11 子供の処遇①
獣人を抱き上げ、洞穴を後にする。
空の色が変わり始めてもいるし、さっさと宿を取らねば。
「──な⁉ いったい何処に居たのです⁉」
「木箱ん中だ。他は空箱だったがな。どうやら、売っぱらわれる寸前だったらしい」
「箱の中って、人を物みたいに! あんまりじゃない!」
「ワタシの確認不足ですね。すみません」
「この子を一旦、預かってくれねぇか。伸びてる連中に話がある」
「それは別に構いませんが」
「少し離れてろ。ソイツらの内の誰か、もしくは全員が精神魔術師の疑いがある」
獣人をエルフに渡し、蔦で拘束され並べられた4人へと近づく。
精神魔術師相手でも、気絶してれば効果はあるか?
もしも相手の力量のほうが上なら、俺が操られたりするかもな。
「俺が操られるかもしれねぇ。様子がおかしいと判断したら、気絶させてくれ」
「そんときは、思いっきりやってあげる」
「……いや、手加減はしといてくれ」
まずは一人目。
≪催眠≫
精神魔術の初級。
端から順に魔術をかけてゆく。
チッ、眠気が出てきてるな。
そろそろ魔術の使用は控えたいとこなんだが。
この段階じゃ、まだ掛かったか分かんねぇな。
とはいえ、全員を一度に起こすのは危ねぇか。
時間は掛かっちまうが、一人ずつ起こしていくか。
一人目は違った。
が、二人目で引っ掛かった。
読みどおり、精神魔術師だったらしい。
だが、学院出身者じゃねぇようだ。
つまりは、学院以外で魔術を教えてる輩がいるのだろう。
まあ、今はそれはいいか。
別に何に違反してるってわけでもねぇ。
学院入りは権利であって義務じゃねぇしな。
中級以上の魔術師がいるなら、魔術局が血相を変えそうでもあるが。
やはりと言うべきか、西区の商会と通じていた。
残念ながら、獣人を攫う理由までは知らねぇみてぇだ。
攫った他の獣人たちは、数日前に移送した後。
想像以上に組織化されてやがる。
大元を潰さない限り、人攫いは続けられるかもな。
「この者以外は連れて行かれた後でしたか」
「酷い連中よね。こんなのがまだいるってのが、さらにムカつくわ」
「それで、これからどうしますか?」
「取り敢えず、コイツらは鼻と口以外は蔦で覆って、街道に運ぶのは一人だけにしとこうぜ。後は憲兵に任せりゃいいだろ」
「全員運べばいいじゃない」
「無茶言うなっての。チビ助は体格的に獣人も犯人も運べねぇだろ。2人じゃ、大人4人なんぞ運べるかよ」
「す、すみません」
「それならそうと、先に言いなさいよね」
コイツに構ってるのは時間の無駄だな。
少しでも明るい内に、街道に出ておきたい。
「すみません、犯人たちの拘束を強めようにも、まずはこの子を預かっていただきたいのですが」
「おっと、そうだったな」
再び腕に抱く。
しっかし、全然起きねぇな。
「この子、幾つぐらいかしら」
「そうだな……5歳前後ってとこじゃねぇか」
「はあぁ? そんなわけないでしょ。流石にもっと大きいでしょ」
「あ、あの、獣人は人族に比べて成長が早いんですよ」
「あのねぇ、いくら早いって言っても、限度があるでしょ」
「マジだっての。人族の2倍近く成長が早いんだよ」
その弊害なのか、寿命も半分ぐらいだがな。
「……ホントにぃ~?」
「ほ、ホントですよぅ」
加えて、獣人は繁殖能力も高い。
攫ったのは、労働力目当てなのか?
「そういえば、モフモフがどうとか言ってたわよね。折角だし、本物の感触を確かめさせて頂戴」
「おい、加減を間違えるなよ? 今起きられても面倒だ」
「分かってるってば」
慎重に耳へと手を伸ばしてくる。
「ん? んんん?」
「ど、どうですか? も、モフモフですか?」
「んー? こういうもんなのかしら? 犬猫のほうがよっぽどな気がするけど」
「あ、あれぇ? そ、そんなはずは……」
「……そんだけ、酷い扱いだったってことだろ」
「「あ」」
二人共が押し黙る。
抱いてみりゃ分かるが、随分と軽い。
見た目に反して軽過ぎる。
この服とは名ばかりのボロ布といい、どうにも嫌な想像ばかりが浮かぶ。
攫われる前から、碌な扱いを受けてなかったんじゃねぇか?
獣人は基本、同族意識が殊の外強い。
が、中には例外だっているんだろう。
もしくは、親が既に亡くなってるか。
「終わりました」
「おう、お疲れさん」
「あの、もう一度抱かせていただけませんか?」
「お、おう、構わねぇぜ」
「……何で、変な反応してるわけ? さては、いやらしいことでも考えたんでしょ」
今のは、主語を省くのが悪いだろ⁉
豊かな胸を凝視など、断じてしていない!
しっかし、自ら懇願してくるとはな。
学院にいたころは、獣人に対して偏見を持っていた風だったが、実際に目にすると印象も変わるのかねぇ。
「そんなことより、お腹空いたわ。喉も乾いたし」
「洞穴内の樽に水が入っちゃいたが、コイツらが口を付けてるだろうな」
「そんなの飲まないわよ」
「なら王都まで我慢しろ」
今回はちっとばかし強行軍が過ぎたか。
そういう準備も、今後しとかねぇとだな。
「んじゃ帰るか」
洞穴から松明を探し出し、明かりを灯しておく。
こうしときゃ、憲兵も見つけやすいだろ。
「アンタが犯人を運びなさいよね」
「わーってるっての。周囲の警戒は頼んだぜ」
「任せときなさい」
途中で日が沈んじまったが、街道の明かりを頼りに、どうにか抜け出した。
「──キミたち! 無事に戻ったか!」
律儀に待っていたらしく、数人の憲兵と馬車が待機していた。
「おう。んじゃ、コイツを頼むぜ。っと、直接体には触るなよ」
「どういう意味だ?」
「魔術師なんだよ。触ったり触られたりすると、魔術を掛けられるぜ」
「それでこの状態なのか。気を付けるとしよう」
「こっから南東に洞穴がある。そこに3人同じ状態で転がしてあるから、回収しといてくれ。目印に道中の枝を折ってある」
「そちらに関しても了解した。その抱いている子が被害者か?」
「はい。あまり栄養状態が良好ではないようです」
「そうか。他には居なかったんだな?」
「ああ。っとそうだ、洞穴内に木箱がある。それも回収しといたほうがいいぜ」
「……まさか、この子が中に?」
「そういうこった」
「酷いことをする。生きて保護できただけでもマシなのか。事情を聞いたり、身元を確かめたりする必要がある。こちらで保護しよう」
「お願いします──あ」
「おや?」
遣り取りが中断された。
どうしたのかと見やると、子供の手がエルフの服を握り締めていたようだ。
「……憲兵は男所帯だ。子供を怯えさせないとも限らない。どうだろう、キミたちさえ良ければ、今夜一晩、預かっていてもらえないだろうか」
「どうしましょう?」
「好きにすりゃいい」
「う、ウチは賛成です!」
「ちゃんと体を洗ってあげて、本物のモフモフを実感したいしね」
一名、微妙な理由の奴が混じってやがったな。
「明日、改めて詰め所まで連れて来てくれ。場所は──」
「大丈夫よ。アタシたちが呼びに行ったんだから」
「そうだったな。失礼した。それでは、協力に感謝する。ゆっくり休んでくれ」
「ああ。そっちも頑張ってくれ」
5名ほどが分け入って行く。
後始末は任せて、さっさと宿を取らねぇとな。
食事もそこそこに、さっさと部屋に引っ込む。
一人部屋は妙に新鮮だ。
寮では二人部屋だったからかもな。
廊下を挟んだ向かいの部屋からは、結構な音量の泣き声が聞こえてくる。
子供が起きてしまったらしい。
ならば、明日に備えて、俺ぐらいは寝ておくべきだろう。
一階の食堂で、皆と合流する。
「……オマエら、ちゃんと寝たんだろうな?」
「あー、うー」
「ふわあぁ~」
「…………」
「おい、チビ助がまだ寝てんぞ」
子供の服装が変わっていた。
チビ助の服なのか、それとも、態々夜中に買いに走ったのか。
しかし、女の子だったとは、昨日は気付かなかったな。
俺に気付くなり、エルフの背にサッと隠れてしまう。
「怖がらなくても大丈夫ですよ。悪い人ではありません」
「う」
「……ま、取り敢えず食事にしようや」
随分とエルフに懐いたな。
いや、懐いたのとは違うのか?
「……アンタは元気そうね」
「そりゃ、寝たからな」
「うう……こっちは大変だったんだから。今日はゆっくりしましょう。むしろ一日寝かせてぇー」
「ぐぅー」
「仕方ねぇなぁ。んじゃ、もう一泊してくか」
「さんせー」
「実は、ひとつ問題がありまして」
「……喋れないのか?」
「え、あ、はい、そうみたいなんです」
やっぱりそうか。
泣き声しか聞こえてきやしなかったしな。
親を呼ぶことすらしねぇってのは、妙だと思ったんだ。
「このような状態で、憲兵に預けても良いものでしょうか」
「だからって、俺らで面倒見るってのか?」
「それは……」
親が生きてるのかも不明。
問い質すこともできやしねぇ。
「うぅ」
「ワタシは……ワタシには、子供を見捨てることなどできません」
膝に乗せた獣人を、後ろから抱きしめてみせる。
「勝手を言ってすみません。戦士団を抜け、この子の親を捜します」
「ハァー、ったく、どうしてオマエは、相談をすっ飛ばして勝手に結論を出しちまうのかねぇ」
「そうよねぇ~。読み書きできないくせして、ふわぁッ、どうやって捜すつもりなのよぉ~」
「……食事は諦めて、寝て来いよ」
「うー、そうするー」
「ついでにチビ助も連れてけ」
「しょうがないわねぇー。ほら、行くわよー」
いやいや、引きずるんじゃなく、抱えてやれよな。
「……続きといくか。アイツも言ってたが、読み書きできねぇのは厄介だと思うぜ」
「ならば、ワタシが頼めば、手伝ってくれるのですか?」
「どうせ元から東区には向かうつもりなんだ。そこで捜すぐらい、別に苦でもなんでもねぇよ」
「では──」
「待て。もしもだ。もし親が見つからなかったらどうするつもりだ?」
「……助けると決めたからには、ワタシが最後まで面倒をみます。力不足であれば、母様を頼ります」
随分と背負い込んでやがんなぁ。
実際のとこ、どうしたもんかねぇ。
一番良さげなのは、世話んなった養護院に預けるって手に思えるが。
ガキにガキの面倒は見れやしねぇ。
俺もチビ共の面倒を見てたつもりではいたが、あれだってマザーがいてくれたからこそできたことだ。
融通の利かねぇコイツじゃ、ガキのほうが苦労するってもんだ。
「オマエはオマエが思ってるほど完璧なんかじゃねぇ。全然だ。全然ダメだ」
「……何ですかいきなり」
「そんなオマエがまともに子供を育て上げられるわけがねぇ」
「な」
「子供から目を離せばすぐ逸れる。手を繋いでりゃ片手が塞がる。抱き上げりゃ両手ってな具合だ。片時も目を離さず、世話を焼き続けるってのは、想像以上に難しいし、何より疲れる」
「何が言いたいんですか」
「オマエには余裕がねぇんだ。他人の面倒を見られるほどの余裕がよぉ。ま、俺も人のことをとやかく言える立場じゃねぇがな」
「そうだとしても、諦める理由にはなりません」
「だが現に、もう寝不足なんだろ? 寝てる間の世話はどうする」
「それは……」
「てなわけで、だ。寝てる間は俺が面倒みとくさ」
「……は? え? な、何を言って……?」
「これでも養護院育ちだ。ガキの面倒はオマエよか上手いだろうぜ」
「う」
「……この上なく怯えているように見受けられますが」
「見くびるなよ。泣かしたことはあっても、泣かれたことはねぇんだ」
「意味が分かりません」
「詰め所には俺が連れてく。話も俺がつけといてやるよ。だからオマエは寝てろ」
「そう言って、憲兵に引き渡すつもりなのではありませんか?」
「信用ねぇなぁ。んなことすりゃ、戻ったら袋叩きだろうが」
「いえ、斬ります」
「斬るな。つうか、オマエを連れてったら間違いなく揉めるだろ。むしろ邪魔なんだよ。飯食ったら寝とけ」
「──本当ですか? 本当に信じてもいいんですか?」
「任せとけって」
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