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恋の始まりは何も特別なモノだけじゃないんだぜ

 思い返すと、恋愛が劇的だと思ったことは一度もない。


 大井暁良にとっての恋とはある意味で物欲の延長だったように思う。


 幼い頃の彼女にとって宇津木太一とは決して男としての魅力を備えた相手ではなかった。

 ハッキリとしない態度、俯きがちな視線、周りに同調することもせず、孤独に教室の隅にいることが多い子。


 彼に構い続けたのは、一言でいってしまえばその反応の良さだった。

 いじったり、からかったりすると返ってくるオーバーなリアクション。その一挙手一投足が大井暁良の琴線に触れ、ただ教室で他の女子と遊ぶより、彼を優先させた。


 或いは、子供ながらに独りでいる彼を放っておけない、などとお節介を焼いてしまったのかもしれない。


 大井暁良にとって庇護すべき対象。


 ただ、単純接触効果というのはなかなかにバカにできないようで、一緒にいる時間が長く続いたせいか、いつの間にか彼女の方が彼と一緒にいるのが当たり前になっていた。


 彼は自分といるだけ笑っていた、自分といる時だけ大きな反応をする、自分といる時だけ、自分といる時だけ……


 それは彼女にとっての当たり前で、その前提が崩されたのはとある日の教室でのこと。


『ねぇ、太一君!』

『な、なに?』


 クラスの女子が何人か、彼の周りに集まっていた。


『太一君ってさ、けっこう足早いよね!』

『そうそう! この前のリレー大会、後ろのひとグングン引き離してたの!』

『あと、この前のテストさ。先生に褒められたよね。太一君、もしかして勉強得意?』

『あ、あとさ。アキラちゃんとゲームの話してるの聞いたんだけど。太一君さ、もしかしてこれやってる?』


 いきなり話題を振られたにも関わらず、太一は彼女たちの言葉にひとつひとつ丁寧に対応していく。


 小学校時代。太一は確かに姉には及ばないまでも、教室という括りだけでみれば彼は確かに優秀な部類の人間だった。

 彼の陰鬱な空気がそれをずっと覆い隠していただけ。


 しかし、それでも気付かれる機会さえあれば、宇津木太一の能力は目に触れ、人を集めていた。


 この頃はまだ人と話すことに必要以上に緊張しすぎるということもなく、彼の一見卑屈にも捉えられる物腰は、クラスの女子たちから謙虚な態度として映ったらしい。


 同学年の他男子と比べ、騒がず落ち着いて……しかしリレー大会、テストで成果を出した男子。

 いつの間にか、クラス内で彼の株が静かに上がっていたようだ。

 しかし、いつも一緒にいた大いにとって太一がそれなりに勉強と運動ができる事実は既知であり、今さら取り立てて騒ぐほどのことでもない……そんな風には思えなかった。


 自分しか知らなかったはずの彼の内面や能力が注目され、その価値が再評価される。

 それは誰に咎められるものではなく、むしろ歓迎すべき変化だ。


 だが、


 ……なんか、やだ。


 人の感情とは不思議なもので、これまで見向きもしなかったものが、他人(誰か)によって評価された途端にその価値を上げていく。


 それは物にも、人にも適用される。


 宇津木太一という隠れた価値を、周囲が見出した途端、大井暁良の中に彼に対する評価も変わった。独占欲の始まりである。


 大井暁良本人でさえ予想していなかったことだ。よもや自分が、彼に対すてこうも執着するなどと。


 恋とはもっと、ロマンスというアクセサリーで着飾った、美しい感情なのだと思っていた。


 しかし蓋を開けてみればどうだ。


 漫画や小説のような劇的な展開の末に、純真でもって相手を好きになるなんてことはなかった。

 むしろそれはあまりにも泥臭く、醜悪で、歪んでいた。


 それでも当時は、まだ自身の中にそんな感情があるなんてことに気付くこともなく。

 女子は男子に比べて早熟などと言われているが所詮は小学生。

 まだまだ己の感情についた名前すら知らず、制御も利かないままに振り回される。


 そんな時、彼女の元にもたらされた転校の話。


 ……は? なんで?


 大井は首を傾げることしかできなかった。親の話は聞いていた。なんでも、大井の実家で育てられている跡継ぎの兄が家を飛び出したそうだ。

 兄とは歳が離れていた。大井が小学校5年生の時、向こうは大学1年。親が言うには『女がデキた』らしい。

 

 頭が真っ白だった。意味が分からなかった。少なくとも小学生にする話じゃない。

 しかし大井家の特異性ゆえか、大井暁良は実家へ戻り、後継を残すために結婚せねばならないのだと……問答無用である。

 

『はぁ……』


 当時の大井が話を聞かされて出た反応は、溜息だった。


 

 声を上げて駄々をこねるほどに宇津木太一という少年に対する感情は成長しきっておらず、かといって仕方ないと割り切れるほど彼女の想いは軽くなかった。


 ……そして『恋心それ』は形を整える前に『家の都合』という障害でより歪み――果ては彼女自身の手によって想い人を傷付ける凶行に走らせた。


 どうせ実らず、結ばれないなら、いっそ自分も、相手も、孤独であれ。


 ……ああ。


 時任家。榛輝の部屋。大井は彼のベッドに顔を突っ伏し低くなり声を上げていた。


 ……クソ野郎。あーしは、クソ野郎。


 数日前に彼と再会し、過去の自分の行いがフラッシュバックする。


 何度も、何度も、何度も、何度も何度も何度も――


 その度に大井は内心を掻きむしられる。

 大井の人生観は、自分の人生は自分のためだけにある、だ。

 それはつまり、相手の人生も相手のためだけにある、と考える。


 だというのに、自分は己の感情の行き場を相手に求め、その果てに彼の人生に干渉し、歪めた。


「ぁぁぁぁぁぁぁ~~~」


 寝返りを打ち、着ているシャツの襟を引き上げて顔を覆う。今日、自分は彼に告白した。過去の行いも、自分の気持ちも。


 その果てに帰ってきたのは、彼の困惑した反応だけ。


 当然だ。むしろ激情にかられた彼に海に突き落とされても文句は言えなかったかもしれない。


 ……イタイ。


 妙に胸の辺りがズキズキする。もしかしてストレスで胃痛でも覚えたか。


 恋の甘い疼き? なんだそれは? 夢見すぎじゃないのか?

 疼きなんてもんじゃない。もっと切り刻まれるような鋭敏なイタミだ。


 ふと、扉の外に人の気配がした。


 思わず飛び起きる。榛輝以外の人間だったら大事だ。こんなぐちゃぐちゃになった顔を見られるわけにはいかない。

 いや、それ以前に大井は誰にも言わずこの家に転がり込んだのだ。当然、この家のご両親にも内密に。


 慌てて部屋の主のクローゼットを開け、中身を外に放り出して中に飛び込む。


 が、


「なにしてんのお前?」

「か、かくれんぼ?」


 入ってきたのは、部屋の主人である時任榛輝だった。大井は脱力してクローゼットの前にへたり込む。


「どうせ親父かお袋かって勘違いしたんだろ。ほれ」


 時任は手の袋を大井にぶん投げた。

 なんとも軽やかに飛来したそれをキャッチすると、丸かった袋はくしゃりと音を立てて手の中で潰れた。


「なにこれ?」

「ゴミ」

「最っ低……」

「おう。お前の愛しの王子様と一緒に全部食ってやった。ざまぁみろ」

「っ! たいちゃんに……会ったの?」

「偶然な」

「そう……じゃあ、いいや」


 時任に渡した1000円のいくらかが彼の胃袋に消えたというなら、仕方ない。


「あの、さ……」

「ん?」


 たいちゃん、なにか言ってた? と、そう訊こうとして、


「ううん。やっぱいいや」

「あ、そ……てか、お前もう帰れよ。明日はバタバタなんだからよ」

「……そうする。おばさんたち、もう寝た?」

「寝てる」

「そっか……」


 時計の針は、もうすぐ日付を替えようとしている。


「送ってくか?」

「いい。てか、一人にしてほしいかも」

「バーカ。誰が、『俺が送る』って言ったよ」

「え?」

「下で待たせてっから。断んなたそいつに言え」

「え? ちょ、ま、」


 まさか。


「あんた!」

「でけぇ声出すと親父たち起きんぞ」

「くっ……こんの~……」

「ほれ出てけこの不良&浮気娘が」

「あんた……いつか覚えてなさいよ」

「へいへい。いいからはよ行け」

「……やっぱ今日はここ泊ま、」

「悲鳴上げっぞ。俺が」

「いつかコロス」


 時任になかば追い出されるように、そっと玄関から外へ出る。


 と、家の塀の陰に設置された街灯が、一人の少年の姿を照らしていた。


「こんばんは、ヤヨちゃん」

「う、うい~す。えと、なんか、送ってくれるんだって?」

「うん。いいかな?」


 よくない。全くもってよくない。よくはない、のだが……


「よ、よろしく」


 逃げることもできず、大井は頷くことしかできなかった。



 (´・ω・`)



「はい」

「え?」

「暑いから。飲み物。あと、アイス。コンビニの」

「あ、ありがと」


 大井家への帰路。二人は間に二人分ほどのスペースを開けて歩く。

 太一にペットボトルと、坊主頭の少年が有名な氷菓子を手渡され、少しだけ近付き、また離れる。


「ごめん。時任君と、お菓子、全部食べちゃった。それ、お詫び」

「あ、ああっ。いいよぜんぜん! 大丈夫! 気にしないで」

「うん」

「あ、あはは……」

「「…………」」


 気まずい。

 二人は蒸し暑い夜道を黙って歩く。

 沈黙に耐えかねて、大井は「こ、これ、もらうね」とアイスを封から出して一口かじる。ほとんど味がしなかった。


 ……あんにゃろ~、なにしてくれんだよ~。


 脳内でどや顔ピースしている時任に悪態を吐きながら、大井はペットボトルをぐにぐにと片手で握り潰す。

 ひんやりとして心地いい。しかし絶賛居心地の悪い中を自宅へ進行中。


「あ、あのさ……」


 いたたまれなくて、大井は太一に声を掛けた。


「うん?」

「え、と……ご、ごめん。やっぱ、なんでもない」


 なにを話せばいいのか、そもそもなにを言おうと思ったのか。

 目の前で俯く大井を前に、太一は、


「ヤヨちゃんの家って、こっちの方なの?」

「え? ああ、うん。あいつんちから、そんな距離もないかな。歩いても、10分そこそこ」

「そうなんだ」

「て、てか。かず子さんところまでだと、ちょい距離遠くなるよ? 寝るの遅くなって、明日、きついかもよ?」

「いいよ。大丈夫」


 そう、大丈夫。どうせ、明日はまともな思考回路じゃいられないだろうから。

 いや、いっそまともじゃない方がいいまである。


「ああっ、あのさ!」

「ヤヨちゃん」

「な、なに!?」


 少し怯えた様子の昔馴染みに、太一は表情を変えず、


「明日の婚約発表って、何時からなの?」

「え?」


 大井家の無駄に豪奢な玄関口が見え始めた頃、太一はそんなことを訊いた。


「ゆ、夕方の18時頃、かな」

「そっか。ありがと」

「ど、どういたしまて?」


 結局、以降会話らしい会話もなく、宇津木は大井を家に送り届けた。


「じゃ、じゃあね、ありがとっ」と、戸の奥へ逃げる様に去って行く彼女を見送り、祖母の家へと足を向ける。


 振り向きざま、もう一度だけ彼女の家を見上げて、


「ヤヨちゃん。僕、決めたよ」


 ……君への、答え。



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