たまに本気で「もういいだろっ」って叫びたくなる
はてさて傍目から繰り広げられたバイオレンスな一幕(勘違い?)も一段落。特にお巡りさんの登場もなく、どうやら太一のブタバコ行きはしばし先まで持ち越しとなったようである。
皮肉というか、限りなく危ないリーチは掛かっていたように思えるが誰も振り込んではこなかった。結局アガることもないままテンパイで終了。意外と太一にも悪運というヤツがあったらしい。
しかし安心したのも束の間。店員を捕獲できたとしても、そんなもんはこれから始まる本番に向けての前哨戦でしかない。
なにせここから太一は店員のアドバイスのもと、ギャル3人の水着を選ばなくてはならないのだから。
いまだプルプルとチワワばりに小刻みに痙攣している店員を相手に、太一は事情をどうにか説明しようと口を開く。
「え、えと……その………………じょ、じょじょじょ……女性用の、み、みみ、水着の選び方を、お、教えて……いただきたく……」
音飛びするCDもかくやと言わんばかりにしどろもどろになりながらも、どうにか要件を説明しようと必死の太一。今更ながら男の自分が女性用の水着に関する問いかけを誰かにするという行為が、どれだけ恥ずかしいか思い知る。
「え、え~と……お、お客様が着用する……ということでは……」
この店員は自ら地獄絵図でも描くつもりか。或いは新たなる扉を客に提供する伝道師きどりかもしれない。太一もこれには全力で否定の態度を示す。
「いやいやいやいやいや!!」
「で、ですよね~。そ、そうなりますと……か、彼女さんのプレゼント、とか~」
しかしさすがにこの店員もそこまで頓智気な思考回路はしていなかったようだ。とはいえ店員は必死に笑顔を取り繕おうとしているようだが、さっきから口角が死に掛けの魚よろしくぴくぴくしっぱなしである。
お互いにカバディでもかましそうなポージングでなにやら妙な雰囲気を醸し出す。相手の出方を窺って中腰になっている様はフル〇ウスな喜劇よりもなおシュール。しかし誰もサクラが笑ってくれないもんだから、なんとも虚しい状況だ。
そんな2人を見かねてか、さすがに鳴無がフォローを買って出る。
「すみませ~ん。実は彼に水着を選んでもらおうと思ってまして~」
「あ、そうなんですね~。学生二人で海水浴ですか~? 羨ましいですね~」
一見おっとりした雰囲気の鳴無の登場に店員の警戒心がいっきに下降する。アラートレベルがレッドを振り切っていたというのに、鳴無がお隣に立っただけでグリーンまで下がったようだ。これが顔面偏差値による格差社会というものか、解せぬ。
しかし店員は太一と鳴無をカップルと誤認したようで、彼を見る目つきも先ほどより幾分か柔らかく、
「いえいえ~。二人じゃなくて、彼と、わたしたち3人でお盆にバカンスで~す♪」
「いえ~い!」
「うぃ~す」
「……」
と、太一を取り囲むように現れた不破と霧崎の登場に店員の瞳に再び攻撃色が宿る。
男ひとりに女が3人。店員の太一に向けられる視線がまるでゴミでも見るかのように……なにを勘違いしているか手に取るようにわかるが、それはおおいに誤解というもの。
なにせこの場において肉食獣は、中央でいかつい顔して突っ立ている男ではなく、むしろ彼をとりまくギャル3人の方である。
しかしそんな事実が第三者に伝わるはずもなく、店員の目つきはさながらク〇吉くんを見るう〇みちゃんみてぇになっていた。眼精疲労かな? 眼圧がえぐい。目がガン開きになってめっちゃ怖いので今すぐやめていただきたい。
だというのにことの元凶である鳴無は事態に口元を押さえて笑いを堪えている。いっそ二度と開けないように縫い付けてやりたいくらいだ。
「ぷぷっ……やば、思ったより面白…………あ、店員さん。彼にはアドバイスだけで、あくまでこの子に選ばせてくださいね」
「は、はぁ……?」
よく分からないオーダーをされた店員は困惑顔。
「よ、よろしくお願いします」
「……では、とりあえずこちらに――」
果たして、店員の好感度が理不尽にも氷点下一歩手前のアウェーな状況下、太一は水着に関するレクチャーを受けることに。
ギャル3人の特徴に合わせて、この辺りから選ぶといい、というどこか冷たい声音のアドバイスに従い、太一はなんやかんやと絞り込まれた選択肢から彼女たちの水着を自分なりにチョイスしていった。
しかめ面した強面男子がファンシーな水着と真剣に睨めっこしている光景。ダメだ、面白過ぎる。
ニマニマと、不格好に踊る人形を鑑賞するかのようなギャル3人に対し、太一は消耗して干からびかけている。ここは水着売り場ではなく客を干物にする店だったとは恐れ入る。空調の効いた店内にいながらこちらをミイラ化させてくるとは。この店は太陽神かアヌビスあたりと業務提携か癒着でもしているに違いない。これがグローバル社会の弊害というヤツか。
太一は女性用水着を手に取るという羞恥に真っ赤な梅干し状態になっていた。
ギャル3人の下へと戻って選んだ水着をそれぞれに手渡していく。
「お、お願いします……」
「はいは~い♪ じゃ、さっそく試着してくるわね」
「ウチも行ってくる~」
「ぶっww、顔赤すぎてマジでウケんだけどww。んじゃ着替えてくっけど、マジでチョイス微妙だったら別に罰ゲームなww」
三者三様に試着室へと消えていく。彼女たちの背中を見送って太一は真っ白に燃え尽きた。思わず「もう、ゴールしてもいいよね」などと知らない天井を見上げて試着室の前にしゃがみ込む。
……疲れたぁ。
日々のランニングで鍛えた肉体も、こんな特異な状況下ではなんの仕事もしてくれないらしい。人間、時には体力よりも気力の充実こそ必要という事だろう。まるでくたびれたおっさんよろしく、若い女性に振り回される太一の姿は心なしか老いて見えなくもない。このまま天に召されたならば彼に運命を与えた誰かさんに一発キツイの入れてやらねばなるまいて。
「ウッディ、ウッディ」
と、試着室の隙間から霧崎が顔を出す。ちょいちょいと手招きされ、太一は内心ビクッと心臓を跳ねさせる。
思わず身構える太一。果たして霧崎から出てくるのは呆れか文句か嘲笑か……もはや太一の脳内はネガティブが埋めているようである。
「にしし……ウッディってウチにこういうの似合うと思ってんだぁ~?」
「う……ダメ、ですか?」
「ダメ、っていうか。なんか可愛すぎない、コレ?」
「え、ちょっ!?」
霧崎はカーテンを開けて「どう?」と首をかしげて見せる。
胸元の大きなフリルが特徴的なフレア・ビキニ。ボトムの形状もフリルの影響でどことなくスカートのように見える。トップとボトムのメインカラーは茜色、あしらわれたフリルの白がアクセントとなっており、僅かに下地の色が透けて見える。
胸元のフリルはボリューム感があって全体的なシルエットにメリハリが出るのと同時に、彼女の特徴でもある可愛らしさが前面に押し出されている印象だ。
天真爛漫なイメージの霧崎によく似合っている……ように、太一には思えるのだが。
果たしてこれは罰ゲーム。霧崎が気に入らないなら話にならない。
「う~ん」と霧崎は自分の姿を見下ろし、吟味するようにフリルを摘まんだり姿見で背面を確認してみたり……
……き、気に入らなかったかな?
反応の読めない霧崎の様子に冷や汗を垂らす太一。すると、
「ねぇ太一君……これちょっとサイズ小さくない?」
「ちょあっ!?」
霧崎の水着姿に気を取られていたところ、隣のカーテンが無造作に開かれ、中から水着に着替えた鳴無が艶姿を晒す。
鎖骨の辺りで紐が交差するクロス・ホルダー・ビキニ。寄せる様に保持された胸元にくっきりとした谷間を生み、セクシーな見た目になってはいるものの、色は彼女の黒い髪と対になる純白。中身はともかく外見だけでいえば清楚系である鳴無にはマッチしているように思われる……そう、これでほんとに中身も伴っていればナニも言う事ないのだが……
しかし実際彼女のサイズに合ってないのか鳴無はしきりに胸元やお尻の食い込みを気にしている。
ただでさえ刺激的すぎるほどメリハリの利いたスタイルをしている彼女。それが今ではピッタリとした水着に圧迫されてよけいに鳴無の女性的部位が強調されている。
「ていうか、てっきり太一君は前の水着選んでくると思ってたけど。ほら、あっちの方が君の好みだったじゃない?」
「い、いえ! 別に好みってわけじゃ!」
思わず顔真っ赤状態で否定に入る太一。しかし7月のデートイベント(トラウマ)の時に鳴無が太一の前で披露した水着ファッションショー……咄嗟に否定しつつ、あの時太一は数ある水着の中でもレースアップに惹かれていた。
ただ今回は……
「と、といいますか、僕の好みとかじゃなくて……鳴無さんたちが僕の選んできた水着を気に入るか、そうじゃないか、って罰ゲームですし……」
「ふ~ん……それで、わたしはこれが気に入るかも、って思ったんだ?」
「え、っと……それは……」
「ほらはっきりしろ男の子~。前みたいにまたグダグダになってきてるぞ~?」
「ぐっ……はい……鳴無さんが、気に入るんじゃないかって思って、持ってきました……」
「はいよく言えました~♪ ふ~ん……わたしがコレをねぇ」
「っ!?」
と、鳴無はホルターネックをくっと持ち上げ、ただでさえ自己主張過剰な自分の胸を持ち上げて見せる。圧迫された白い肌が今にもこぼれそうだ。
「うはっ♪ アイリめっちゃエロいんだけどww!」
「あら、そういうマイマイは随分と(胸をチラ見)ちっちゃ可愛いじゃん」
「おいこら今どこ見て言ったし」
試着室越しに霧崎と鳴無が互いの水着に盛り上がる。こうして見ている限り、どちらも取り合えず悪印象はなさそうな気がする。
が、まだこれで終わりではない。いや、太一にとってのある意味で一番の本命がまだ控えている。
「お前ら隣でうるせぇんだけど」
「っ……!」
「おっ、キララも着替え終わった?」
「ふ~ん……へぇ、なるほど。きらりんにはこの路線で行ったわけ」
試着室のカーテンを開けて姿を見せた不破。太一は思わず息を飲んだ。
彼女に太一が選んだのは一見すると鳴無と似た印象を抱かせる水着。しかし首の上で交差したクロス・ホルダーではなく、トップは下のバスト部分、逆にボトムは上の腰部にかけて布地が交差したデザインのクリスクロス・ビキニである。シックな黒のカラーが彼女の白い肌とのコントラストを生み、不破の雰囲気と合わせて非常にシャープな印象を与えて来る。
さすがにモデル業に従事していた経験があるからか、立ち姿だけで随分と様になっており、太一とのダイエットで引き締められた肉体美がいかんなくその魅力を放っている。
霧崎の可愛い系、鳴無のセクシー系ともまた少し違った、カッコいいという言葉が似合う不破の水着姿であった。
「なんか締め付けられてくる感じがすんだよなぁ……てかこれ何気に着るのめんどかったし……」
位置の調整がいまだ微妙なのか、不破は交差した布地の位置をちょいちょいといじっている。
しかし出てきていきなり「ダメ」やら「ダサイ」といった言葉が出てこなかっただけまだマシか。
試着室でギャル3人が一斉に水着姿を晒している。
しかしこうして自分で選んでおいてなんだが、なかなかどうして露出度が高いことに太一は耳を超えて首まで赤くする。
3人が揃ったところで再度の品評会。太一としてはもうこれで決着してほしいところではあるのだが……はてさて彼女たちのジャッジは如何に……
「あ、あの……どう、ですか?」
ギャル3人は一斉に太一を見遣り、揃って口を開き、
「「「まぁまぁ」」」
と、仲良く太一の選択を評価した。しかもよりによってどっちつかずの一番反応に困るヤツ。
「まぁ店員にアドバイス貰っての選択だったしねぇ。そんなわけだから……次は太一君だけのセンスで水着を選んきてねぇ♪」
「え?」
「よろしくウッディ」
「あんま時間かけんなよ。待ってんのたりぃんだから」
……ならもう終わりでいいじゃん。
そう思いはするものの、
「はい……行ってきます」
彼女たちに逆らえるはずもなく、太一はこのあと、これを合わせて計3回、ギャル3人の水着を選ばされる羽目になった。
が、最初の一回目以降のチョイスはどうにも彼女たちのお気に召さなかったようで……
『まぁプロのアドバイスありのヤツかな』という身も蓋もない結果でこの話は幕を閉じることとなったわけである。
店を出る頃には太一はムンクもかくやというほどげっそりと頬がこけ……それでもこれで「罰ゲーム」が終わったことに安堵しつつ、
――自宅にて、
「――ねぇねぇ太一。せっかくだし私も久しぶりに水着新しく買っちゃおうかなって思うんだけど、これとかどうかしら?」
なかなか見ないウキウキと浮かれた姉が水着特集のファッション誌のページを開いて近付いて来たのに対し、
「…………」
太一は死んだ魚のような目で姉を見つめる羽目になり、弟の反応に涼子は首を傾げたという。
なんというか……「もういいだろっ!」的な心境である。
( •᷄ὤ•᷅)
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