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ふむ、なるほどドジっ子ですか……いや許さんからね?

 ラッキースケベなどと言うが、ハッキリ申し上げてラッキーなのはそれを観測している『第三者』だけである。

 

 つまるところろ、うっかり女性が着替えている現場に出くわして「きゃ~エッチ~」なんてしず〇ちゃん的シチュエーションに遭遇しようものなら、最悪国家権力の介入待ったなし。

 

 そこまでいかなくとも、どう考えても見た方も見られた方も気まずいことこの上ない。それが性に成熟しきれていない十代……こと女慣れしてない人間ともなればなおさらというもの。


 そう、ラッキースケベとはラッキーという単語に惑わされた明確なアクシデント、厄介事なのである。美味しいのはそれこそ冒頭でも語ったような第三者(野次馬)のみ。


 当事者たる太一には何一つとして美味しいなどという感情を抱く余地はないのである。


 湯船に蹴り飛ばされた太一。ざぶざぶと湯を掻き分けて近づいてくる気配がひとつ。温泉から顔を上げた太一は咄嗟に肩を抑えられ、耳元で囁くように声を掛けられる。


「ご、ごめん……でもしばらくここで大人しくしてて(小声)!」


 わずかに視線だけを振り向かせた先。色素の薄い長い髪が湯船で踊り、どこか少年的にも映る中世的な顔立ちが間近にこちらを覗き込んでいる。体を隠すように巻かれたバスタオルは湯を吸い込んで少女の肌に張り付いている。

 

 太一の脳内は「え? え……?」と状況を理解しようとするも、後から後から事態が押し寄せてもはや処理渋滞を起こしている。誰か交通整理をしてくれ、いつまでたっても宇宙猫が居座っていっこうに状況が把握できやしない。


「ちょっとアキ~。いきなり後ろから飛び込んでくんなし。わたしらめっちゃビビったんだけど」

「ごめんごめん。やっぱもうちょっと入っておこっかな~、って」

「ふ~ん。まぁいいや。てか温泉にバスタオルつけて入んなし」

「ああ~……それは~……えと、今ちょっとでかいおできあるから見られんのはずい! だから見逃せ!」

「うわ、マジ? なにそんなひどいの?」

「もうめっちゃ痛い! あと目立つから見られたくない! 大事なことだから二度言いました!」

「ん~……てかクスリぬれよ~。痕んなっても知らんからな~」

「もち!」


 露天風呂に入ってきた少女たちから太一を隠すように、彼女はそれぞれの視界の間に割り込む。なんなら体のデカい太一の頭を抑え付けて更に湯船に沈めようとしてくる。


 やめろ溺れ死ぬお前はドラ〇もんに出てくる泉の女神か。こちらを「きったない」とかさんざん言われてたタ〇シとでも勘違いしてるんじゃあるまいな。


「ちょ、もうちょい体小さくして(小声)! 頭もできるだけ出さないで(小声)!」


 ……いやこれ以上はムリ!


 すでに口はもちろん鼻もかなりギリギリまでお湯すれすれ。これ以上は「ブオオオオバオウッバ! だずげで!」な状況になってしまう。最悪「み〇え」とか叫んじゃうかもしれん。


「はぁ~……さ~いこ~」

「み~ちゃんちょいオッサン入ってるしw」

「いやだってしゃ~ないじゃ~ん。今日とかもうしごきオニキチだったし~」

「その後で遊び行っててこんな時間じゃん。説得力ねぇ~」


 少女たちのキャイキャイとした楽し気な声が聞こえてくる。こちとら温泉の中で体育座りの末に顔を限界まで湯船に沈めて居心地最悪だというのに……解せぬ。


 しかし、一体全体どうしてこうなった?

 

 ちょっとだけ冷静さが戻って来た頭がこの状況の不可解さを疑問視し始める。やはりどう考えてもおかしい。太一は女将の案内でここに来たのだ。なにも間違いないど起きようはずがない。

 それこそ第三者が太一を意図的に陥れようとでもしなければ……


「う~……なんでこんなことに……(ぶくぶく)」

「いや、マジでごめん。なんていうか……これ、あーしのせい、です。うん」


 ……は?


 ただでさえ追いつかない理解の中、更なる情報が太一の頭を駆け抜けていった。



 (。´・ω・)?



 さて、なにゆえこんな頼んでないラッキースケベがオーダーされたのか――時間を少しだけ巻き戻して10分前。


「――ごめんねアキちゃん! ちょっと家でお義母さん腰やっちゃたって連絡来ちゃって……ちょっとだけ様子見てくるから、30分だけここで日帰りのお客様だけ対応してもらっていいかしら?」


 古めかしい自販機からフルーツ牛乳を買って、ロビーのソファでくつろいでいたところを少女――大井暁良は宿の女将から頭を下げられた。


 女将はこの町に嫁入りしてきた人間で、彼女の言うお義母さんとはこの宿の先代女将である。確か今年で80を超えるはず。少女もここに越してきた時は色々と世話になった相手だ。気さくで愛嬌のある女性だったが、寄る年波の衰えには抗えず……70を目前にして今の女将のその役目を譲った。


「ええ~? あーしもお客なんだけど~?」

「入浴代無料とアルバイト代出すから! 少しだけ!」

「む~……まぁ家帰ってもアレだし……りょうか~い」

「ありがとう! 遅いし帰りは送っていくから! それじゃ、よろしくね!」

「うい~」


 忙しなく外へ駆けていく女将を見送り、少女はカウンターの中にちょこんと鎮座する丸椅子に腰かけた。硬いクッションは正直言って座り心地最悪だ。


 繁忙期に一度だけ手伝いをしたことがあるため勝手は分かってる。予約客のチェックインはすでになく、イベントもないため案内も不要。まさかこの時間からこんな歓楽街もなんもない田舎町を散策しようなんてモノ好きがいるはずもなく、面倒なのは飛び入りの宿泊希望者のみ。

 よって、彼女の仕事はそれこそカウンターで来るかも怪しい客をただ待つだけ。簡単を通り越してもはや退屈の領域。

 

 ……連絡くると面倒だからスマホ置いてきちゃったし。ミスったなぁ。


 暇だ。ロビーにはテレビもない。客が来ては面倒だが、逆にここまで手すきだとさすがに苦痛まである。

 手近なところには表紙が焼けて完全に色が落ちてしまったくたびれた文庫本やら絵本。紙は茶色く変色しシミのような斑紋まで浮かんでる。


 が、さすがになにもなさ過ぎて大井は文庫本を手に取った。

 

 ……うわ、純文学。


 今とは文体が異なる見慣れない文字列に大井は目を眇めた。

 別に文章は嫌いではないがこの手の本はなじみが薄く、「~でした」という文末には違和感しか沸かない。


 ……まぁでも暇だし。


 その場限りと割り切って、大井はぼうっと文章を目で追った。すると、


「……(うつらうつら)」


 湯上りで適度に冷房の効いた室内、しかもそこに入眠導入剤の化身へと変貌した純文学(憐れ)のダブルパンチが決まり、急速に大井は眠気に襲われた。


 文章を流し見る瞳は徐々に瞼のカーテンが掛かり、もはや視界はうすぼんやりと霞んでいる。


 ――と、


「あっち~……も~うハルカのせいで電車乗り遅れたじゃ~ん! おかげでめっちゃ走ることになったし~」

「だからごめんって言ってんじゃん。アイス奢ったんだからもういいでしょ~」

「てか言ってないで早く入ろ~。もう汗で全身ヤバいし~……ん? って、アキじゃん」

「ん~?」


 しょぼしょぼする視界に3人組の女子が映り込む。学校で同じクラスの女子グループだ。交流は頻繁ではないが、たまに遊ぶ程度には仲がいい。


「うぃ~す……」

「なにしてんのアキ?」

「ん~? ちょい店番、みたいな~? で、皆はなにしに来たん?」

「いやここに来る理由なんて風呂いがいないっしょ。じゃあ高校生3人で」

「うぃ~、まいど~」


 身内ゆえの気安いやり取りで料金を受け取る。寝ぼけたままの頭はそのまま女子3人を湯へと通してしまい、大井は文庫本も開かずしばらく呆けた様子でカウンターからロビーを見渡し、


 ……ん? あれ?


 ふと、先程自分と入れ替わりに一人の男子が温泉に入って行ったことを思い出し、


「っ!!!!!」


 脳が一気に覚醒した。


 ……や、


「やっば!!」


 どの程度ぼうっとしていた!?

 今は男子の入浴時間。当然女子が入っていい訳がない。色んな意味で。

 

 まだ彼女たちは脱衣所の外だろうか? それも既に……


 もしも彼女たちが中の男性客とバッティングなどしようもならバイト代どころの話ではない!

 いや、入り口には温泉の設備の不調で男女での利用時間が分かれている旨と、それぞれの入浴可能時間は書かれた立て看板、最悪それを見逃しても男性客の利用を示す札が掛けられている。

 

 それを見れば彼女たちとて中に入って行くなんてことは……


「なっ!? なななななななななな!?」


 なんで!?


 入り口に掛かっているはずの『男性入浴中』の札は、なぜか『女性入浴中』にリバースしてやがる! いったいなぜ!?

 

 実はこの札、即席故か扉からちょっと浮いており、衝撃によっては簡単にひっくり返ってしまうのだ。なんかこんな感じのベタなヤツを嫌と言うほどラブコメで見た気がする。

 

 こんなところでも矢〇神のお導きが……

 

 当然ながら先程の3人組の姿はない。つまり――


「っ!」


 大井は一も二もなく脱衣所へ飛び込んだ。脱所の中、3人の姿を探す。しかし――いない。


「ちょいちょいちょいちょい!?」


 血相を変えて大井は浴室へ向き直る。

 そう広くない脱衣所には『4人分』の着衣。


 ……これ、マジ……終わ、


 と、思考停止に陥りかけたところをで大井は「はっ」と気付く。


 まだ、悲鳴が聞こえてこない?


 さすがに十代の見知らぬ男女が裸でバッティングしたなら悲鳴の一つも上がるのでは?


 というこは――


 ……まだお互いに相手に気付ていない!?


 ならばここでぼけっと突っ立っている場合ではない!

 4人が顔を合わせてしまう前にどうにかしなければ!


 大井は服を脱ぎ捨てる。ギリギリ残った乙女の羞恥心が彼女にバスタオルを巻かせ、彼女は先程入ったばかりの温泉に再び飛び込んだ。


「――あ、露天風呂いかね? ここの風呂ワタシちょっと熱すぎて苦手なんだよねぇ。外の方がちょい温いじゃん?」

「え~、熱い方がよくない――って!? アキ!?」


 いきなり扉を開けて中に入ってきた大いに女子3人は目を白黒させる。

 しかし大井は辺りを見渡す。浴室には3人だけ。もう一人の姿はない。ならばサウナか、露天風呂のどちらか!


 大井は彼女たちに先んじて露天風呂へと走った。滑る危険性も考慮せず、外へと続く引き戸を開けて周りを確認。


「いた!」


 視界の先。そこには、壁にへばりついて必死に身を隠す、憐れな強面男子の姿があった――



 =͟͟͞͞(꒪ᗜ꒪ ‧̣̥̇)アッ 

お久しぶりでございます!

予定通り、本日から投稿を再開していきます!

今後、色々と書籍化に関する情報を開示できるよう、更なる努力を重ねてまいりますので、どうぞよろしくお願い致します!!!


作品が面白かった、続きが読みたい、と思っていただけましたら、

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また、どんなことでもけっこうです。作品へのご意見・感想もお待ちしております。


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