? アナタの体調も万全には程遠いでしょうし」


「そうよ! ベッドから出られもしなかった癖して、明日出歩けるわけないでしょ!」


「歩いての移動は無しだ。北行きには馬車を使う。金なら今回の件でかなりの余裕ができたはずだしな」



 つっても、まだ組合に行けてねぇから、手元にはねぇんだが。



「馬車で行く利点はもう一つある。例の木箱だ。俺らが運んでやればいい」


「まさか、犯罪にくみするつもりなのですか⁉」


「どうしてそうなるんだよ。中身は別物で構わねぇ。必要なのはガワだけだ」


「取引相手に直接会うつもりなわけ? それこそ危険じゃない! 荷物を偽装してるってバレたら、即戦闘かもしれないのよ⁉」


「会うのは準備万端整ってからだ。俺らは囮、捕えるのは組合の連中って寸法さ」


「言うだけなら簡単でしょうけどね」


「とは言え、焦り過ぎでしょう。せめて明日一日は安静にして様子を見るべきです」


「そ、そうですよぅ。む、無理は良くないですぅ」


「あえ!」


「ほら、反対してますよ」



 今のは反対してたのか?


 俺には言葉が伝わらないんだが。



「一番北に行きたがってるのって、アンタよね」


「そうか?」


「どう考えたってそうでしょ」


「ですね。既に色々と考えを巡らせてもいたようですし」


「う、ウチはお役に立てず、申し訳ないです」


「いや、そうでもねぇさ。今も世話になってるわけだしな。留守を頼むついでに、もっと喋れるように手伝ってやってくれ」


「が、頑張ってみます」


「それについては、少々面白くない展開ですね」


「ふ、ふえぇ⁉」


「ハァッ、結局北に行くわけね」


「泣いてまで止めてくれたってのに、わりぃな」


「うっさい。バカ」






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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