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水着回リベンジ、ただしサービス回になるとは言ってない

 海――あらゆる生命の起源。種の母であり、恵みをもたらす父であり、今なお多くの命を包み込む温床……


 そう。つまり海とは偉大な存在であり、敬意と畏怖を込めて相対するべきゴッドファーザーなのである。


「イエ~イ! う~み~!」


 故に、浮かれたりはしゃいだりするような幼稚な姿を演じるなど愚の骨頂。己の未熟さを露呈するなど、恥ずべきことでしかない。


「キララ! 早く泳ぐべ泳ぐべ!」

「マイテンション上げすぎw。すげぇガキっぽい」

「いや逆に上がらない方がおかしいっしょ!」


 遊泳区域として開放されているビーチ。お盆ということもあってか人が多い。辺り一面パラソルやらレジャーシートやら色とりどりの水着やら……浜は元のサンドベージュをうるさいほどの色彩で塗りつぶされていた。

 どこぞの天上ストリートアーティストがバカみたいにはりきり過ぎたに違いない。


 普段は静かに厳かに、その威容で人々に豊穣と災厄をもたらす神にも等しき偉大なる我らが海は、ああ悲しきかな。

 俗世の垢に塗れ、アミューズメントパークのごとき俗物へと貶められてしまっている……なんとも嘆かわしい。


 今こそわれらは海への敬意を思い出し、夏になるたびに繰り広げられるこのバカ騒ぎについて深く論じるべきではなかろうか……


「晴れて良かったわね。でもちょっと波は高そうだから、あまり沖に出過ぎないようにね」

「は~い。う~ん……確かにちょっと今日風強いかも」


 涼子と鳴無が髪を手で押さえながら僅かに白波が立つ海岸を見下ろす。二人の後ろで太一は両肩にパラソルやクーラーボックスを装備し肩で息をしている。


「ぜぇ、ぜぇ……つ、着いた~……」

「お疲れ。満天ちゃん達が先に行って場所取りしてくれてるから、少し休んだらパラソル設置しましょう。私たちはその間にゴハン買ってくるから」


 近くまでは車で降りて来たものの、海水浴客で近くの駐車場は全滅。少し離れた位置に車を止める羽目になり、ここまで荷物を抱えて重労働……やはり夏の海などろくでもない、と思わずにいられない太一である。


「はぁ……」


 海などという陽キャのアイデンティティーに今から乗り込むのかと思うと気が重い。そうでなくとも、先日の一件が脳裏にこびりついて離れないというのに……


 先日……時間にするとおよそ9時間ほど前のこと――



 ( 一一)・・・



「――『ヤヨ、ちゃん』?」

「――え?」


 温泉宿の前。一瞬、二人の間に沈黙が落ちた。


「うっそ……もしかして、『たいちゃん』?」

「あ」


 その呼び名を聞いた途端、一気に懐かしい記憶が脳裏を占める。


 宇津木太一は友人が少ない。小学校で高学年に上がってからは、例の母親の影響もあって自身を卑下する性格に転じ、徐々に周りから友人と呼べる人間が減っていった。

 しかし、全ての友と関係が途絶えたわけではない。中には、太一の性格と人間性を理解しつつ、彼の隣に立ち、共にあり続けてくれた稀有な存在。


 たった一人、太一の傍にい続けた友達――


『え~と……や、やき、よし?』

『ぶっぶ~。はずれ~。なによやきよしって……女の子にそんな名前つける親とかいないでしょ』

『難しくて読めないよ~』

『もうちょっとガンバレ~!』


 大井暁良……初めて彼女と出会ったのは小学校3年生の時。クラス替えで隣の席だったというだけの単純な切っ掛け。

 大井は、自分の名前が同学年の子供たちにはすぐ読めないことをネタに、隣の男の子に声を掛けた。

『暁』という字は小学校低学年にはまだ馴染がない。太一も字の形から『焼』と勘違いしていたくらいだ。


『や、やき……』

『やきよしじゃないから』

『う……や、や……あっ、ヤヨちゃん!』


 やきよしよりよっぽど女の子らしい。太一はこれが正解だと自信を持って答えたが、


『ぶっぶぶ~! それもハズレ~』

『ええ……』

『でも、本当の名前よりずっと女の子っぽい。うん! そっちの方が好き! あなた、今度からわたしのことはヤヨって呼びなさい!』

『う、うん。別にいいけど。それで、君の名前の呼び方って』

『ああ、そうだった。クイズしてたんだっけ。わたしは――アキラ! 大井暁良! でも可愛くないから、さっきのヤヨの方がいい!』

『わ、わかった。その……ヤヨ、ちゃん』

『うん! あ、そうだ。君の名前――』


 そんな、小さい時の、小さい出会い。

 だが……小学5年生。唯一関係が続いていた、たった一人の彼女という友でさえ、転校という子供にとっての不可抗力によって失った。


 以降、彼はひきこもりになり、姉の説得で復学するも、親しい人間の一人も作ることはできず……高校で不破と関わるまで、ずっと独り。


 太一にとって、良くも悪くも転機となった少女。

 それが、大井暁良だ。


 もう会うこともないと思っていた。別れてから連絡の一つも取ったことはなく、今日にいたるまで彼女の記憶は頭の引き出しのずっと奥に押し込まれていた。


 まさか、そんな風化して色褪せてさえいた記憶が、新しい実像を得て目の前に現れるなど、誰が予想できただろう。


「ね、ねぇ!? 小学校どこだった!? あーしは――」


 ここへ越してくる前、彼女が通っていた土地の名前と、学校名。それを聞いた太一は、


「うん。僕も……同じ学校……覚えてる? 4年生の時の、遠足……ヤヨちゃんが水族館で」

「っ!? おい待てどの記憶引っ張り出そうとしてんだ!?」

「えと、ヤヨちゃんがイルカに脅かされておも、」

「よし黙れそれ以上言ったらもっかい殴る」


 鼻から頬を超えて耳まで真っ赤の彼女。わなわなと拳を震わせてちょっと涙目。

 しばらく息を止めて頬を膨らませていた彼女は、「は~っ」と大きく呼吸を解放して「そっか~」と呟く。

 

 同じ土地の学校で一時ひとときを過ごし、そしてヤヨというあだ名。大井の記憶にある限り、自分をヤヨと呼び、呼ばせていたのはたった一人……


「5年ぶりか~。たいちゃん随分でっかくなったねぇ。それになんていうか、見た目も……うん、けっこう変わったよね。マジで誰かわからなかったし」


 身長、そして顔つき。記憶に彼より、だいぶ男らしく……いや、男らし過ぎる見た目に変わった彼。だが、よく見れば幼い頃の面影も見てとれた。


「たいちゃん、前はあーしより背低かったのにね」

「うん。中学の時に、けっこう伸びた。ヤヨちゃんは、その……」

「ああストップ。それ以上言わないで。目線おっこちてる。てかさっそく思い出すな」

「ご、ごめん」

「うん。でもまぁ……なんていうの。見られたのがまだたいちゃんで良かった……っていやいや全然良くはないけど……知らない誰かよりはかなりマシ、みたいな……あ、でも勘違いはしないでね。見られて平気とかじゃ絶対ないから。むしろマジで忘れて。ほんと忘れて」

「ぜ、善処します」

「それやる気ないヤツのセリフじゃん……って、あーしも咄嗟に殴っちゃったし、色々と迷惑はかけちゃってんだけど」

「あ、あはは……」


 苦笑が漏れた。数年ぶりの再会が、まさかこんな形になるなど誰が予想できようか。悪ふざけが過ぎた舞台装置の上で踊っている気分である。


「ああ、なんだろ。すっごい久しぶりなんだけど、色々グダグダって感じ」

「うん」

「なんだろうね、これ?」

「ごめん。ちょっと、分かんない」

「だよね……ねぇ、明日の予定ってどんな感じ? もし時間あるならさ、今日の件も含めてまた会えたりとか」

「えと、明日はちょっと厳しいかも。午前中から、その……友達と、海水浴の予定があって。その後は夕方にお坊さんが来てお経を唱えてもらうことになってるから」


 友達……その単語を口にする時、ちょっとだけ気恥ずかしくなった。目の前の少女以降、自分に友人ができるなどとは思っていなかった。

 それが、まさかああいうタイプの人間と知り合うなどと、幼い頃の彼ならきっと想像もできないだろう。


「ともだち? たいちゃんに?」

「うん。その、色々あって。今回も帰省ついでに皆で旅行、みたいな感じで」

「へぇ。たいちゃん、ともだちできたんだ。よかったじゃん。小学校の時、あーし以外にたいちゃんと遊んでくれる子とか、いなかったよねぇ」


 大井は距離感の近い意地の悪い笑みを浮かべ、トンと一歩、彼の傍に身を寄せる。


「そっかぁ。あーし以外のともだちと海ねぇ。たいちゃんのくせに随分と青春しちゃってるじゃん」

「うん」

「ふ~ん」


 じ~っと下から覗き込んでくる大井。太一は「なに?」と問うと、彼女はさっと身を放し、


「今日はもう帰ろっか。あとちょっとで日付変わるし。さすがにどやされるわ」


 彼女は脈略なく、久方ぶりの再会を名残惜しむ様子もなく、さっさと踵を返し、


「じゃあね、たいちゃん」

「あ、うん。それじゃ」


 ぱっと身軽に、ポンポンポンと……彼女は太一に背を向け坂を上っていく。

 と、その背中は坂の途中で立ち止まり、太一に振り返ると、


「――あーし! 実は今、婚約者いるんだよね!」

「えっ?」


 いきなり、なんの前触れもなく、彼女は婚約者の存在をカミングアウトしてきた。


「でもあーし! そいつのこと大っ嫌い!」

「え? え?」

「取り合えず近況報告! じゃあ、また『明日』!」


 一方的に言うだけ言って、彼女は再び太一に背を向け、今度は駆け足で坂を上っていく。その姿はあっという間に夜の闇に紛れて見えなくった。


 ポツンとその場に残された太一は、しばらくその場で立ち尽くし、大井の消えた夜の先を、ぼうっと見つめていた。



 ( ゜д゜)ポカーン



 ……あれは、いったいなんだったんだろ?


 いきなり婚約者がいると言われてどうすればいいのか。そもそも彼女がいきなりそんなことをカミングアウトしてきた理由が分からない。


 レジャーシートに荷物を置いて、レンタルのパラソルをせっせとおっ立てる。

 そして相変わらず太一の周囲、半径50メートル以内から人気が去る。とはいえ今回ばかりはこの顔面凶器に感謝しよう。このクソ暑い中で人口密集地帯、ましてや陽キャの集団に囲まれるなど考えただけで鳥肌ものである。


 女性陣はお昼用の飲料や食料を現地調達しに行った。この人の数では海の家はさぞ繁盛することだろう。この炎天下で並ぶなどご免である。

 そんなわけで、事前に買っておくということらしい。


 太一はスマホでパラソルの立て方を調べながら作業を進めていく。陰キャがアウトドア用品の使い方などわかるはずない。


 しかしその最中も、脳裏にあるのは昨日の大井のことばかり。普段であればこんな陽キャエリアに足を突っ込むこと自体最大級に苦痛でしかいのだが……

 およそ5年ぶりに再会したかつての友人。どこへ越していったのか、幼かった太一には知りようもなかったが、それがまさかこのような場所で再びまみえようとは。


 まだ小さい時は頻繁にこの土地にも帰省していたが、ここ数年は父親の仕事が忙しく、祖母の家に顔を出す機会はなかった。

 両親の海外出張が決まったのは、ちょうど涼子が社会人として就職を決めた時期だ。去年は涼子も新しい環境に慣れるのに忙しく、今年になりようやく落ち着いたこともあって、ようやく帰省することと相成ったわけだ。

 その旨を祖母に連絡した時、随分と喜んでいたそうだ。


 が、疎遠になっていた実家への帰省先に、転校した彼女がいるとは。人生本当にわからないもんである。


「ふぅ……」


 アツアツの砂、照り付ける太陽の下はちょっとしたサウナ状態。ほんの少し動くだけでじわっと汗が滲み出る。それでも、吹き抜ける風がいくらか体温を下げてくれた。

 北風と太陽という童話があわるが、今ばかりは太陽よりも北風くんに頑張ってほしいもんである。

 

 夏の太陽は今日も今日とて全力で地上に日光を降らせることに精力的らしい。ハッスルするのも結構だが加減というものを覚えてくれと言いたくなる。


 海辺ではしゃぎまわる海水浴客。親子連れの微笑ましい光景の脇では、黒く日焼けした如何にも遊んでる雰囲気を醸し出す男女のグループが夏の陽気でハイになっている姿が見て取れる。


 中には周りの迷惑なんのその。ビール片手に声を上げてバカみたいに騒いでいる集団の姿もいくつか散見された。

 正直あまりガラもよろしくない。しかもやたらと存在感を主張するものだから嫌でも目につく。正直いって鬱陶しい。

 日本人の感性としては、ああいう手合いとは積極的に関わりたくはないだろう。


 ノリがアメリカの劣化版といった感じである。なるほどあれが本物のジャパニーズパーリーピーポーというヤツか。どんちゃん騒ぎがここまで聞こえる。周囲の海水浴客たちもちょっと迷惑そう。

 心なしか彼らの周囲だけゴミがやたら散乱して見える。美しき砂浜を穢すとは不届きな。ああいう周囲の迷惑を考えない連中はならず者と変わりない。


 太一は内心で彼等を『パイレーツオブパリピアン』と呼ぶことにした。


 なんならいっそ本当にアメリカンスタイルでB級映画的な犠牲者になってくれないだろうか。

 カモンジョー〇! 連中の水棲生物との相性は配役的な意味でバッチリ。さぞフレッシュな肉役として輝くことだろう。


「――お~い、宇津木~!」


 と、暗い妄想もそこそこに、こんな人混みの中でも無駄に通る不破の声が耳に届いた。買い出し部隊が戻って来たらしい。


 それはいいのだが……


「おい見てみろよこれ! でっけぇコンブ~w!」


 不破の手にはなぜか、海の漂着物の代名詞であるオクロ植物褐藻綱しょくぶつかっそうこう、通称コンブを掲げていた。

 

 いや、掲げているというより、あれはどう考えても頭上でぶんましている。

 

 なるほど。古今東西、真の敵とは外ではなく内側に存在するモノだと言われてきた。周りのパイレーツオブパリピアン……長いので『パイパン』と略すことにしよう……と変わらず、海でバカみたいにテンションぶち上げで「めっちゃヌルヌルなんだけどw」などとコンブをライブのタオルよろしく振り回す不破。

 忘れていた……こちらにもしっかりとパイパンやらす身内がいたのだった……

 

 霧崎あたりはなにがツボなのかケタケタ笑っているが、その後ろの鳴無と涼子は苦笑気味。というか姉よ、頬を引き攣らせてないで注意してくれ。この面子の中で不破に言い含められるのあなただけなんだから。


 全員(姉含む)新調した水着に身を包み、随分と華やかなパーティーである。が、不破のコンブで全て台無しである。


 しかも、


 ぶちっ――


「あ」

「ぶっ!」


 遠心力によりコンブの一部が切れて太一の顔面にアイキャンフライ。飛びついてくる飼い犬のごとき勢いで太一の顔にコンブがぶち当たった。もっとも犬ごとき愛らしさなど皆無。なんなら磯臭い上にほんとにヌルッヌルで気色悪いまである。


「満天ちゃ~ん。危ないから振り回すのもう終わり」

「ちぇ~」


 姉よ、それをもっと早く言ってくれ……

 本日も快晴、絶好の海水浴日和。夏の日差しに少女プラスワンの眩しい水着と肌が照らさる。

 今日も今日とて、太一の騒がしい日常に変化なし。

 

 しかして太一には彼女たちの水着を堪能するより、今日という日が無事に終わるのかという不安が先にするあたり……結局のところ、彼女たち相手にキャッキャウフフな水着回は当分期待できそうもないようである。


 

 (´-ω-`)・・・

作品の更新が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。


次回!

「う~~~~み~~~~~!!」

の続きでございます!


一部表現にクレームが来ましたら、すぐに修正させていただきます。

ドコが、とはあえて言いません。


作品が面白かった、続きが読みたい、と思っていただけましたら、

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また、どんなことでもけっこうです。作品へのご意見・感想もお待ちしております。

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― 新着の感想 ―
[一言] 私も海でのパリピをみたらB級サメ映画の餌食になるタイプと思って見守るようにするよ… やっぱり表現修正されるのだろうか
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