修羅場になるほど関係進展してません
ビーチフラッグで白熱した勝負を演じた太一と不破。
日差しを避ける様に二人はコンビニへ。現在時刻は6時半より少し前。帰りの上り坂に備えて二人で飲み物を購入。
お徳用の麦茶。別にスポーツドリンクを飲んでダメということもないのだが。ダイエット効果を意識して飲み物を選んでいたら、いつのまにか自然と二人とも運動時の飲料=麦茶になっていた。
二人して同じメーカー、同じ飲み物を買ってコンビニを後にする。店を出た途端に太一は熱気に顔を顰めた。
「そんで? 勝負に勝ったあんたはアタシになにをさせるつもりなわけ?」
少し不貞腐れたように半眼のジト目で太一を見遣る不破。さすがに自分から罰ゲームを言い出しておいて、それを反故にするようなダサい真似はしない。
それでも不機嫌を隠そうとしないあたり、完全に割り切れていないのが明白だ。
とはいえ結局は自業自得。まるで敗者とは思えない不破の態度に、勝者であるはずの太一がなぜかビクつく羽目に。
太一としては不破に勝負で勝てただけで十分に満足なのだが……この少女がソレを良しとしない。むしろ『別になにもないです』なんて答えた日には『は? アタシが勝負の結果から逃げるチキンとか思ってんのか、あん?』と、逆に恫喝されるまである。
しかしなにをやらせれば角が立つことなく、穏便にこんなくだらない罰ゲームを終わらせることができるか分からない。
……どうしよ。
もはや勝敗の結果と立場が逆転しているとしか思えないこの状況。
勝っても負けても理不尽が付きまとう。なんとも不破らしいと言えばそうだが。現実問題として、これまでコミュニティを避けていた太一には明確な答えがでない問題である。
「おいマジでどうすんだっての?」
「え……え~と……」
……不破さんにさせたいこと、不破さんにさせたいこと。
頭の中でグルグルと同じ文言がリピート再生される。その間、太一の視線は不破の頭頂部から足先までを行ったり来たり。
なぜか逆に追い詰められて目を回しそうな太一。そんな彼の反応を見ていた不破は、先程までの不機嫌そうな表情を引っ込めて、
「なんだ~、あんたもしかして、エロいことでもさせようとか思ってんのか~?」
「なっ!? ち、違います!」
面白いおもちゃを見つけた子供のように、不破は太一をからかうようにトンと距離を詰めてくる。意地の悪いニヤケ面で太一の顔を覗き込み、その胸を人差し指で突いてくる。
「どうだか~。男なんてみんな頭ん中はヤル事ばっかだしな~。アタシもなんでもとか言っちまったわけだし~? そう言う事言われても逆らえない立場なわけじゃ~ん?」
あっけからんとそんなことを口にする不破。太一は夏の日差し以上に顔を熱くする。同時に、彼の胸中……ずっとずっと奥底で、ヒヤリと冷たい感触が顔を覗かせた。
「そんなこと、お願いしません…………でき、ません」
しないのではなく、できない。
今、太一は目の前の少女が突き出した指にも、からかいの表情を浮かべる顔にも、汗と女性の匂いを漂わせてくる身体にも、触れられない。
物理的な障害はなにものない。それでも薄い膜のように透けた壁が、太一から不破に触れることを拒ませる。
勢いに任せて彼女の腕を掴んだりしたことはある。しかし冷静な、素面な状態で太一から不破に触れるという行為が、想像できない。
或いは、そうすることが、とても怖い。
途端に押し寄せてくる、
……ああ。
なんて、情けない。
不破と自分の間にある、男女関係の経験値の歴然とした差。いや。それ以前に対人能力の差か。最近はだいぶ改善されてきたと思っていたが、やはりいまだ自分は、根暗なボッチ気質の陰キャらしい。
「はぁ……んだよできねぇって。アタシには女の魅力がねぇってか? あん?」
「いえ」
そういうことではない。ただ、
「不破さんは……綺麗、ですよ。いつもカッコよくて、眩しいくらい……だから……」
こんな適当な罰ゲームで触れることなど考えられない。近くいてもどこか遠い。まるで、ショーケースに飾られた宝石のよう。
「そういう、エッチなお願いとかは、全然。あ、でも不破さんに魅力がないとか、そういうことじゃなくて……その。これは完全に僕に問題があるといいますか。えと、恐れ多い? じゃなくて、簡単に触っちゃダメ、っていう感じなの、かな……? あはは……」
言いたいことがまとまらない。会話スキルのなさに嫌気がさす。買った麦茶を両手でクシャクシャと握る。汗を掻いたペットボトル。手の平がジワリと濡れているのは、果たしてどっちの汗が原因か。
罰ゲームの内容を話していたはずなのに、自分はなにを口走っているんだろう。
と、不意にクッと軽く不破から胸を押されて距離が開く。
「んだよ恐れ多いって。なに言いてぇのか分かんねぇっての」
「ご、ごめん――あてっ!」
不意に、俯きかけた鼻っ面に不破のデコピンが放たれた。
「なにふるんでふか……」
「あんたがバカみてぇにキョドるからだろうが。バーカ」
……二回もバカって言わなくても、
そんな風に、ちょっと膨れながら顔を上げると、
「ふん」
不破はなぜかまたしてもブスっとした表情を浮かべ、その頬にはほんのりと赤みが見て取れた。
「不破さん、大丈夫ですか? 顔、赤いですけ――ぐふっ!?」
「うっせ。日差しで顔が熱いだけだっての。宇津木のくせに人の心配とかしてんじゃねぇよ」
なぜか腹部に蹴りを入れられた。思わずその場でうずくまる。熱中症ではないかと心配しただけだというのに。理不尽&不条理ここに極まれり。
「てか罰ゲーム! どうすんだよ!?」
「あ、はい。今、決まりました」
「じゃあさっさと言えっての」
「えと、それじゃ……今から僕が何を言っても、怒らないでください」
「は? なんだそれ?」
意味が分からないと首を傾げる不破。しかし「ダメですか?」とお腹を押さえて下から見上げてくる太一に、不破は溜息を吐いた。
「わぁったよ。怒らねぇよ。ただし次の一回だけな。なに言うつもりか知らねぇけど、慎重に言葉選べよ」
もはやどっちが罰ゲームを執行されているか分からないこの構図。とはいえ言質は取った。不破はこれで自分の言ったことを簡単に反故にするようなことはしない。
まぁ、それも絶対とつかないあたり不安要素がついてまわるのだが……
「その、実は今日の午後に、ですね……」
「おお。なんだよ」
「えっと……ヤヨちゃん、あ。昨日海で会った女の子に、その……遊びに行こう、って誘われてて……だから、その……ごめん。お昼食べたら、そっちに行ってきます」
完全におっかなびっくり。怒らないと約束を取り付けてはいるものの、やはり緊張する。サファリパークを窓全開の状態で猛獣エリアを周っているような気分。
「ふ~ん」
が、不破の反応は予想に反して淡泊なモノだった。
「別に好きにすればよくね? え? 逆になんでそれでアタシが怒るとか思ったわけ?」
「え? あ~……なんで、でしょう?」
よくよく考えてみればおかしな話だ。大井と不破は昨日会ったばかり。鳴無の時のように、なにか因縁があるというわけじゃない。無理に隠す必要もないし、なんなら不破の許可だって不要だ。
……なにやってるんだろ、僕。
本当に、意味が分からない。
「くだんねぇことに罰ゲームの権利使ったな。んじゃ、これで終わり~。あ~あ、せっかく宇津木がアタシを好きにできるチャンスだったのにな~?」
なんて、不破はくるっと踵を返して背中越しにそんなことをのたまう。本気で言っているのか、或いは嘯いているのか。背を向けた彼女の声音からは、判断ができなかった。
「お、やべ。そろそろ戻らねぇと飯遅れっぞ」
「え? あっ」
もう6時半を過ぎている。今からこの坂を上って戻るとなればそれなりに時間がかかる。ペースを誤ればすぐに体力が尽きてしまうのは先日に学んだばかり。
「先に行ってるぞ」
「あ、ちょっと不破さん!」
さっさと走り出してしまった不破のあとを慌てて追いかける。
坂を下って来た時と同じように、歩幅は小さく、少し体は前傾姿勢。無理なく、自分に合ったペースで、普段よりゆっくりと坂を上っていく。
しかし、
……不破さん、ちょっと速くないかな。
目の前を走る不破は、太一からまるで距離を取るように速度を上げていた。
まるで、太一に追いつかれたくないかのような……
そして――30分近く無理してペースを上げた不破は、実家に着くことにはかなりのグロッキー状態に。
結局、朝食もすぐに食べられるような状態ではなく、彼女が食事にありついたのは、それから更に、1時間後のことであった。
…(; -д-)ウウッ…
投稿が遅れ気味で申し訳ありません!
次回は大井とのデート編(?)に突入でございます1
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