8 戦士団結成
学院の塀に沿ってしばらく歩く。
王都の外れに位置してるからか、周囲はやけに草木に覆われている。
これだけの規模のモノ、ある程度町ができてから造るとしたら、既存の家を壊すか、町外れにでも造るかしかねぇのかもな。
町中じゃないお蔭で、先んじて誰かに盗られる心配も少なくて済むってもんだ。
「……あ、あのぉ、何処に向かってるんでしょうか?」
「俺は金を持ってねぇ」
「何よ突然。情けない告白しないでくれる」
「だから、事前に行える金策をしといたってわけだ」
「??? 全く意味が理解できません。財宝でも発掘に向かうつもりですか?」
「んなもんの在処を知ってりゃあ、苦労はしねぇんだがな」
「お金なら、お母様から幾らか頂いてるけど」
「わ、わわわ⁉ き、銀貨ばっかりですよぅ! し、しかも帝国製ですぅ!」
「アホか! さっさと仕舞え! 町中で不用意に取り出すな。いらん騒動に巻き込まれるぞ」
どうせなら娘に直接話せばどうか、とは告げておいたが、んな大金まで渡していたとは。
ホント、娘のこととなると見境が無いっつうか。
愛されてんのな。
「それはオマエの金だ。俺が使う道理はねぇ。俺の金は俺が稼ぐ」
「……なら、何でアタシらは連れ回されてるわけ」
「嫌なら先に目的地に向かってもらってても構わねぇがな。場所を把握してんのなら、だが」
「は? 東区に行けってこと?」
「流石に、んな無茶言うかよ。戦士団組合だよ」
「護衛の依頼でもするつもり?」
「んな金はねぇっての。寧ろその逆だ。戦士団を組むんだよ。俺らでな」
「戦士団……魔獣と戦うつもりなのですか?」
「アホか。命が幾らあっても足りねぇよ。普通の依頼をこなして路銀を稼ぎつつ、東区を目指すのさ」
「話が違います。他の場所を見れるよう、遠回りするのではなかったのですか?」
「……俺は言ってねぇぞ。オマエらが勝手に言ってたヤツじゃねぇか」
「む」
「ま、まあまあ、お金はあって困るものではありませんし、依頼内容によっては多少の寄り道をすることになるかも」
さてっと、位置関係からいって、この辺りにあるはずなんだがな。
上から見るのとじゃ、随分と勝手が違うな。
「おい、手伝う気があんなら、黒い石を探してくれ」
「黒い石ぃ~? そんな物探してるわけ?」
「──待ってください。まさかとは思いますが、魔石のことを言ってるのではないでしょうね」
「ご明察。何処にも店売りされてねぇから、売った値段が分からねぇんだがな」
「学院から盗み出したのですか⁉」
「盗んだんなら、出る際に捕まってんだろ。うっかり落としたんだよ」
魔術の授業で魔石を使ったりもしてたからな。
授業最終日にうっかりしといたってわけだ。
一番小さいのを選んだし、大して影響もないだろ。
「黒い石って、コレのこと?」
「……み、みたいですね」
「お、見付かったか?」
「即時、学院に返却すべきでしょう」
「おいおい、妙なこと言い出してんじゃねぇよ。その魔石が学院の物だって証拠はあんのかよ」
「なッ⁉ 言うに事欠いて──先程、自分で落としたと言ったばかりでしょう!」
「確かなのは、落ちてたって事実だけだろ。んなことより、さっさと組合に向かうぞ。登録がてら魔石を売れねぇか聞いてみようぜ」
まだギャアギャアと喚いている一名を無視し、戦士団組合を目指して転進する。
周囲に比べ、随分と異彩を放つ奇形な建物。
やたらと横に長い。
「へぇー、此処が戦士団組合だったのね。てっきり倉庫か何かかと思ってたわ」
「王都で暮らしてたくせして、んな程度の認識だったのかよ」
「用も無いのに、態々何の建物かなんて調べるわけないでしょ」
「ま、それもそうか。って、いてぇよ! ボコスカ殴るなよ!」
「アナタの認識能力は間違っていないと思います。ワタシにも倉庫に見えます」
「ほらね!」
「いや実際んとこ、併設されてんのは倉庫みてぇなもんだけどな。その辺り、登録ついでに説明してくれんだろ」
「知ってるなら今教えなさいよ!」
「二度手間だろうがよ。組合員のほうが詳しいに決まってんだろ」
「そんなこと言って、ホントは知らないんでしょ!」
「ウザ絡みすんなっての。今日は登録して終わりってわけじゃねぇんだ。依頼もこなして、宿代ぐらいは稼がねぇとな」
「アタシはお金持ってるけどね」
「ワタシも少しならば持っています」
「う、ウチも」
「……悪かったな。俺の宿代のために協力してくれると助かる」
「しょーがないわねー」
チッ、偉そうに。
院内で稼ぐ手段が無かったのが悪いんだろうがよ。
養護院出の俺が、金持ってるわけねぇだろ。
……養護院に顔出すなら、なるだけ金を持っていってやらねぇとな。
デカい倉庫じゃなく、隣の酒場っぽいほうへと入る。
「……寂れてるわねぇ。もっと荒くれ者が犇めいてるってイメージだったわ」
「日が落ちればそうなんだろ。今はどこも仕事中だろうさ」
「へ、へぇー、中はこうなってたんですねぇ」
がらんとした内部に人気は僅か。
左右の壁には依頼であろう紙が無数に貼り出されている。
手前は机と椅子が乱雑に並び、奥に受付っぽいカウンター。
背後に酒瓶が並んでいるのは、酒場としての受付なんだろう。
服着てるし。
ならやっぱ、服着てないほうが組合の受付か。
「手続きを済ませてくる。オマエらは良さげな依頼でも見繕っといてくれ」
まだキョロキョロと物珍しげにしている三人を置き去りに、受付へ──。
「それじゃ、説明が聞けないじゃないのよ! アタシも行くわ!」
「知ってのとおり、ワタシは文字は読めません。選ぶのは無理でしょう」
「う、ウチは……」
とはいかなかった。
仕方なく、皆を連れて受付へと向かう。
「……依頼かい? それとも登録かい?」
「俺らが戦士団だとは思わねぇのか?」
無駄に筋肉を見せびらかすような服装をしたオッサンだ。
しっかし、頭髪と髭の量が反転してるとしか思えねぇ。
「そらぁ、一目見れば分かる。団証を着けて無いからな」
「だんしょう? んだよそれ」
「まずは用件を言ってくれないか」
「わーったよ。戦士団登録がしてぇんだ」
「人数は?」
「4人だ」
「……随分とモテるらしいな、にぃちゃん」
「アホか。んな関係じゃねぇよ」
「……なら、精々気を付けることだ。男女の仲で解散するのは、そう珍しいことでもない」
「余計な世話だっての」
「そうかい。魔獣討伐を証明できる物は持ってるか?」
「あー、魔石なら持ってるが」
「ほう……その若さで魔獣を討伐したことがあるのか?」
「ねぇよ。拾いもんだ」
「そういうことか。なら、一般で登録するぞ」
「待て待て。勝手に決めんな。説明しろよ」
「魔獣の討伐依頼をこなすには、専用の許可が必要になる。それがさっき言った、魔獣討伐を証明できる物というわけだ」
「……順序がおかしくねぇか? 討伐してこなきゃ討伐を許可しないってことだよな?」
「討伐の許可が欲しい奴は、ベテランの戦士団に入団させてもらうか、北壁で定期的に行われる間引きに参加するんだ」
「北壁が何だって?」
「間引きだ間引き。定期的に実施されてる。壁の門を開けて、態と魔獣を中へと招き入れる。予め戦士団が何重にも包囲した上でな」
「……んなことやってたのか」
北壁の所為で東区に魔獣が流れてると思ってたが、一応は数を減らしてはいたんだな。
「それに参加すれば、比較的安全に幼生体を討伐できる」
「魔獣の討伐許可ってのは、成体が条件じゃないのかよ? 幼生体が討伐できようが、成体には敵わねぇだろ」
「まさか、遭遇したことでもあるのか?」
「東区出身なんだよ」
「……気の毒に、あっちは相当酷い有様らしいな」
「まあな」
「懸念はごもっともだが、登録条件は魔獣の素材の提出のみだ。依頼書には幼生体か成体かは書いてある。あとは自己責任の範疇だ」
後から文句を言おうにも、死人に口無しってわけか。
「討伐許可が欲しいわけじゃねぇ。一般で構わねぇぜ」
「あいよ。なら4人で大銅貨4枚だ」
「はあ? 金とんのかよ⁉」
「団証や契約書もあるからな。無料では受け付けてない」
「それだそれ。だんしょうってのは何だよ」
「戦士団が身に着ける証だ。一般なら木製、討伐組なら魔獣の素材に、組合が印字をした物を首から下げてる。ちなみに、印字は登録した区によって違うからな」
なるほど、それでか。
確かに、戦士団の連中が、骨やら爪やらを首から下げてやがったな。
チラリと店内に視線をやれば、数少ない客の首元にも、それらしいのが見える。
「同じ戦士団に所属する者は、同じ素材を人数分で割った物を使用する。もっとも、人数が多過ぎれば、一種類とはいかないがな」
「そりゃ知らなかったぜ」
「納得してもらえたらな結構だ。金は払ってもらえるんだよな?」
「……金はねぇんだ。そこで物は相談なんだが、魔石を買い取ってくれねぇか?」
「魔獣の素材の買取やら加工やらは隣の工房でやってる」
「此処じゃ駄目なのかよ?」
「偽物ってこともある。目利きができる職人に任せるさ」
「わーったよ。ならまたすぐ戻ってくる。用意だけはしといてくれよな」
「期待しないで待ってるよ」
皆を連れ、今度は隣の工房とやらへ。
「くさッ⁉ あとうるさッ⁉」
「……ワタシは入るのを遠慮させていただきます」
「う、ウチも無理ですぅ~」
「アタシだって嫌よ! アンタだけで行ってきて!」
そりゃあ、魔獣を解体してるってんなら、ニオイやら騒音ぐらいあるだろうよ。
鼻じゃなく口で息をしつつ、独りで奥へと向かう。
工房ってか、やってることは肉屋のソレだ。
違うのは、肉こそが不要ってとこかね。
肉、臓器、眼球は山積みに、皮、骨、爪、牙、そして魔石が分けられてる感じだ。
……流石に、見ていて気分のいいもんじゃねぇ。
さっさと魔石を金に換えちまおう。
「よう爺さん! 魔石を売りたいんだが!」
「──物を見せな」
大声を張り上げてるこっちとは違って、相手はボソボソと口を動かしただけ。
手の動きから察して、魔石を取り出す。
握り締められるほどに小さな黒い石。
手に持つと淡く光りだす。
「ふん、本物ではあるようだが、随分と小さいな。最低額の大銀貨1枚だ」
「あ”? 何だって?」
「大銀貨1枚だ。ほれ、とっと寄越せ」
ひったくられるように魔石を奪われた。
代わりに、手の平には大銀貨が1枚載せられる。
──ってマジか⁉
「用件は終いか? なら失せろ」
相変わらず聞こえない。
追い払うような仕草をしてるのは分かるが。
……いや、せめて筆談ぐらいしろよな。
しっかし、あれだけ小さな魔石1個で大銀貨1枚にもなるのか。
戦士団登録どころか、当分金には困らねぇぞ。
悪臭と騒音におさらばする。
「で、幾らになったの?」
「……金の価値が分かってねぇんだろ? 教える意味あんのかよ」
「いいから、教えなさいよ」
「大銀貨1枚だよ」
「……だいぎんか、って何よ」
「ハァッ、だから意味ねぇっつったろ」
「だ、大銀貨というのは、王国製の銀貨のことです。き、金貨や銅貨もあって、それぞれに大小で価値が違います。て、帝国の円形とは違って、長方形なのが特徴です」
「ふーん。お母様から頂いたのは、全部円形の銀貨だったわよね」
「そ、そうです。だ、だから帝国製ですね」
帝国製だと、それぞれ王国製大貨の10倍の価値になるからな。
銀貨だからまだいいものの、金貨だったら大変なことになってたぜ。
「もう一度受付に行って、戦士団登録を済ませるぞ」
「結局、お金は足りたの?」
「ああ、足りてるよ。ったく、学院が全部無料ってのも考えもんだな」
「そうなのですか? ワタシにとっては大変ありがたい制度に思えましたが」
「そりゃ、俺にとってもありがてぇよ。弊害として金勘定のできない奴がいなけりゃ、もっと良かったって話だよ」
「ワタシもできませんが」
「……だろうな。当分は俺かチビ助が管理したほうが良さそうだが、二人もちゃんと覚えろよ?」
「お金が無くなったら、また訪ねるようにってお母様が」
「自活しろ自活! 親に甘えんな!」
ったく、貴族ってのは皆、こんな感じなのかね。
足音も荒く、再び酒場っぽい屋内へと入る。
脇目も振らずに奥へ。
「金は用意できたかい?」
「ああ。ほらよ」
「魔石は本物だったのか。良かったな」
そりゃそうだ。
魔術の授業で使ってた物だしな。
偽物なわけがねぇ。
「それじゃあ、この書類に目を通して、承諾できたら全員分の指印を頼む。ちなみに、二枚あるからな」
「しいんって何だよ」
「指にこの墨を付けて、紙のこの場所に押し付ければいい」
「……そんなんでいいのか?」
「指の皺は、人によって形が違う。偽造できん優れものなんだよ」
「へぇー、知らなかったぜ」
「一応言っておくが、指印は全員分ズラして押してくれよ。重ねたら意味が無い」
「ああ」
っと、何々……。
あー、うー、い、いかん、硬い文章だと目が滑る。
が、他はチビ助ぐらいしか内容を把握できねぇだろうし、俺もしっかり読んどかねぇとマズい。
「ねぇ、墨で指が汚れたんだけど」
「そりゃそうだろうな」
「洗いたいんだけど」
「こりゃ、配慮が足りなかったか。カウンターの隣にある扉を進むと、手洗い場がある。そこを使ってくれ」
「酒場があるんだから、水ぐらい置いてんだろ?」
「もちろんあるとも。有料でも良ければね」
「そうかよ」
「教えてくれてありがと。じゃ、手を洗ってくるわ」
「ではワタシも」
「う、ウチも」
「ああ。行ってこい行ってこい」
「一緒に行かなくていいのか? 汚れたのは同じだろうに」
「こんなもん、服で拭えば済む」
「……まあ構わんがね。くれぐれも、書類は汚してくれるなよ」
「二枚とも問題なさそうだな。一応、この紙にも書いてあったが、口頭でも伝えておくことが一つある」
「あん? まだ何かあんのか」
「戦士団は国の要請を最上位命令として行動する。もちろん、拒否権は存在しない。極端な話、戦争に駆り出される可能性もある」
「しいん、ってのを押させておいてそれかよ」
「ちゃんと読まなかったのか?」
「読んだ読んだ。命令後の解散は受け付けないってのも分かってるよ」
「帝国との戦争は起きないだろうが、北壁への派遣はあり得る。魔獣討伐するつもりが無いなら、情勢の変化には気を付けておけよ」
「お、おう」
割と気のいいオッサンだな。
「これが団証だ。無くすなよ。再発行は当然有料だからな」
首紐に赤い印が刻印された木片が人数分渡された。
「あとはこの用紙の一枚も持ち歩くように。他の地区の組合を利用する際、必要になるからな」
一枚貰えるのかよ!
内容を暗記する必要はねぇのかよ!
「依頼を受ける際は、壁に貼った依頼書の番号を受付に申告するように。間違っても、依頼書を剥がして持っていくなよ」
「き、気を付けるぜ」
あ、あぶねぇ。
聞いてなきゃ、やらかすとこだったぜ。
「これで最後だ。戦士団結成おめでとう──死ぬなよ」
「ありがとよ」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




