2 再びの死
体感では3年ぶりとなる王立学院。
王都に来ることも同じく久しぶりだったか。
これから最低でも初等部で5年を、中等部を含めると最長で8年を過ごさねばならない。
一度死んだことが妄想で無いならば、そして、アレが再び起こるというのであれば、学院で過ごすだけで期限切れを迎えることになるわけだ。
以前は、初等部修了に伴い、仲間と共に退学し、戦士団を結成した。
今回も同じことをすれば、同じ結果へと至るのだろうか。
ならば少なくとも、戦士団を結成さえしなければ、あの惨劇の場に居合わせる事態は避けられる。
現状、記憶との齟齬は見受けられない。
全てが予定調和。
未知は無く既知ばかり。
それが殊更に絶望を深めてもゆく。
このままゆけば、アレが全てを終わらせるのだ。
努力など無為であり無駄。
読み書き、計算、歴史、魔獣防衛論、戦闘訓練、魔術基礎と、見知った授業内容は退屈極まりない。
せめてもの抵抗と退屈凌ぎを兼ね、図書室で片端から本を読み漁る。
エルフの伝承曰く。
かつて、世界には2つの存在があった。
空には竜が、地には精霊が、相争うことも無く共存共栄していたと云う。
しかし、何処からか現れた魔獣により平和は終わりを迎える。
竜が滅び、精霊が滅び、魔獣だけが世界に残り、永き眠りについたのだと。
おかしな話だ。
現在と合致するのは魔獣という存在のみ。
人種も魔族も登場などしない。
ならば、何処の誰が眠りについたなどと知り得たというのか。
エルフの伝承ならば、エルフだけは既に存在していた?
いやいや、それとて妙だ。
エルフが滅ぼされなかった理由が分からない。
少なくとも、魔獣は変わらず在り続けている。
……いや、違うのか?
伝承が云うところの魔獣が、あの怪物のみを指しているのだとすれば。
世に蔓延る魔獣は、あの怪物への成長途中にあるとか。
……まさか、な。
成体ですら最大でも10メル程度、家なら三階建て相当ってとこだ。
怪物のような数百メルまで成長するなど、聞いた覚えがない。
アレが魔獣を生み出した元凶だったりするのか?
だがそうなると、魔族や獣人族との関係が分からない。
今ある全ての生き物は、アレから生じた?
……ハッ、バカバカしい。
妄想もいいとこだ。
分からないものは分からない。
少し考えを巡らせたところで、容易く世界の真理になど、到達できるわけもない。
まぁ、その辺りは別にどうでもいいか。
知りたいのは、あの怪物について。
一朝一夕で強くなど、なれやしない。
だが、知識は違う。
知ること自体が力となり得る。
怪物を斃せるほど強くなるなど、試すまでもなく不可能。
精々できるとすれば、倒す方法の模索。
ひと月ほどかけて調べてはみたものの、成果らしい成果は得られなかった。
目ぼしい記述は、やはりエルフの伝承のみ。
エルフというのが厄介だ。
彼の種族は文字を厭う。
全て口伝。
伝承が残っていたのも、口伝を人族が書き残したからだ。
つまり、これ以上の知識を得たくば、エルフに直接尋ねる他ない。
が、エルフは自領たる大森林からは滅多に出てこない。
そして、一度出た者は二度と戻ることは許されないらしい。
この学院にも数名が在籍していたはずだが、全て人族との混血児。
話を聞くにしろ、せめて親世代が望ましい。
残念ながら、学院の蔵書ではこれ以上の情報を得るのは難しそうだ。
だがまだだ。
まだやれることはある。
怪物については調べられずとも、魔獣ならばその限りではない。
長きに亘る脅威であり天敵。
こうして今日に至るまで人種が存続しているのは、魔獣に対抗し得ているがゆえ。
帝国の騎士然り、王国の戦士団然り。
決して斃せぬ存在ではない。
ないが、俺たちは呆気なく殺された。
魔術師が魔獣討伐に派遣されないのは、あの俊敏さが理由かもしれない。
接近を許せば一撃死。
あの動きに対応できる強者のみが、成体に抗し得るわけだ。
戦士団が魔獣討伐の有無により区別されていたのも、今にして思えば得心がいく。
学院での学びなど、実戦では活かす余裕すら与えられない。
一瞬が生死を分かつ。
それを正しく理解したのが、死んだ後というのが何とも情けない。
悔いがある。
自分の過失で自分が死ぬのは構わない。
当然の報い。
悔いがあるのは、仲間を巻き添えにしたこと。
連れ出さなければ、あんな結末を迎えはしなかったに違いない。
だから決して。
今後、巻き込む真似だけはすまい。
ともあれ、魔獣関連の書籍を物色してみるとしようか。
甘く見ていた。
量が桁違いだった。
選別するだけでひと月以上。
目を通し切るのに、二年以上も掛かってしまった。
魔獣の発生方法は言わずもがな。
禁忌とされている、魔族と獣人族との交配により誕生する。
理屈は不明ながらも、魔獣は人族とエルフを積極的に狙う傾向があるようだ。
魔族や獣人族を狙わないのは、やはり本能的なモノだろうか。
決して、魔族が魔獣を操っているわけではない。
魔獣はただ暴れるだけ。
制御など叶わない。
獣人族は人種の中でも身体能力に秀でる種族。
当然、戦士団に必要とされ得る人材ではあるが、もしも魔族に囚われれば、魔獣を生み出す一助となってしまう。
だからこそ、魔族領と国境を接する北区に、獣人は住んですらいない。
東区は獣人族領と接するため、獣人が住んでもいるし、獣人のみで構成された戦士団も存在していた。
魔族領と獣人族領は国境を接してもいる。
こと獣人にとってみれば、魔族こそが脅威とも言える。
魔獣を根絶させるならば、魔族ないし獣人族を滅ぼすしかない。
そんな理屈で獣人族を忌避する者がいるのも事実。
帝国など、人族以外を受け入れない辺り、どう考えてるか透けて見える。
根本的な解決には、どちらかの種族の絶滅は必至。
それが魔族であることを願うばかりだ。
魔獣の厄介な点に、繁殖能力の高さがある。
魔獣は雌雄同体。
成体になると交配し、新たな魔獣が誕生する。
質の悪いことに、魔獣同士の混血はキメラ型と呼ばれ、親の特徴を引き継ぐ。
つまりは、世代を重ねるごとに凶悪さを増す。
成体は最優先討伐対象であり、報奨金や素材目当ての戦士団は多い。
そうして狙われてなお生き延びた個体たちの混血。
易々と魔族や魔獣討伐が叶わない要因。
もしかしたら、そうした混血の末に生まれるのが、あの怪物なのか。
守っているだけでは、いずれ詰む。
肝心の斃す方法は2つ。
1つ目は頭部の破壊。
2つ目は魔獣の心臓にあたる魔石の摘出。
魔石とは、破壊不可とまで云われる真っ黒な石。
魔獣の成長に合わせ、魔石もまた肥大化するそうだ。
魔術師が持つと淡い光を発するため、魔術の資質の判別にも用いられる。
人族は遺伝せず稀に、エルフは純血混血に関わらず必ず有している、魔術の資質。
魔獣が人族やエルフを狙う理由は、この魔石の性質が関係しているのかもしれないとの説もあった。
以前、似たようなことを聞いた気もする。
魔獣は魔術師を狙うのだ、と。
魔族領の南に王国が、更に南下すればエルフ領が存在する。
帝国には魔術師は居ないらしい。
反面、王国は近年、魔術師の発見と育成に注力し続けている。
この王立学院が、魔術学院などと揶揄されるほどに。
元々は貴族の教育を目的としていたが、魔術の資質のある平民を積極的に受け入れ始めたのだ。
養護院出身の俺が、学院に居られるのもそのお蔭。
全寮制で無料とくれば、断る理由が無い。
より人口の多い帝国を狙わず、執拗に王国へ侵攻し続けることからも、あの説の信憑性は高いように思われる。
とまあ、それはさておき。
これで明らかになったことは、例の怪物は斃せないということ。
山ほどもある巨躯を相手に、頭も魔石も狙えやしない。
……いや、待てよ。
まだ魔術って手もあるのか。
怪物の唯一欠点らしいものと言えば、巨躯故の鈍重さ。
魔術の標的とするには理想的に思える。
初等部では近距離しか習わないが、学院の卒業生を有する魔術局ならば、相応の人材ぐらいは居よう。
そう、あの引率に来ていた魔術師然り。
……いっそのこと、洗いざらい話してみるか?
既に初等部の在籍期間も残すところ半分を過ぎた。
予想される怪物の出現時期まで、凡そ5年。
まだ猶予は残されている。
斃すに足る魔術が未だ無くとも、今から取り組めば間に合うかもしれない。
現状見出せた唯一の可能性。
他者を頼みとするのは好むところではないが、俺以外の命まで懸かっている状況で、贅沢は言ってられない。
結果は失敗。
誰も信じてはくれなかった。
予兆もない現状で、記録にも残されていない巨大な魔獣の出現など、子供の妄想と一蹴された。
まあ、当然の反応だろう。
逆の立場であったなら、俺とて信じるはずもない。
熱意は一転、失意へと変わる。
無駄な足掻きを止めた。
ただただ日々を消化し続ける。
かつての仲間とも、誰とも関わり合うことなく。
瞬く間に初等部を修了した。
取り立てて何事も無く。
唯一の例外は、王都郊外で獣人の幼女を助けたこと。
卒業式と同日で助かった。
先生宛に手紙を出してもおいたし、上手くやってくれると信じよう。
願わくは、俺たちがいなくとも、幸せに生きて欲しい。
残り3年。
中等部へと進級を果たす。
魔術応用など、ようやく見知らぬ授業が行われる。
初級魔術が基礎、近距離、単体だったのに対し、中級魔術は応用 遠距離、範囲、並列処理、複数属性など、一気に難易度が跳ね上がった。
初等部は楽に過ごせたが、初見となる中等部はそうもいかない。
だが、没頭していれば、不安を覚えずに済む。
そうして、3年間も過ぎていった。
日食が起きた。
覚えている。
この直後、北壁へ集結するよう、全戦士団に通達がなされたのだ。
さあどうなる。
全ては俺の妄想だったのか。
それとも、あれは確かに、起こり得た未来だか過去の記憶だったのか。
北壁が突破されたとの報せは、瞬く間に広がった。
ならば、先生たちはもう……。
今回は特に何もできなかったことが悔やまれる。
ともあれ、すぐさま学院を離れる決断を下す。
学院のそばには魔術局もあるのだ。
魔獣の狙いが魔術師ならば、遠からず此処に殺到するに決まっている。
精々やったことと言えば、覚えたての中級魔術で、手当たり次第に西へと向かうように暗示をかけてやったぐらいだ。
その中には、懐かしい連中もいたかもしれない。
流石に眠気が堪える。
遠距離に、複数に、と、中級魔術が使えるようになったことで、有する危険性も理解できてしまった。
確かに、この力を無暗に外界へと解き放つわけにもいくまい。
必然、魔術局に軟禁するなんて発想へと至るわけだ。
学院を抜け出し、目指すは王都で一番高い場所。
閑散とした街路を独り歩く。
住人の避難はさせる癖に、学院の連中は放置かよ。
……囮として利用するつもりか?
まさか、な。
街路から階段へと変わる。
この先にある建物は一つきり、王宮だ。
未だに逃げだすことなく、王が居るとも思えないが。
できるだけ高い位置から、怪物の姿を拝んでやりたい。
息切れしながらも、どうにか上り切る。
見下ろした先では、予想違わず、魔獣が学院へと殺到していた。
その奥を、巨大な影が動いている。
俺の妄想なんかじゃなかった。
信じなかった連中は、魔獣の腹の中だろうか。
と、魔術局辺りが白い光に包まれ、消失してしまった。
……何が起こった?
魔獣の仕業ではあるまい。
魔術にしては規模が異常過ぎる。
魔術局はおろか、学院までをも巻き込み、地面まで抉れている始末。
群がってた魔獣たちは、巻き添えを食らって全滅したようだ。
今のを使えば、怪物も斃せただろうか?
いや、それが可能だったのなら、怪物に対して使ってるはず。
自決か。
何とも潔いことだ。
巨大な影が迫りくる。
その姿を目に焼き付ける。
此処も進路上に位置してるわけで。
程なく踏み潰されて終わるだろう。
「これで二度目か。ま、前回よかマシな最期だな」
誰も助けられずに。
斃す方法も見出せずに。
何も成せず、ただ無為に死ぬ。
そう、何も変わらなかった、変えられなかった。
「──ハッ、何がマシだよ」
途中で投げ出した。
諦めてしまった。
その結果がコレだ。
「最悪な気分だぜ。まるで、俺が殺してるみたいに思えてくる」
仲間の死に様から、目を背けたかっただけなのか。
情けねぇ。
誰に顔向けできるってんだか。
「先生たちを殺して、俺を殺して。その次はどうするつもりだ? 仲間も殺しに行くのか? それともマザーや子供たちか?」
二度と奇跡など起こらないかもしれない。
今回限りの奇跡。
唯一の可能性を、むざむざ捨てただけだったのか。
前回との違いは、時間と場所。
前回と同じなのは、その死因。
この怪物に殺されることが、俺に起こった妙な現象の原因ならば。
「許せねぇ。許せるはずがねぇ。報いを受けるべきだろ」
言葉も覚悟も、怪物には届かない。
それでも。
そうだとしても。
「覚悟しとけ。今度は、俺のほうから殺しに行ってやる」
空が落ちてくる。
抗うように、拳を天に突き出した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。