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災禍の獣と骸の竜  作者: nauji
四章 一周目 禁忌
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16 男の意地

 気の所為ではない。


 比喩ではなく、実際に鼻をつく嫌な臭いがする。


 地下にあるモノは、おぞましい光景に違いあるまい。


 覚悟を決め、梯子を下りてゆく。


 結構深い。


 単純に地下一階、というような造りではないのか。


 次第に臭気が強まる。


 そして、音も聞こえ始めていた。


 笑い声に泣き声、そして嬌声きょうせい


 倉庫が獣人を商品として売るための場所ならば、地下室は獣人の数を増やす場所。


 捕えられた獣人たちは、男共の慰み者にされていた。






 部屋と表現するのも烏滸おこがましい。


 此処は牢獄。


 鉄格子の向こう側、幾人もの女性が鎖に繋がれている。


 今にも暴れ出したくなる衝動を抑え込み、状況の把握に努める。


 右に牢、左に簡素な寝具、そして中央、開けた空間で男共が群がっている。


 獣人を犯す、人という名の獣。


 奥には、何に使うのか想像したくもないような道具が並ぶ。


 位置取りが悪い。


 アレらを武器として振るわれる可能性が高い。


 男は……5人か。


 倍以上の人数がくつろげるほどに、空間にはまだまだ余裕がる。


 上にやたらと人数が居たのも、タイミング如何いかんでは、此処に居たのかもしれない。


 この光景を上の2人には極力見せたくねぇ。


 俺だけで処理しきるに限る。


 音を立てぬよう注意を払い、慎重に床へと着地する。


 と、牢に居る女性の何人かが、俺に気が付いた。


 制止する間も与えられず、途端に叫び始めてしまう。


 せめて1人は先制して倒しておきたい。


 行為に夢中らしい男の後頭部を狙う。



「──ッ!」



 盾を全力で叩き込んだ。


 その音を契機として、他の男共がこちらに気が付く。



「あぁ⁉ 誰だテメェ⁉」


「おい、腰振ってねぇで、囲め囲め!」


「どうやって此処まで入って来やがった!」


「チッ、上の連中は何してやがんだぁ?」



 残り4人。






 全員が裸とはいえ、数的不利はくつがえらない。


 剣を持ってくれば、幾らか怯えもしたかもな。


 興奮状態の相手にも有効な魔術は──。


 狙いを1人に定め、盾を構えながら突撃をかます。



「盾ってんならよぉ、こっちにもイイのがあんだぜ」



 ソレを視認。


 ぶつかる寸前で、どうにか足を止める。



「どうよ? イイ盾だろうが。ギャハハハハ!」



 盾としたのは、横たわっていた女性そのもの。


 ぐったりとした様子で、意識も定かではないようだ。



「──ガハッ⁉」


「ケッ、ガキが! 背後がお留守だぜ!」



 背中をしたたかに蹴り飛ばされた。


 息が詰まる。


 ……だが、これでいい。


 倒れ込む途中で、女性を掴む男の腕に触れる。



 ≪恐怖フィアー



 精神魔術の初級。



「あ? ああ? あああああ、うわあああああァーーーーー⁉」


「な、何だコイツ、いきなり叫び始めやがったぞ」


「おいバカ、暴れんな!」



 精々錯乱してろ。



「ガキが! どう考えたって、テメェの仕業だろうが!」



 倒れ込んだ頭を狙い、足裏が迫る。


 そっちから接近してくれるのは大助かりだ。


 両手で足首を掴む。



 ≪幻覚ディリュージョン



 精神魔術の初級。


 オマエも暴れてな。



「クソッ、放しやがれ!」



 望みどおりに解放してやるよ。


 背中の痛みを堪え、寝返りを打ち起き上がる。



「逃がすかよ! オラァ!」


「いてぇッ⁉ 何しやがる!」



 精神魔術の欠点は、痛みや衝撃で解除されること。


 早々にケリをつけないと、またすぐ形勢は元通りになっちまう。


 自分よりもデカい相手は、脚を狙うに限る。


 一番近くに居た男の脚を掴み、床へと転倒させてやる。


 間を置かず、顔面を盾で打ち下ろす。



「──ギッ⁉ ガッ⁉ ゴッ⁉」



 三度目でようやく動かなくなった。


 残り3人。






 恐怖を施した奴は放置されていたが、幻覚を施した奴は殴り返されでもしたのか、正気に戻ったらしい。


 実質2人倒せば終わる。



「気を付けろ。このガキ、恐らくは魔術師だ」


「なら、あのラリってる奴も?」


「多分そうだろ。攫ってくる連中と同じ手合いなんじゃねぇか?」



 いらん知恵を付けてやがる。


 3人目まで解除されたくはない。



「素手じゃ分が悪い。武器持ってこい、武器」



 させるかよ!


 動き出した奴を狙う。



「っと、単純だねぇ。両手に警戒すりゃ、何てことはねぇんだよ」


「──グッ⁉」



 くそッ、囮か!


 動かなかった奴に転倒させられてしまった。


 素早く背に乗られ、両腕を拘束されてしまう。



「壁にある玩具持ってこい!」


「偉そうに命令すんなや!」


「さっさとしろ!」


「チッ」



 ……しかし、一つだけ妙な勘違いをしてやがる。


 別に、魔術を施すのに、手で触れる必要は無い。


 俺が触れるのも、俺に触れるのも、結局は同義。


 相手と接触していること。


 ただそれだけでいい。


 連続で同じ魔術を施しても、効きが悪くなるだけ。


 コイツには、幻覚を施したばかりだったはず。


 とはいえ、この状況で使えそうな種類など、たかが知れてる。


 ならば。



 ≪恐怖フィアー



 精神魔術の初級。


 これで魔術の使用は4回目。


 まだ、眠気が出るほどじゃねぇ。



「うわぁ⁉ なんじゃこりゃ⁉」



 拘束が緩んだ。


 すかさず体を押し退ける。



「んだよ。言ったそばから魔術掛けられたのかよ。使えねぇ奴だなぁ」



 ──しまッ。


 ゴン。


 頭部に強い衝撃。


 意識が飛ぶ。


 ──ま、マズ。



「こうやって! 頭を! 潰せばよぉ! 終いってなもんだろ!」



 ゴン、ゴン、ゴン、ゴン。


 衝撃が加わる度、視界に火花が散るようだ。


 ああマズい。


 こりゃあマズい。


 これ以上は死ぬ。


 それじゃあ困る。


 まだ何もできちゃいねぇってのに。


 故郷に……帰らなくっちゃならねぇんだ……。


 ……なら、無理矢理にでも動くしかねぇ。



 ≪狂化バーサーク



 精神魔術の初級。


 体が動く。


 意思を介さず、独りでに。



「おいおい、まだ動けるのかよ」


「ヒ、ヒヒヒッ」


「つっても、もう壊れちまったか?」


「ヒャハッ、ケヒッ、ヒャアハハハハハハハハハ!」


「な、なんなんだよ、いきなり⁉ や、やめろ、こっちくんな!」



 おい、俺の体。


 くれぐれも、女は傷付けんじゃねぇぞ。






「──キミ! 意識はまだあるか⁉ おい、誰か手を貸せ!」


「──こりゃひでぇ。すぐ治癒魔術師を手配します」


「──急げ! おい、聞こえているか! 辛いだろうが、意識を手放すなよ!」



 うるせぇ。


 静かにしてくれ。


 頭に響く。



「──いいか! 上階に居る彼女たちを、この場に近づけさせるな!」


「──わ、分かりました。で、ですが凄い剣幕でして。あまり長く抑えるのは難しかと」


「──彼が単身乗り込んだ意味を考えろ」



 あーっと、何がどうなってやがんだ?



「──この場の女性たちに関しては、如何しましょう?」


「──我々では怯えさせるだけだ。あまり気は進まないが、女性の憲兵を寄越してくれ」



 憲兵?


 やっと呼んで来たのか。


 おせぇんだよ。


 ……あ?


 何が遅いんだっけか。


 意味分かんねぇ。



「──クッ、反応が鈍くなってきたか。おい、治癒魔術師はまだ到着しないのか⁉ 諦めてはダメだ! 生きろ! 生きてくれ!」



 寒いな。


 あと、凄く眠い。






「──ぐへぇ⁉」



 腹部が圧迫され、強制的に覚醒させられた。



「やっとお目覚め?」


「カハッ、ゲフッ、ゲホゲホッ」


「ちょ、ちょっと⁉ じゅ、重症だったんですから、乱暴しちゃダメですってば!」


「見た感じ、何処も怪我してないじゃない」


「が、頑張って治してくれたんですよぅ!」



 いってぇーな⁉


 何だよ急に⁉



「おいあ?」


「ええ、起きたようです。気分は如何ですか?」


「……最悪だな。腹もいてぇしよぉ」


「ならば良かった。少なくとも、頭は無事機能しているようですね」


「良くはねぇだろ! 説明しろ、説明! 此処は何処だ?」



 体が沈み込むほど柔らかいベッドの感触。


 見覚えのない部屋に、見覚えのある連中が揃っている。



「う、ウチの実家です」


「下手打ったアンタを治療した後、此処でお世話になってるのよ」


「治療?」


「覚えていませんか? 商会に突入し、地上階は無事に制圧しましたが、アナタは単身、地下室へと赴いて」


「頭を殴られて気絶してたんですってよ。一応、相手は倒し切ってたらしいけどね」


「あー」



 そういや、そんなことをしてたんだったか。


 自分に魔術を施した辺りで、記憶が途切れてやがるな。



「で、どうなった? 地下の女性は無事だったか?」


「地下室での死者は全員男だと伺っています。倉庫で眠らされていた者も合わせ、獣人は全て保護したそうです」


「そうか……」



 男は殺しちまってたか。


 いや、それよりも、女性を殺さなかったことを安堵すべきか。



「売られた連中については?」


「貴族に関しては、憲兵、商会、戦士団組合からなる連名で調査が開始されていると。しかし、もう一方については……」



 確か、戦士団だったんだよな。



「もういいんじゃない? やれることはやったでしょ」


「なッ⁉ 未だ助け出せていない者がいるのですよ⁉」


「それってさ、アタシらがやるべきことなわけ?」


「そうに決まってます!」


「取引相手は北区の戦士団って話じゃない。アタシたちで敵うと思ってる? 魔獣討伐で稼いでる連中なのよ?」


「悪人は悪人です。強弱は関係ありません」


「関係大アリでしょ⁉ 次は怪我じゃ済まないかもしれないのよ⁉ アンタ、ホントに分かってんの⁉」


「お、落ち着いてください! け、怪我人がそばに居るんですから」



 視線は鋭いままに、口だけは閉じられた。


 北行き一票、反対一票か。



「チビ助はどう思ってるんだ?」


「う、ウチですか?」


「ああ。2人の意見は聞けたしな」


「う、ウチは……」



 視線が2人の間を行き交っている。


 この場じゃ、意見が言い辛い感じか。



「まあ、今じゃなくていい。それよりも、両親に挨拶をさせてくれねぇか? 世話になった礼を言っておきたい」


「そ、そのぉ、今は例の商会や貴族への対応で忙しくしているみたいなので……」


「そうか。都合がついたらで構わねぇ。頼む」


「わ、分かりました」



 やれるだけのことはやった……のか?


 あの程度の連中相手に不覚を取ってるようじゃ、戦士団の相手はつとまりゃしねぇだろうな。


 魔獣の動きに対応できるってことは、触れるのも容易じゃあるまい。


 倒すのも捕らえるのも無理だ。


 もっと腕の立つ連中が対応してくれることを願いてぇとこだが。


 エルフの言動が気掛かりでもある。


 単独で強行しねぇとも限らんしなぁ。


 どうしたもんか。



「アンタの意見はどうなのよ?」


「俺らの手には負えねぇ」


「──ッ!」


「だが、放置もできねぇ」


「はあぁ?」



 北区ってのが気掛かりだ。


 あそこで獣人は悪目立ちし過ぎる。


 魔族に攫われるぐらいなら、いっそのこと……なんて真似をされかねん。


 とはいえ、こっちはこっちで獣人を保護してるわけだしな。


 連れて行くには危険過ぎるが。



「西区で動いても効果は薄い。せめて北区の戦士団組合に話を通さねぇとな」


「本気で言ってんの⁉ そんなことしたら、アタシらが目をつけられるに決まってるじゃない!」


「その分、連中の動きは鈍るんじゃねぇか?」


「もういいじゃない! もう十分でしょ⁉」



 その顔を見て、言葉に詰まる。



「死んじゃうかと思ったんだから! これ以上、心配させないでよ!」



 泣いていた。


 泣かせてしまった。


 いつも気丈に振舞うコイツが。


 人目もはばからずに。


 ああ全く、怪我よりもよっぽど堪えるっての。






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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