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ベタな展開などと言われてもそれが普通にウケるんです

「――え? 故障、ですか?」


 祖母の家から少し坂を下った先に建つ一件の温泉宿。

 日帰り入浴可能な2階建て木造建築。節目の目立つ外壁は年月を重ねて色濃く変色、夜の闇にあっては真っ黒な建物と勘違いしてしまいそうな外観だ。どっしりと土地に根を下ろした大木を思わせる、趣深い宿である。


 が、その重ねて来た歳月が故に……


「ごめんねぇ……一昨日から男湯の湯口から温泉が出てなくなっちゃったのよ。修理の依頼は出してるんだけど……今はちょっと利用できないわねぇ」


 設備も年を重ねればいずれはガタが来る。しかしなんとも間の悪い。聞けば太一たちが訪れる数日前からお湯の出が悪くなり、先日ついに止まってしまったとのこと。


 年配の女将さんは「明日からかき入れ時なのにねぇ」と溜息をひとつ。


 この辺りは夏の時期ともなれば海水浴客たちで盛大にぎわい、当然宿への予約も増える。明日、明後日は利用する客の数も最高潮。俗にいうかき入れ時というヤツである。

 しかしよりにもよって、そんな時に温泉設備のトラブルに見舞われようとは。己の不備を嘆くか、不運に天を仰ぐほかない。

 これは確かに溜息のひとつも出てこようというものだ。あまりにもタイミングが悪すぎる。


「そうわけでね。今は時間帯で男女の入浴を区切らせてもらってるのよ。今だと女性客の番かね……次の入れ替えは10時になるから……え~と、申し訳ないけど、そっちのお客さんは時間を貰っちゃうことになっちゃうわねぇ」


 女将は太一をチラを見遣るも、頬を強張らせてすぐに涼子へと向き直る。今日も元気に太一の顔は悪さをしているようである。もはや平常運転。だんだんこんな反応にも慣れて来た太一である。人間自力でどうにもならないことは諦めるに限る。


「そうですか……っていうことだけど。太一、どうする?」


 涼子が太一に振り返って問い掛けた。現在時刻は9時少し前。太一が入浴するのにはあと1時間は待たされることになる。


 だが、せっかくここまできたのだし。


「まぁ仕方ないし、僕はその辺をちょっとブラブラして時間潰してるよ。10時には入れるんですよね?」

「え、ええ。もちろん」

「じゃあ僕はしばらく外に出てるよ。時間になったら戻ってくるから」


 久しぶりの遠出。たまには童心に帰って周囲の散策などしてみてもいいかもしれない。

 それで、太一が入浴している間に女性陣には先に祖母の家に戻ってもらおう。太一の帰宅時間は遅くなるが、事情があるのでは仕方ない。


 しかしどうも不破と一緒に行動するようになってからというもの、なにかとトラブルに見舞われる機会が増えたような気がしてならない太一。


 これは一回神社で厄落としをしてもらうことも視野に入れるべきであろうか……まったく、今からこの調子では厄年が来た時はこの世の地獄でも体験する羽目になるのではなかろうか。


「おい、宇津木」

「ん?」


 と、外に出ようとしたところで不意に不破から呼び止められる。


「外に出んならなんか適当にスポドリと食いもん買ってきて。甘いヤツ。マイがぐだったせいで行きで買おうと思ったてのダメんなったし。ほい」


 不破から野口を一人渡される。もはや太一の意見はガン無視だ。

 

「え~……ていうかあまり食べるとまた太るよ」

「したら運動増やしてして、お前んとこで食べるもんとか量の調整すりゃいいじゃん」


 どうにも不破は太一の家をジムかライ〇ップとでも勘違いしてやいないだろか。ただでさえ宇津木家での滞在時間がやたらと増えている現状。

 既に二回の長期にわたる外泊を許可してしまったあたり、ダイエット時の下宿先などと思われている可能性が高い。なにしろ自分の下着を人様の家のタンスに忍ばせておくような女である。太一としては、年頃の男女で半同棲生活を送る羽目になるのはこれ以上ご勘弁願いたい。


 しかしそんな状況にも関わらず現在の家長である涼子はなにも言わない。むしろ歓迎ムードさえ出す始末。どうやら身内イコール味方という図式はこの状況においては成立しないようである。


「あ、それじゃウチの分もよろ! とりあえず紅茶系! あとポテチね。味はウッディのおまかせで!」

「あら、それじゃわたしもお願いしちゃおっかな」

「じゃあついでに私も」

「ちょっと!? ていうか姉さん!?」


 ここぞとばかりに太一にパシリを畳みかけて来る女性陣。涼子までどこか悪ノリしているような気がする。

 なんだこれは、修学旅行気分か? 無駄にテンション上げやがって。だが生憎と修学旅行マジックの適用範囲外ときた。どいつもこいつも悪魔に見えて仕方ない。小悪魔じゃないぞ。そんな可愛げどこにもねぇ。


「まぁまぁそんなイヤそうな顔しないの。ほら、余計にお金渡しておくから、好きなモノ買って食べてなさい。暑いしちゃんと水分も取りなさいよ。あと、あまり遠くに行かない事。私たちがお風呂あがったタイミングで連絡入れるから」

「……了解」


 姉から手渡されたのは2000円。確かにこれならちょっとした贅沢が可能だ。しかしこれは買収といわないのだろうか。


「はぁ……行ってきま~す」


 女性陣からパシリにされて太一は外へ出る。「外に出る」などと余計なことを言ってしまった感は否めないが、まぁこれもある意味で太一の日常。溜息をつきつつとりあえず近くのコンビニを検索。すると、


「え~……なんか微妙に遠い……」


 ヒットしたコンビニは海岸沿いにあるらしい1件のみ。ここからだと絶妙に離れている。


「はぁ……行くか……」


 仕方ない、と諦めて地図アプリを頼りに海岸を目指す。一部が急坂きゅうはんになった通りを下って沿岸まで出た。


 地元と比べると夜の熱気も緩やかだ。晴れ晴れとした夜空では、我が物顔の月が眼下の海へとこれでもかと光を降らせている。まるで昼間の太陽と必死になって輝きを競り合っているかのようだ。

 しかし仮にそうだとしたら、随分と滑稽な話ではある。


 歩くこと15分弱……等間隔に並ぶ街灯の中、ひと際強い光を放ってコンビニがちょこんと営業していた。目の前は海。先ほどの温泉宿同様、ここも海水浴シーズンともなれば、昼間のうちはさぞ客で溢れることになるだろう。


 しかし今は、大きめの駐車場に車の姿はまばら。それが余計に物悲しさを演出しているような気がする。


 夜分のコンビニは太一以外に客は皆無。「らっしゃせ~」とやる気のなさそうな店員を横目に、達は目的のものを買い物カゴの中へと放り込んでいく。

 

 太一の分を含め、5人分のペットボトルに菓子類をいくらか。


 レジに持っていくと、やはりというかなんというか、


「ら、しゃいませぇ……」

 

 店員は声も尻すぼみになって、商品やレジ画面のみを注視して決して太一の方を見ようとしない。自分たち以外いない店内。店員は備え付けのちっさな防犯盾の位置をチラチラと確認している。

 太一はただ買い物をしてるだけ。しかしなにもせずとも顔面だけで強盗未遂が成立しそうな雰囲気である。

 

「ありざしたぁ……」


 もっとも、この場で犯罪者が生まれるわけもなく、ただヤ〇ザみたいない男がくっそ重たいコンビニ袋を装備しただけである。

 買った防具は装備しなけりゃ意味がない、とは言うが。腕に食い込んでダメージを与えて来るこんな呪いの装備は御免被りたいもんである。

 それもパシリで装備させられた物ともなればなおさらだ。


 せめてもの抵抗にと、ちょっとお高いコンビニスイーツをこっそりと買ってやった。それも2つ。あとでひっそりと食べやる、と小さな抵抗を試みる太一である。なんともみみっちい……


 沿岸は慣れない潮の喧騒に満ちていた。嗅ぎ慣れないニオイ、音……砂浜と通りとを隔てるブロック塀のせいでここからだと海は見えない。


 ふと少し先のカーブ手前、塀の上へとあがれる階段を街灯の下に見つけた。あそこに登って海を見ながらコンビニスイーツにパクつくというのもなかなかに洒落ているのではないか。

 なんて、いつもと違うシチュエーションに太一は少し浮かれた足取りで階段へと歩みを進める。


 が、ちょうどカーブに差し掛かったところで、


「――うん?」

「え?」


 暗がりから街灯の灯りに一人の女性が姿を見せた。ここに来るまで全然人とすれ違わなかっただけに、彼女の登場には少し驚かされた。

 それは相手も同じなのか、中世的な面立ちの中で2つの瞳が僅かに開かれている。

 

 色素の薄い長髪。不破や鳴無と比べて随分長い。毛先が遊び過ぎないように申し訳程度に結わえられている。肩が剥き出しのワンピースの上からカーディガンを羽織った出で立ちは、どこかお嬢様然としているように見えた。

 しかしお嬢様というには些か儚さに敬遠されているというか、むしろワンピースの裾を破いて今にもアクションシーンでも決めそうな力強さを彼女からは感じる。

 

 とはいえ現在時刻は9時20分。女性が一人歩きするには些か考えさせられる時間。それもこんな人通りの少ない場所ともなればなおのこと。

 しかも不意にバッティングした相手はよりによって顔だっけはいっちょ前に悪人やってる太一ときた。

 ここ最近の調子で行けば、ここらで悲鳴の一つも上がって女性に逃げられて終わり。そんな未来を予想する。

 

 が、彼女は夜半に出会った悪人面にもコテンと首を傾げ、


「ふむ」


 などと、あろうことか太一の顔をまじまじと観察してきたのである。

 避けたり逃げられるといった反応をされるのは確かに傷付く。しかし逆にこんな風に注視されるというのも、なかなかに落ち着かない。


 太一も思わず「なに?」と問い掛けそうになる。が、それより先に眼前の相手の方が一手早く口を開く。


「ねぇ? 君さ」

「は、はい?」

「あーしと、どっかで会ったこと、ある?」


 ふむ。この切り口はなんと表現したものか。逆ナン、と言う割には少女の雰囲気には軽薄さを感じない。

 だが生憎と、太一の記憶には彼女の容姿に引っ掛かる外観をもった女性はいない。試しに脳ミソの引き出しを引っこ抜いて内部メモリーを漁ってみても、ここ最近の騒がしすぎるギャルの面々に占領されて昔の曖昧な記録は遠く霞む有様だ。


「いえ……ない、と思いますけど」

「ふ~ん。そっか。でも君、この辺じゃ見ない顔だよね。もしかして旅行?」

「あ、うん。旅行……というか。おばあちゃんの家に帰省してて」

「ああ、なるほど。お盆だもんね」

「は、はい」


 見ず知らずの相手。だというのに二人は通りに突っ立って言葉を交わす。普通はお互い、ただすれ違って終わるだけ。


「てかお兄さん、めっちゃ顔怖いね。すれ違ったのがあーしじゃなかったら通報されてるんじゃない?」


 さっぱりと言う。普通に失礼。しかし太一はただ苦笑で応じた。

 しかし少女は逆に、「ん?」と目線を上げて、


「なに言ってんだあーし……?」


 と自分で自分の行動に疑問を投げた。


「ごめん。ちょい気安かったかも。怒った?」

「う、ううん。大丈夫。慣れてるから。はは……」


 ここ最近は気安さの塊というか爆弾みたいな女子に囲まれて生活している太一。さすがにこの程度では動じなくなってきた。なんとも嫌な成長だ。ドラゴ〇ボールみてぇな前向きなパワーアップインフレにあやかりたいもんである。


「随分と大荷物だけど。これ全部ひとりで食べるん?」

「いやいや。僕はただ頼まれただけで」

「ああ、パシリか」

「もうちょっとオブラートに包んで」


 ……なんだろ、この子……ぐいぐい来るっていうか……でも、なんかちょっとだけ、話しやすいっていうか。


 不可思議な感覚だ。

 

「はは。ごめんごめん」

「うん……はは……」

「いやぁうん。買い出しお疲れ」

「ありがと……君も買い物?」

「ううん。なんていうか……あーしも明日は誕生日だってのに、色々と面倒事が多くってさぁ。ちょっと逃げてきてみた、って感じ?」

「そうなんだ」

「うん……って、初対面の相手になに言ってんだろうって話だね。あーし、そろそろ行くわ」

「はい……あ、そうだ」


 太一はおもむろに袋を漁り、自分で食べようと思ってたちょっとお高いコンビニスイーツを取り出す。


「1日早いですけど……その、誕生日、おめでとうございます」

「……」

「え、と」


 少女はコンビニスイーツと太一を交互に見やり、「なんで」といった表情。太一も、自分がいきなり馴れ馴れしい真似をした事実に内心で驚いた。


「あ、ああっ、ごめんなさい! いきなりこんな風に渡されても迷惑でしたよね! あはっ、あはは……」


 顔を熱くして誤魔化すように笑う太一。すぐにスイーツを引っ込めようとするも、それより先に彼女の手がふっと伸びて、


「あんがと。貰っとく」

「あっ……い、いえ! その、つまらないものですが!」

「ぷっ……あはははっ! なにソレ! つまらないもんなら渡すなし! あはははっ!」


 カラッとした個気味いい笑いだった。最近はどうも(笑)ばかりな相手たちと接してきただけに、こういう感覚はなんとも新鮮だ。


「はぁ……なんだろ。ちょっと懐かしい感じ……ねぇ、帰省したって言ってたけど、実家この辺なの?」

「あ、いえ。坂の上の方にある家で。今はちょっと温泉に入ろうしてたんだけど……」


 太一は温泉宿の機材不調とコンビニに買い出しに出た経緯を簡潔に説明していく。


「ああ。確かにちょっと前から調子悪いっ、てマツさんとこぼやいてたかも。あらら、ついに逝っちゃったか~」

「みたいですね」

「で、君はその煽りを喰らったわけだ。それは災難……でも、温泉か~……せっかくだし、アタシもドボンって入ってこうかな~」

「え? でも」


 あと30分で入れ替えの時刻である。ここから戻ってもあまりゆっくりと温泉に浸かることはできないだろう。


「ああ大丈夫大丈夫。あーしめっちゃカラスだから。パッと入ってパッと出て来るし」

「ええ……」


 ……なんか、もったいなくないかな。


 と思うものの、或いは地元民からすると近場に温泉があるからこそそこまでありがたみもないのかもしれない。


「さ~て、それじゃ行くかな。君はどうする?」

「う~ん……僕は、」


 と、返事をしようとした太一のポケットでスマホが震えた。取り出しって見ると、姉からのメッセだ。


『皆上がったよ』


 とのことだ。なんとも、絶妙なタイミング。


「僕も戻るよ」

「そっか。じゃあ、まだしばらく一緒だ」

「です、ね」


 少女は太一の渡したコンビニスイーツをフリフリしながら、ニッと笑みを浮かべて歩き出す。

 太一は彼女の少し後ろを着いて行き……


 その感覚に、またしてもどこか懐かしい……記憶の片隅から顔を覗かせる過去の残り香を感じ取った。


 

 (´-ω-`)

よ・う・や・く!

エンカウント!

うん、良い感じの雰囲気デスね!!


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