9 獣人連続誘拐事件
魔石のお蔭で資金に余裕ができた。
残金は、小銀貨9枚と大銅貨6枚。
が、時間にも余裕がある。
どうせなら依頼を一つぐらいはこなしてみたい。
あと、チビ助の恰好もどうにかしなきゃなんだが。
「良さげな依頼はあったか?」
「そんなこと言われたって、良し悪しなんて分かんないわよ」
「で、ですよねぇ」
「なら、興味があるのでも構わねぇぞ」
「あの、できれば困っている方を助ける内容が好ましいのですが」
「いやまあ、困ってるから依頼を出しているとは思うぜ」
「そ、それは屁理屈ですよぅ」
「そうねぇ……王都内よりも、外のほうが物騒な感じじゃない?」
「……だな。街道絡みのヤツか」
「そうその憲兵からの依頼。盗賊とか人攫いとか、むしろ憲兵が取り締まるべきじゃないかしら」
「さてな。単純に王都の外は管轄外なのかもな」
人攫いの被害者は獣人か。
判明しているだけで、既に複数回起こってるらしい。
王国で獣人が住んでるのは東区が主だしな。
気掛かりではあるが。
「緊急性が高そうなのは、人攫いじゃない?」
「それは一大事ではないですか⁉ 急ぎ助けに向かいましょう!」
「待て待て待て。攫われたのが獣人ってことは、犯人は獣人よりも強いってこったろ。初っ端やるには荷が勝ち過ぎる」
「せめて武器は欲しいわね」
「……いや、そういう問題でもねぇ」
「獣人ですか……いえ、命に貴賎はありません。助けるべきです」
「う、ウチも助けたい……です」
「これで3対1、決まりね」
「ハァー、ったく」
どうせなら手頃な盗賊退治を受けて、ついでに装備でも奪えりや万々歳だったんだがな。
もしも人身売買でもしてんなら、相当な規模だぞ。
こっちは魔術師が3人。
対して、相手の人数は不明、但し獣人を攫えるぐらいには強いってか。
最悪の場合、人死にもあり得るってのに。
やれやれだぜ。
とにかく、装備を整えよう。
俺はまぁ、素手で良いとしても、防具は欲しいとこ。
チビ助も防御重視のほうが無難だな。
主戦力の2人に剣は必須。
初期投資とはいえ、採算が合わねぇ気がするぞ。
「ふ、ふおぉーーーッ!」
ったく何処のバカだよ、店内で奇声を上げてる迷惑な奴は。
「こ、コレ、是非コレを買うべきです!」
「──って、チビ助かよ! ふざけんなよ!」
続いて響いた叫び声に、思わずツッコミを入れてしまった。
いったい何を騒いでやがるんだ?
チビ助には服を選ぶよう言いつけておいたはずなんだが。
「アンタねぇ……こんな物買ったって、何の足しにもなんないじゃない」
アイツにそうまで言わせるとは、よっぽどだな。
見に行ってみるか。
耳だった。
見覚えの無い耳が、チビ助の頭から生えていた。
「……何だそれは」
「け、ケモ耳という素晴らしい商品です! ど、どうですか⁉ に、似合いますか⁉ う、ウチもこれで獣人の仲間入りできましたか⁉」
「落ち着け。声量を落とせ、頼むから」
何とも頭の悪い商品だった。
防御の体を成してやしない。
服も選ばず、こんなもんに引っかかりやがって。
…………いや、待てよ。
犯人は獣人を狙ってるわけだよな。
この奇抜過ぎる格好は、獣人に見えなくもない……か?
囮としてなら、使い道はあるかもしれん。
どうせ外見的特徴からしか、判別などしようもない。
居場所も分からん犯人を捜すよりかは、犯人のほうから出て来てもらったほうが幾分も楽だ。
「全員分買うか」
「はあぁ~? どうしてそんな意見が出てくるわけ?」
「──どうしたのですか? 先程から騒がしいようですが」
「これを着ければ、獣人と勘違いされる……かもしれん」
「これは……耳、ですよね」
「け、ケモ耳です。も、モフモフです」
「相手を捜すよりも、相手から出て来てもらうんだよ」
「バカ過ぎない?」
「反論は代替案まで出してからにしてもらおうか」
「早期に犯人を捕まえるためとあらば、致し方ないですね」
「これで3対1、だよな?」
「──くッ」
町中で着けるのには抵抗があるが、街道を歩くぐらいは我慢しよう。
戦闘で邪魔になるってこともない。
ただ、4人組を襲ってくるとすれば、相当の手練れか、大人数になるだろう。
「……ねぇ、思ったんだけど、アタシたちって元から耳がついてるじゃない?」
「そりゃそうだ」
「アンタとエルフは、元からある耳を隠さないと、意味ないんじゃない?」
「……それもそうだな」
俺は短髪だし、エルフ耳は髪から飛び出してる。
4人組よりも2人組のほうが、狙われる確率は高そうか。
「なら、囮役は二人に任せよう。お手柄だな。買う前に気が付いて良かったぜ」
そういや、これの値段は……。
ま、マジかよ。
こんなちゃっちい物に小銀貨1枚って、ぼったくりだろ。
「な、何の柄がいいでしょうか……くぅ~迷います」
「おいおい、流石に髪色には合わせろよ。じゃねぇと、即バレするだろ」
「……ワタシの分は、購入してはいただけないのですか?」
「高過ぎる。無駄に買う必要もないだろ」
「……そうですか」
コイツ、もしかして着けたかったのか?
「ま、今の内にでも着けとけばいいんじゃないか?」
「しかし……購入もしないのに着けるのは」
「用が済んだら、アタシの分をあげるわ」
「──ッ⁉ ほ、本当ですか⁉」
「こんなことで嘘なんてつかないわよ」
「で、では白っぽいのを」
「だーかーらー、囮役の髪色に合わせなきゃ意味がねぇんだっての!」
何だかんだ言って、結構な時間を食ったな。
そろそろ昼か。
「腹も減ったし、何か食ってくか」
「ねぇ、何で盾なんて買ったの?」
「あ?」
「帝国の騎士なんかは盾を使うって聞いたことあるけど、王国じゃ珍しいじゃない」
「適当な防具として、安かったから買っただけだ。木製だから軽いし、十分に硬い、悪くねぇと思ったんだがな」
もしかして、王国じゃ人気がねぇから妙に安かったのか?
「う、うううー、可愛くなくなったですぅ」
「前の恰好じゃ悪目立ちしてたんだ、仕方ねぇだろ。あと、町中でその耳を着けるのは止めろ」
「こ、これだけは譲れないです!」
「いいでしょ別に、好きにさせときなさいよ」
キサマ、さては心臓に毛でも生えてやがるな?
もしくは難聴なのか?
今も明らかに目立ってるだろうが!
「ワタシは王都の地理に疎いのです。お勧めの食事処はありますか?」
コイツはコイツでマイペースだな。
剣を帯びても、僅かも動きが乱れないのは流石だが。
「外出はしてても外食はしてねぇからなぁ。金無かったし」
「アタシもさっぱりね。テキトーでいいんじゃない?」
「う、ウチのお勧めがありますよ」
「お、ならそこにしようぜ。案内してくれよ」
「は、はいです」
確かに美味かった。
が、値段も高かった。
所持金が当初の半分を切った。
ってか、使った金のほうが、報酬よりも多いんだが。
「割に合わねぇ」
「あ、あのぅ、美味しくありませんでしたか?」
「いや、美味かった。美味かったが、高かったんだ」
「男の癖に、ケチ臭いわねぇ」
「性別は関係ねぇだろ」
「なら、アンタがケチ臭いだけね」
「腹ごしらえが済んだのですから、すぐにも救出に向かうべきでしょう」
「そう慌てんなっての。何処行きゃいいか分かってんのか?」
「む」
「犯人は最低でも一人は生け捕りが条件だ。でなきゃ、攫ったモンの行方が分からねぇしな」
「監禁されているわけではないのですか?」
「知らねぇよ。だが、もういねぇ可能性だってあんだろ」
いない理由は幾つか思いつきもする。
人身売買、強姦、虐待、殺人、どれも胸糞の悪い話だが。
「って、おいおい、町中で殺気迸らせてんじゃねぇよ。憲兵が飛んでくんぞ。余計に時間食っちまうだろうが」
「なら、さっさと王都を出ましょうよ。で、どっちに行けばいいわけ?」
「あのなぁ……依頼書読んでなかったのかよ。東だ東」
「ちゃんと読んでたわよ。だから、東がどっちかって聞いてんの」
「ハァーッ」
遠からず、迷子になるんだろうな。
集合場所でも決めとくか。
「おい、もし王都で迷ったら王宮まで行け」
「はあぁ? 何よ突然」
「おうきゅう、とは何ですか?」
エルフさんよぉ……マジに言ってんのか?
「アレだアレ。あの山っぽいとこに建物が見えんだろ。王宮ってのは、王が住む建物って意味だ」
「ふふん。お母様は宮廷魔術師でもあるのよ」
「……それは凄いことなのですか?」
「──プッ」
「笑った? ねぇ、今笑った?」
「とにかく! もし迷ったら王宮へ向かうこと。いいな?」
「おいコラ待て、逃げるな!」
「いてててて……殴り過ぎだろ」
事を起こす前に、負傷したんだが。
「何故、彼女はあれほど怒っていたのでしょうか」
「アイツの母親は王宮に勤めてるんだよ。いや、勤めてんのは魔術局なのか?」
「ふむふむ、それで?」
「いやだから、オマエがボケた反応するから、つい俺が笑っちまって。それでキレてたんだろ」
「ならば、アナタが悪かったのですね。彼女を叱責するべきか、迷っていたところでした」
時折馬車が通り過ぎるものの、人通りは無い。
2人に例の耳を着けさせ、街道を先行してもらっている。
俺とエルフは二人から距離と取り、街道脇の草むらに隠れながら付いて行っているわけだが。
区の境は植生がまま残ってるから、視界が極めて悪い。
街道脇ぐらい、伐採したほうがいいだろうに。
「流石に日の高いうちは動かねぇかもな」
「……いえ、そうでもないようですよ」
「マジか。提案しといて何だが、こんな手に引っかかるもんかね」
「無駄口は終いです。一人でも逃がせば、住処を変えられるかもしれません」
「わーってるよ」
見える限りじゃ、前後に2人ずつ。
左右の草むらにも潜んでる可能性がある。
「ワタシは道の反対側に移動します」
「ああ──ってもう居ねぇし」
足が速いだけじゃねぇ。
物音一つ立てもしねぇんだから、恐れ入るぜ。
さてと、俺も急ぐとするかね。
「──グヘッ⁉」
「弱ッ、アンタたち、本当に人攫いの犯人なわけ?」
「クソッ、どういうつもりだ⁉ まさか別クチか⁉」
「わ、わわわッ」
街道の連中は残り3人か。
こっちの草むらに潜んでたのは1人だけっぽいが。
確かに、やけに弱い。
俺ですら、魔術を使うまでも無く昏倒させられたぐらいだしな。
人攫いじゃなく、盗賊のほうだったか?
「──ギッ⁉」
「──ガッ⁉」
「攫った者は何処ですか? 白状せねば端から斬り落としてゆきますよ」
っと、エルフが一瞬で2人を倒したか。
昏倒させた一人を引き摺りながら、街道へと姿を現わす。
「ひぃッ⁉」
「他のは生きてるかぁ?」
「剣の腹で殴っただけよ」
「ワタシは斬り捨てました」
首をバッサリやってんなぁ。
こりゃ、助かりそうにねぇな。
「な、何なんだよテメェらはよぉ⁉」
「黙れ。質問するのはこっちだ、オマエじゃねぇ。取り敢えず、武器は捨てろ」
「ガキが、ふざけ──」
必殺の一閃が首へと吸い込まれてゆく。
「おい待て!」
咄嗟に盾で剣を弾く。
「……悪人を庇うなど、どういうつもりですか」
「口を割らせなきゃなんねぇんだ、口の数は多いに越したことねぇだろ」
「少ないほうが手早く済むでしょう」
「個別に尋問すりゃ、証言の精度も上がるだろうが。あと、テメェもさっさと武器を捨てろってーのッ!」
「──ゲフッ⁉」
脇腹に回し蹴りを見舞う。
短剣を取り落としたのを確認し、素早く顔面を盾で殴り飛ばす。
「ブゴッ⁉」
っと、これで完全制圧かねぇ。
「ちょっとぉ! 全員のしちゃったら、話聞き出せないじゃないのよ!」
「気絶してるほうが、魔術の効きがいいんだよ」
俺の適性は精神魔術。
こういうのには向いてる。
「なあ、憲兵を呼んで来てくれよ。チビ助と……まあ、オマエでいいや。頼むわ」
「それが人に物を頼む態度なわけ⁉」
「オネガイシマス」
チビ助が一言も喋ってねぇし、顔色も随分と悪い。
こういう場面には慣れてないんだろう。
斬り殺してみせたエルフと一緒に居るのも、あまり良くはないだろうしな。
街道を足早に戻って行く2人を見送る。
「街道に放りっぱなしも邪魔だな。脇に退けておくか。おい、エルフも手伝えよ」
「ワタシはまだ納得していません」
「んだよ。俺らは戦士団であって、憲兵じゃねぇんだ。殺すのは手段ではあっても、目的じゃねぇだろうがよ」
「一度でも道を違えた者は、容易く道を踏み外します。悪人に情けは不要でしょう」
「そいつはご高説どうも。だがよ、オマエも俺も、コイツらの目的は知らねぇよな」
「悪人の目的などと、知る必要があるとは思いません」
「殺された家族の復讐だったらどうだ? 行方知れずの獣人を捜してたとしたら?」
「あり得ません」
「そうかぁ? ま、今のは無理矢理過ぎたかもしれんがね。相手にだって理由や目的ってのがあらぁ。戦いになった以上は自分たちの命を優先するのは構わねぇ。が、過剰にやり過ぎるのは止めとけ」
「何故ですか?」
「殺せば否が応でも恨みを買う。それはつまり、俺らが狙われる理由が増すわけだ」
「我が身可愛さに、悪人を許すなどできません」
「仲間のことは考えねぇのか? オマエが殺せば殺すほど、それこそチビ助だって狙われかねんぜ。独りでいるところを狙われでもすりゃあ──」
「ワタシの行動が皆を窮地に追いやる、と?」
「仲間を助けるためってんなら止めやしねぇ。だがな、独り善がりな正義感を振りかざすだけなら、何度だって止めるぜ」
「……脇に避ければいいのですか?」
「あ? ああ、通行の妨げになるからな」
「分かりました」
まだ納得したって雰囲気じゃねぇな。
とはいえ、あれだけ躊躇なく殺してみせるんだ。
コイツにとっての命が、どうにも軽過ぎるように思えてならねぇ。
今後とも、注意しとかねぇとな。
世の中、全部が全部、分かり易い悪人ばかりとは限らねぇんだ。
悪人に見える善人、善人を装った悪人、色々とあんだろう。
殺しちまった後じゃあ、取り返しもつかん。
恨むなら魔族や魔獣だけにしといてもらいたいもんだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




