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理屈よりも感情で読み取るべきものがある

 祖母の家に帰って来た時には18時を回っていた。


 陽はまだまだ空の上にあるはずだが、分厚い雲が日光を遮り、まるで夜気が時間を勘違いしたかのように辺りは暗い。


「ただいま」

「おかえり――って、あんたずぶ濡れじゃないの」

「うん……ごめん」


 帰宅した太一を涼子が出迎える。

 しかし玄関を潜ってきた弟は、全身から雨水を滴らせるほどに濡れ鼠な状態になっていた。


「あんら。たー坊、どないしたの。そげん濡れて……お風呂沸いとるから、ご飯の前に入ってきん。風邪ひいてしまうよ」


 顔を出した祖母にも心配されてしまった。太一は「うん」と小さく頷ぎ、トボトボと脱衣所へと入って行った。


「なにかあったんかね……」

「どうなんだろ」


 ……なんか、あの子。


 数年前の……自宅に引きこもっていった時のような気配を漂わせていた。



 ( 一一)



 湯船の中で天井を見上げる。お世辞にも広いとは言えない浴槽。膝を折り、口元を湯に沈めて目を閉じた。


 ……わからない。


『あーしの結婚相手は――たいちゃんがいい』


 ……わからない。


『友達じゃないって思いながら、ずっと一緒にいたかな』


 ……僕には彼女がわからない。


 彼女には結婚することが決まった相手がいて……しかし彼女は太一と結婚したいという。

 

 ……僕は。


 感情の行き場に惑う。鳴無の時と状況が似てるかも、と思い、すぐに思い直す。あの時は悲しいという思いを笑ってごまかそうとした。そう、悲しかったんだ……でも、


 今回は、そういった分かりやすいタグのついた感情ものじゃない。

 閉じた視界の中で自分の内側へと潜っていく。


 雨で無理やり冷やされた思考。きっと、自分は彼女に裏切られていた。彼女もそれを肯定した。


 なのに、怒りといった感情が湧いてこない。激情に駆られ、暴れることができたなら、話はもっと簡単だったのではないか。

 怒りとは基本的に、自分の想いや理念、道徳観と相反するものと衝突した時に沸き起こる。理不尽、不条理に対する拒否反応のようなものだ。


 なら、大井暁良とは太一にとって、そうではないというのか。


 ……僕は……僕のことも、分からない。


 太一にとっての彼女は、ずっと友達だった……そう思っていたのは、自分だけだったのだろうか。


『友達じゃないって思いながら、ずっと一緒にいたかな』


『ずっと』とは、いつからのことを指しているのだろうか。最初からなのか。それとも、そう感じるようになったターニングポイントがどこかにあったのだろうか。


『あーしの結婚相手は――たいちゃんがいい』


 友達じゃない。でも、結婚相手になってほしい?

 

「意味が分からないよ」


 結論が出ないまま瞼を空けて目を細める。人が見たら今にも人を殺しにでも行きそうな人相で眉を顰める。

 どういうつもりで、彼女はあんなことを口にしたのか。許嫁の相手が気に食わないから、それなら太一の方がまだマシというニュアンスか?


 大井暁良にとって宇津木太一とはなんだったのか。果ては今の宇津木太一にとって、大井暁良はどんな存在になったのか。


 関係性は流動的で常に一定ではない。日々、小さくその形を変えていくものだ。

 故に、子供の頃の二人と、今の自分たちの関わりに変化があったのは当然で……それでも、こんな訳も分からない状況では、いったい自分たちが今、どんな立ち位置でお互いに向き合っているのか、理解できるはずもない。


 或いは……そうして理解させないように、彼女に仕向けられた可能性も、あるのかもしれない。



 (ーー゛)



 夕方から降り始めた雨は既に上がっていた。しかし空に星は見えず、薄く幕が張られたような曇色どんしょくだ。

 ふと、夜には意外と色の違いがあるんだな、なんて思った。


「ウッディ」


 夕食を終え、扇風機に風を揺らしてぼうっとしていたところ。後ろから霧崎に声を掛けられた。振り返ると、そこには彼女以外に不破と鳴無の姿もある。


「ちょっと来て」


 なぜか神妙な面持ちで手招きされ、太一は首を傾げながらも彼女たちの後ろからついていく。なぜか取り囲むように連行されたのは彼女たちに宛がわれた中間なかのま


 ……え、なになに?


 背後で襖が閉まり、3対の瞳が一斉に太一に注がれ――


「イエ~イ! 今から駄菓子パーティーするよ~!」


 と、霧崎が袋一杯、ミチミチに詰め込まれた駄菓子を掲げてそんな宣言をかました。

 呆気に取られる太一をよそに、床にぶちまけられる駄菓子の面々。いったいどうやって入ってというのか。もはや質量保存の法則を無視していたのではないかというレベルで大量の菓子が床に積み重なっていく。

 

 しかも袋一つに留まらず、なんと3袋も……こんもりと床に生えた駄菓子マウンテン。中には袋が完全にひしゃげている物も見られ、そうとう無理をして詰め込んだのだということが窺えた。


「なんですか、これ……?」


 唖然。思わず駄菓子を指さして霧崎を見遣る。


「いや~。500円で詰め放題ってイベントやっててさぁ~。ウチら全員でもう自棄になって袋パンパンにしてきちゃったw。てかキララからLINEきてたっしょ」

「ああ、そういえば」


 その直後に大井との件があってすっかり忘れていた。確かに不破からメッセージが届いていた気がする。


 ……いやでもこれは。


 さすがに加減を間違えているとしか思えない。駄菓子の代名詞ともいえる棒状の一品を手に取る。袋がくしゃくしゃになってるだけなく、中からサラサラと音がしていた。完全に砕けてやがる。試しに開封してみれば、ほぼ粉末状になった憐れな成れ果てが姿を見せた。南無三。


 いやそれ以前に……


「これだけ一気に食べたら、太りますよ。さすがに」


 せっかくのダイエットの成果が消し飛ぶ。さすがにこれで体重が一気に増加することはないが……女性にとって超えてはいけないレベルの増加を見せるのはほぼ確実だと思われる。


「いいのいいの! 食べたらまた動けばいいじゃん! それに、ちーとでい? ってのあるんでしょ? なんでも食べていい日的な? 今日はそれ! だから問題なし!」

「ええ~……」


 チラと太一は不破の方に目を向ける。すると彼女は「まぁたまにはいいんじゃねぇの」とこの悪ノリイベントを肯定。そもそもの話……聞けば駄菓子の詰め放題でもっとも躍起になっていたのは誰あろうこの不破満天だそうだ。


「はぁ~……あとで体重計乗って後悔しても知りませんからね……」


 普段から動いている不破と太一はともかく、霧崎と鳴無が地獄を見ることになりやしないか……かと思っていたら、


「別にそしたら太一君に体重が戻るまで付き合ってもらうから問題ないもんね~」

「え、ちょっと鳴無さん!?」


 するりと太一の腕に自分の腕を絡ませて密着してくる鳴無。それに乗っかる様に「あ! じゃあウチも~」などと霧崎までも悪ノリしてくっついてくる。


「てかさ~。ウッディ最近ウチら相手にもわりと遠慮なく色々言ってくるようになったよね~」

「え?」

「前はずっと口ん中でもごもご言ってたじゃん? それに比べるとウッディもだいぶウチらに慣れてきたのかな~、ってね」

「そう、なんでしょうか……」

「いやさっそく元に戻んなよ~w」


 背中をバシバシと叩いてくる霧崎。


「あ、そだ。ウッディんちから適当にゲーム持ってきてるし、それであそぼ」

「え?」


 霧崎は太一から離れると自分の荷物を漁り始め、中からゲーム機を取り出す。


 ……なんで勝手に持ってきてんの!?


 太一の内心での突っ込みなんのその。霧崎は更に悪行を重ねる。ポコポコとバッグの中からいくつものパッケージが顔を出す。どいつもこいつも太一所有のものばかり……本人の許可なしにどんだけ持ち出してきてんねん。


「他にもあるよ? ウ○とかトランプとか」

「マイこれ全部持ってきたん?」

「家にいる間は暇んなる時もあるかな~、って思って」

「にしたって持ってきすぎじゃね」

「まぁ別にウチのじゃないし」

「ちょっと!?」


 さすがに今の発言はいただけない。高校生の財力でこれを揃えるのは大変なんだぞ!


 しかし太一の突っ込みもどこ吹く風。不破たちはパッケージを物色。「あ、これやってみたい」と鳴無が手に取ったのは赤帽子に髭がトレードマークのおっさんが主人公のパーティーゲームだ。ちょっと前に地獄を見せられた某鉄道ゲームと似たり寄ったりな仕様だが、こっちは豊富なミニゲームが楽しめる。


「じゃあこれで。あ、連絡しといたけど皆コントローラー持ってきた?」

「もち」

「持ってきてるよ」

「じゃあ全員で遊べるね」


 不破、霧崎、鳴無はそれぞれに自分専用のコントローラーを持ち出してゲームの準備を進める。本体にくっついているコントローラーを太一が使い、全員が小さいモニターの前に陣取りゲームがスタート。


 駄菓子をパクつきながらゲームが進行していく。


「うっしスターゲット!」

「ふふん。でもコインの所持枚数はウチが圧倒的だし」

「……二人ともちょっと容赦なさすぎじゃない? ワタシこのゲーム初心者なんだけど」


 それぞれの手に、色違いのコントローラーが握られている。本人たちはこのゲームのハードを持っていない。コントローラーだけ買って、宇津木家にたむろしてこうしてゲームをプレイしていく……


 ……友達、か。


 こうして横並びになって、一緒の時間を共有して、ちょっとしたことに一喜一憂する。

 

 ……でも。


 もし、彼女たちが、ただ太一を憐れんで近くにいるのだとしたら……


「おい、宇津木」

「っ……はい」


 不意に、隣の不破から声を掛けられた。思わずビクリと肩が跳ねる。


「まぁなんだ……一応? 訊いてやる、っていうか…………アタシらに、なんか言いたいこと、ある?」

「え?」

「いや、なんか言いたそうにしてんなって」

「僕が、ですか?」

「そう言ってんだろうが。分かってんならいちいち聞き返すなっての」

「す、すみません」

「……またキョドってるし。はいじゃ~もうアウト~……ってなわけで、デコピンは勘弁してやっからさっさとゲロッっちまえっての。あんたマジで隠し事へったくそだんからよ」

「僕の、言いたいこと……」


 不破のよく分からない絡み方に太一はキョトンとしつつ、彼女の指摘を自分の中で咀嚼する。

 と、二人の様子を観察していた霧崎と鳴無が二人揃って「はぁ~」と溜息を吐いていたのはどういうわけか。


 ……僕は。


「あの……変なこと、訊いていいですか?」

「マジで変なこと訊きやがったらシメる」

「キララ~。話進まなくなるからちょい口閉じてよっか~?」

「あ、いえ。大丈夫です」


 いつものことですし、と言いかけて割と悲しくなった。うむ、今はこの思考はやめておこう。


「えっと、その……僕たちって……友達、なんでしょうか?」

「「「は(はい)(うん)?」」」

「あ、いえ。やっぱり今のなし」

「いやまず友達じゃねぇ奴と旅行とかしねぇから。マジでなに言ってんのあんた?」

「あ」


 ストンと、不破の言葉が胸に落ちた。彼女はほとんど嘘を言わない。隠し事も基本しない。いつだって自分の気持ちを真っ直ぐにぶつけてくる。

 だからこそ、彼女の言葉はそのまま太一の内側にあっさりと染み込んできた。


「そう、ですね……うん。その通りでした」


 ゲーム画面のキャラを動かしながら、太一は苦笑した。同時に、訊いてもらいことが明確になった気がする。


「あの、ついでにもう一個……もう二個くらい、訊いてもらっていいですか?」


 太一は語る。自分と大井との出会いから、別れまでの物語。彼女と交わした約束と、今日あった出来事を……余さず全て、語り尽くしていく。


「――僕は、彼女を友達だってずっと思ってました。でも、彼女はそうじゃなくて……別れ際に、『友達を作るな』って言われて……そしたら、今日はいきなり『結婚してほしい』って……僕、もうほんとに訳がわからなくて」


 理屈が通らない。そんな思いを声に乗せて全てを語り終えた。

 すると、


「くっ、だらね~!!」

「ええええっ!?」


 ずっと黙って話を聞いていた不破は、吐き捨てる様にそんなことを言い放った。


 見れば、霧崎と鳴無も苦笑したり呆れたりと散々な反応だ。


「あんたマジか? え? いやナイ。それはさすがに絶対ない。もしガチでマジだったら逆にこえぇわ」

「だよね~」

「これはさすがに……はぁ……まぁでも、太一君だし、ね?」


 なんだかよく分からないが、自分が現在進行形でめっためったにバカにされているのは理解できた。


「うわ……マジだよ。こいつぼけ~ってしてやがる」

「あはは……あ~、ウッディ……ねぇ、マジで分からない? そのアキラちゃんの言動をさ、よ~く思い返してみなって」

「い、いえ……それをしても分らないから、皆さんに話を、」

「だぁ!! もういい! じれってぇ!」


 不破はぐっと太一に顔を近づけると、太一の鼻っ面に指の先を押し当て、


「なにをどう考えても! あいつは! お前のこと! 男として好きって以外、ありえねぇだろうが!! マジであんたバカなんじゃねぇの!?」

「え?」


 不破の断定するような物言いに、太一はまたしても目を点にした。


 

 …(゜□゜)

そうだよねぇ……そういうことだよねぇ。

え? めんどくさい? いやいやこんなもんでしょ。

そんなわけで、第三部。いよいよ最大の山場へ突入していきます!!!


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― 新着の感想 ―
[一言] 自分の感性がおかしくなったのかと思っていたので、女性陣のコメントに安堵 だよね、やっぱり好きという意味だよね…
[一言] うまく言えないけど、こうゆうの大好きです
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