なぜギャルはどいつもこいつも勝負ごとに罰ゲームを追加したがるんだ
海でラブコメといえば……そうっ、日焼け止めイベントである!
が――ビーチボールをトスしあうなんてベタなシーンも、お胸様も一緒にポンポン揺れる描写があるなら大いにアリ。
血統書付きのラブコメならば、男女で海水を掛け合うなんていう、古から紡がれ続けたシチュエーションを叩き込んで観測者たちを尊さに溺れさせてやればいい。
或いは砂のお城をガチ目に作ってみたり、スイカ割りでギャグ要因のキャラを砂に埋めて一緒に標的にする、なんてコメディ色強めの演出だって捨てがたい。
しかし! 直接的に、かつ合法的に異性の肌に触れることが許される日焼け止めイベントこそ! 最もこの世で視覚的にもハッスルしちゃうイベントではなかろうか!?
なんなら『波に水着が攫われて』に並んでお色気ポロリの上位に食い込んでくることも間違いない……はず!
故に、夏イベには日焼け止めをぬりぬりするシチュエーションは欠かせない……そう。欠かせないのだ。
なのに……
「あの……すみません」
「いや……まぁ別にいいけど」
レジャーシートに寝転ぶ太一。そして彼の背中にせっせと日焼け止めクリームを塗る見ず知らずの少年……いや、ついさっきまでは赤の他人だった彼ではあるが、今ではお互いに日焼け止めを塗り合う腐った仲に。
うん……違う。いや腐った仲であることはもちろんだが、そうことじゃないんだよ。
何が悲しくて男同士の日焼け止めの塗り合いなど見なきゃならんのだ。絶対に何かが間違ってる。
視聴者(?)が求めているのはもっとこう、男女という異性間で起こるえちえちした掛け合いとかハプニングであって、こんな一部の人間しかワッショイしないような誰得な触れ合いでは決してない。
これがほんとの、俺の青春ラブコメは間違っている、というヤツであろう。
「次、塗りますね」
「おう……てか、俺達なんでこんなことしてんだっけ……」
「……」
いやホント。誰がこんなバラ色さえ腐らせるシチュエーションを用意したのやら。
↓やべぇヤツ
(・:゜д゜:・)ハァハァ
話を30分ほど前まで遡ろう――不破のアサルトコンブに見舞われた直後。
「じゃ~ん! フライングディスク~」
霧崎が荷物の中から蛍光グリーンの円盤を取り出した。
「海入りながらこれで遊ない?」
「お、いいじゃん」
霧崎の提案に不破はノリノリ、
「きらりんがいくならワタシも~!」
自主性うんぬん言ってた鳴無がそんな発言をかましながら挙手、
「私は荷物を見てるわ。風も出てるし、人もちょっと多いしね。誰が残ってた方がいいでしょ」
「ええ~りょうこんパスかよ~」
貴重品は近くのロッカーに預けているものの、当然カギは携帯中。人が少ないならともかく、今は一人くらい荷物番が必要であろう。
「ちぇ~。じゃあしょうがねぇし、行くぞ宇津木」
「え? いや僕も荷物番で」
「いやここで陰キャムーブ始めんなって萎えっから」
「行ってらっしゃいな。大人になったらこんな風に気軽になんて遊べなくなるんだから」
「おら~! いっくぞ~!」
不破に手を引かれて強引に太陽の下へと引き摺り出される。途端に黒髪を焼く直射日光。暑すぎてセルフに『上手に焼けました~』が演出できそうである。
太一の背後で「行ってらっしゃ~い。気を付けて遊ぶのよ~」と、涼子は手を振って学生組を送り出す。
彼女はアウトドアチェアを広げて文庫本を取り出した。ページを開きつつ、紙面から顔を上げてなかば連行されていった弟を見遣る。
弟のやたらと人を威圧する面に思わず退いていく人波の中、不破を先頭に4人は徐々に遠ざかっていく。
それはまるで、何にも縛られることなく自由な未来へ邁進していく姿に見えて……涼子には夏の日差し以上に、太一たちが眩しく映った。
ずっと家にひきこもっていた弟が、今ではこんな日当たりの強い場所で、まったくタイプの異なる女の子たちの輪に入って関係を広げている。
嬉しい反面、これからちょっとずつ手が掛からなくなっていく未来が輪郭を帯びてくるようで……涼子は少しだけ、寂しい気持ちになってしまう。
……でも、それがきっと健全なのよね。
4人の後ろ姿から目を離し、涼子は文庫本へと視線を落とした。
波が押し寄せる浜と、海の境界線。霧崎と不破が海の中へ入っていき、4人は互いに間隔を空けてそれぞれ位置につく。
サラサラと足元の砂が引き波で持っていかれる時の、まつで沈み込むような不思議な感覚。陰キャな太一は、思わず触れた新鮮な感覚にくすぐったさを覚えた。
併せて、海特有の香りがツンと鼻孔を駆けていく。
寄せ波が体に当たって上がる飛沫が口元に触れる度に、ほんのりとした塩気が口腔内に拡がった。
どれもこれも、これまでの生活ではまるで知り得なかったものたちで溢れている。改めて、太一は今自分がいるのが海なんだな、と改めて自覚させられた。
「それじゃウチから行くよ~」
脛まで海水に浸かった霧崎が、フライングディスクを構えて不破の頭上目掛けて放った。
宙へ放たれた鮮やかな緑の円盤。真っ白な太陽の中にあっても目を引くソレを追って、不破が駆けた。
「うぉ!? けっこう足とられる!」
整備された公園や施設などと違い、常に流動する波や不安定な砂の上は非常に走り辛い。
「――よっ、と!」
それでも不破はディスクの落下地点へと滑り込み、その場で波飛沫と共に飛び上がり見事にキャッチして見せる。
「さっすが~! ほら次~!」
「わ~ってるよ! おら牛チチ!」
「え、こっち!? ――って、ちょっと!?」
不破は意地悪く円盤をグンと上に向けて放り、鳴無は日光に隠れそうになるディスクを手で庇を作り追いかける。慣れない砂浜で四苦八苦しながら走る姿に、周囲の男連中の視線が吸い込まれている。彼らの視線の先にナニがあるかなど、もはや語るまでもないであろう。そこに揺れる物体があれば、男は見てしまう悲しき習性を持っているのである。
「わっ、ととと……やった、って――きゃあ!」
なんとかディスクのキャッチには成功したものの、不安定な足場でバランスを崩してその場で尻もちをついてしまう。途端に漏れるオスの「おおっ」という黄土色の悲鳴。今すぐ土に還ればいいのに。
「あはははっww、牛チチだっせぇw!」
「今のはちょっと意地悪じゃないかな!?」
ケタケタと相手を指さして笑う不破に、立ち上がりながら抗議する鳴無。
「もう! ほらマイマイ!」
「うっしゃ~! おらおら~!!」
普段より2.5倍マシでテンションアゲアゲの霧崎がその小さな体でディスクへと駆ける。
が、適当な角度で放り投げられたディスクはくんとカーブを描き、なぜか太一の方へ。
「はい!? アイリめっちゃノーコン!」
「悪かったわね! やったことないのよ!」
「てかウッディ! そっち行ったよ~」
「え? あ、ちょ、ちょ、ちょっ!」
「一番多く落とした奴は砂に埋めてやっからなぁww」
「ええっ!?」
不破はまるで呼吸でもするかのように罰ゲームを設定する。しかも毎回後出しというのもいかがなものか。そしてこの罰ゲームは大抵の場合太一に降りかかるのである。理不尽&不条理。
太一はグラグラと安定しない軌道のディスクを必死に追いかける。
不破の言う通り砂浜は足裏がわずかに沈み込んで本当に走り辛い。
それでも、日々の走り込みで鍛えた足裏は砂浜をしっかりと噛み、どうにかギリギリでディスクをキャッチ。
「ウッディ、ナイスキャ~ッチ!」
「はい! ――ふっ!」
手にしたフライングディスクを、今度こそ霧崎に投げる。僅かに弧を描いてしまってが、霧崎は太一の投げたディスクを難なくキャッチ。
海水と砂をしぶかせて、お互いにディスクを投げては取り、投げては取りとラリーを繰り返す。そんななんとも絵面的に健全(※一部除く)の中、不破による意地の悪い投げ方に四苦八苦する羽目に。
現時点で不破が1回、霧崎2回、鳴無と太一が3回ずつディスクを取り零していた。10回投げて最も多く落とした者に罰ゲーム、というルールが後出しで追加され、太一と鳴無は揃って下位争いをすることに。
「はい、太一君!」
と、鳴無がディスクを投げる。しかし、相変わらず彼女の放るディスクの軌道はめちゃくちゃで、まっすぐに投げて来たかと思えば勢いよくカーブしたりと軌跡が読めない。
そして今回は、なんと太一の手前ギリギリでディスクはきつめのカーブを描き、
「ちょっ!?」
波打ち際から、人の多いエリアへと吸い込まれていく。
なんとか駆け出して追いかけはするものの、これは……
……やば、これ落と――
と、目の前でディスクが砂浜に接するかと思ったところに、
「よっ――と」
ディスクがかくんと高度を下げる直前、まるで割り込むように伸びて来た腕が緑のディスクを捉えた。
「す、すみません!」
ディスクを手にした相手は女性だ。色素の薄い長く伸ばされた髪を緩く三つ編みにまとめ、白の下地に黒の縁取りラインが入ったタイサイド・ビキニ――俗にいう紐ビキニ――に、鮮やかな瑠璃のパレオが腰で柔らかく海風に揺れている。
日差し除けの麦わら帽子の鍔に隠れた目線。隣には駆け寄ってくる太一に小さくぎょっとした様子の同い年くらいの少年の姿も。
人様のいるところにディスクを飛ばしてしまったと慌てる太一。
しかし相手の女性は「へぇ」と呟きながら麦わら帽子から顔を覗かせて、
「ほんとにたいちゃんが海来てる」
「えっ?」
「やほ~。10時間ぶりくらいかな?」
「ヤ、ヤヨちゃん!?」
ディスクと受け止めた相手は、昨晩に奇妙な縁で再会を果たした大井暁良だった。
「な、なんでここに?」
「そりゃこんな格好してんだからここに遊び来たに決まってるじゃん。それに昨日言ったっしょ、『また明日』って」
「はぁ……」
「なんだぁその気の抜けた返事~……久しぶりに再会した馴染が可愛い水着姿で立ってんだから感想くらいあんだろ~」
「えっ!?」
言われ視線が彼女の全身を上から下、下から上へと何度も滑る。身長は170に届くかどうか。不破ほどではないが女性にしてはそこそこ高い。全体的に筋肉がキュッと引き締まってきた不破とは違い、全体的なシルエットは女性らしい丸みを帯びて柔らい印象を抱かせる。
白の水着に包まれた肌は夏の日差しを受けた輝き、不破たちとはまた違った魅力があるように感じられた。
が、生憎といまだに陰キャ気質に片足を突っ込んだままの太一に、相手を称賛するためのボキャブラリーが備わっているはずもなく。できることといえば……なんて答えればいいの!? と脳内で出てこない解答を探って、その顔面凶器をギリギリと締め上げてより凶悪さを増すことくらいなもんである。
「……こいつの無茶ぶりにいちいち取り合わなくてもいいからな」
と、強面百面相リレー状態になっていた太一に、大井の隣に立つ少年からの助け船が入った。
「えと」
「時任榛輝。この無茶ぶり女の……遺憾ながら婚約者をやってる」
「あ」
ふと、昨晩の大井の言葉を思い出す。
『――あーし! 実は今、婚約者いるんだよね!』
……そっか、この人が。
パッと見た印象はそこまで目立つ感じの人間というわけではなく、どちらかといえば教室で一人静かに過ごしてそうなタイプ。しかしそれは太一のように、友人を作れないというよりは、作らない……独りが好きというタイプに見える。
身長は太一と同じか若干低い程度。一昔前の太一のような無造作ヘアだが、パーマが掛かっているのか髪が緩く波打っている。天パというヤツだろうか。
「は、はじめして。宇津木太一です」
「おう。てかアキ。今日は墓参りじゃなかったのか?」
「ああ大丈夫大丈夫。あーし今朝めっちゃ早起きして墓前にカントリーマ〇ムのファミリーパックと線香一束丸々あげて来たから。今頃めっちゃモクモクしてんじゃね?」
「……あとで爺さんたちにどやされても知らねぇからな」
「別にサボったわけじゃないんだからいいじゃん。てかそれより」
と、大井はツッと視線を太一の背後に滑らせ、
「も~う。アイリが変なとこ投げるから~」
「だからごめんって。慣れてないって言ってるじゃん」
「おい宇津木~。いつまで話し込んでんだ~。てか誰? 知り合い?」
海から上がってきた不破たちを見遣る。
「あ、すみません。えと、」
「はじめまして~。たいちゃんと小学校時代に友達やってた大井暁良っての。んでこっちのノッポは……赤の他人だから別に覚えなくてもいいか」
「おい」
「で、君は?」
「あん? 不破満天だけど。てか小学校んときの友達……?」
「ん?」と、不破は夏休み前、涼子とサウナに行ったときに、太一の過去話で「仲の良かった友達が転校した」と聞いてたのを思い出した。
「ああ、なんかりょうこんが言ってたっけ」
「え? なになに?」
霧崎が食い気味の不破に問い掛けた。
「宇津木が小5ん時に、仲良った奴が転校してったんだと。んで、そのあとこいつ不登こ」
「ちょっちょっちょっ、不破さん!? その話どこから!?」
「いやだからりょうこんからって言ってんじゃん」
「よ、余計なことを……」
太一はビーチで優雅にアウトドアチェアで読書に勤しむ姉を睨みつけた。
「マッ!? ウッディに友達とかいたの!? ウチら以外に!?」
「そんな驚かなくてもいいじゃないですか……」
「いやだって太一君って根っからのボッチ気質って感じしてたから」
「鳴無さんまで……僕にだって友達くらいいました。現にこうしてここにいるじゃないですか」
「あ、ごめん。やっぱあーしの勘違いかも~。こんなおっかない顔のひと記憶にないしな~」
「ちょっとヤヨちゃん!?」
いきなりの裏切り。旧知の仲だろうが所詮相手はギャル。ノリが軽いというか、知り合って間もない不破たちのネタを拾ってさっそく太一をからかいにくるあたり、大井からも不破たちと同種のニオイがする。
「いや~。でもまさかたいちゃんにこんなギャルっぽいともだちがいるとか驚きだわ~。てか女子ばっかじゃん。な~に? あーしがいなくなってから進学デビューでもしたか~?」
ぐいぐいと顔も体も寄せて下から覗き込んでくる大井。水着姿とはいえ、ほんの半日前にその下に潜む素肌を(不慮の事故とはいえ)拝んでしまった身としては、この距離感は些か心臓に悪い。
しかしなぜこうもギャルという人種は距離感が近いのだ。不破に始まり霧崎も鳴無も全く気にせずこちらに触れてくる。一部物理ダメージつきの触れ合いも含まれているのは果たしてどうなのかと思わなくもないが……
とにもかくにも童貞メンタルな太一には同い年の女子のこうも露出した肌というのは目の毒でしかない。
「おい宇津木~、あんた鼻の下伸びすぎじゃね。さすがにその顔はきしょい」
「うわっ、と」
不意に背後から不破が太一の肩を掴んでぐっと後ろに引いた。「ととと……」とたたらを踏みながら後ろを振り返ると、なぜかちょっとだけムッとした表情の不破がいた。
と、不破の隣で霧崎が「ウッディの顔とか見えなかったくせ」と呟きかけ、「ふんっ」「ぎゃん!」と不破によって足を踏まれた。
華麗に踵が入ったのか砂浜の上で悶絶する霧崎。鳴無が「あらら~」と憐れみの視線を向けていた。
……なんなんだ一体。
一連の流れに太一は首を傾げ、対して正面で大井は「ふ~ん……」と不破たちを一瞥。すると――
「ねぇ? せっかく海に来てこうして集まったんだしさ、ちょっと皆で遊ばない?」
「「「「うん(あん)?」」」」
全員の視線が一斉に大井へと注がれた。
「アレとかどう? あーし一回やってみたかったんだよね~」
そう言って彼女が指差したのは、浜辺の一角に設けられたビーチバレーのコートだった。
「人数はちょい余っちゃうけど。そこはほら、ローテーションすればいいじゃん?」
「だってよ。どうする?」
「ウチはやってみたい!」
「面白そうじゃない。きらりんもやってみようって」
大井の提案に霧崎と鳴無が賛同。フライングディスクの流れは、そのままビーチバレーへと引き継がれていくことに。
太一はホッと胸をなでおろす。あのまま行けば太一の負けが確定してついでに罰ゲームの執行も決まっていた。しかしそれもうやむやになりそうで一安心……
「あ、でもやっぱそのまま遊ぶだけっていうのもつまらないじゃん?」
……ん?
「せっかくここに男二人いるんだし。不破さん、だっけ? あーしとチーム組もうよ。んで、ハルとたいちゃんでもうワンチームって感じ」
「ん? 男女混合じゃなくて男女別にすんの?」
「そそ。てかうちのハル運動そんな得意じゃないし。逆にあーしはそこそこ動ける方だし? 帳尻合わせ的にちょうどいいって感じ?」
「まぁ別にいいけど」
「OK。んじゃ、敗けた方のチームは勝ったチームに一回命令できる、って感じでどう?」
「お、いいじゃん。なんもねぇとスリルに欠けっしな」
「ノリいいねぇ。それじゃ決まりってことで」
「「……」」
男子二人の意見をガン無視して話が進む。太一と時任は思わず二人で顔を合わせた。お互い、ギャルに振り回される者同士シンパシーでも感じたのかもしれない。
というか、なぜこうもギャルは勝負ごとになるとそこに罰ゲームを追加したがるのか。そういう生態でもあるだろうか……まったくもって理解に苦しむ。
「それじゃレッツゴー!」
そうして、大井の号令と共に、忌々しい男女別というラブコメにあるまじきビーチバレーイベントの幕が開かれたのであった。
(/o^)/ °⊥ \(^o\) バレー
次回!
「う~~~~み~~~~~!!」
のラストでございます!
作品が面白かった、続きが読みたい、と思っていただけましたら、
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また、どんなことでもけっこうです。作品へのご意見・感想もお待ちしております。




