10 木箱
死体はまあ動かねぇから良しとして、気絶してる連中をどうしておくべきか。
拘束する道具なんかを用意しとくの、すっかり忘れてたしな。
まだ塒にどんだけ残ってるかも分からねぇし。
あんま魔力を消費したくはねぇんだが。
「これからどうするのですか? 尋問はしないのですか?」
「それを今、考えてるとこだ」
「悩む必要がありますか? 先程、命がどうのと言ってましたが、攫われた者の安否をこそ、優先して考えるべきでしょう」
「ま、そりゃそうなんだが」
意識が戻ったら面倒だしな。
仕方ねぇ、3人共に魔術を掛けておくか。
まずは一人目。
頭に手を当て、魔術を行使する。
≪催眠≫
精神魔術の初級。
使用には色々と制約が課せられてる類いの魔術だが、今回は構うまい。
相手は男だし、人命が懸かってもいる。
「今の魔術、人に暗示をかけるモノでしたか」
「一応は授業を聞いてたんだな」
「失敬な。そう言っていたではありませんか」
気絶してる状態でも、掛かるとは思うんだが。
残りの二人にも魔術を施しておく。
精神魔術の効きは、結構個人差があるようだ。
ただ、意識のある状態よりも、ない状態のほうが効きがいい。
注意すべきは、痛みや衝撃で解除されること。
順番に軽く肩を揺すってやり、緩やかな覚醒を促す。
「手緩いですね。起こすならば、もっとこう──」
「だぁーもう、余計なことすんな! オマエは大人しくしてろっての!」
鞘ごと振り上げやがって。
魔術が解けちまうだろうが。
「う、うぅ……」
3人のうち、俺が草むらで気絶させた奴が声を漏らし始めた。
取り敢えずはコイツから聞き出すか。
「……この者たちの証言を信用するのですか?」
「魔術は解けてねぇんだ、嘘はつけねぇはずだぜ」
それこそ、強制的にエロい真似もできるって魔術なんだ。
魔術師ならともかく、一般人が抗えるはずはねぇ。
3人共が同じ証言なのだ、確定とみていいだろう。
「ん? ありゃ憲兵か? それとも商人か?」
「……恰好からして、憲兵でしょう」
俺には馬しか分からん。
王都側から馬車が一台近づいて来ていた。
すぐそばまで来ると停車し、数人の憲兵と共に、呼びに行った2人も降りてきた。
「倒れてるのが犯人で間違いないか」
「ああ」
「キミたちはどうだ?」
「ええ。間違いないわよ」
「そうか。それで、攫われた者は?」
「今から塒に向かうとこだよ。コイツらを放置もできなかったんでね」
「場所は分かっているのか?」
「おいおい、質問ばっかだな。続きは犯人に尋問してくれ」
日が暮れる前に、塒に到着しておきたい。
「ああそれと、強めに叩き起こしたほうがいいぜ」
何せ催眠状態のままだからな。
「そいつらを移送したら、またこの場所に馬車を寄越しておいてくれ」
「残党がいるのか」
「そうらしい。んじゃ、俺らは行くぜ」
「……分かった。くれぐれも気を付けてくれ」
聞き出した情報を元に、街道から逸れ、南東を目指して草木の中を進む。
「エルフだけ先行してくれねぇか? オマエ、断トツで足速いしよ」
「それは構いませんが」
「首尾よく見付けたら、一旦知らせに戻って来てくれ。くれぐれも、勝手におっぱじめるなよ」
「約束はできかねます。状況次第では、そのまま制圧します」
「待て。殺しは無しだ。さっきの奴等は塒しか知らなかったんだ。攫われた連中の行方を、聞き出す必要がある」
「……分かりました。剣は抜きません。では行きます」
すぐに背中すら見えなくなった。
道標代わりに都度枝を折りつつ、慌てずに進む。
「ホントに速いのね」
「だろ? 大森林にいるエルフなら、もっと凄いのかもな」
「でも驚いたわ。躊躇なく首を斬るんだもの」
「──おい、今は止せ」
チビ助の様子は、あまり改善してそうにない。
態々エルフから離してやったってのに、また意識されちゃ敵わん。
なるだけ、この手の話題は避けたほうが良いだろう。
「しっかし、間の抜けた連中だったな。あんな耳でまんまと騙されるとは」
「あと、妙に弱かったのよねぇ」
「ああ、それは俺も思ったな。てっきり、人違いかと疑ったぐらいだぜ」
「そういえば、どうやって話を聞き出したのよ?」
「あー、まー、なんだ」
果たして、正直に話して良いものか。
……いや、今下手に隠すほうが、後々面倒事になりそうな予感もするな。
「魔術を使ったんだ」
「アンタの魔術って、眠らせるんじゃなかった?」
「他にも使えるっての」
「ふーん。さっき、言い淀んだわよね。具体的にどんな魔術なわけ?」
「暗示をかける魔術だよ。それで塒の場所も聞き出した」
「何よそれ⁉ アンタのほうがよっぽど危険じゃない!」
「バカッ、大声出すな」
「うッ……け、けど、今のは仕方ないでしょ。アタシに使ったら承知しないわよ」
「しねーよ。そんな反応されるのを承知で、正直に話したんだぜ」
「アンタと二人っきりになるのが危険だってことは、よーく分かったわ」
「そうかいそうかい。だが冗談抜きに、魔術が使えねぇオマエは、特に気を付けとけよ」
「やっぱり何かするつもりなのね」
「ちげぇっての。他の魔術師にって意味だよ。中級以上は魔術局入りしてるはずだが、俺らみたいに初級が使えるって連中ならいるだろうからな」
魔術師なら、ある程度は魔術への耐性が備わってもいるらしい。
が、コイツだけは魔術が使えねぇからな。
「知らない奴には近づくな。初級なら、接近されなきゃ使われる心配もねぇ」
「わ、分かったわよ」
「あと、単独行動もなるべく控えろよ」
「う、うん、気を付ける」
……何だコイツ?
急に大人しくなりやがったな。
「ふ、ふふふ」
ん? 今のはチビ助か?
「どうした?」
「い、いえいえ、可愛いなぁって」
「……誰がだ? ──いてッ⁉」
「声が大きいわよ」
「オマエが急に殴るからだろ」
「あ、あわわ、仲良くしてください」
「止まって」
唐突な声と共に、隣の足が止まった。
遅れて、俺とチビ助も足を止める。
「──誰か居るわ」
「エルフが戻って来たんじゃねぇのか?」
「違う……と思う。気配はあるのに姿を見せないのは妙でしょ」
気配、ねぇ。
んなもん、俺に分かるかっての。
「あ」
「今度は何だよ」
「気配が消えたわ」
「……それってマズい状況か?」
「こっちに気が付いて気配を消したんだとしたらマズいわね」
チッ、動きを封じられるのは痛い。
「相手の位置が分からねぇなら、ジッとしてても始まらねぇ。移動しようぜ。先頭はオマエ、真ん中にチビ助、ケツは俺の順だ」
「──警戒の必要はありません。ワタシが倒しましたから」
「「ッ⁉」」
至近からの声に、全員が体を震わせた。
「お、オマエなぁ……」
「何か?」
「び、びっくりしましたよぅ」
エルフが誰かの首根っこを掴んで立っていた。
「ふーん、やるじゃない。褒めてあげるわ」
「はあ……それはどうも」
「で? 場所は分かったってことだよな?」
「はい」
「そいつはどうしたもんかね」
「蔦に魔術を使えば、拘束が可能です」
「ああ、生命魔術が使えたんだったな」
「はい」
「なら頼む」
淡々と準備を始めるエルフ。
「……ねぇねぇ、今の、どういう意味よ」
「あん? 何がだよ?」
「せ、生命魔術は、生物の活性化、または、不活性化を促すんです」
ああなるほど、コイツは魔術の授業を受けてねぇから分からなかったのか。
「まだ分かんないんだけど」
「え、ええと、例えば植物に使えば、急激に成長させたり、逆に枯らしたりできるんですよ」
「何よそれ、人に使ったらどうなるわけ」
「か、活性化は治療にも用いられていますよ」
ま、代謝を促すだけだから、やられた側は、すげぇ腹が減るんだがな。
それに、致命傷なんかは治せやしねぇし。
「完了しました」
「放置して逃げられても面倒だしな。仕方ねぇ、連れてくか。貸せよ、俺が持つぜ。エルフは先導を頼む」
「分かりました。こちらです」
案内された先は、二階建て相当の崖。
その下に、天然モノっぽい洞穴があった。
「此処か?」
「はい。人の出入りも確認済みです」
優秀だねぇ。
「残りは4人って聞いてるが。コイツを除けば、残りは3人のはずだよな」
「生憎と、出入りしていたのは1人だけでした。正確な人数までは分かりません」
「どうするの? 突入する?」
「アホか。中の様子が分からねぇのに、んな真似するかよ。やるなら外だろ」
「丁度いいですし、コレを使いましょう」
「は?」
何が丁度いいって……。
確認する前に、勢いよく崖を転がってゆくナニカ。
当然の如く、音を響かせて。
転がり落ちたのは、さっきまで運んでた犯人だった。
「決断の前に、まずは相談しろや」
「そんなこと言ってる場合⁉ さっさと動くわよ!」
エルフと2人して、これまた勢いよく崖を滑り降りてゆく。
「あ、あわわ、どうしましょう」
「2人に任せておきゃ、大丈夫そうではあるが。一応、俺らも行くか」
「あ、あのぅ、崖を降りるんですかぁ?」
眼前にあるのは、坂というより壁に近い崖。
探せば迂回路ぐらいあるかもしれねぇが、悠長に構えてもいられねぇ。
まあ、さっきの野郎よか軽いし、抱えてくか。
「ほれ、暴れるなよ」
「は、はわぁッ⁉ と、ととと、突然何するんですかぁ⁉」
騒ぐチビ助に構わず、崖へと身を乗り出す。
おおぅ、結構こえぇな。
躊躇せずこれを行くとか、アイツら割とすげぇよな。
「うおぉぉぉぉぉ⁉」
「ひ、ひやぁぁぁぁぁ⁉」
足がいてぇ!
縮む、縮むー!
「……アンタたち、何か楽しそうね」
「お? おお、もう着いてたか。ほれ、降ろすぞ」
「ふ、ふえええ」
立てもしないのか、その場にへたり込んでしまった。
俺のほうがよっぽど脚がガクガクしてるんだが。
「犯人共は……って、もう終わってんのか」
「ええ、アンタたちが叫び出すよりも前にね」
「そ、そうか」
全く役に立てなかったな。
流石に情けねぇ。
「……中に人は居ないようです」
「はあ? じゃあ、攫われた人は何処よ?」
「分かりません。問い質すしかないでしょう」
「中には通路とかもねぇのか?」
「はい、すぐ行き止まりです。寝泊まりしている形跡こそありますが、行方が知れるような物は何も」
一足遅かったってことか?
「あ、あのぅ、念の為、ウチたちも一度中を確認してみませんか?」
「……それもそうだな」
「そ、それでですねぇ。う、ウチもできれば」
「へいへい。連れてきゃいいんだな」
「す、すみません」
腕に抱えるようにして、立ち上がる。
と、ジト目で見つめてきた。
「……何だよ」
「べっつにぃー」
まだ多少脚に堪えるが、快諾した手前、弱音も吐けん。
よろよろと洞穴に近付いてゆく。
「随分とゆっくり歩くのね。あーやだやだ、いやらしい」
「そ、そそそ、そんなつもりだったんですか⁉」
「ちげぇよ! 放り投げるぞ!」
「ふむ……しばらく離れていたほうが良いですか?」
「アホか。外の警戒を頼む」
洞穴は、入ってすぐに行き止まりだった。
横道や抜け道など、見落としようもない。
寝床に使っていると思しき布の他には、樽や木箱があるぐらいか。
試しに樽を見てみると、中身は水と酒っぽい。
なら、木箱は食料ってとこか?
一応、調べてはおくか。
積み重なった木箱のうち、手前側の蓋の開いた木箱を覗き込む。
「……妙だな、空箱か」
食料が入ってたにしては、綺麗過ぎる。
匂いもしない。
「あ、あの、箱の側面をよく見せてください」
「オマエなぁ、そろそろ自分で立てるだろ?」
木箱のそばに立たせてやる。
「ど、どうも」
大きさからして、チビ助が丸まれば、ギリギリ収まるぐらいかねぇ。
不意に、箱の中に押し込まれている子供の姿が脳裏を過る。
……中に入ってたんじゃなく、中に入れるための箱か?
「や、やっぱりそうです。こ、この印字、見覚えがあります」
「印字がどうしたって?」
「に、西区にある商会の印字なんです。こ、これも、こっちもそうです」
「商売の内容は?」
「そ、それがですねぇ……分からないんです」
「はあ? 何だそりゃ?」
「こ、この印字の箱を運んでるってだけしか知らなくて。な、中身については誰も知らないんです」
「……箱、全部確かめるぞ」
「は、はい!」
一番奥まった場所にあった箱。
それにだけ中身が入っていた。
「──マジかよ」
「じ、獣人の子供……ですよね」
褐色の肌に灰色の髪と耳と尻尾。
申し訳程度のボロ布を着せられている。
チッ、胸糞わりぃ。
つまり何か?
商会とグルになって人身売買をやってるってオチか?
「ま、また生きてます!」
そりゃそうだろう。
生きてなきゃ意味がねぇ。
が、それはそれで疑問も浮かぶ。
たかが木箱、中で騒ぎ出せば外に聞こえるだろう。
何人を同じ手口で運んだかは知らねぇが、誰にも気付かれずにやれるもんか?
例えばそう、俺の精神魔術みたく、定期的に眠らせてんなら可能かもしれねぇ。
外で伸びてる連中の誰か、もしくは全員が魔術師か?
「──気に食わねぇな」
同じ適性を持った奴が、こんなゲスい真似をしてるってのは、気分が悪い。
その商会とやらも、気に入らねぇ。
このまま東区に直行するつもりだったんだがなぁ。
どうにも、予定を変更することになりそうだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




