君は恥ずかしいと人をぶん殴るフレンズなんだね
「――というわけです……いや、マジ、ごめん」
「ええ~……」
そんなわけで、目の前の少女のうっかり(致命打)と不運が絶妙な加減でマリアージュした結果として今の状況と相成ったわけである。
以上解説終わり。どう考えても太一にとってとばっちり以外のなにものでもない。さすがにこの少女には恨み言の一つも吐きたいというもの。
とはいえ現状で太一が頼らざる得ない相手が、彼女以外にはいないのもまた事実。
なんだこのマッチポンプ。相手を危機的状況に陥れておいて自分で助けに入るという……
下手すれば不破や鳴無以上に理不尽を押し付けられている気がしてならない。
「とりあえずちょい我慢して(小声)。あーしがなんとかするから……あと、ちょい聞きたいんだけど………………見た?」
「………………ナニヲデスカ?」
すっとぼけつつ、この状況で「見た」と問われるもんなんて一つである。
少女も、太一のこの反応に「ああ……」と頷く。
「いや、うん……OK。あとであの子たちにはあーしがなんか奢っとく」
とりあえずコンビニでそれなりの値段のするアイスでも彼女たちに献上する事に決めて、とにもかくにもこの状況である。
「ね~! んな離れてないでアキもこっちくれば~!」
「えっ!? い、いや~……」
不意に呼ばれ、少女は背後を振り返りそうになるのを咄嗟に堪える。後ろになにかあるのかと意識されては最悪も最悪だ。
しかし呼びかけに堪えて移動など絶対にできない。
「おできでかいからムリ!」
「いやどんだけおでき引っ張るん……てか、バスタオル巻いてんだから見えないっしょ~!」
「あ~……」
「ちょ、どうするんですか(小声)!?」
「焦らせないで今考えてるから(小声)!」
温泉に入ってるというのに冷や汗が止まらない。というか太一はずっと湯船に浸かりっぱなしでそろそろのぼせそうである。
「え~と……っ~~~~~…………はっ! あ、そうだった~! ごめ~ん実は今男湯使えなくなっててさ~!」
「ん~? だから?」
「入浴時間男女で別れてんのね~。それで~……あとちょっとしたら男の人入ってくる~……っていうか~」
「はっ!? ちょっとマジ!? いつ!?」
「あ~……たぶんあと10分もないくらい? あーしもすぐ出ないとヤバいかもw」
「おおいっ!?」
「イエス。あーし大井」
「ギャグじゃねぇ!」
「ちょっ、漫才やってないで早く出ないと!」
「ああ~、もうちょっと入ってたかったのに~!」
「ハダカ見られるよ!?」
……ごめん×2。
ワタワタと露天風呂から飛び出していく3人組を見送り、太一と少女は同時に同じことを内心で呟いた。
バタバタと騒がしく、しかし一気に静かになった露天風呂。
「…………い、行きましたか?」
「もうちょい待って……」
じっと待つこと数分。3人組が戻ってくる気配はない。入り口を凝視していた二人は、そろってホッと息を吐き出した。
途端、湯船の中だというのにドッと疲労が押し寄せてくる。ここで豆知識。お風呂に長時間浸かり過ぎても逆に体には良くないから注意しよう、お兄さんとの約束だぞ。
しかし今回に限って言えば肉体的疲労というよりはガッツリとメンタルにくるタイプの疲労感だ。もはやギャグ。
「とりあえずあーしも出る。長湯めっちゃ苦手……もうのぼせそうだし……」
「はい……僕はもうちょっとしてから出ます」
「うぃ~。いや~、マジでごめんね。あとでちゃんとお詫びはする――」
太一同様にぐったりした少女はおもむろに立ち上がる。
ここでひとつ余談。戦場においては敵を制圧したと思った瞬間ほど注意を払うべし。
え~、つまり何が言いたいかというと――
「っ、と、とと……っ!?」
「!?」
目の前で少女の体がふらついた。夏という時期、どっぶりと温泉に浸かって血行がハッスル、血液は脳へと運ばれ……そして湯船から立ち上がったことで頭から一気に血は手足へと流れ、
ハラリ……
のぼせて体勢を崩した少女は慌ててバランスを取るも、勢いで巻いて来たバスタオルは無惨にも体から解け、
「~~~~~~~~~~~っっっっ!?!?!?!?」
彼女は咄嗟に体を腕で隠して再び温泉の中へと身を沈める羽目になった。
一瞬ナニカヤバい物(意味深)を見てしまった気がする。
水面から露出した彼女の肩から上は可哀想なほどプルプルしていた。
「み、見た……?」
「…………」
目が完全に死んでいる少女の眼差しに、太一は油の切れた機械よろしくギギギギと顔を逸らした。それが決め手。言い訳不可能。というかここまでくるともはや呪いを通り越してなにかしらの運命操作でも受けているのでは疑ってしまう。
「は、はっ、ははは……」
途端、少女は暗い瞳で笑い出した。めちゃくちゃ怖い。
「いや~、うん! 分かってる! これ君はなんも悪くない! 大丈夫わかってるから! いっちゃん悪いのはむしろあーしじゃん!? だからまぁこれは自業自得っていうか!? 因果応報ってヤツ!? うん、マジで!」
なにやら捲し立て始めた少女。もう完全に目が回ってる。温泉から露出した肌が赤くなっている原因は果たして湯の熱か、或いはこの状況か……
「でもやっぱダメ! なんていうか理屈とか道徳じゃなくてさ! なんかこう許容範囲の外って感じなわけ! だからすっごいごめんなんだけど! 取り合えず一発! 一発殴らせて!」
「はい!?」
それで「うん」と頷くとか思ってるなら今すぐに脳神経外科か精神科へ通院することをおススメする。レッツサナトリウム。
「大丈夫! 先っちょだけだから!」
いや拳の先っちょっていっちゃん痛い部分!
なんというかもう支離滅裂である。胸を片腕で隠し空いた方の拳をプルップルさせる憐れ(?)な少女。
いやしかしこの場において最も憐れなのは太一であることは間違いない。
「とりあえず後で色々とお詫びめっちゃするから今はとにかく殴られろぉぉぉぉ!!」
「ええっ――ごぱっ!?」
南無三。なにを言う前に太一の顔面に少女の拳が突き刺さった。
なるほど、君は恥ずかしくなると人をぶん殴るフレンズなんだね……うるせぇTo 〇OVEるぶつけんぞ。こんなフレンズ死んでもご免である。
この時、跳ね上がった頭は暗い夜空に浮かぶお星さまを見たそうな……果たして、それは現実の星だったのか、はたまた殴られて散った幻視の星だったのかは、本人さえも知る由がなかった――
(╯⊙3⊙╰)
湯上り――戻って来た女将の「アキちゃん、送っていくわよ」という申し出を丁重にお断りし、温泉宿を微妙な距離を空けて出た太一たち。
入り口に立つ2人の間には成人男性1.5人分のスペース……
「いや、マジ……ごめん」
「ああ……はい」
「取り合えず、忘れよう。お互いに」
いやあれだけ衝撃的な出来事を忘れるとかかなりのムリゲーである。ロック〇ート教授よろしくオブリ〇エイトで自爆でもしろってか?
時刻はもうすぐ11時半を過ぎる。空は快晴、弧を描く三日月は嘲笑に見えて腹立たしい。きっとどこかで誰かが本気で笑ってるに違いない。不破ではないがマジでしばき倒したい心境である。
温泉へ癒されに来たはずなのに全くもって真逆の効能を体感する羽目になった。なんなら顔面への物理ダメージまでオプションである。これからは世のラブコメ主人公にガチな感情移入ができそうだよチクショウが。
「てかあと少しであーし誕生日じゃん……なんでこんな目に遭ってるかなぁ……」
半分ほど自業自得という気がしなくもないが、確かに一年の節目の前日がコレというもなかなかに同情を禁じ得ない。
「はぁ……改めてだけど、ごめん」
「いえ……まぁ、なんといいますか……」
気まずい……とにかく気まずい。
不破と半同棲みたいな生活をしていた時でさえ、この手のハプニングはなかったというのに。いや、アレはアレで別の意味でハプニングではあったのだが。
とはいえ、既に起きてしまったことをグダグダと考えててもどうしようもない。
二人ともそれは分かってる。分かっているが理性と感情は時としてバッサリと切り離されてしまうもんである。
そうでなければ太一が殴られた意味が分からん。最初から意味の分からん状態だったなんて野暮なツッコミはナシの方向で。
「取り合えず、帰りましょうか」
「だね」
「遅いですし、送っていきますか?」
「いやごめん今は君と一緒ってのは色んな意味でむり。あ、別に君自身が悪いとかそういうんじゃないから。全部あーしの問題ってだけ」
などと言いつつ、「でも落ち着いたらお詫びするから」ということで、
「とりま、連絡先交換しとこっか」
「はい」
メッセージアプリのIDを交換することに。初対面の相手と連絡先を交換。ちょっと前なら考えられなかった出来事だ。
しかしああいうことの後だと、さすがに連絡先の交換程度に些かの緊張も沸てこない。
都合のいい日を見つけて、今回の件に関するお詫びはその時に。
「え~と……『宇津木太一』……あ、名前そのままなんだ。てか、この名前めっちゃ懐かしい」
「そうなんですか?」
「うん。小学校の時に完全に同じ名前の友達いてさ。まぁ高学年の時にこっち引っ越してきてからは完全に疎遠になっちゃったんだけど」
「そうなんですね。えと、『akira』……ってこれ、名前ですか?」
「そうそう。なんか男子っぽい名前だよねw。そういえば自己紹介とかしてなかったっけ。あーし、大井暁良っての。大井川の大井に、アキラってのが、暁って字と、良い悪いの良いって書く感じ」
「…………大井、暁良……」
彼女の名前と字を聞いた瞬間、太一は「あれ?」と記憶に引っ掛かりを覚えた。なかなかに特徴的な書き方をする名前だが、思いのほかすんなりと想像することができた。
いや、想像したというよりは……全く同じ読み方、同じ漢字を使った名前を、太一は知っていた。
「復唱されんのちょいはずい。まぁ、皆には短く『アキ』って呼ばれてるけど」
「大井…………暁良」
「いや、そんな何度も呼ばんでも」
「――『ヤヨ、ちゃん』?」
「――え?」
不意に呟かれたその音に、少女――大井暁良は目を開き、
太一と彼女の瞳は、その間に1.5人ぶんの感覚を空けて交差した。
( ´·ω·) 間 (·ω·` )
次回予告!
「う~~~~み~~~~~!!」
で、ございます!
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