魅せる水着、秘める下着、こんなんデザインが違うだけだろ……
水着――俗に水泳時に着用するための『衣服』である。水中での活動を想定した実用的なものから、他者に向けたアピールを主目的とした鑑賞用など。
特に女性用水着の種類は年月を重ねるごとに増え続け、機能美を追及した競泳用水着にスクール水着、ファッション的な側面を持った水着ともなればビキニやワンピースなどなど、もはや両手の指を折っても足りないほど多種多様なデザインが存在している。
そして水着とは他の衣服とは異なり地肌の上から直接纏うという特徴も併せ持つ。
まぁ長ったらしく前振りしたが結局のところ何を言いたいのかと言えば、
……水着ってただの下着じゃん。
水着コーナーで色彩豊かに自己主張している商品たちを前に、太一は顔面を盛大に顰めてみせた。このうるさすぎる色彩の奔流はいささか目に悪すぎる。
まるで水着に親でも殺されたのかいわんばかりの迫力で、カラフルモザイクと化した壁面の陳列棚を睨みつける一人のヤクザ、もとい男子高校生の宇津木太一。
相変わらずその顔面凶器(面白ろ)で周囲を意図せず威圧し、歩く営業妨害っぷりを如何なく発揮しているらしい。夏が本気を出している昨今、海で弾ける計画を立てる男女はもれなくその人相を前に恐怖の感情を叩き込まれる。
夏の陽気に浮かれる連中に冷たい鉄槌を下す様は、さながら海辺でパリピを貪り喰らうB級映画のサメのよう。
もっとも、この宇津木太一という人間は、見た目がおっかないだけで陸上に上げられたらすぐに昇天する深海魚のような男である。
太一はゴゴゴゴゴ、と効果音でも立ぅてるかのような雰囲気で背後を振り返る。心なしかリアルに黒い靄もでも噴き出ている気がしないでもない。
目線の先、そこにはニヤニヤした霧崎に、余所行きスタイルの笑みを浮かべる鳴無、そして腕を組んで仏頂面の不破が横並びに太一へと視線を注いでいた。
「あの……ほんとに僕が選ばないとダメですか?」
「そういう罰ゲームだから♪」
鳴無の芝居がかったウィンクが飛んできた。相変わらずそんな仕草がやたら絵になる女である。とはいえ今の太一にはそんな見てくれの美麗さなど取るに足らない些事である。
なんならそんな顔面に拳の一発でもめり込ませたい衝動を必死に抑えていると言ってもいい。
陽気な売り場と顔を歪める強面男子の組み合わせはもはや喜劇的なまでにシュール。周囲を改めてチラと盗み見る太一は己がここに立っている場違い感に吐き気すら覚る。
完全な陽キャ御用達空間。周囲の客層を見ても明らかに自分とは人種さえ違うオーラを放っている気がする。不可視の精神への攻撃……なるほど陽キャとは陰キャ特攻のスタ〇ド使いというわけだ。知らぬ間にこちらをボコボコにしてくるとはなんと卑劣な連中だ。貞〇ぶつけんぞコノヤロウ。
「ほらウッディはやくはやくっ♪ 可愛い女子3人に水着を着せられる機会なんて滅多にないんだから♪」
などと霧崎にせっつかれ太一は改めて居並ぶ水着どもを見上げる。色も種類も豊富過ぎてなにがなんだかわからない。
そもそも普通の服でさえいまだセンスに乏しい太一に女性用の水着を選ばせるなど、初見で魔〇村を攻略しろと言っているようなもんである。人はそれを無茶ぶりと言う。
しかしここでいつまでグダグダやってても一向に状況は改善しない。むしろさっきから不破のイライラゲージが徐々に募っている気配がビンビンに伝わってくる。
言葉にしなくとも「さっさとしろ」と言われているのが肌で分かる。
だがどうする……水着などとてもじゃないが知識なしで選べる代物じゃない。それも他人、異性のものともなれば太一には到底手が出ない。
ならばここは文明の利器という名のポータブルティーチャー、スマホから教授を仰ぐほかない。
助けてグー〇ル先生!
青タヌキなロボットにすがりつく眼鏡ボーイのごとき情けなさでスマホを取り出し検索検索……『水着』、『女性』、『選び方』で入力……
……ぜ、全然わかんない。
シーンや体型で選ぶ水着、のようなサイトを見つけて開いてみたが、もはや逆に太一を余計混乱させる結果にしかなからなかった。グーグ〇先生つかえねぇ……
こうなると残る手段は店のスタッフに助けを求めるよりほかにあるまい。
いくら太一に、選べ、と言っても、ノー知識の太一に最初からひとりで女性用の水着を選択できるなどとはギャルたちも思ってはいないはず。ここは衣服の攻略本こと店員さんに水着のチョイスをご教授願うより活路はない。
「ちょ、ちょっと店員さんに色々きいてきま~す……」
「は~い、いってらっしゃ~い♪」
「がんばってねぇww」
「はぁ……んなもん自分でさっさと選べよ、ったく」
無茶言うな。太一は苦笑しながら店員を探して店内を見渡す。
と、首からスタッフのネックストラップを下げた女性を見つけた。が、ここで太一は一時停止。
……な、なんて声を掛ければ。
ここにきて出てきてしまうコミュ症ムーブ。陰キャとは基本的に衣服を買う際は店員に近付いてきてほしくない生き物である。なんなら近付いてきた店員を回避するような習性さえ持ち合わせている。
他者に対する警戒心は猫と同等かそれ以上。もっとも彼らには猫のような愛嬌などありはしない。むしろその回避性能の高さはゴ〇ブ〇並みと言えなくもない。
きっとこれから先の未来でしぶとく生き残るに違いない。いつの日かゴリマッチョなパンチパーマかけた火星のGみたいに進化する日が……来るといいですねぇ。
まぁそんなことはどうでもいい。今の太一にとってこの状況は後で不破から肉体言語を叩き込まれるか、この瞬間に店員との邂逅によってメンタルに張り手を喰らうかの選択肢でしかない。
どっちにしてもいやな思いをすることになるなら、せめて比較的軽症で済む方を選ぶのが賢い人間というものだ。
意を決して店員に突撃を敢行。強張った目つきに固く引き結ばれた口元。
ズンズンと近付て来る気配に女性店員は顔を上げる。と、こちらに接近してくる顔面ヒットマンの存在に「ひっ」と喉を引き攣らせ回れ右。客に背を向けての敵前逃亡である。ここが戦場でなくてよかったなお嬢さん。背中を見せた人間の末路は得てして決まってる。背後からズドンだ。
しかし誰が彼女を責められよう。威嚇した闘犬のような男がズンズンと迫ってきては生存本能が働いてしまうのも仕方ないというもの。
だがここにきて憐れなのは太一である。慣れない声掛けに挑んだ矢先に相手から背を向けられるダメージはなかなかにえぐいものがある。
が、まだ最初の一発。偶然店員とすれ違っただけという可能性もある。太一はぐりんと他の店員の姿を探す。あまりにも力み過ぎている。ギラついた視線を周囲に振り撒く様は獲物を狙う野獣のソレだ。
右、左と首を巡らせる太一は次の店員をロックオン。おっかなびっくり抜き足差し足で背後から忍び寄り、
「す、すみません」
と、片手を上げて声を掛ける。
「あ、は~……ひぃ!」
が、振り返った店員は「はひぃ」などと奇抜な返事で応じてきたかと思ったら、「べ、別のお客様の接客中ですので!」などと残して彼の前から去って行く。
とはいえ周りにそれらしい客は見当たない。ふむ、妖精さんでも接客してのかな? 幻覚見ちゃって可哀想に。きっとこの夏の熱気にやられて思考回路が熱暴走でも起こしたに違いない。ちゃんと水分とらないとダメだぞ、お大事に。
虚しく上がった手とぎこちなく作られた笑みが虚しくその場に残される。口角がひくついて苦笑いも出てこない。
……い、忙しかったなら仕方ない。うん。
などと己の精神を守るための言い訳を口の中で転がして、太一は別の店員を探し始めた。もはやここまでくるとちょっとやけくそだ。
第三の店員を発見。今度こそと意気込み、「あのっ、すみません!」と声を張り上げて女性店員を捉えに掛かる。
「申し訳ありません私店員じゃないので!」
……いや首のストラップ!
雑な言い訳をかまして太一に背を向ける憐れな店員。さすがに今度は逃がすまいと太一も追いかける。
脈略なく始まった店員と客(?)の追いかけっこ。一体この状況をどう説明すればいいのやら……混沌を鍋で掻き混ぜごった煮にしているかのような迷走っぷり。闇鍋とてもう少し秩序的であろうに、この有様よ……
そんな状況を傍から見ていた霧崎と鳴無は腹を抱えて大爆笑。ついでにさっきまで不機嫌そうな面構えだった不破までもが太一を指さし、
「あははははっwww! やっべww! 宇津木っ、ストーカーってか、ガチの不審者じゃんww」
ケラケラと笑っている。よかったね太一。どうやら不破の機嫌は見事に直ったようである。これなら水着選びでとちっても受ける折檻はだいぶ緩和されるかもしれないね。幸福の基準がノミの心臓レベルで泣けてくる。
しかしカウンターで防犯用のブザーに今にも手が伸びそうな店員の存在はまるで笑えない。
結局、太一に体力で敗北した憐れな店員は掴まり、
「こ、殺さないでください~」
「……あの、とりあえず話、聞いてくれます?」
「話をしたあとに殺すんですか!?」
「まずその発想捨ててくれません!?」
その後、太一が事情を説明するのに15分以上。カップ麺5個分の待ち時間を、ギャル3人は彼の必死な自己フォローを笑いながら鑑賞して過ごしていた。
さすがの太一もこの時ばかりは殺意の波動に目覚めちゃいそうだったぞ♪
店員に声を掛けるだけでこの有様。前途は多難。これから水着選びという本番が待ち構えているというのに既に疲労困憊である。今日は泥のように眠ることが出来そうだチクショウが。
┗(¯□¯;)┓=з=з=з=з
作品が面白かった、続きが読みたい、と思っていただけましたら、
『ブックマーク□』、『評価☆』、「いいね♪」をよろしくお願いいたします。
また、どんなことでもけっこうです。作品へのご意見・感想もお待ちしております。




