デートじゃない、だって付き合ってないし
『今日は全国的に晴れるところが多そうです。しかし低気圧の接近に伴い、夕方にかけて日本海から雲がかかり、一部では突発的に強い雨が降る地域も――』
なんで解説してる気象予報士の声がテレビから垂れ流されている傍ら。
お中元で届いたという大量のそうめんを、太一たちは若い胃袋と食欲に任せて平らげていく。
台所を跨いだ隣の部屋は和室になっている。宇津木家の面々とギャル3人は大きなテーブルを囲んでいた。
そうめんを啜っていると、正面に座った霧崎に声を掛けられる。
「ウッディ。午後からウチら近所でやってるお祭りに行く感じなんだけどさ。一緒に行くっしょ?」
お盆休み期間中。この地域の役場で『ふるさと祭』というイベントが開催されているらしい。午前中のうちから屋台も出ているらしく、地元の商会や企業のブースで物販もしているとか。
「すみません。午後からはちょっと約束がありまして」
「ええ~。ウッディ、不参加~」
「……すみません」
口を尖らせる霧崎。
「まぁ用事があるなら仕方ないんじゃない?」
と、鳴無が何も訊かずにフォローしてくれた。しかしチラと太一を掠めた視線には、どこか探るような色が見て取れる。
「……ずずず~!」
そして、不破は先程からモクモクとひとりそうめんを無言で啜っていた。なんとなくわざと音を立てているように見えなくもない。しかし祖母はそんな不破の様子に「ええ食べっぷりやんねぇ。まだまだおかわりあるけんね」とニコニコとした表情を浮かべていた。
太一は時計を見上げて時刻を確かめる。時刻はもうすぐ12時半に差し掛かろうとしていた。
……そろそろ出ないと。
太一は腰を上げると「それじゃ、ちょっと行ってくる」と声を掛け、祖母の家から太陽の下に出る。背後から、
「どこに行ってもいいけど。ちゃんと水分とって、暗くなる前に帰ってきなさいよ。あと雨降るかもだから、気を付けてね」
と、涼子に見送られた。
相変わらず容赦のない陽射し。歩く以前にそこに立っているだけで汗ばんでくる。
上は無地の黒いシャツに白のTシャツ、パンツは黒いジーンズだ。色のせいもあってか、太陽の熱を取り込んで余計に肌がジワリを湿り気を帯びてくる。
温泉までの道中。太一は道すがら周囲を見渡す。
……やっぱり、覚えてないなぁ。
今朝、祖母から聞かされた話。昔、太一はこの辺りに一ヶ月間だけ住んでいた、と。
しかし通りを歩いてみても、当時の記憶が蘇ってくることはなく。
そうこうしている内に、いつの間にか太一は待ち合わせ場所である温泉宿に到着した。
「――お? 来た来た。おっす~、たいちゃん」
建物の入り口。庇で影になった場所に立っていた大井暁良は、こちらに気付くとニッと人好きする笑みを見せた。
白のノースリーブに、青のストレッチデニム。カジュアルなで涼し気な出で立ち。肩にはベージュのトートバック。長い髪は後ろで編み込まれ、日光の下に躍り出た彼女の肌はうっすらと小麦色に焼けていた。
「う~ん……65点?」
「え? いきなりなに?」
「服装。でもクラスのもっさいのと比べるとちゃんと清潔感あるし……うん。おまけして70点!」
「あはは……」
いきなりの身だしなみチェックに苦笑する太一。もしこれが数か月前のぽっちゃり体型&よれよれ服装のコンボを決めていたら、いったいどんな採点結果になったのやら……いや、そもそも点数すらつかなかった可能性もあるか。
「どれくらい待ってたの?」
「10分くらい? 中で待ってようかと思ったけど、すれ違ったらイヤっだしね」
「そっか……えと、なにか飲む?」
「奢り?」
「う、うん。奢り」
「75点まで見直してあげよう」
身だしなみのチェックではなかったのか。入り口脇の自販機の前に二人で並び、
「どれにする?」
「水でお願い」
太一も同じものを購入。別に運動するわけでもないならただの水でいい。
「たいちゃんも水好きなの?」
「というより、必要以上に甘い物を避ける様になったって感じかな」
「え? なに? たいちゃんってばダイエットでもしてんの?」
「……似たようなものかな」
実際は不破のダイエットに付き合ってきただけなのだが。涼子の勘違いも手伝って、なんやかんやと太一も巻き込まれる形でダイエットに参加していた。
「じー……」
「な、なに?」
「うん? いや~、海でチラっと見たけどさ。たいちゃん、結構筋肉あるな~、と」
言って、大井は太一の腕をツンツンと指先でつついてくる。
海どころか、一昨日の晩からお互いガッツリと相手のあられもない姿をお見せした仲である(人災に近い事故)。
「あの、くすぐったいんだけど」
「おっと失礼。でも、なんだろうね。たいちゃん、中身はあんま変わってないのに、見た目だけちょっと男らしくなちゃってさ。これは……昨日の女子3人の中に、好きな子がいると見た!」
パッと離れたかと思うと、大井は表面が結露したペットボトルで太一をビシッと挿した。なんとも芝居掛かった仕草に太一は思わず苦笑い。同時に、どこか懐かしい感覚も覚える。
……ヤヨちゃんも、中身はそんなに変わってないな~。
昔からアクションが大きく、彼女にあちこち連れ回された記憶が蘇る。小学生という、濃密で新しいことに溢れた世界の中で、静かに自分の足元だけを見下ろしていた太一の視線を無理やり上に向けさせ、多くを与えてくれた。
だが、彼女も成長し、今は随分と大人っぽくなったように見える。きっとこれから先、彼女は更に女性として魅力的になっていくのだろう。
「はは……違うよ。好きとか嫌いとか、そういうことじゃないから」
なんとなく今朝の不破との一件を思い出して、太一はやんわりと大井の発言を否定した。
「ええ~? でも仲良さそうだったじゃん? あーし、てっきりあの中の誰かと付き合ってるのかと思ってたんだけど」
「全然。そもそも僕、あのひと達から男として見られてないし」
不破は言わずもがな。霧崎も友達以上の感情は抱いていない。鳴無は思わせぶりな態度を取るが、夏休み前の件もあり、彼女が一番太一をなんとも思ってない可能性が高いような気がする。
「皆は、その……友達、って感じかな」
「ふ~ん……ともだち、ねぇ」
「うん。まぁ、もしかすると友達っていうより」
パシリに近いかも、と言いかけて、自分で悲しくなったので喉の途中で外に出すのを留めた。
「どったの?」
「ううん。なんでもない」
「そ? でさ、今日どうしよっか。役場まで行けばちょっとしたお祭りやってるけど……」
「あ、そっちには今日姉さんたちも行ってみるって」
「あ、そうなんだ。てことは、そっち行くとあのギャルギャルしたのもくっついてくるわけだ」
「ギャルギャル……」
確かにあの3人の見た目は系統こそ違うのもも、全員が一目でギャルと分かる。特に不破など典型だろう。
「………………じゃあ、そっち行くのはやめよっか」
「え?」
大井はスッと目を細めたかと思うと、すぐにカラッとした表情に切り替えてそんなことを口にする。
「せっかく久しぶりに再会したんだからさ、今日くらいたいちゃんを独り占め~、みたいな?」
「そ、そっか。あ、でもヤヨちゃんの方はいいの? えと、いるんでしょ? 婚約者?」
「だから?」
途端、場の雰囲気がピリッと痺れたような感覚に襲われた。
「えと……結婚を約束した相手がいるのに、僕と会っても、大丈夫なのかな、って」
「誰とどんな関係になって、どんな付き合いをするかは、全部あーしが決める。仮に婚約者がいたからって『だから男と二人きりで会いません』とか、誰に言われたわけでもないのに、誰に気ぃ遣うんだよって話じゃん?」
「……」
それは、相手の婚約者とか、双方の両親に対してではないのか。或いは、世間体と呼ばれる空気……仮に示唆されたわけじゃないとしても、自然と『そういう』ものだと感じるのではないのか。
「たいちゃん」
「っ!」
「行こ。あーしがいつも回ってるこの町のお気に入りスポット、教えてあげる」
「あ」
大井はそっと太一の手を取る。迷いなく、本当に誰に見られても構わないという大胆さで。
手を握られながら、太一は彼女の後ろ姿を見つめる。
幼い頃の記憶のまま。あの時より成長した彼女に、太一はまた、手を引かれている。
「ねぇ、たいちゃん」
「うん?」
「あーし、明日になったらさ」
「うん」
「昨日あったあの運動音痴と、ガチの婚約するから」
「え?」
……それって、まだ婚約してないってこと?
太一の頭に疑問がよぎった。しかし考えをまとめる時間も、疑問を問う間も与えないかのように。
「だから、今日はめいっぱい好き勝手するつもりだから。てなわけで、あーしの独身最後の一日、最後まで付き合ってね、たいちゃん。あ、でもデートじゃないから。勘違いは、絶対にしちゃダメだから。そこだけ、よろしくね?」
彼女の放つ言葉の意味の半分も理解できないまま。太一はなすがまま、彼女にこれからの行き先を委ねた。
(´・ω・`)モキュ?
一ヶ月の間、更新ができず申し訳ありませんでした!
ゴールデンウイークじは5日まで連続投稿させていただきます!
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