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正論って、頭じゃ理解はできても感情はついてこないよね

 大井家は俗にいう大地主である。この辺り一帯は大井家の所有の土地であり、主な収入源は不動産。

 明治以前からこの地を治めて来た家系であり、現代にまでその系譜を守り続けて来た由緒ある血筋というヤツだ。

 

 だが、生憎と大井暁良からすれば家の歴史などさほど興味もなく、厳格な祖父の存在は思春期な少女にとってただただ煩わしいだけの存在でしかない。


 そして……海から帰ってきた現在。大井は祖父から呼び出しを受け、奥の座敷で正座をさせられる羽目になっていた。

 親戚の集まる中、祖父である大井仁武おおいじんは呆れた様子で眉根を揉んで渋面を浮かべている。

 しかし大井の視線は正面の祖父ではなく、彼の背後の床の間で立派に存在感を主張する掛け軸に向いていた。最も、彼女に古美術の趣味などあろうはずもなく、ただの現実逃避である。


「まったくお前という奴は……大井家の人間としての自覚はないのか? 墓を線香の煙で燻製にしよって」

「いや~ご先祖様もちょろっとお線香あげられるよりドドンと派手にしてもらったほうがいいかなぁ~、って」

「それ以前に今日は親族全員で墓参りだと事前に言っておいたはずだな?」

「別に家族揃って手を合わせなきゃならないわけもでないし、作法はどうあれ『わたくし』は先に行ってご先祖様たちをしっかりと供養してきたつもりです」

「あの菓子が適当に墓前に添えられた状態を供養というかお前は……」

「ああいうのは気持ちですおじいさま」

「お前は気持ちすら籠ってないではないか」


 仁武は「はぁ」とひとつ溜息を漏らし、この気の抜けそうな会話を一区切りするかのように表情を改める。


「お前があまりこの家をよく思ってないことは承知している」


 祖父の言葉に大井はようやく視線を合わせる。


「だが来年でお前も時任のせがれも18だ……結婚できる歳になる。今の学校を卒業したら、お前たちには結婚してもらう。むろん進学したけれすればいい。学びはお前の糧になるからな。が、将来的には直系のお前に子を成してもらい、この家を守ってもらわねばならん……とはいえ」


 仁武はそこで言葉を途切れさせ、


「元々はお前の兄が継ぐはずだったが……それがあのバカ者と来たら、『結婚したい人ができので出ていきます』などと抜かして本当に飛び出していきおった……はぁ~……」


 今度の溜息は本気の度合いが違った。大井もこれには思わず「ご愁傷様」と言ってしまいそうになるが……そもそもの話、彼女がこの地に引っ越すそもそもの原因となったのは、他ならぬその兄のせいだったりする。よって大井からすれば、今ごろどこにいるかも知れない兄には中指を立ててやりたいところであった。


「お前がこの婚約に乗り気でないことも重々理解はしているつもりだ。ワシも昔は色々と抵抗した覚えがあるからな……今の世の中は移り代わりも激しい。昔の価値観ばかり押し付ける世ではないことも分かってはいる」


 この祖父は頑固ではあるが頑迷ではない。しきたりや伝統、歴史だけで家を守れりきれるとは考えていない。『家を盛り立てるのはいつだって人の活力だ』というのが彼の口癖。融通の利かない部分はあれど、この歳のわりには柔軟性もり、否定するよりまず触れる。好きと嫌い、良い悪いの判断は自分の手触りで決めて来た男だ。


「故に、もしもお前に心に決めた相手がいるというのなら、誰でもいいとは言えんが、この家に婿として来てもらうことをワシは否定したりせんつもりだ」


 もっとも、そのタイムリミットも高校を卒業するまでという前提付き。この晩婚化の時代、高校生の段階から一生を添い遂げる相手を見染めてお付き合いをする、なんていうのはそれこそ価値観を間違えているとしか思えない。


 が、こんな家柄でありながら、孫娘に自由恋愛を許すあたり、それなりに寛容ではあるのだろうと大井も理解はしている。

 母曰く、もう少し昔は有無を言わさず政略結婚当たり前、好きと嫌い関係なくお家のために身を捧げよ、という風潮がまかりとっていたようだし。

 もっとも、彼女の父と母はお見合い結婚だったらしいが。とはいえ夫婦仲は悪くない。なんやかんやと波長も合うようで、娘の前でも時折平気な顔して惚気ることもままあるくらいだ。

 正直目の前で両親がイチャイチャっし始める光景など、思春期女子高生からすれば顔を全力で顰める案件ではあるが。


「ワシは常々その辺りお前に問うてきたつもりだ。『誰か好きな者はいるのか』と。どうなのだ? もしお前にそういった相手がいるなら」

「その問いに関してはいつも通りですおじいさま。わたくしには、意中の殿方などまるでいない、と」

「では時任のせがれとの婚約に、異議があるわけではないのだな?」

「ええ。もちろん」

「ならばワシは正式に此度の寄り合いの席で、お前たちの婚約を正式に親族一同に周知することになるが、それでも構わないと?」

「問題ありません」


 大井の視線は真っ直ぐに、祖父を見据えて即答した。


「……そうか。では明後日、お前たちの婚約を正式に発表する。よいな?」

「はい」


 大井の返事に迷いはなく、淡々としたモノだった。

 どうせ今更なにを言ったところで何かが変わるわけでもない。足掻く段階は当の前に過ぎ去った。結局、大井は自己の信念を貫けるほどの強さも覚悟もなく、ただ状況に流されるまま、大人に据えられた未来に向かって歩くだけ。


 ……ああ、これが年貢の納め時ってヤツ?


 辟易する。大井の家にも、自我を押し通して家を出て行った兄にも、兄のように自我を通す覚悟もない自分にも……


「して、墓参りを放り出してお前はどこに行っていたのだ?」


 そして、結局説教はまだまだ続くようである……



 ( ˘•ω•˘ ).。oஇ



 夕方に帰宅した彼女が解放されたのは、夜も8時を過ぎてから……


「――あんのクソジジィ……」


 事実に戻ってビリビリと痺れる脚をさすりながら大井は恨み言を吐き出す。

 ベッドに机、そして部屋の壁をびっちりと埋め尽くす本棚。更にはそこに収まり切らなかった本たちが床にうず高く積まれ、さながらチープなビルディングのジオラマのようだ。

 

 ベッドに寝転がって大井は「はぁ~~~~っ」と息を吐き出す。


「なんだかなぁ……」


 うまくいかない、色々と。

 それは誰のせいか……などと問うたところで、きっと事情も知らぬ誰かは「自己責任」などと無責任に断じるのだろう。

 確かにソレは正論だ。まったくもって反吐が出る。分かり切ったことだ。悪いのは自分。

 いやはや、本当に正論は相手の自己を否定するのに便利なツールではないか。それで誰が傷付くなんて全く気付くこともない。それは言葉を吐く方も、吐かれた方も同様に。見えない刃に見えない傷。

 

 正しさは全てを救わない。


 あの祖父も、婚約の押し付けが孫の心の負担になっていることを理解して、好きな者と添い遂げればいいなどと口にする。


 なんて小綺麗で心地いい提案だろうか。まったくもって吐き気がする。


 どちらにしても大井の未来はこの家に縛られたまま。

 誰がそばにいようと変わりない。彼女の未来はこの座標から動くことはないのだ。


 ……あーしの未来は、あーしのもんじゃない。


「……」


 大井はスマホに手を伸ばす。最近登録したばかりの昔馴染みのトーク画面をなんとなく開く。なんの痕跡も刻まれていないまっさらな画面。

 大井は『おいっす~』などとメッセージを書き込んで、すぐにそれを消す。

 特に何か用があるわけでもない。話したいことがあるわけでもない。


「……たいちゃん」


 ただ……

 大井はトーク画面から通話ボタンをタップした。


「――あ、もしもしたいちゃん? 今時間いい?」


 なぜ彼に連絡を取ろうと思ったのか、それは単なる気まぐれだったとこの時の彼女は答えるのだろう。


 だが、もしかすると彼女は……こんな数奇な巡り合わせで再会した彼が、


「――じゃあ明日、よっろしく♪」


 或いは自分の今に、なにか変化をもたらしてくれるかもしれないなどと、他力本願な期待でもしたのかもしれない。



 (・ω・ )

※重要なお知らせ※


当拙作、『陰キャに優しくないタイプのギャルがカレシに『太った』という理由でフラれて思わず吹き出したら思いっきり絡まれてしまいソレ以来なんだか徐々に彼女との関係がバグっていってるんですが…』は、以前から書籍化が決定した旨を読者の皆様に周知してまいりましたが…

この度、情報解禁の運びとなりました!!!


版元は『マイクロマガジンGCN文庫様』!!!

発売予定は今年の『5月19日』!!!


更に、書籍化に伴い、タイトルが変更になります!

変更は以下の通りです!!


旧:

『陰キャに優しくないタイプのギャルがカレシに『太った』という理由でフラれて思わず吹き出したら思いっきり絡まれてしまいソレ以来なんだか徐々に彼女との関係がバグっていってるんですが…』


新:

『毎日家に来るギャルが距離感ゼロでも優しくない』


情報は随時解禁されていきます!! 乞うご期待!!!

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