13 行き先
「何も、俺の部屋に集まらんでもいいだろ」
「いいでしょ別に」
「一人部屋に5人とか、狭いんだよ」
ベッドを占領され、止む無く椅子に座る。
「あとこれ、あんまり美味しくないんだけど」
「で、ですよねぇ」
「生意気に文句言ってんじゃねぇよ」
差し入れた昼食がお気に召さないらしい。
金持ち連中ってのは、無駄に舌が肥えてていけねぇ。
「そうですか? ワタシは美味しいと思いますが」
「あぅ」
「ほらな? コイツらを見習え」
「どうやってよ! 意味分かんないわよ!」
っと、こうして図らずも集まってんだ、時間を無駄にすべきじゃねぇな。
「今後の予定を話し合いたいんだが、構わねぇか?」
「そうそれ。結局、この子のこととか、どうなったわけ?」
「連れてくことにした。憲兵にはもう伝えてある」
「あ、あのぅ、戦士団に加えるんですか?」
「いや違う。同行者扱いだ」
「そうは言ったって、いっつも一緒ってわけにいかないでしょ」
「だな。戦闘なんかにゃ連れてけねぇ。誰かが面倒を見てる必要がある」
「どうすんのよ」
「選択肢は3つ。1つ目は東区へ向かい、親を捜してやる。2つ目は西区へ向かい、誘拐の主犯を捕まえる。3つ目は王都に残って親が見つかるのを待つ」
「1つ目って、何か根拠があって言ってるわけ?」
「どういう意味だ?」
「東区に親がいるって話よ」
「分からん。が、獣人が一番多いのは東区だ。あと、俺が世話んなった養護院もあるしな」
「まさか、預けるつもりなんですか⁉ 面倒を見るとは嘘だったのですか⁉」
「うぅ」
「落ち着けよ。とにかく、子供を最優先するって選択肢だと思ってくれ」
大声に驚いて身を震わせた子供に気付き、慌てたエルフが抱きしめてみせる。
「危険なのは、どう考えても2つ目よね」
「で、ですよねぇ。け、けど、ウチはできればコレがいいかなって」
「はあぁ? 危ないって理解してる?」
「う、ウチも商家の娘です。お、同じ業種の者の非道は見過ごしたくありません」
「ワタシも同意します。悪は誅されるべきです。とはいえ、この子を危険に巻き込むのは心苦しいくもあります」
「安定は3つ目だろうな」
「アンタはどうなのよ?」
「2だ。実は依頼を受けてもある。が、強制ってわけじゃねぇ。此処で出た結論に従うつもりだ」
「エルフは? 結局、どうしたいの?」
「ワタシは……」
「う?」
「この子の親を捜してあげたい。ですが、この子のような目に遭っている子を、放ってもおきたくありません」
「2が多いわけね。なら、西区行きでいいんじゃない」
「オマエの意見はどうなんだよ。4でも5でも、意見があるなら出してくれていいんだぜ」
「別に無いわ。決まったことに従うだけよ」
そういやコイツ、退学する時も俺任せだったよな。
肝心なとこを他人に決めさせるってのは、どうにも気に入らねぇ。
「オマエのやりてぇことはなんだよ。逆に、ぜってーやりたくねぇことでもいいが」
「何よ急に」
「賛成でも反対でもよぉ、とにかく自分の意見を言えっての」
「アタシは……アタシにはやりたいことなんて無いわよ」
「ま、まぁまぁ、揉める必要もないですよ」
「この子も怖がってます。できれば控えてください」
「へいへい。んじゃ、西区行きで構わねぇんだな?」
3人が頷きを返してきた。
スッキリとはしねぇが、一応、決定は決定だ。
「っと、もう一つ」
「まだ何かあるわけ?」
「これで最後だ。子供の面倒は他人任せにせず、全員で持ち回りてやろうぜ」
結局は分担になりそうだが、最初にそう宣言するとサボる奴が一名、確実に出るだろうしな。
椅子から立ち上がり、ベッドから獣人を抱き上げる。
「う」
「てなわけで、今日はオマエが面倒を見ろ」
完全に油断してる膝に乗せてやる。
「あ、アタシぃ~⁉」
「明日、宿を引き払って出発するぞ」
ゾロゾロと退出してゆく面々。
「で? 何でオマエは残ったんだよ。さっさと帰れよ」
「子供の面倒なんて見れないわよ。アンタが代わってよ」
膝上の子供を抱くでも無く、むしろ距離と取るように上体を逸らしている。
逃れたいのは子供からか、それとも責任からなのか。
「これはオマエのためでもあるんだぜ。どうにも責任感やら決断力やらが足りてねぇ。これを機会に養え」
「なッ! そんなこと」
「母親の真似でもいいさ。分からないことがあれば、俺や他の奴を頼ればいい。だから逃げんな」
「どうしてそう、アタシには意地悪なのよ」
「そんなことはねぇだろ。被害妄想過ぎやしねぇか?」
「うぅ」
「大丈夫だ。オマエは何も心配しなくていい」
獣人の頭を軽く撫でてやる。
心なしか耳が垂れた気がする。
「……子供には優しいわよね」
「悪いことや危ないことをしたときは、叱ったりもするさ」
「もう既に、どうすればいいか分かんないわよ」
「目を離さずそばを離れず、話し掛けたり触れたりしてやれ」
「アタシだと、怪我させちゃうかもだし」
「甘えんな。加減を覚えろ」
「さ、さっき頼れって言ったじゃない」
「ただの丸投げを頼るとは言わねぇだろ」
溜息を堪えつつ、続ける。
「コイツがまだ喋れないのは、言葉を聞く機会に恵まれなかったからかもしれねぇ。なるべく話し掛けてやってくれ」
「うー」
「う~?」
「気を付けねぇと、子供は何でも真似するぜ」
口からの異音が止む。
「抱き上げるのって、どのぐらいの力なら大丈夫なの?」
「オマエが経験した中で、一番脆い物を想像してみろよ。んで、それを壊さないように扱え」
恐る恐る手が伸びてゆく。
横から伸びてきた手を見て、子供が硬直する。
泣き出さないだけマシか。
「そ、それで、どこを持てばいいわけ?」
「脇の下だな」
やれやれ、こりゃあ思った以上に手が掛かりそうだ。
宿を出ると、1人だけゲッソリしていた。
これはまあ、予想どおりか。
「忘れ物はねぇな?」
「はい」
「は、はいですぅ」
「あーうー」
「今日はチビ助が担当か」
「が、頑張ります」
体格的に抱き上げるのは無理だ。
必然的に手を繋いで歩くしかない。
昨日と同じく、子供は通行人に怯えているように見える。
「街道に出るまでは抱き上げてやるよ」
「え、えっとあのぉ」
「街道からは任せたぜ」
「は、はい」
今日の目標は、宿に到着することだな。
子供を抱え、西門を目指す。
「背負っている物は何ですか? 以前は持っていませんでしたよね」
「保存のきく食料やら水やらが入ってる」
組合を出た後、買い揃えておいた物だ。
どうせ、王都での待機は選ばれないだろうと思ったしな。
「随分と小さいようですが、足りるのですか?」
「これで野宿しようってんじゃねぇんだ。念の為の備えだよ」
「野草の類いであれば、ワタシが見分けられますよ」
「ほぅ、なら今度、小さい鍋でも買い足しておくか」
「草なんか食べるわけ?」
「野菜と大差ねぇだろうが」
「全然違うでしょ⁉」
「う、ウチもちょっと……」
この2人はアレだな。
贅沢から離れさせ、質素で素朴なものを味合わせてやる必要があるのだろう。
野宿となると、天幕がありゃ楽できるんだが。
もし俺が入れたとして、結構なデカさが必要だ。
高いし重い。
手頃な洞穴でもあればってとこか。
「ん?」
視界に入ってきたのは、ヒョコヒョコと動く耳。
昨日とは違って、周囲の様子を窺っているらしい。
多少は慣れてきたってことか。
もっとも、抱いてるからこその余裕かもしれないが。
「今日は随分とご機嫌だな」
「はぁ? 何よ急に」
「オマエのことじゃねぇよ」
行き交うのは人族ばかり。
エルフも獣人も見掛けない。
「ふぅ、これだけ人が多いと、歩くだけでも疲れてしまいますね」
「そ、そうですかね」
「西区はどうなんだ?」
「そ、そうですねぇ。ば、馬車が多い印象です」
「そうか。子供が出歩くには、ちと危ねぇな。いいか、絶対に手を離すんじゃねぇぞ」
「何でアタシを見て言うのよ」
「心配だからだ」
「あ、アンタに心配されなくたって──」
「アホか。オマエが心配なんじゃねぇよ」
「──ッ⁉ わ、分かってるわよ!」
「わ、わわわ⁉ こ、子供を抱いてるんですから、暴力はダメですよぅ」
「子供に暴力を振るおうとは、非道に過ぎます。斬りますよ?」
「斬るな。あと抜くな」
腕の中でモゾモゾと動き出した。
様子が気になるのか、肩越しに覗き込んでいる。
「は、はうぅ。か、可愛過ぎますぅ」
「これは確かに……妙な高揚感を覚えますね」
「……アンタ、すっかり獣人を受け入れたのね。学院では散々言ってたくせに」
「過去は過去です。日々は常に学びに満ち溢れています。成長したと言ってください」
実際、結構過激なことを言ってたしな。
チビ助のお蔭もあるんだろうが。
「な、何か、ジッと見られてると落ち着かないわね」
「し、幸せですぅ」
「耳が、耳がピョコピョコと。何故だか無性に触りたくなってきます」
仲良くする分には結構なことだ。
ようやく西門に到着し、地面に下ろしてやる。
「いいか? 絶対に手を離すなよ」
「わ、分かってます」
「街道を通る馬車は当然として、街道脇の草木にも気を配れよ」
「アンタって、割と心配性よね」
「そうか?」
いざ手元を離れると、不安にもなる。
が、確かに色々と口を出し過ぎているかもしれん。
こっちでも気を配ってやればいいだけか。
獣人の歩幅に合わせ、歩く速度を調整する。
「不審な輩は斬ります」
「斬るな。抜くな」
「そう言えば、盗賊退治とかの依頼もあったわよね。ついでに受けとけば良かったかしら」
「ついでに退治したところで、憲兵を呼びに行くのも手間だろ」
「それもそうね」
「王都のそばだと言うのに、何故、こうも治安が優れないのでしょうか」
「そりゃオマエ、王都しか守ってないからじゃねぇか」
「……どういう意味でしょうか?」
「は? いや、そのまんまだよ。憲兵も衛兵も、王都の治安維持が務めなんだろ。一歩でも出ちまえば管轄外なんだろうさ」
当然、街道を見回ったほうが、治安は向上するはず。
だが実際問題、東西南北の街道を常に見回るのは、相当の手間だろう。
そうして見回ったとしても、悪さをする輩は出る。
「人員が不足しているのですか?」
「どうだろうな。実際のとこは俺にも分からん」
学院の卒業者が増えて、衛兵だけで王都の治安が守れるようにでもなれば、憲兵が街道の見回りに従事することもできるのかもな。
「なればこそ、見つけ次第、成敗してゆきましょう」
「自衛する分には構わねぇが、疑わしいってだけでちょっかいかけるなよ?」
「ねぇねぇ、今更だけど、何で馬車を使わなかったわけ?」
「あ」
そういやそうだったな。
別に歩きに拘る理由は無い。
それこそ、盗賊退治をするってわけでもねぇんだしな。
「まあ何だ、アレだアレ。運動も必要だろ」
「……ま、いいけどね」
「そ、そうですよ。あ、歩くのはいいことです」
「アンタの場合、獣人と歩けてるからってことでしょ」
「は、はうぅ」
馬車の値段より、宿の値段のほうが高いわけで。
歩きの分、宿に泊まる回数が増す。
いや、金だけの問題じゃねぇ。
痩せ細った体で歩かせるとか、俺も考えが足りてねぇな。
馬車に乗せたら乗せたで、揺れで酔うかもしれねぇが。
色々と子供目線で考えてやらねぇとな。
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