自宅に女子を招くイベントの緊張は絶対にコレじゃない
絶対にコレジャナイ感がドえらいことになっている。
自宅に女子が訪れるドキドキは果たしてこれで正しかったか?
これまで自宅は完全なセーフティエリアだと思っていたがまさかの事態が発生。よりにもよって太一にとっての毒沼、マグマ、或いは腐食エリアの化身が進撃してきたのである。
その名もクラスカースト(元)トップ不破満天。枕に元が付くとはいえこれまで決して関わってこなかった人種である。とてもじゃないが嬉々としてお招きできる相手ではない。
太一は迂闊な自分を呪わずにはいられなかった。なにがどうしてこうなった。唯一のくつろぎ癒しの空間にまさかのバグ混入である。
「へぇ。けっこう広いじゃん。うわ、テレビでか。つかゲーム機どんだけあんの?」
不破は太一の自宅に上がるなり遠慮なしに内装を見回していく。
ふとに目に留まったテレビの周辺。ラックの中やら周辺はゲーム機が複数台並んでいた。
大人から子供向けまで幅広いユーザーを獲得した某大手メーカー製品から、ゲームにどっぷりコアユーザー向けのハイエンドマシン、まだまだあるぞ海外勢御用達、ドンパチやろうぜ大人向けゲームが熱いマニアなハードまで。
他にも携帯型ゲーム機もラックの上ですべて充電中。コードが乱立もはやどれがどれかわからない。
不破はあきれ顔だがこればかりは仕方ない。ガチなインドア趣味は彼女にはあまり理解できない文化である。
趣旨思考は人それぞれ。本来そこには干渉しないのが理想であるが時には衝突だってするもんだ。
世の中やっぱり世知辛い。
なんとも言えない微妙な表情の不破に太一は居心地が悪そうだ。
「で、そのフィットネスゲームってどれ? 確かこれで遊ぶんだよな?」
「あ、うん。そう。ちょっと待ってて。今準備するから」
さすがに不破でも某大手人気ゲーム機くらいは知っていたようだ。世間では一時期転〇ヤーの餌食になり騒ぎにもなったハードである。最近は購入も容易になり件のフィットネスゲームも気軽に入手できるようになった。
嬉しい反面、今回のような事態を招いた張本人、いや張本物であるゲームに太一は準備を勧めつつ恨めしい表情をむけた。
「できました。最初に自分のプロフィールを入力して、運動の負荷を選択できます」
「へぇ、こんな感じなんだ。うわなにこの輪っか。めっちゃぐにぐにしててウケるw!」
などと笑っているが、そのぐにぐにがいかに腕の筋肉を苛め抜くために考案されたかを知っている太一は胃が痛い。
今は楽しんでいるようだがこのゲームがどれほど疲れるかを知ったらどんな反応をすることやら。
「えっと、年齢と体重……はっ!? 体重入力すんの!? マジか。まぁいいけど……って、お前は見んな!」
と、太一は後ろを向かされた。別に今さらな気もするが複雑な乙女心というやつなのだろう。不和を太一が乙女と認めているかどうかは別問題として。
「どれくらい運動しますか? え~と、『軽め』、『普通』、『少し強く』、『ガッツリ』……いやこれは『ガッツリ』一択っしょ」
「え!?」
「なに? なんか文句ある?」
「いえ、なにも……」
……だ、大丈夫かなぁ。
先日、姉のデータをやらされた時の記憶がよみがえる。あの時は自分に合わない運動負荷でやらされたせいで散々な目に遭った。
不破も彼と同じ轍を踏むのではないか。
太一はとりあえずすぐに水分補給ができるように準備だけしておくことにした。
ヨガマットの上で陣取った不破は軽快な音楽と共に始まったフィットネスプログラムに挑戦していく。
このフィットネスゲームはゲームエリアをジョギングで進行し、敵のシンボルにぶつかるとエンカウント、戦闘画面に突入する。ポップな見た目の敵が出現。プレイヤーはこれを多種多様な運動種目をこなすことでダメージを与えることができるのだ。
たとえば筋トレのビック3ことスクワットを一回達成するごとに、敵へのダメージが徐々に蓄積していく仕様となっており、一定値を超えると撃破である。
「っ――っ――っ――!」
不破は画面に表示されている種目から胸筋を鍛えることができる種目を選択。リング状のコントローラーを押し込んで敵にダメージを与えていく。
「ふぅ……」
無事に最初の種目が終了した。まだ敵は倒れていない。しかし同じ種目は連続で選択できないように設定されており、強制的に別の種目を選ばなくてはならない。
更にはこれがゲームである以上敵はプレイヤーに攻撃してくる。ダメージ量を軽減するにはこれまたフィットネスを駆使する必要があるのだ。
「よしっ! 次は……これ! ――――ふっ! ふっ! ふっ!」
次に選んだの足腰に効くフィットネスだ。画面に表示されているお手本とアドバイスを参考にこなしていく。
しかし言っても序盤の敵。フィットスの途中で敵の体力ゲージが底をつき、戦闘は不破の勝利となった。
「楽勝! でもあっち~」
この時点で既に不破の額には汗が滲んでいる。
序盤はチュートリアルということですぐに終了。
すかさず不破は次のステージに突入した。
――そして、ゲーム開始から実に30分後。
「はぁ、はぁ、はぁ……なにこれ、きっつ~!」
ステージが一区切りついたところで不破はヨガマットの上でドカッと体を横に投げ出した。
プール帰りに着ていたシャツは汗が染みこんで彼女の体にぴったりと張り付ている。
「だ、大丈夫、不破さん?」
「いやこれなんなん? マジでゲーム? あたし今すっげぇ体重いんだけど」
「あ、僕も最初は、不破さんと同じこと思いました」
「いやこれさ、マジ考えたやつ鬼なんじゃね?」
「あはは……」
苦笑するしかない。しかし同時にホッとした。てっきりまた「こんなゲームをやらせやがって」と理不尽な怒りをぶつけられるのではと思っていたが、それは無事に回避されたようだ。このゲームは決して理不尽を要求してくる仕様ではないが実際以上に体を酷使する。普段運動などしないような人間がプレイすれば大抵の場合いまの不破と同じ状態になるだろう。
「宇津木~、水もってこ~い」
「はい。これ」
「うぃ~、サンキュ~」
事前に飲み物を準備しておいて正解だった。太一はすぐに経口補水液のペットボトルを不破に手渡した。
彼女はのっそりと起き上がるとペットボトルの中身を勢いよく喉に流し込んでいく。
「ふはっ……ああ、温いけど生き返る~。てか、服汗でやば」
シャツの胸元を指でつまむように持ち上げて不破は顔をしかめる。
と、今度はシャツの裾をパタパタとはためかせて中に風を送り込み始めた。
「ちょ、ちょっと不破さん」
「ああ~、なに?」
「あの……それはさすがに……」
「あ? あぁ。いや、つか見てんじゃねぇよ変態」
「す、すみません」
「はぁ~、ほんとキモイ。でもあっち~むり~」
理不尽に睨まれてしまう。顔を咄嗟に逸らして背後からの罵倒に胃を委縮させた。
「宇津木~、扇風機とかねぇの?」
「あ、あるけど」
「じゃあ持ってきて~。全然あせひかないし~」
「う、うん」
と、太一が隣の部屋に保管してある扇風機を取りに行こうとした瞬間、
「ただいま~」
「っ!?」
玄関から姉の帰宅を知らせる声が聞こえてきた。
……や、やばい!
姉が帰ってきてしまった。すぐさま時計を確認。時刻は7時少し前。いつのまにか結構な時間になっていた。
ゲームのプレイ時間自体は30分程度だが、準備や今までのやりとりでなかなかに時間が進んでいたようだ。
姉の帰宅は大抵6時半から7時を少し過ぎるかくらいだ。
不破の来訪で完全に失念していた。
「う~ん? 誰か来たん?」
「あ、あの不破さん! ちょっと隠れてもらっていいですか!?」
「は? なんで? イミフなんだけど」
「で、ですから~」
家に知らない女子を招いた(強引に押しかけて来た)今の状況を姉に見られたらどう思われるか。
彼女との関係は間違いなく追及される。しかしなんと説明すればいい?
――ここ最近彼女のパシリのような立場になってダイエットに協力させられています?
できるわけがない。
姉に心配を掛けたくないという思いはもちろん、そんなカッコ悪い姿を家族に知られるなどということも当然避けたい。
いくら太一とて男としてのプライドくらい爪の先程度は持ち合わせているのだ。
足音が近づいてくる。もうこうなればなりふり構ってる時間は、
……とにかく隣の部屋に!
太一は不破の腕を掴んだ。一も二もなく部屋を移動してもらうために。
「はっ!? ちょっ!?」
「あとでいくらでも怒られますから! とにかく今は隣の部屋に!」
「いやだから意味がわかんねぇっての!」
抵抗する不破。女子の腕を掴かむ太一。しかし太一の奮闘虚しく、
「はぁ~……疲れた~。太一~、今日の分の運動……――は?」
部屋の扉が開かれると同時に、涼子は弟と見慣れないギャルの二人を視界に納めて固まった。
弟が部屋に女子を連れ込み、今まさに彼女の腕を掴んでいる。
「あ、ち~す。お邪魔してま~す」
「あぁ、うん。え?」
誰? と聞くよりも先に、涼子の視線は太一に向けられた。
どういうこと? と目で問い掛けている。が、太一も姉を前に完全にフリーズ。しばらく部屋にはテレビから流れてくるゲームの軽快な音楽だけで満たされた。
が、涼子は「あ」と声を出すと、なにやら妙に納得したような顔になり、「ああ、そういうことね」とひとり首を縦に振った。その顔は妙にニヤついたものになっている。
「こんにちは。太一の姉の涼子です」
「ちす。不破満天っす」
「不破さん、ね。弟と一緒にゲームしてたのかしら?」
「そっすね。でもこれめっちゃ疲れて全身汗まみれでめっちゃ気持ちわるい~」
「ああ、それね。初めてだったのかしら? よかったらシャワー使う?」
「え!? マジで! めっちゃ助かる~!」
「ええ!? ね、姉さん!?」
「廊下に出て右側に引き戸があるから、そこが脱衣所ね。着替えはあるの?」
「ああ~、さすがにないかな~」
動揺する太一を前に涼子は不破と挨拶を済ませるとあれよあれよと話を進めてしまう。完全に置いてけぼりの太一は状況を黙って見守るしかできなかった。
「それじゃ、服は洗濯して、帰るまでに乾くようにしておくから、悪いけどそれまで私の服を着ててもらっていい? あと、下着は未開封の下なら用意できるけど、上は多分サイズ合わないからちょっとだけ我慢してね」
「別に問題ないすよ。つかなんか色々としてもらってこっちが申し訳ないっていうか」
「ああ気にしないで」
「あざます! それじゃシャワーお借りしま~す!」
「は~い。あ、匂いとか気しなければシャンプーとかコンディショナーとかも使っていいからね~!」
「ありがとうございま~す!」
不破は涼子と軽い調子で言葉を交わすと、宇津木家の脱衣所に消えていった。呆然とそれを見送る。まるで通り雨のような慌ただしさだった。
「いや~、なんかああいう感じも久ぶりねぇ。しっかし、あんたがまさか家に女の子を連れ込むなんてねぇ」
「え? あ、いやちがっ!」
「いいからいいから。隠すな隠すな。あの子なんでしょ? あんたが前に行ってた、ダイエットを始めるきっかけになった『好きな子』って」
「いやそれは姉さんの勘違、」
「それにしてもまさかあんたがああいうタイプの子が好みだったとわねぇ。ちょっと意外だわ」
「だ・か・ら! 僕の話を聞いてってば~!」
ひとり勘違いを加速さていく涼子。その表情は新しいおもちゃを与えられた子供のソレであった。
太一の声は虚しく響き、テンションの上がった涼子の耳を華麗にすり抜けていく。
誤解は解けぬまま、太一は涼子から「あの子がシャワー浴びてる間に、あんたもさっさと今日の分のプレイ済ませちゃいなさい」と促され、太一はそれどころじゃないと思いつつ、その言葉に逆らうこともできずに今日の分のノルマを消化させていく。
クラスの女子がシャワーを浴びている状況にまるでドギマギすることもなく、逆にこれからどうなってしまうのかという不安に心臓がドッキドキである。
……これ、絶対に家に女子を招くイベントのドキドキじゃないよなぁ。
なにか色々と間違えている。
そんなことを思いつつ、太一は先程まで不破の握っていたリング状のコントローラーを手に、全てを忘れるように今日のプログラムに取り組んだ。
【 TV 】 グネグネ〇(-ω-;)ウーン
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ちょびっとずつ上ってる!?
皆様! 本当にありがとうございます!!
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