夏の定番イベント…そうそうこういうのだよ、こういうの
東屋を後にする。鼻にくすぶる潮風の名残。木々に囲まれた遊歩道をぐるりと回り込む。しばらく進むと、目の前に柔らかそうな芝の敷き詰められた広場が見えてきた。
丘陵地帯を利用した巨大な滑り台で子供たちがはしゃいでいる。或いは、水が湧き出るオブジェの周りで、親子連れが飛沫を上げながら涼を取っていた。
母親らしき人物が、日傘をさして子供たちが遊び回る様子を優し気に見守っている。人でごった返す海と違い、こちらの喧騒は随分と平和的だ。
「さすがにいつもより人が多いなぁ」
大井は広場中央の遊具エリアを見つめながら呟いた。
木陰のベンチはほぼ埋まっており、二人は立木の下にできた日陰に一時退避する。
「人がいないときはあの滑り台でシャ~ってやるの。別に高校生が滑っちゃだめってこともないっしょ?」
両腕を前に出し、ちょっと前傾姿勢になって大井はそんなこと口にした。思わず、無邪気にはしゃぎながらあの滑り台を下りていく大井の姿を想像して笑みがこぼれる。
ただ、子供じゃないからこそ、ああいう遊具をたまに遊んでみたくなる心境は理解できた。
さすがに今、あの子供たちに混ざって遊ぶような勇気はないが。きっと羞恥で死ねる。
いや、或いは不破や霧崎あたりは普通に遊んだりするかもしれない……さすがにそこまで子供じゃないか? いや、ありえる。
「は~。にしてもあっつ~」
大井はパタパタと手を扇代わりに顔へ温い風を送り、シャツの襟を引っ張って中に空気を取り込む。出合い頭に購入した水を一気に飲み干していく。
ここまで歩き通しで、太一の全身からも汗が噴き出していた。額、襟首から背中が濡れて服が張り付いて少し気持ち悪い。
「今日って最高気温何度だっけ~?」
「33度だって。でも湿気もあるし、体感的にはもっと暑いかも」
「そういや今日雨降るかもだったっけ~。うぇ~」
この辺りにしては高い気温。今年最高ではなかろうか。ぐったりと木陰にしゃがみこむ大井。
太一も先ほど買った水で渇きを満たす。あっという間にペットボトルは空になった。あまり水ばかり飲むのも体に毒ではあるが。
……もっかい飲み物、買っといたほうがいいかな。
太一は横で少しぐったり気味の大井に振り返る……と、
「っ……」
太一が全身に汗を掻いているように、当然のごとく大井も全身汗まみれなわけで……すると白のシャツともなれば夏の恒例ともいえるアレが発生するわけで……
……黒。
シャツの内側。黒いインナーのシルエットがうっすら透けてしまっていた。流線形のラインに沿ってシャツが張り付き、彼女のスタイルが艶っぽく浮き上がる。白地に黒のコントラストが加わり余計にシルエットが際立っていた。
一言で語るなら、無駄にエロい。
現状だけ見ればあの鳴無にだって負けてない。童貞の急所に叩き込まれるえげつない一撃。確実にオーバーキルである。
はてさてこの状況を指摘すべきかどうすべきか。つい一昨日も彼女の痴態……もとい恥部を拝見してしまったばかり。ワザとではないというのに、なぜこうもいたたまれない気分されねばならんのだ。
彼女のお色気枠疑惑が更に深まった。不破然り鳴無然り。どうして太一の周りの女子はやたらと精神的に負荷を掛けてくるのか。
いっそ瞼にガッツリ焼き付くほど、しっかりとガン見てやろうか。
「あの、ヤヨちゃん」
「なに?」
「また、飲み物買ってこよっか?」
「ああ~、おねが~い。さっきと同じヤツ~」
大井はバッグから財布を取り出すと太一に小銭を手渡す。
太一はそれを受け取るとそそくさとその場を……
「えと……ヤヨちゃん」
「ん~」
「その…………服、透けてる」
「え?」
「じゃ、飲み物買ってくるから!」
近くに自販機に向かう直前、太一はぼそりと漏らして今度こそ足早にその場を去った。
大井は自分の姿を見下ろし「っ!?」と慌てて体を抱く。
「あ~……ミスった~」
いつもほとんど一人でしか歩かないものだから完全に油断していた。せめてもの救いはブラではなくインナーだったことか。いやそれでもさすがに白と黒の組み合わせは考えなさすぎだったか。
……いや、透けファッションとかもあるし、うん。
よしそれで押し通そう、と大井は夏の陽気とは別の意味で顔を赤くしながら頷く。いささか無理があるような気もするが、もうそれで行くしかない。でないと完全に痴女である。
この時点でだいぶ手遅れ感があるのはいなめないところだが……
大井が内心の羞恥と戦いながらなんとも言えない表情をしていると、太一が二本のペットボトルを手に戻って来た。
「た、ただいま」
「お、おかえり!」
思わず大井の声が上擦った。途端に『ハズい~』と耳まで朱に染める大井である。
太一は大井から視線を外したまま、明後日の方角に顔を上げている。
「違うから……」
「え?」
「これ! こういう! ファッションだから!」
「そ、そうなんだ」
「そうなの!」
やけくそ気味に声を張り上げる大井。目も回して顔全体を赤くしている時点で無理がある。
とはいえ太一は最近になってようやく自分の服に気を遣うようになったばかり。女性のファッションなどまだまだ未知の領域だ。
……そういえば、前に不破さんが見せブラとか言ってたっけ。
とりあえず太一は『そういうもの』として大井の言葉を飲み込んだ。というかそう考えないとやってられない。この後も彼女と一緒に行動するのだ。
「つ、次いこ! 次!」
大井はバッと立ち上がると太一の返事もそこそこに先を行ってしまう。
正直これ以上汗を掻くと被害は更に拡大しそうな気もするのだが……太一は小さく「はぁ」と息を吐き出すと彼女の背中を追いかけた。
空の向こう側に見えていた雲は徐々に近づきつつあり、こちらに距離を詰めてきている。じわりとした湿り気は不快指数を上げ、灰色がいよいよ天蓋を覆わんとしていた。
芝の広場を抜け、再び遊歩道に入る。脇には公園の案内板。セミの鳴き声に導かれるように、青々した木々の間をひたすら大井の背を見つめながら歩き続ける。
と、人の気配が希薄になってきたところで、大井はゆったりと太一に振り返り、
「どう? 楽しい?」
「?」
「あーしとのデート」
「デートじゃない、って言ってなかったっけ?」
「あれ、そだっけ」
どこか惚けたようにのたまった大井。その表情は、どこか掴みどころを惑わせるようなもので。
「まぁでも……婚約者のいる相手とこうして二人きりって状況は、色々と邪推とかできちゃっりとか? するわけじゃん?」
「……えっと」
大井が何を言いたいのか分からない。太一には首を傾げることしかできなかった。
「あーしは明日、婚約が確定して。学校卒業と同時に結婚……たぶん二十歳で子供産んでじゃないかな」
「そう、なんだ」
「うん。そうして欲しいんだってさ」
結婚、出産という、太一にはいまだ縁遠い単語が連なる。太一はそれになにも返すこともできず、ただ彼女の声に耳を傾ける。
「ほんと、すっごいよね。この少子高齢化の時代にさ、十代で結婚して成人した途端子供だよ? お国もこれくらい強引に男と女をくっつけちゃえば、将来の人口減少も解消できちゃったりね?」
「その……ごめん……よく、分からないかな」
「あはは……うん、だよね。あーしも訳わかんないこと言ったって思うわ。忘れていいよ」
そう言って彼女は踵を返す。そこからしばらく無言の時間が流れる。辺りに響くのは蝉の声と葉擦れの音のみ。前を歩く大井の存在が心なしか遠く感じられる。
彼女の語る現実は、太一にはようとして知れない世界。
そこに身を置く彼女という存在は、不破たちと同等か……或いはそれ以上に近寄りがたく……
思わず、太一は更に一歩。大井から距離を取った。
(((((・・;)
時刻はもうすぐ夕方4時。
森林公園を抜けた太一たちは地元の子供たちが集まる駄菓子屋へ。連休で多くの子供たちがたむろするそこに、ヤ○ザみたいな顔した男が強襲。
泣き出す者、逃げ出す者、おもちゃの武器を手に果敢に立ち向かう者と……もうしっちゃかめっちゃかな阿鼻叫喚。
大井がなんとか場を治めてくれたものの、太一はちょっと涙目だ。子供は良くも悪くも正直だ。指さしで「鬼~!」と叫ばれりゃ、それはメンタルだってやられるさ。
しかしやたら「鬼」、「鬼」と連呼された上に刀をおもちゃの振り回された。例の作品の人気の高さがうかがえる。言っておくが、太一はむしろ鬼どころか輪切りにされたあげくむしゃむしゃされちゃう側である。
そんなこんなで駄菓子屋でカップアイスを購入。店脇の錆びたベンチに腰掛けて、木のスプーンでガチガチのアイスに挑む。アイスが硬くて歯が立たん。大井はカップをにぎにぎしてアイスを柔らかくしていた。
「むぅ~……こやつ、手強い」
「ははは……」
夏の熱気と大井の体温に抗うアイス。ようやく木のスプーンが通るようになったのを確認し、熱さに火照った体にアイスを投入。途端、例のアイツがやってくる。
「う”~~~~~」
「ああ。一気に食べると来るよね……ソレ」
「死すべし。アイスクリーム頭痛」
「いや死すべしって……」
現象に死の概念とかもちこんでどうする。突っ込み待ったなし。
「はぁ~。ちょっと疲れた~」
「ずっと歩いてたしね」
もうシャツの透けなどどうでもいいのか、もしくは開き直ったのか。大井は脚を投げ出しベンチにズルズルと身を沈める。
「はは……あ~ぁ。めっちゃ楽し~」
「そう?」
ただ歩いて、目的地については小休止してを繰り返していただけのような気もするが。
「楽しいよ。久しぶりにたいちゃんのこと連れ回せて」
少し下から大井は太一を見上げてくる。
「もっかい訊くけどさ。たいちゃんは、楽しくない?」
「……楽しいよ、すごく」
「そっかそっか」
ちょっとだけ、鳴無との時のことを思い出して口の中が苦くなる。あの時も、こんな風に感想を口にして、直後にしてやられたのだ。
が、あの時とは違い、大井は満足そうに頷くと、
「なら、この後はあーしのとっておきにご案内してあげようじゃないか」
そう言って、彼女は空になった容器をゴミ箱に放り込んで立ち上がる。
どうやら今日の案内もこれで最後らしい。
どこへ連れて行ってくれるのか。連れていかれるのか。
空気には、ちょっとだけ雨のニオイが漂いはじめていた。
( ◜◡◝ )
透けイベは夏の定番!
ようやく出せた……!
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