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可愛い理不尽ってあると思う?ナイナイ

 騒々しく、緩やかに、緩急激しくも過ぎていった海水浴。夕方に祖母の宅を訪れた坊さんに経を唱えてもらい、夕食が終わったのが夜の八時過ぎ。

「今年はずいぶん華のあるお盆で羨ましいねえ」なんて禿頭を光らせて坊さんは残していった。祖母のかず子曰く、昔はオンナ癖の悪い軟派者だった、らしい。今でも見目のいい女性を見掛けては鼻の下が伸びるのは相変わらず。俗にいうエロ坊主というヤツだ。


 大丈夫なのかここの寺……


 この時間になってもいまだ空には陽の名残がくすぶっている。その様は夏が過ぎゆく時間を惜しんでいるかのようだ。

 

 それでも熱気渦巻く室内、少しでも涼を得るために窓は開かれ、網戸が虫共からの防波堤。夜気も通す、風も通す、クソ虫は通さない。そんな部屋から外に出た居間正面の縁側で、太一は蚊取り線香をお供に一人の時間を過ごしていた。


 女子メンバーは夕食後早々に中間なかのまへと引っ込んだ。家の中で最も広い部屋、ギャル3人に割り当てられた当座の寝所。襖一つ隔てて隣は仏間になっており、部屋のどこからでも外に出ることのできる障子戸や襖が四方に配置されている。

 涼子と太一は二階の客間に布団を持ち込みそこで寝かせてもらっている。かつては祖父の部屋だったそうだが。後年は祖父の足腰も悪くなったこともあり、ほとんど使われなくなった。宇津木家から帰省する際はそこを涼子と太一で使うのが通例になっている。


 豚さんの鋳物から立ち上る香の独特な匂い。遮る物のない視界に映るのは街とはまた違った趣の夜景と夜空。

 別にセンチメンタルに浸るような趣味もないが、なんとなく今は静かな場所で考え事をしたい気分だった。

 

「あの時……なんてお願いされたんだっけ……」


 海で彼女と別れてから、ずっとそのことが頭に引っ掛かっている。子供の頃に交わした、他愛もない口約束の類。別に思い出せなかったからと、今になんら影響を及ぼすとも思えない。

 それでも思い出そうとする背景には、子供ながらに彼女が口にした『お願い』が、決して太一にとっては軽いものではないことの証左なのか。

 だが、ならばなぜ覚えてないのか……


『たいちゃん、あーしのお願い、ちゃんと守れてないもん』


 大井はそう言った。あの時の彼女の表情は、笑っているようで、呆れているようで、或いは怒っているような……見える情報以上の、しかし形容しきれない何かが、陰から覗き見ているようで。


 ……僕は、なにを守れなかったんだろ。


 再開して二日程度。お互いの近況も、まだそこまで話す余裕もなく。それでも彼女は、明確に今の太一を見て『守れてない』と口にしたのだ。


 ……僕は。


『わたしたち、たぶんもう会えなくなっちゃうかもしれない』

『だから、お願いがあるんだ』

『あのね――』


 記憶は、そこでぷっつりと途切れている。不可思議なほど、それこそ美し過ぎるほど鮮やかに、ぽっかりと。


 彼女はあのとき、なにを望んだのか……そんな思考に応えてくれる相手は誰もいない。チリチリと、かすかに脳裏を焦がすような感覚だけ。


「そういえば。ヤヨちゃん、髪伸びてたな」


 昔は、肩口に掛かるか掛からないかぐらいのショートで、ちょっとだけ男の子っぽい雰囲気もあった。それが、再会してからの彼女は膝裏に届くほどに髪を伸ばしていた。


 ……確か、


 そうだ、確か……何気ない会話の中で、ふと太一がこう漏らしたのだ。『女の子の髪って、長いと綺麗に見えるよね』などと。

 子供ながらに、そんな感想を抱いた。あれは、当時担任だった若い女性の先生が、綺麗で長い黒髪をしていたのが印象にあったからか。

 

 ……なんて、どうでもいいことは覚えてるのになぁ。


 肝心な記憶には触れることもできないくせいに、ポロポロとかさぶたが剥がれる様に、幾層にも重なった別の思い出だけが蘇ってくる。

 セピア色のアルバム。褪せてはいても、輪郭を捉える残像に懐かしさを覚える。


 それは確かな拠り所。彼が決して独りではなかったことを示す、大切な記憶だ……


 ……でも、僕は、


 そう、太一は――


 ……昨日までずっと、


 ――彼女の存在(あの子のこと)を、忘れていた。


 そう思うと、海で彼女に言われた「はくじょう」という言葉が、思いのほか胸に、深く突き刺さるようだった。


「はぁ……」


 思わずため息が漏れてしまう。彼女が引っ越した直後、引きこもってしまうほどに精神的に追い込まれていたことを差し引いても……いや、そうなってしまうほど彼女に執着していたのだとしたら――


 ブー、ブー


「ん?」


 と、ポケットの中でスマホが震えた。お経を読んでもらう時に音を消して、そのままにしていたのを忘れていた。

 取り出してみると、メッセージアプリから通話が。相手の名前に、太一は少しだけ目を見開く。

 画面には――『大井暁良』と表示されていた。


『あ、もしもしたいちゃん? 今時間いい?』

「う、うん。どうしたの?」


 さっきまで考えていた相手からの連絡に面食らいつつ、太一は何とか平静を装った。


『あのさ、もし明日時間あったらでいいんだけど』

「うん」

『あーしと、どっか遊び行かない? 昔みたいにさ』

「え?」

『あ、もしかして用事ある?』

「う、ううん。別に」

『おっ! そっか。じゃあ明日、よっろしく♪』

「え? ちょっと?」

『待ち合わせ場所とか時間はあとでこっちから連絡するから。じゃ~ね~』


 と、言うだけ言って、大井は電話を切ってしまった。


「なんだったんだろ……」


 あまりにも唐突な大井からの連絡に、太一はスマホの画面を見つめて呆けてしまう。


 が、


 ポコン――


 続けざまに、一通のメッセージが送信されてきた。咄嗟に大井かと思ったが。


「あれ? 不破さん?」


 今度の相手は不破だった。同じ建物内にいるはずの相手からの連絡。思わず首を傾げる。送られてきたメッセージには、


『明日

 ちょっと付き合え

 あと拒否権ねぇから』


 と、簡素かつ理不尽な内容が記載されていた。


「……え?」


 いきなり、女子二人から明日の予定について連絡を受けた太一。かつて経験したことのないダブルブッキングに太一は、


 ……これ、どうすればいいの?


 別位の意味で空を見上げる羽目になった。



 (。´・ω・)ん?



 中間なかのまは、廊下側の襖から手前に不破、霧崎、鳴無と、布団が3つ横に、川の字で並んでいた。

 鳴無は風呂上がりで火照った体を扇風機で冷ましながら「あ”~~~~」などと声を出している。


 その脇で、


「ねぇキララ」

「…………」

「キ・ラ・ラ~!」

「あ~? なんだよ?」


 中間は縁側と接した作りになっている。クーラーのない部屋は扉がほぼ全て解放され、唯一外との間を隔てる縁側の網戸だけが閉じられている状態だ。不破は縁側と中間の敷居に腰を下ろしてスマホを弄っていた。


「なにってそれはこっちにセリフだっつの。なんか帰ってきてからずっとぼうっとしてるっていうかさぁ」

「ん~、別に~」


 霧崎の言葉を右から左へ流すように、適当な返事で応じる不破。鳴無は扇風機で髪を遊ばせながらチラと後ろを振り返る。

 不破は心ここに非ずと言った様子でスマホを無意味に操作する。特に興味もないネットニュースを流し見たり、SNSのTM(タイムライン)を適当にスワイプしてみたり……


「……」


 と、鳴無は扇風機からゆっくりと離れると、ゆ~っくりと忍ぶような動きで不破へと近付き、


「うん? アイリなにして、」

「おりゃっ!」

「ひゃひっ!?」


 服の隙間に手を突っ込んだ。


「ちょっ、おまっ!」

「うりうりうりうり~」


 鳴無は手をお腹や脇に這わせくすぐり始める。


「あひゃひゃひゃ! おい、やめっ、こら!」

「おおっ、びんか~ん。反応いいじゃんきらり~ん」

「うひ、ひひひいっ、~~~っ!」


 スマホを落っことし、鳴無にされるがままこちょこちょされる不破。衣服は捲れてブラが完全にこんにちはしている。よきかなユリ。太一がいたら赤面必至。というか部屋が全面開放されている状況で、かつ男子が近くにいる状況で展開していい絵面じゃない。

 ドタバタと騒がしく、しばらくのた打ち回ったのち、


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……な、なにしやがるこのクソチチ女~」

「昼間のお返し~♪」

「ああっ!?」

「きゃあこわ~い♪」

「てんめっ、いい度胸だこら! そのチチ引き千切ってやる!」

「ちょいちょいちょい! ステイ! キララステイ! ここ! ひとんち!」

「~~~~っ……チッ……こんの牛チチ。マジふさげんな」


 引っこ抜けそうな手榴弾のピンをギリギリで押しとどめた霧崎。不破は拳をギリギリを握りながら獣のごとく低く唸る。


 が、そんな彼女に鳴無は呆れた様子で、


「はぁ……どっちがふざけてるんだか……きらりん、なんなの今日」

「ああ?」

「ビーチバレーのあとからさ。いきなり後ろから突き飛ばしてきたかと思ったら変にイライラしてるし。『なにかあったの』って聞いても『なんでもねぇ』って……なんかハッキリしないっていうか……きらりんらしくない。そういうの、きらりんが一番嫌いなヤツじゃん」


 捲し立てる様な指摘に、不破はムスッと不貞腐れたように目を逸らす。もしも今の自分を鏡で見ることができたら、きっと彼女自身が『だせぇ』と己を批難するだろう。それだけ今の彼女は、本当にらしくない。


「てかさ、キララちょいちょいウッディの方チラ見してたよね」

「あ? んなわけあっかよ」

「いや、あるから言ってんじゃん。てかもし無自覚だったら逆にヤバイ」


 霧崎にまで指摘されて、不破は言い返そうとした口を塞がれる。確かに浜での大井と太一のスキンシップを見てから、どうも内心もや~っとしたものが蟠ってるのは自覚してる。


「てかキララさ、ウッディがあの大井って女と話してる時ちょいムスッてたよね」

「あ、やっぱり? あの子と太一君が一緒にいるとこと見て、なんかピリピリしてたっていうか……え? マジきらりんそういうこと?」

「んなわけあっか! 宇津木だぞ!? お前らあいつにそういう気持ちになっか!?」


 普通に失礼な発言である。ここに本人がいたら彼は泣いていい。


「いやウチラのことじゃなくてキララの話じゃん」

「ぜってぇない」

「あり寄りの?」

「なしに全振りだっつうの!」


 完全否定の不破に霧崎と鳴無は「う~ん」とお互いに顔を合わせる。

 正直いまの不破はどう見ても……が、本人が違うというのをこれ以上言っても意固地にさせるだけ。実際にこれが『恋愛』に類する感情であるという保証もなし。


 ただ、


 ……なんやかんや、キララってけっこうウッディに肩入れしてんだよねぇ。


 少なくとも不破にとって、彼が普段から接する男子たちとは、別種の付き合い方をしていることは確かだ。

 そういった『特別』が、果たしてどんな感情と結びついているのか。

 それは、或いは本人にさえいまだ分かっていないのかもしれない。


「まぁいいけど。でもイライラしてるからってウチラに当たるのはなしね。言いたいことがあるならウッディに直接言えばいいじゃん。いつもみたいに」


 そう。なにに遠慮することなく、自分の気持ちをハッキリ口にしてしまえばいい。うやむやにせず、白黒つける。不破はいつだって、そうやって感情に決着を着けて来たはずではないか。


「……わぁってるよ」


 ブスっとしながら、不破は落としたスマホを拾い上げ、メッセージを入力し始めた。その相手が誰と訊く者はいない。が、大方の検討はつく。それにしても、すぐ近くにいるというのにわざわざアプリごしでやりとりするという。もうこの時点で、らしくない。


『明日

 ちょっと付き合え

 あと拒否権ねぇから』


「むぅ」と小さく唸りながら、不破は送信ボタンをタップ。

 そんな不破の様子を見つめていた鳴無は、


「……なんか、バッカみたい」


 と、誰に向けたのも定かではない呟きを、誰の耳に届けることなく、小さく吐き出した。



 ε-(;-ω-` ) フゥ…

さぁレッツややこしい!

陰キャにこれはムリゲーじゃない?


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