学校も自宅も心休まる空間じゃなくなったんだけど
不破がシャワーを浴びて戻ってくるのと入れ替えに、太一も掻いた汗を流しにいく。
体にへばりついた汗を洗い流し、頭からお湯を被りながら、いっそ今の状況も全部綺麗に洗い流れてくれればいいのに、と思わずにはいられない太一。
普段より手早くシャワーを済ませる。
不破と涼子を二人きりにさせて、いったいどんな風に話が盛り上がってしまうか気が気でなかった。
不破はあの通りだし今の涼子も妙なテンションになっている。
あることないこといらぬことをバンバン話しているのではないか。
太一は髪を乾かすのも渋ってタオルを頭に乗せたまま脱衣所から飛び出した。
「あら、なによあんた。今日は随分と早いじゃない。てか、髪くらいちゃんと乾かしなさいよ」
と、姉にあきれ顔で出迎えられてしまった。
不破はリビングのソファの上で涼子のダボっとしたパーカーに袖を通してスマホをいじっていた。
「そうだ。聞いたわよ。あんた、ここ最近はずっと不破さんと外でダイエットしてたんだって?」
「っ!?」
姉の発言に太一はギョッと不破へ視線を向けた。
……ど、どこまで話してるんだ。
不破は我関せずとスマホに夢中だ。まるで自分の家であるかのような見事なくつろぎっぷりである。
「最近ずっと朝早くに出掛けてるとは思ってけど、そういうことだったのね。言ってくれればすぐにサポートしてあげたのに」
「あ、あはは……さすがに、恥ずかしくて」
「自宅前で土下座してくる方がよっぽどカッコ悪いわよ」
「ぐ……ごもっともで」
「あ。そうだ」
涼子は不破に振り返った。
「不破さん。もうけっこう遅い時間だけど大丈夫?」
「問題ないすね。うち家にほとんど親いないんで」
「あら、それじゃご飯とかはどうしてるの? 自分で作ってるの?」
「う~ん、たまに? でもほとんどコンビニかスーパーの総菜すね。本気で面倒な時はメイトだけで済ませる時とかありますし」
「めいと?」
「カロリーメイトす」
「ああ、なるほど……でもそれだけじゃお腹すくんじゃない?」
「でも今はダイエット中ですし、逆にいいかなって感じで」
「それ、むしろ逆効果って話よ」
「え? マジすか?」
太一は涼子の言葉に頷いた。
ダイエットをする際に食事を抜く人は多い。しかし実際はそれで体重は落ちても体は大量の脂肪を蓄えるようになってしまい逆に太りやすい体になってしまうのという。
むしろ、運動して筋肉をつけて基礎代謝を上げ、体の脂肪を燃やしてしまう方がはるかに健康的で、見た目のシルエットも美しくなる。
しかし運動だけしても筋肉はついてくれない。体の中にそれを生成するための栄養を摂取しなくてはならないのだ。
人の体は無から出来上がっていくわけじゃない。内に取り込んだもの、食べたもので出上がっていく。
食べて太るのではない。食べる物で太るのである。
「へぇ、そうだったんすね」
「そういうこと。あ、そうだわ! ねぇ不破さん、よければうちで一緒に食べていかない?」
「「え?」」
涼子から飛び出した提案に二人の声が重なった。
しかしその反応は全くの真逆。片やシャワーから出てきたばかりだというのに顔から血の気を引かせる者。片や珍しく期待に目を輝かせる者。どちらが誰の反応かは語るまでもないであろう。
「マジすか! ゴチになっていいんすか!?」
「別に一人分くらい余計につくるのも手間はそう変わらないしね。不破さんがいいならすぐにでも用意するわよ」
「おお! お姉さんマジ最高! そんじゃ今日はゴチになりま~す!」
「え? えっ? え!?」
またしても自分を置き去りに話が進んでしまう状況に太一は狼狽えるばかりである。
「さて、それじゃ急いで作っちゃうから、太一は食器とか用意してくれる」
「あ、ちょ、姉さん!」
異議を唱える暇もなく涼子はキッチンに入ってしまった。こうなるともう太一ではどうすることもできない。
……な、なんでこうなるの~。
太一は深くため息を漏らすと、棚から『3人分』の食器をテーブルに広げていった。
ガ━━(´・д・`|||●)━━ン
「おぉ、美味そう! いただきま~す!」
言うが早いか、不破はテーブルに並んだ料理に早速箸を伸ばす。
今日の献立は彩り鮮やかなビーンズサラダに豆腐ハンバーグ、野菜マシマシの味噌汁、先日から仕込んでいた玄米の炊き込みご飯だ。
「なんか結構ボリュームあるっスね。こんなに食ってもいいもんなんすか?」
「大丈夫みたいよ。ね? 太一」
「う、うん」
箸を勧めながら、太一は姉に振られるままダイエットの際の食事について説明した。
運動で効率的に痩せるには正しく食べることが重要である。
よく言われるのが運動後45分以内にタンパク質など筋肉の下になるものを摂取するというものである。
「それと、不破さんに渡した紙にも書いたけど、糖質とか脂質も、完全に絶っちゃうと逆に健康に悪いって言うか……過剰摂取がダメってだけで、絶対に食べちゃダメってことじゃないんです。ほらどんなダイエットも『制限』ってついてるじゃないですか。制限って、抑えるって意味ですから、禁止するわけじゃないんんです。それと、逆に食べないと、太りやすくなります……」
「へぇ。意外といろんなこと調べてたんな。え? でも食べないで太るとかなくない? 実際それで前は体重落ちたし」
「そ、それは、筋肉量とか接種水分の量が減少しただけで、実際体は脂肪をため込もうとしますし、代謝を上げる筋肉も分解されちゃってるので、その際は体重より、むしろ太る要因を増やしてるだけ、と言いますか」
「うわ。マジか」
不破は「絶食やめよ」と黙々と口の中に料理を運んだ。
「まぁ、絶食ダイエット自体も、やり方次第で健康的に痩せる方法はあるって聞いたけど、私はこうして普通に食べて痩せたいわねぇ」
涼子はそう言って玄米を口に運び、「うん、我ながらいい出来」と自画自賛した。
「食べて運動して筋肉付けて、脂肪を燃やす。これのサイクルが一番確実って感じじゃないかしら?」
「でもアタシ、あんま料理得意じゃないんで、こう毎回こういう風にってなると、難しいかなぁ」
「あら、ならうちに食べにきたらいいじゃない」
「「え!」」
またしても涼子の言葉に二人の声が重なった。先ほどと違うのは二人ともが驚愕の表情を浮かべていることか。
「さっきも言ったけど、別に一人分くらい余計に作るのにそんな手間ってわけでもないし、我が家も基本的に二人暮らしだから、食事は賑やかな方が嬉しいわ。どうかしら?」
「え? いいんすか? 多分アタシ遠慮しないすよ? 自分で言っててなんですけど」
「別にいいわよ。太一に付き合ってもらってるみたいだし、それに不破さんだって、早く痩せたいわよね」
「それはまぁ。そすね」
「それに、この子って誰か見てないとすぐにサボろうとするし、不破さんにダイエットを監視もらえると嬉しいわ」
「りょ! そういうことなら、遠慮なくこれからゴチになります!」
「えっ!? ちょっと!」
……マズイ! このまま話を勝手に進めさせると本当にマズイことになる!
そもそもダイエットに協力しているのは太一の側であって不破が太一に協力しているわけではない。
どうやらその辺り涼子は勘違いをしているようだ。
だがここでどうそれを訂正すればいいのか。事実は話せない。かといってここで傍観すれば唯一の心のセーフティエリアが消し飛ぶことになる。
不破というハリケーンが我が家に出入りする先に太一はまるで明るい未来を想像できない。
今は涼子の前ということもあってか大人しい印象だが、これが数を重ねるごとに本当に遠慮がなくなったら……
学校での彼女の傍若無人な振る舞いを知っているだけに、太一の焦りはより加速していく。
「で、でもさ。不破さんだって家でご飯食べたりとか、そもそも親が許してないんじゃない? ほ、ほら! 年頃の男女が家で一緒ってのもさ!」
「いや、別にアタシは気にしないし。てか宇津木を男として見たこと一回もないからだいじょぶっしょ。それにさっきも言ったけど、アタシんとこ家にほとんど親いないし、一緒に飯とかもう何年も食ってないわ」
「え?」
思わず飛び出した最後の発言に、太一は思わずシリアスなものを想像してしまう。
涼子もまた、不破の家庭環境が少し一般的ではない雰囲気を感じ取ったのか表情を硬くする。
「てなわけで、なにも問題なし。そうわけなんで、これからご飯、よろしくおねがいしま~す! あ、もち食費は出すんで。アタシ、今はこんなんすけど、前は読モでそこそこ稼いでたんすよ。まだ貯金あるんで今度もってくるすね」
「え? あ、気にしなくてもいいのよ。私も食べてくれる人がいるだけで、作り甲斐あるし」
「う~ん。でもやっぱケジメ? みたいなのは必要だと思うんすよ」
「そ、そう? それじゃ、お願いしようかしら? でも、無理だと思ったら、本当に遠慮なく言ってちょうだいね」
「あざます。う~ん、でもほんと涼子さん料理うまいっすね。マジで箸とまんないし!」
「ありがと。どんどん……はダイエット中だから無理だけど、いっぱい食べて行ってね」
「もち!」
微妙に暗くなりかけた空気を暗しくした本人の美味そうな笑顔が吹き飛ばす。太一が切り分けた豆腐ハンバーグのかけらを強奪していく様はまさしく女王様。「ああ!」と声を上げるも不破は悪びれる素振りなし。しかし涼子はそんな二人を妙に生温かい目で見つめている。
実態を知らなければ確かに男女でイチャついているように見えなくもない。
そんな自由で騒がしい食事が終わったのは夜の8時少し前。
太一は結局不破の自宅への出入りを阻むことはできず、「また来ま~す」と手をヒラヒラさせて去って行く彼女の姿を見送ることしかできなかった。
涼子は太一に彼女を家まで送らせようとしたが、「いや、大丈夫なんで。今のアタシ襲うとか好きもの過ぎっしょ」などと珍しく自虐して断られた。
「ほんとに送っていなくてよかったのかしらねぇ」
「いいんじゃない。本人が大丈夫って言うんだし」
「あんたね……はぁ、まぁいいわ。片付け、手伝ってくれる」
「うん」
ひとまず嵐は去った。しかしこれから先、この嵐は定期的に宇津木家の敷居に局所的な暴風をもたらしていくことになるだろう。
改めて、太一は自分の迂闊さを呪わずにはいられなかった。
「さて、それじゃ聞かせ貰おうかなぁ。あの子のどこを好きになったのか」
そして、勘違いの速度を上げてニヨニヨと暴走するこの姉をどうしたものか……と、太一はキリキリと胃痛を覚え、近い将来ほんとうに穴が開くんじゃないかと不安に駆られた。
(;´・д・)疲れた~~
ランキングキープ!!
いつも応援、ありがとうございます!!
作品が面白かった、続きが読みたい、と思っていただけたましたら、
『ブックマーク□』、『評価☆』、「いいね♪」をよろしくお願いいたします。
また、どんなことでもけっこうです。作品へのご意見、感想もお待ちしております。