いつだって答えなんてモノは最初から決まってるもんだ
夜も更けた午後10時過ぎ。
3ゲームほどして女子会(異分子アリ)は解散となった。
夕方に降った雨のせいで、窓を開けるとムシムシとした空気が入ってきて下手に開けられない。
しかし閉め切っていると、それはそれで空気が澱んでクッソ暑い。
どっちを選択しても結果がよろしくないのなら、せめてマシな方を選ぶほかない。
或いは……他の選択肢を考慮するか、である。
尤も、一番労力を要する選択であることは間違いないが。
どんちゃん騒ぎも終わり、太一は祖母に、
『ちょっとコンビニ行ってくる』と、伝えて外へ出る。
一歩進むたびに、風呂で流した汗が再び吹き出してくる。別になにか欲しいものがあったわけじゃない。ただ、なんとなく外に出て、独り自分の感情と向き合ってみようと思った。
雨上がりで蒸された空気の中にはひとけはなく、より自分の中へと意識を深く沈めることができた。
……僕は、ヤヨちゃんをどう思っているのか。
『自惚れだろうが自意識過剰だろうが! あんたを好きそうな奴がいて、あんたはその相手を好きなのかどうかってだけの話なんだよ!』
つまり、相手が自分を本当に好きなのかどうか……それ以前に、相手の感情というバイアスの一切を取っ払った時、果たして宇津木太一は、どんな感情を抱くのか。
……僕は、
大井暁良――太一にとって、彼女は……
自分の気持ちを決める。複雑に絡み合う感情の中で、素直に『好き』と『嫌い』の天秤を見つめる。
良くも、悪くも、彼女にしてもらったこと、されたこと……その比重を自分という尺度で推し量り、天秤の傾きを見守る。
ゆらゆらと揺れる様は彼の迷い。
彼女にされて嬉しかったことが重なって天秤が振れる。
彼女にされて嫌だったことが重なってまた天秤が振れる。
大井暁良との思い出という重しが、ちょっとずつ天秤の皿に乗せられて、太一の不透明だった気持ちに色がつく。
ふと、道路をすれ違っていった車の走行音に意識が現実へと引き戻された。
思わず眉をしかめて遠ざかる真っ赤なテールランプを睨みつける。答えが出そうだと思ったところに水をさされた気分。仮に今の太一を通行人が見たら全力でその場からの逃走を図ることだろう。
が、
「お……」
ふと、車に振り返っていた太一の後頭部に声が掛かった。
先程までひとりだけだと思っていたところに他人の気配を感じ、太一は少し驚いた様子で振り返る。
「あ」
そこにいたのは、くせっ毛ぎみの髪を湿気でよりくりんくりんにカールさせた時任だった。
先日の海で初めて顔を合わせた、大井暁良の婚約者……
彼は白のTシャツにジーンズというラフな出で立ちで、手にはコンビニの袋。中身がパンパンに詰まっているのか手の平に持ち手が食い込んでいるようだ。
「こ、こんばんは」
「おう。昨日ぶり」
特に語るべきことがあるわけでもない相手を前に、二人はなんともぎこちない様子で会釈を返し合う。
「コンビニ?」
「まぁ……」
「そっか。俺は大井暁良っていう暴君姫様のパシリだ。いきなりアレ買って来いコレ買って来いってな」
そう言って彼は手の袋を掲げて見せる。がさりと重そうな音がして……事実、袋の中にはいくつものペットボトルの姿が透けていた。
「あはは……大変ですね」
「全くだ。あいつ、人をテイのいい召使にしやがって。明日は親戚連中の前で正式な婚約発表だってのに、夜更かしする気満々って感じだよ」
「そう、なんだ」
思わず、ほんの少しだけ、太一の心がモヤっとした。
自分の知らない5年間の大井暁良を知る同い年の少年。彼の気安い態度は、きっと彼女と共に積み重ねてきた時間の密度によるものだ。悪態を吐きつつ、そこには親しみが見て取れる。
「そ、それじゃ」
太一は身を固くして、彼の脇をすり抜けようとした。すると――
「なぁ? よかったら、ちょっと付き合ってもらっていいか?」
「え?」
「あいつに全部食わせてやんのも癪だし……コレ、軽くすんの手伝ってくれ」
「はぁ……?」
よく分からない誘われ方をして、太一は首を傾げた。
( ́・ω・)ん?
そうしてやってきたるは空調の利いた涼しいコンビニのイートインスペース。
なんでも、愚痴を聞いてくれ、ということらしい。
カウンター席に二人して腰を落ち着ける。時任はガサゴソと袋の中から適当な炭酸飲料を取り出して「ほい」と太一に手渡した。
カウンターの上に並べられるポテチやらチョコ菓子やら……ついさっきも不破たちと共に駄菓子パーティーをやらかしたばかりのところに、更なる糖質のおかわりであった。
「わりぃな。いきなり」
「い、いえ」
不破が近くにいたら、またしてデコピンを喰らいそうな様子の太一。そんな彼の様子に気付いているのかいないのか、時任は訥々《とつとつ》と語り始める。
曰く、
「俺ってさ、結構な被害者だと思わけよ」
大井暁良は時任の婚約者。しかし彼女は自分を常に大嫌いと言って憚らない。
周りはそんな彼女の反応を照れ隠しなどと思っているらしいが……5年前から許嫁相手と言われ、彼女に付き合わされてきた時任からすれば、なんてお気楽な連中だ、と思わざる得なかった。
大井暁良はいわゆる自己中だ。周りにはそれとなく隠して生活しているようだが、5年も付き合いのある時任には本当に遠慮がない。
こんな夜更けにパシリを頼む程度には……
「そもそもさ。あいつんとこの爺さんから自由恋愛していい、って言われてんだぜ。なのに相手も探さねぇで愚痴ってばっか。自分の人生は自分のもんじゃん、とか言うくせして、他人に人生預けちまってんだよ」
おかげで、こちとら今日まで勝手に恋愛していいのか悪いのか分からないまま、明日はいよいよ正式な婚約発表だ、と時任は目をすがめて菓子を口に放り込んだ。
結局、収まるところに収まるのか、と思う反面。彼女の身勝手に振り回されたことには思うところもある。
だが、
『嫌なこと嫌って言わないで、なぁなぁで生きてんだからあーしのこととやかく言えなくね』
と、返されてはぐぅの音も出ない。所詮は同じ穴の貉。自分で意思決定の声を上げなかった時点で同類なのだ、と。
「はぁ~……」
「なんか、大変だね」
「マジ冗談じゃねぇって」
「あはは……なんとなくわかる気がします。僕も、最近はそんな感じなので」
思わず、太一も不破と出会ってからのことを口する。意外な互いの共通項。彼は日々、大井暁良に振り回され、太一もまた不破満天たちに振り回される毎日だ。
いつしか話は盛り上がり、如何に自分達が理不尽な目に遭ってきたかを語り合う。先ほどまで距離感の開きがあった二人は、いつの間にか30分以上も陰口で沸いていた。
当人たちは今頃くしゃみでもしてるに違いない。君に届け、この想い。
「そっちもなかなかに大変そうだな」
「まぁ……でも最近は、今の状況もそんなに悪くないのかな、っては思ってる」
「器がでかいんだか感性がいかれてんのか」
「あはは……」
時任の言葉に苦笑が漏れる。
自分は彼女たちと同じ土俵で物事を考えるには至らない。いつだって外ではなく、内に視線が向いてしまう。
いまだに自分の中で世界の解像度は低いままで、それでも最近はちょっとずつ世界が輪郭を帯びてきたように思う。
きっと、彼女たちによって太一のずれたピントが調整されてきているのだと、そう思う。
ただ……
彼女たちと会うよりずっと前……太一に『外』の世界があることを認識させた少女がいた。
「あの……訊いてもいいですか?」
「おう」
「明日、時任君は、婚約……するんだよね。ヤヨちゃん……大井さんと」
「まぁな。てか、お前あいつのことヤヨって呼んでんの?」
「うん。初めて会った時にね。彼女の名前の読み方が分からなくて――」
太一は5年前の大井との出会いを話した。出会った切っ掛け。彼女の後ろについて、色んな場所に遊びに出掛けたこと。
「時任君の言う通り、ヤヨちゃん、昔からけっこう強引な性格してて、家に押し掛けてきては連れ回されて」
「へぇ。今よりアグレッシブだったんだな」
「そうかも。髪も短くて、男の子っぽかったし」
「今じゃ引き摺りそうなくらいなげぇけどな」
「うん。ちょっと驚いた。なんていうか、記憶にある彼女より、だいぶ大人っぽくなってて」
「中身はぜんぜんガキっぽいと思うけどな」
「そうかな?」
「そうだよ。なんせ、お前に『フラれた』って言って、人に八つ当たりしてくるくらいだからな」
途端、言葉に詰まった。今日のこと、彼女は話していたのか。
「いきなり人んち押し掛けてきたと思ったら、勝手に風呂入ってメシ食ってあげくこの扱いよ。『どうせ明日は行儀よくしてないきゃいけないんだから今日ぐらいいいじゃん』だとさ」
文句たらたら。いつも以上に暴君していたらしい。
「全部自業自得じゃねぇかって思うんだが……はぁ~」
溜息を吐き出す時任。それに太一は何も返すことができない。
「ああでも気にすんなよ。あいつがお前のこと好きだったとしても、そっちにその気がねぇんじゃどうしようもねぇし。そもそも、お前が『どっち』の気持ちだったとしても、明日婚約発表するってのに今さらだろ。ちょっと遅すぎるわな」
「……」
大井暁良は太一にフラれた。大井本人と、その婚約者である時任は、そういう認識でいるらしい。
だが、
……僕は、まだ答えも出してない。
好きか、嫌いか。
振れる天秤はいまだ揺れ動き、彼の感情に答えを与えない。
……違う。
この揺れは、迷いだ。それ以前に、
……僕は、
選択肢を、天秤に任せたのは、果たして正しかったのか?
『ウッディの場合、考えたって答えなんて出ないんだから』
違う、そうじゃない。
そもそもの話として、
「ああ……」
思わず、声が出た。
思い至る。
自分の気持ちは、最初から、答えが出ていたんじゃないか、と。
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