12 子供の処遇②
勢い込んで出て来たはいいが、肝心の詰め所の場所を聞き忘れた。
繋いだ手からは、震えが伝わってくる。
視線の先にあるのは俺……ではなく、周囲に対してか。
王都の人通りは多い。
人を怖がってるのか。
歩かせるのは諦め、抱き上げる。
「あ」
「これなら安心か?」
「う」
「そうか。ならこれで行くか」
昨晩とは違い、泣き喚くことは無い。
安心させられてないのか、不安でそれどころじゃないのか。
この感じ、養護院を思い出す。
昨日通った時には気が付かなかったが、東門付近に行けば詰め所ぐらいすぐ見つかることだろう。
門のすぐそばに詰め所はあった。
憲兵のじゃなく、衛兵のだったが。
仕方なく衛兵に場所を尋ね、再び歩き出す。
抱えている獣人の子供は、周囲を眺めるでもなく、むしろ隠れるようにして胸に顔を押し付けている。
どんな生活を送って来たのか。
コイツの親は、ちゃんと育てていたのか。
喋れないこともそう。
ショックで一時的に喋れないだけなのか、耳が聞こえないのか、もしくは言葉を覚えられる環境にいなかったのか。
色々と考えさせられてしまう。
……ったく、くだらねぇ。
俺まで悲観的になってりゃ世話ねぇっての。
どう見たって幸福じゃねぇなら、これでもかってぐらいに、これからを幸福にしてやれば済む話だろうが。
俺が助けられたように、俺も助けてやればいい。
「心配すんな。俺が居てやる。女連中もだ」
「う」
こっちの声に反応はする以上、耳が聞こえないわけじゃないんだろう。
意味が伝わってるのかが問題ではあるが。
「朝、あんま食ってなかったろ。もっとしっかり食わねぇとな」
「う」
「叱ってるわけじゃねぇさ」
アレをやれ、コレをやれってんじゃ、息が詰まるか。
焦らずいかねぇとな。
石造りのやたらと角ばった建物。
此処で合ってるんだよな?
「うぅ」
「用事を済ませたら、すぐに出る。少しだけ我慢してくれ」
無骨過ぎる外観が、子供には受けが良くないのか。
中に入ると、意外と中は明るい。
正面に受付。
「何かお困りごとですか? あー、もしかして迷子かな?」
「いや違う。昨日、誘拐犯を捕まえた戦士団なんだが」
「ああ、キミがそうなのか。話は聞いてるよ。少し待っててくれ」
そう言うと、すぐ後ろの扉へと入って行く。
が、またすぐ出てきた。
「右の通路の一番手前の部屋で待っていてくれ。すぐに人を行かせる」
「分かった」
まだ怖がってるらしい獣人をあやしつつ、言われたとおりに部屋へと入る。
これまた無機質な部屋だ。
壁の上のほうに、採光と換気用っぽい鉄格子。
来客用じゃなく、尋問室だなこりゃ。
申し訳程度に置かれた机と椅子。
こういう場合は奥側に座るべきかね。
まずは獣人を椅子に座らせてから、隣に椅子を持ってきて座る。
「──すまないが、扉を開けてくれないか。両手が塞がってるんだ」
扉の向こうから声が掛かる。
「ああ」
返事をしつつ、立ち上がって扉を開けてやる。
「ありがとう」
「別に、これぐらい構わねぇよ」
トレーの上に人数分の飲み物と、紙の束が載せられていた。
「椅子は足りてるな。今日は2人だけで来たのかい?」
「ああ。他の連中は寝不足気味でね。今も宿で寝てると思うぜ」
「そ、そうか。ま、まぁ、なんだ。仲が良くて何よりだな」
「……あ?」
どういう意味──。
「アホか。妙な勘繰りしてんじゃねぇよ。明け方までコイツの世話を焼いてたってだけだ」
「そうだったか。いや済まない」
椅子に座り直し、相対する。
持ってきた飲み物を配り終えると、咳払いを一つ挟んで話が始まった。
「それじゃあ、話を聞かせてもらっても構わないかな?」
「っと、そうそう、コイツは喋れねぇみたいなんだ」
「……そうなのかい?」
「う」
「一応、聞こえてはいるみたいなんだがな。コイツからの聞き取りは諦めてくれ」
「そうか……しかしそうなると、親御さんの捜索も難しいな」
「後もう一つ。コイツは俺らが預かることに決めた」
「……キミが連れてきたから、てっきり預けに来たとばかり思ったんだが」
「悪いな。ただ、親の捜索はそっちでも進めてくれると助かる」
「もちろんだとも。なら、キミから昨日の話を聞きがてら、その子の似顔絵を作成してしまおう」
「──西区の商会、か」
「ああ、らしいぜ」
「区外となると、我々では動き辛いな」
「ま、そっちも何とかなるかもな」
「……と言うと?」
「まだ仲間と相談したわけじゃねぇが、その商会に行ってみるつもりだ」
「如何に戦士団とはいえ、好き勝手に振舞えるわけじゃない。下手をすればキミたちが捕まるだけだ」
「接触さえできれば、洗いざらい吐かせるのは楽勝だ」
「どういう意味かな?」
「拷問って意味じゃねぇぜ。魔術を使うってだけだ」
「なるほど、キミは魔術が使えるのか。そうだな……ならば、追加で依頼を出そう。それと、西区の憲兵充てに一筆書いておこう。それである程度は自由に行動できるはずだ」
「おいおい、まだ行くと決まったわけじゃねぇんだぜ」
「おっと、そうだったな。だが、行くつもりなんだろう?」
「親探しを優先するなら、東区行きになる可能性もある。まだ分かんねぇよ」
「それならそれで構わないさ。依頼も無駄になるわけじゃない」
ふと隣を見やれば、子供がウトウトし始めていた。
夜まで寝てたとはいえ、逆に夜は起きてたんだから、今頃眠くなってきたのか。
椅子をくっつけ、体をこちらへと寄り掛からせる。
「う?」
「眠っちまっていいぜ」
「……失礼な物言いだろうが、少しばかり意外だな」
「あ? 何がだよ?」
「キミの振る舞いだよ。何というか、見た目に反して手慣れてる感じがしたのでね」
「養護院育ちなんだよ。ガキの面倒なら見慣れてる」
「……そうだったのか、やはり失言だったな。すまない」
「別に気にしてねぇさ。単なる事実ってだけだ」
「そうか。キミは立派だな」
「……何だよ急に。気持ちわりぃな」
「その歳で──いや、キミの年齢は知らないのだが、他人を気遣える者は、そう多くはない」
「買い被り過ぎだろ。アンタが悪人を見過ぎてるってだけじゃねぇのか?」
「ふっ、かもしれないな。人の悪意というものには際限がない。これからどうするにせよ、十分に気を付けたまえ」
すっかり寝入ってしまった子供を背負い、宿を目指す。
組合で報酬を受け取ったり、旅装を整えたりもしたかったが、仕方がない。
アイツらが起きて来てから、行動するとしよう。
にしても、随分と物分かりのいい奴だったな。
子供に関しちゃ、もっと揉めるかと思って、女共は置いてきたんだが。
まあ、面倒事にならずに済んで良かったか。
さっさと東区に行きたい気もするが、どうなるかねぇ。
宿に戻り、ひとまずは自室に入る。
皆を起こすのも何だしな。
獣人はこのまま此処で寝かせておいてやろう。
扉をノックする音で、考えごとを中断する。
戻って来てから、大して時間は経ってない。
もう誰か起きたのか?
「──開いてるぞ」
「入っても構いませんか?」
「ああ」
入って来たのはエルフのみ。
「他の奴は?」
「まだ寝ています」
「オマエは寝てなくていいのか?」
「えっと……その子が気掛かりでしたので」
「まさか、寝てねぇのか?」
「いえ、少しは眠りましたよ」
「おいおい、そんなんで大丈夫かよ」
「そんなことよりも、その子のことです。どうなりましたか?」
「身柄は俺らが預かるって話をつけてきた」
「ッ⁉ そうですか!」
「おい、大声出すな。起きちまうだろうが」
「す、すみません。つい」
「いいから、戻って寝とけ。まだ酷い面してるぜ? 他の連中が起きるまで、俺がコイツを見といてやるからよ」
「……意外ですね」
「あん?」
「アナタです。もっと悪人だと思ってました」
……それはつまり、まだ悪人だとは思ってるってことか?
「そうかい。なら、俺に襲われない内にさっさと部屋に戻れ」
「……此処で寝てはいけませんか?」
「……オマエ、俺の話聞いてたか?」
「但し、触れられたと判断次第、潰します」
何を、とは聞くまでもないんだろうな。
「この子のそばに居てあげたいのです。いけませんか?」
「ああもう、好きにしろよ」
ベッドから離れた位置に椅子を置き、腰掛ける。
「ありがとう」
ったく、んな顔されちゃ、断れねぇだろうが。
ドタドタ音がし出したと思ったら、扉が激しく叩かれた。
「この変態! さっさと2人を返しなさい!」
しかも、大声で叫びやがった。
「──あのバカ女はよぉ」
寝不足が解消された途端にこれか。
まあ、そろそろ昼時だし、見張りを交代させるか。
立ち上がって扉へと向かう。
「いちいち騒ぐな。うるせぇんだよ」
「やっぱり戻ってたのね! 2人は中⁉ そこに居るの⁉」
「居るよ。どっちも眠ってる。だからギャアギャア騒ぐんじゃねぇ」
そこまで言って、扉を開けてやる。
すかさず拳が見舞われた。
「っと、危ねぇな」
「──チッ」
「どんだけ狂暴なんだよオマエは」
「2人は無事なんでしょうね?」
「少なくとも、ベッドに入ってからは触っちゃいねぇ」
「な」
「いや待て、言い方が悪かった。何もしてない。マジで」
「……それはアタシが見て判断するわ。退きなさい」
再び見舞われた拳を躱し、壁際へと逃れる。
「で、何でエルフまでこっちで寝てるわけ?」
「心配だったんだとよ。一応、戻るようには言ったぜ」
「魔術を使ったわけじゃないのね?」
「ああ」
「ホントにホント?」
「しつけぇっての」
ベッドで寝入る二人を見て、ようやく勢いが弱まる。
「どうすることになったの?」
「個別に説明すんのは面倒過ぎんだろ。また夜にでも話そうぜ」
「ちょ、ちょっと、何処に行くつもりよ⁉」
「昼飯を調達ついでに、雑用を済ませとこうと思ってな。留守番……って表現が正しいのかは分からねぇが、後は任せたぜ」
身代わりも用意できたし、晴れて自由の身だ。
とにかく金が無い。
見る見る銀貨が消え失せてゆく。
昼飯はアイツらの分も買って帰るとして、できるだけ安いので済ませとくか。
そうなると、飯は後回しで、先に組合に行っとくか。
「よっす」
「何だ、独りか? もう喧嘩別れでもしたのか?」
「ちげぇよ。依頼の報酬を受け取りに来たんだよ」
「そうかい。依頼番号は?」
「えっと──」
番号を伝え、手続きを済ませてゆく。
「えらくすんなり解決したんだな」
「……いや、まだ解決ってわけじゃねぇんだがな」
「そうなのか? 憲兵からは犯人は捕らえたって聞いたが」
「ま、色々とな」
「報酬だが、犯人1人につき大銅貨1枚。救助者1人につき小銀貨1枚とある。犯人は9人で、救助者は1人。間違いないか?」
街道で戦ったのが5人、洞穴周辺で4人だったはず。
「ああ。間違いねぇ」
「小銀貨1枚と大銅貨9枚。確かめてくれ」
「おう、ちゃんとあるぜ」
「依頼書を剥がしてくる。指印を押したら完了だ」
にしても、報酬が少ねぇ。
あの耳飾り二つ以下かよ。
完全に赤字だぜ。
「そうそう、憲兵から追加の依頼があったんだが」
もうかよ!
手際が良過ぎだろ!
「何でも、前金で旅費をつけるとさ。但し、先着一組に限るそうだがな。受けるか?」
どうにも見透かされてる気がするぜ。
今は少しでも金が欲しい。
「前金だけ貰うって手もアリなんだよな?」
「そりゃあな」
「なら受けるぜ」
「一応、依頼内容には目を通しておけよ」
「わーったよ」
オッサンの居る壁際まで移動する。
「ほれ、そいつだよ」
……ふーん、なるほどね。
西区の憲兵に手紙を届けるだけでも、少額だが報酬は貰えるらしい。
しかも、商会関係者の身柄は、1人につき小銀貨1枚。
これは結構稼げるかもな。
「中々上手い話だろ」
「だな」
「実際、オマエらに最初に見せるよう、言付かってたしな。受けてくれて助かるよ」
「そうだったのか」
「登録時にも言ったが、区外に行くなら、書類を持っていくのを忘れるなよ」
「ああ」
「では、残りの手続きを済ませてしまおう」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




