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温泉で癒されるとか思ってたのか?クッソ甘いで小僧

 いかに地元と比べて涼しいなどと言っても所詮は夏。


 日中にギラギラオラオラしてたお天道さんは、海の果てに沈もうが下界の生き物たちに許し難い熱帯夜という置き土産を残していきやがるのである。

 

 コンビニからの帰り道。偶然出会った小気味いい少女とラブコメ的な展開が繰り広げられるなどと思っていたわけではない。

 いやほんのちょっぴりくらいは期待もした。しょうがないじゃん男の子だもの。


 だがしかし。

 コンビニからの帰り道。温泉目指してえっちらほっちら来た道を引き返していた太一。

 先程まで少し先を歩いていたはずの少女は、いつの間にやらずっと先。向こうは軽快な足取りで、こちらは手に荷物を抱えてドスドスと……


「大丈夫~?」

「だ、だいじょうぶ……」

「ゆっくり来なね~」


 おかしい。最近は早朝のランニングやらプールやらフィットネスゲームやら不破たちギャルにぶん回されるやら……体力増強の習慣も身について、実際太っていた頃と比べても格段に体が動くようになっていたはずなのに……


 ……め、めっちゃ疲れる。


 海岸からここまで、温泉への道のりはとにかく登坂につぐ登坂。

 手に食い込む荷物を抱え直し、太一は先行く少女の背を見遣った。


 ……は、速い。


 地元民であるというのもあるのだろうが、それにしたって坂を上っていくスピードが速かった。徐々に距離は離され気付けば街灯2つ分。

 決して動き易い格好をしてるわけではないはずなのに、少女はカモシカのようにポンポンと歩調を変えることなく歩みを進めていく。


 最初こそ買ってきたスイーツを食べながら無駄話に興じる余裕もあったのだが……いつの間にか状況が変わっていった。

 はじめこそ太一も彼女に置いて行かれまいと小さな背中に張り付くように脚を速めて上ったが、これが間違いの元だった。足取りは徐々に重くなり、少女の背中にすがるどころかついていくのもやっと……

 しまいには距離を開けられ御覧の有様だ。


 服は汗を吸い重くなり、額からこぼれる雫が目じりを掠めて視界を奪う。

 これは実に、この先の温泉が楽しみになるというもの。体を酷使した後に浸かる湯船はさぞ快感。極楽へと太一を誘ってくれることであろう。


 しかしどうしてこうなった。待ち時間の間のちょっとしたお散歩気分で出てきたはずなのに。現在進行形でまるで軽い登山にでも挑戦しているようではないか。

 両手が自由に振れないというのもまた太一の体力を消耗される要因のひとつだった。いやまさか本当にこれが呪いの装備に化けるとは。いっそ今すぐこの中のものを全て胃袋にインして両手を空けてやりたい。


「ほ~ら! ここ昇ったらすぐだから! ガンバレ男子~!」

「うげぇ……」


 視界を上げると、そこはもはや壁にしか見えない急坂……少女の姿はすでに坂を上り切った先にある。


「あーし、先に行ってるから~! てかもう急がないと入れんくなるし~!」


 そう言って少女は太一に背を向けて、先程よりも脚の速度を上げて太一の視界から消えていった。


 見えなくなった背中をあとに太一は思わず「ええ~」と唸る。


 もういっそここで一休みしてから再起動しようかとも思ったが……


 ポコン、とポケットが震える。疲れた表情で取り出してみれば、


『おせぇ!』の文字。海岸で涼子からメッセージを受け取ってからすでに15分近くが過ぎていた。もう踏んだり蹴ったりである。


「う~……」


 太一は止まりかけていた脚に鞭打って坂を上り始める。

 15分程度の坂道と侮るなかれ。如何に舗装された道路であろうと、坂道は闇雲に上ってはいけない。短い距離ならそれもいいのだが、これが長く続くと体力自慢の人間であろうと音を上げてしまうことがある。

 なぜそうなるのかと言えば、要はペース配分を盛大に間違えやすいのだ。それが今もって太一が疲れ果てている原因だ。

 

 太一がこの事実に気付くのは、これからちょっとだけ先の話である。


「――はぁ、ついた~」


 少女に遅れること5分。ようやく温泉に戻って来た。膝に手をつき肩で息する憐れな強面。ランニングをやり始めて間もない頃を思い出す。


「おっせぇぞ宇津木!」

「う……不破さん」


 温泉の入り口には不破が立っていた。風呂上がりで髪をまとめている。露わになったうなじがちょっぴりセクシー。

 しかし顔つきはちょい険しい……色気より怒気の方が勝ってやがる。相変わらずラブコメにならんヒロインだ。もはや安定感がある。

 周りに他の者の姿はない。待ちきれなくて出てきたのだろう。まさか心配して待っててくれていた……なんてことはあるまい。太一もそこまで淡い期待を抱くほどお花畑やってない。


「どこまで行ってんだよ。待っててもなかなか帰ってこねぇし」

「ごめん。ちょっとコンビニまで距離があって。あとこの辺、坂がけっこうキツイっていうか、すごくて……」

「は? ……うわ、マジだ。てかあんためっちゃ汗かいてんじゃん」


 スマホでコンビニまでのルートを見せると、さすがに不破も納得してくれた。


「はぁ……んで、頼んでたもんは?」

「あ、これ」


 と、不破が手を伸ばし買い物袋を受け取ると、そのまま中へと入って行ってしまった。すると、


「悪かったな。歩かせて」

「え? ああ、いや。大丈夫だから――っと!?」

「りょうこんじゃねぇけど、ちゃんと水分とれよ。ぶったおれても運んでやんねぇかんな」


 そう言って、不破はコンビニ袋からスポドリを太一に放り投げて中に入って行った。

 

「あ、おつり!」

「いいよ。どうせ数百円だろ? やるよ。歩かせた駄賃。てか他の奴の分ももらっちまえば?」


「ええっ!?」と驚く太一を無視して、不破は「そろそろ風呂入れ替えじゃね。さっさと入って来いよ。あんた汗くせぇし」と女性陣たちの下へと戻っていく。


 時刻は9時50分より少し前。あと10分ほどで入れ替えだ。先ほどの少女の姿はない。今頃は大急ぎで温泉に入っている頃だろうか。


 太一は宿のロビーで順番を待ち、その間に不破たちは祖母の家へと戻っていった。不破からの思いがけない労いの言葉に、太一はちょっとだけ内側がふわふわする。


 ぼうっとしながら、なんとなくロビーの中を見渡してみる。日帰り入浴可能。酒類ばかりが並ぶ自販機、その隣には一般飲料の自販機もあるが、コンビニで買うより割高だ。不破たちが太一に買い物を頼んだのはこのあたりが理由か。 

 最近なんでも値上げの世の中。限られた小遣いでやりくりしている学生からすれば少しでも安く済ませたいと思うのが人情である。

 だからこそ、先程の不破の対応にちょっと驚いたりもしたのだが。


「――ふぃ~、さっぱりした~」


 奥に見える暖簾から、赤ん坊のように頬を赤くした例の少女が出てきた。

 髪を乾かす時間はなかったのか、しっとりと湿り気を帯びたままの頭にはタオルが掛かっている。

 少女はロビーの女将さんに「人いなくなったよ~」と声を掛けた。女将さんはちょっと呆れた様子で、


「あきちゃんってば、ほんとにギリギリだったわねぇ。ちゃんと浸からないと体温まらないのに」

「いいのいいの。あーしのぼせやすいから。うちでもいつもこんな感じだし」

「はぁ……さて、それじゃ入れ替えの準備しちゃいましょうかね。お客様、もうしばらく待っててくださいね」

「は、はい」


 女将さんが脱衣所から浴場、露天風呂まで人の有無、女性客の忘れ物などがないことを確認した後、ようやく男性客の順番が回ってきた。10時は少し過ぎているが、これは田舎特有のルーズさか……


「大変お待たせしました。どうぞごゆっくり」


 女将に促されて、太一はようやく脱衣所へ。

 暖簾の掛かった扉の脇には立て看板。男女での入れ替え時間が記された注意書きが張られている。夜の10時から深夜2時までが男性の入浴時間になっているようだ。念押しに入り口にもリバーシブルで『男性利用中』、『女性利用中』の札が掛けられている。


 女性用を示す赤い暖簾をくぐって脱衣所へ。さすがに入れ替え直後ということもあってか、太一以外に人の姿はない。完全に貸し切り状態だ。

 人目があるなかで服を脱ぐというのは、陰キャにはなかなかに気が引けるもんである。

 しかし今は誰の目も気にする必要がない。太一はパパっと服を脱ぎ捨て、いざ温泉へ!


「おお~」


 もわっ昇り立つ湯気に迎えられて、ぱっと開けた視界には広々とした湯船。積まれた木桶に、木製のバスチェア。奥にはサウナ、ガラス張りの窓の外には露天風呂が見て取れる。

 やはり人の姿はない。今なら童心に帰って温泉で水泳をしても怒られまい。いややらんけど。


 掛け湯したのちに頭と体を洗い、いよいよ湯船にドボン。


「はへぇ~~~」


 温泉に入った瞬間に体から力が抜ける。ぐにゃんと筋肉が弛緩し、思わず喉から声が漏れてしまった。


 至福。ちょっと熱めのお湯。ポカポカと芯まで温められていく。疲れた体からどろんと疲労が溶けだしていくかのようだ。


 ……気持ちいい~。


 一人きりで大きなお風呂を独占しているこの解放感。太一は額にしっとりと汗を掻き始めたところで、視界にサウナが飛び込んでくる。


 ……久しぶりに整えようかなぁ。


 そう考え始めたら体が自然と動いていた。湯船から一直線にサウナへGO! 肌を刺すような強烈な熱気を浴びて太一は妙にテンションが上がる。


 最近はずっと落ち着いて過ごせる時間などなかった。不破に始まり鳴無とのいざこざ等々。

 不破に連行されてスパリゾートを訪れて以降、あまりゆっくりとサウナを利用できる機会に恵まれなかった。まるでそんなこれまでを穴埋めするかのように、太一はサウナを満喫する。


 極限まで熱で苛め抜かれた体、汗を洗い流して今度は冷水に身を浸す……ぎゅっと心臓まで鷲掴みにされるような冷たさに一瞬体が引き締まり、次第に力を抜いていく。


 そしていよいよ、セットのラストに外気浴!


「――はぁぁぁぁ~~~」


 熱、そして冷水という極限状態にあった体は、夏のほんのりと温い空気さえも心地よく感じてしまう。

 真っ白なプラスチック製の椅子……座った瞬間はわずかにひんやりとしていた感触も、すぐに太一の熱で温められてちょうどいい温度に。


 外気に肌を惜しげもなく晒し、抜ける様な夜空を見上げて脱力……もう最高である。


 ……やっぱりサウナっていいなぁ。


 あと少ししたらもうもう一回。サウナは合計で3セットが基本。露天風呂の壁に設置された時計を確認し、太一は再度サウナへと、


「――でさ、今日部活で先輩が張り切り過ぎてぶっ倒れちゃってさぁ」

「っ!?!?!?」


 浴場へ戻ろうとした扉をすこ~し開いた直後。唐突に聞こえてきたのは、女性の声……いやいやそんなまさか。

 今どきは女性っぽい声を出す男性声優とかもいるしきっとそんな感じでちょっと変わった声質の持ち主が入ってきただけ……


「てかアタシ水泳部じゃん? 部活してると男子の視線マジでキモイんだけど」

「そりゃんなデカいもん付けってからじゃんw。なんていうの? 有名税的な?」

「それ絶対意味違うから。ケイコも同じ目に遭えば分かるって。マジでチラチラ鬱陶しいから」


 ふぁぁぁぁぁぁっ!?


 そんな希望的観測は当然のごとく通用するはずもなく、縋りついた糸は華麗に全焼。塵も残さず燃え尽きた。

 視界に捉えたのは3人の女子。一瞬だけチラっと見えてしまったうら若き女性の肌に、太一の内心が絶叫するビーバーみてぇな有様に。


 ちなみにアレって実際はビーバーじゃなくて、マーモットというげっ歯類である。ひとつ賢くなれたね。

 まぁビーバーだろうがマーモットだろうが夢の国にいるデカい黒ネズミだろうがどうでもいい。


 現実逃避しようが扉越しの桃色パラダイスは変わりない。なるほど今この瞬間、異次元から矢〇先生とか瀬〇先生あたりがご降臨してしまったようである。


 ラッキースケベとは太一もなかなかにラブコメに愛され始めたようではないか。なによりなにより。

 

 しかし現実リアルはそんな甘いもんじゃない。


 ……な、なんで!?


 今は男性の利用時間になっているはず。案内にもそうあったし、なにより入り口には札も掛かっていたではないか。

 ではなぜここに女性客が入ってきちゃってるのというのだ、もう脳みそが色んな意味で沸騰しそうである。誰かこの状況の一割でも説明してくれ頼むから!

 

 ……どどどどどど、どうしよう!?


 これは果たしてどうしたものか。太一の記憶違いでない限り今は絶対に男性の入浴時間。ならばあの女性客(会話の内容から学生と推測)側に非があり、太一にはなんら後ろめたいことはない。

 しかし……しかしである。女性が男性の裸を見る、男性が女性の裸を見る……どちらの方が世間からの風当たりが強いかなど、もはや語るまでもないであろう。

 

 ……と、とととにかく隠れないと!


 こうなったらどっちに非があるかなどという倫理的思考は後回しである。一も二もなくまずは身を隠す。自身の存在がバレれば確実に面倒なことになる。


 露天風呂は浴場から丸見えだが、太一が外気浴していた椅子はちょうど彼女たちから死角になっていたようだ。

 不幸中の幸いというか、逆に彼女たちが太一に気付くことなく中に入ってきしまった要因というか……


 太一は露天風呂を見渡し身を隠せる場所を探す。


 が、解放感はバッチリ。視界を遮れるものはなく、もしも彼女たちが露天風呂に出てきたら、

 

 ……あれ、これ詰んでない!?


 太一は窓からできるだけ離れた壁に張り付き心臓バックバクである。なるほどスニーキング中のス〇ークも現場ではこんな心境なのか。なんというかもうこのままいくと逆に心臓が止まりそうである。


「あ、露天風呂いかね? ここの風呂ワタシちょっと熱すぎて苦手なんだよねぇ。外の方がちょい温いじゃん?」

「~~~~~~~~っ!?!?!?!?」


 なにぃぃぃぃぃぃっ!?


 よもや……よもやよもや!

 ここまで太一にとって都合の悪い展開が立て続けに起きるというのか!?

 なんでよりによってこっちに来るん!?

 しかも中の湯船には一切浸からずチョクである。これはもはや逆の意味でご都合主義が働いているとしか思えない。矢〇神の加護……というかここまでくるともはや呪いである。


 ……ちょちょちょちょちょちょちょ!?!?!?!?


 もはや思考回路が冷静に仕事をしてくれる段階ではなくなった。

 あと数秒の後に太一と彼女たちは確実にバッティング。


 太一にとっても彼女たちにとってもパンドラの箱状態となってしまった扉が、今――


「――いた! えっと……ごめん!(小声)」

「っ!?」


 開かれ、たのだが……扉から顔を出したのは例の健脚少女。彼女は太一を強引に壁から引っぺがすと、


 ――なんと露天風呂へと蹴り飛ばしたのだ。


 結果、太一は勢いのまま湯船に水柱を上げて沈む羽目に……


 とうかなんで蹴り!?


 湯船の中で、太一は目も脳も白黒させることに。もう訳が分からない。

 

 女性客の襲来、少女の乱入からの不条理な蹴り……状況は更に迷走を深めていくことに。


 

 Σ(゜Д゜;)

やっぱ現実恋愛に手を出したらこういうシチュエーション書きたいよね!?

すみません作者の趣味ですハイ……


【お知らせ】

日頃から、当作「やさいくないギャル」を応援していただき、誠にありがとうございます。

現在、こちらの「優しくないギャル」の書籍化に向けて鋭意作業中です。

そのため、なろうでの活動をしばらくお休みさせていただき、書籍化作業に集中させていただこうと思います。

作品の投稿をお待ちいただいている皆様にはご迷惑をおかけしますが、何卒ご理解を抱けますと幸いです。

本作の次回更新予定は、2月13日を予定しております。

また、長らく読者様をお待たせしてしまうことから、投稿再開後は物語をしばらく連続投稿できるよう執筆に励むつもりです。

どうか、今後も変わらぬお付き合いいただけますよう、

よろしくお願いします<(_ _)>


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また、どんなことでもけっこうです。作品へのご意見・感想もお待ちしております。

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― 新着の感想 ―
[一言] あれ、マーモットだったんだ…。 次回更新に関して了解です。 書籍共々楽しみに待ちます。
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