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服装はTPOをわきまえて、正しく丁寧に着飾りましょう

現在、作品の更新が遅れておりますこと、お詫び申し上げます

誠に、申し訳ございません

 きっと、本人が自覚するよりも先に、気持ちというのはずっと前から形として成立しているのだ。

 ただ、見えていか見えてないか、それだけの話でしかない。


 人間はあらゆるモノに名前を付けたがる。そうしなければ認識も理解もできないからだ。


 感情もその例に漏れず、自覚という切っ掛けを経て初めて当人はそれと理解する。


 太一もそうして、自分の中にある気持ちがなんのか、その形がどんなものなのか、ようやく把握する事が出来た。


 そして、その気持ちをどう『処理』すべきか――


 いまだ迷いは胸の内にある。それでも彼は答えを出した。


 深夜0時過ぎ。かず子の家の玄関にはいまだ灯りが点いていた。


 夜の虫たちが静かに鳴いている。まるで人を気遣うような心地よい音色を背に、太一が玄関の門を潜ると、


「おかえり。ずいぶん遅かったんね」


 すぐにかず子が出迎えてくれた。ずっと待っていてくれたのだろう。


「ごめん、おばあちゃん」

「あまり皆に心配かけたらいかんよ」

「うん」

「でも、さっきより顔色は随分と良うなったみたいだね」

「え?」

「悩み事は、なんとかなったのかい?」

「あ」


 気付いてたんだ……


 祖母の向けてくる穏やかな表情に、太一はくしゃっと笑みを返す。


「ううん。まだちょっとだけ、やることがあるんだ」


 そう。まだ太一には、やらねばならないことがある。自分の中でみつけた、大井暁良への『応え』。それを、彼女へ伝えなくてはならない。


 太一はかず子と共に居間に腰を落ち着ける。祖母は一度台所へ向かい太一に冷えた麦茶を持ってきてくれた。

 他の皆は寝てしまったのか、この場には太一とかず子のふたりきり。

 部屋には静寂が流れ、聞こえてくるのは古い時計が刻む針と、扇風機のファンが回る音だけ。


「――おばあちゃん」


 おもむろに、太一は祖母に呼びかけた。かず子はそれに柔和な笑みで応える。


「なんだい?」

「えと、ヤヨちゃん……大井暁良さんって、知ってる?」

「知っとるよ。大井さんとこのお孫さんだね。そういえば、明日は彼女の婚約発表があるって聞いたね」

「うん。僕……その子と、小さい時に友達で」

「あら、そうだったんね」


 太一は祖母にも、小学校時代、自分と大井が友人であったことを伝えた。そして――


「明日、僕――彼女の……大井さんの家に、挨拶に行こうと思うんだ」


 友として……想いを伝えられた者として、宇津木太一は、大井暁良と対峙する。その舞台は、明日を置いて他にない。


 自分で決めること。それは、鳴無を経て、そして彼女(幼馴染)から与えられた、太一の課題。


 彼はまたひとつ、前に進む決意を胸に抱く。


「そんなら、ちゃんとした格好で行かんといけんね」

「え?」

「たー坊、学校の制服なんか持ってきとらんべ?」

「う、うん」

「それじゃ、ご挨拶に行くんに相応しい服を準備せんとね」


 そう言って、祖母は祖父の部屋へと入っていき「明日の朝までに準備しとくから、今日はもう寝んしゃい」と言って、中を物色し始めた。


 夜も更けた深夜の家の中、かず子はどこかウキウキしたような表情で、タンスやら押入れをひっくり返していた。



 (*´꒳`*)



 大井暁良は学校の制服に袖を通した。普段は流したままの長い髪も三つ編みにまとめる。

 部屋の時計を見上げれば現在時刻は夕方の5時。

 すでに親戚のほとんどが大部屋へと通され、彼女の足元から歓談している声が嫌でも耳に入ってきた。

 

 今日は大井家の将来に一つ確かなしるべが示されるめでたい日。

 自然と耳に入ってくる声にも期待と祝福の色が宿っている。


「結局最後はこうなるのかぁ……」


 誕生日を迎えて、昔馴染みの少年と再会して、自分の立場も境遇も忘れて海でバカみたいに騒いで……

 それでも今日という日は容赦なく押し寄せて、大井暁良の人生は強固なレールの上に添えられた。

 きっとこれから先、この道をただ流されるように残りの生を歩むのだろう。

 そうして、脇の方で勝手気ままに広がる自由な獣道に心惹かれ、目を閉じ、顔を逸らすのだ。


「でもま、決めたのはあーしか」


 誰に強要されたとしても、責任もなにもかもかなぐり棄てて、自己責任の自由を得て生きていくことはできる。例え、それでどれだけ多くの人間に迷惑を掛けようと……


 ……そんなんできるわけないじゃん。


 理想だ。誰もが自分に課せられた責任を無視などできない。

 自分の人生をどれだけ自分のものだと言い張っても、そこに他者が絡まないなんてことはありえない。

 だからこそ、


「これからは『あーし』じゃなくて……『わたくし』かな。はは……めっちゃ肩こりひどそ~」


 なんとなく肩をグルグルと回す素振りをしてみる。本当に凝ってるわけじゃない。ただ、ちょっとだけ未来さきの出来事を予行演習して、笑ってみたかっただけ。


「さて、そろそろ行くかな」


 婚約の正式発表までまだ少し時間はあるが、集まった親戚連中に挨拶をして回らねばならない。

 あまり気乗りはしないが、これから先も付き合いをしていかねばならない相手だ。

 堅実に人生を歩むなら、彼等の助力は必要不可欠。

 角も波風を立てず……激動も感動もない代わりに、静かな人生くらいは望みたい。


「こんにちは」


 一階に下り、自分より二倍も三倍も、或いはそれ以上に歳の離れた親戚たちに精一杯の作り笑いを披露する。

 全員が今日の主役の登場に破顔し、まるで娘や孫でも迎えるかのように手招きしてくる。


 口々に「めでたい」だの「これで大井家も安泰」だのと、弧を描く親戚たちの口から幾重にも浴びせられる。

 既に酒が入っている者もいるのか、肩や背中を叩いてきたり、手を握ってくるおじさん連中もチラホラ。


 ……ああ~、はったおしてぇ。


 この独特の空気感。やたらと気安く、それが当たり前、といった雰囲気。こばかりはいつまで経っても慣れない。

 おばさん連中がそれとなく窘めてくれるものの、本気で止めている様子でもない。

 形ばかりの言葉ならむしろ口にするな、と大井は内心で彼女たちを睨みつける。

 思わず、この会場を全部ぶっ壊してやったらスッキリするかな、なんてできもしないことを脳裏に浮かべる。


 時計の針はもうすぐ5時半を指そうとしている。

 

 あと15分から20分はこのまま玩具にされるのかとげんなりしてくる。

 そんな中でもう一人の主役である時任の姿を探すと、彼は祖父と話し込んでいる最中のようだ。

 今年でアラフィフの父と母は、彼の両親と対面し笑みを見せていた。

 母がこの家の生まれで、父は外から婿として大井家に迎え入れらた恰好だ。


 娘がセクハラされているというのに薄情な、と大井は笑みの形を作ったまま実の両親に辟易する。

 

 と、不意に家のインターホンが鳴った。すでに親戚のほとんどが揃っている中、誰が来たのかと一同は首を傾げる。


 そんな中、母が「はいは~い」とパタパタ駆けていく。その背中を見送り、しばらくして戻って来た彼女は娘に、


「あきちゃ~ん。お友達がお祝いに来てくれてるわよ~」

「はい?」


 誰だ? 学校のクラスメイトだろうか?

 今日の婚約発表については地元の回覧板で周知されているだろうから、知っていてもおかしくはない。

 が、クラスメイトたちは友人のカテゴリーではない。知人だ。浅い付き合いに終始してきた自分のもとに、果たしてお祝いの言葉をわざわざ言いにくるほどだろうか?


 ……親に『行ってこい』とか言われたのかな?


「ほらほらどうぞ~」


 間延びした母の言葉に促され、廊下から「どうも」を男の声が聞こえて……『それ』は現れた。


 どこで売ってるんだと突っ込みたくなるような真っ白なスーツ、黒のシャツに真っ赤なネクタイ、オールバックでガッチガチに決まった黒髪……

 そしてなにより、今にも人の一人か二人は平気な顔して撃ち殺しそうな、とんでもなく眼圧強めの三白眼。眉間に寄った皺が、その凶悪な目元を更にワンランク上のシロモノに昇華させている。


 360度。どの角度から見ても、そこに立つ人物は完全に『893』の出で立ちであった。


 途端、騒がしかった空間が一瞬にして静寂に包まれる。

 きっとこの場にいた全員の脳内では、絶賛『仁義なき〇い』のBGMがガンガンに垂れ流されていることだろう。


「え……?」


 唯一、声を上げたのは大井ひとりだけ。

 瞼は何度も瞬きを繰り返し、目の前に突如として現れた人物の、そのあまりの場違い感と存在感に、彼女の脳は一瞬、すべての処理を放棄した。



 ((((;゜д゜))))アワワワワ

『毎日家に来るギャルが距離感ゼロでも優しくない』

書籍版、好評発売中!!!!!


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[一言] まさに己の個性を活かしきったスタイル…
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