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我に秘策アリ、しかし楽にこなせるもんじゃない

更新遅れて申し訳ありません!

本日より投稿を再開していきます!

 7月の朝日は深夜3時半も過ぎれば空を白ませ、4時ともなれば「ごきげんよろしくおはようございます」とばかりに赤々と燃える顔を覗かせる。

 

 早朝5時――夏にあってもいくぶんか過ごしやすい、白くけぶるような空気感の中。宇津木太一は凶悪な人相を引き締めて焼ける前のアスファルトを駆け抜ける。

 

 清々しく凛と身が締まるような静寂。ほとんどの住民がいまだ微睡の中にある閑静な住宅街。時折すれ違うのは新聞配達のバイクのみ。

 

 そんな、どことなく物悲しくも神秘的に映える通りを、


「――はぁ、はぁ、っ――ウッディっ……ちょっ、なんでウチ、朝からこんなガチなジョギングしてんの~っ!?」

 

 見事に木っ端みじんにする、一人の少女の嘆きが木霊した。


 霧崎麻衣佳。黒いセミロングの髪は結わえられ、中学の頃から寝間着代わりに使っているというネイビーカラーのジャージに身を包んでいる。


 本人曰く、中学の頃からほとんど成長は止まってしまったとのこと。成長期などという幻想は1年前にゴミ箱いき。

 周りが身長やら女性的シルエットを徐々に発育させていくのを妬みながら眺めるのも飽き、もう自分はこれでいいや、と投げやりになったのははてさていつの頃だったか。

 今では不破やら鳴無やら、果ては太一の姉のようなナイスなバデェを前にしても感情に波風が立つことはない。ないったらない。


 そんな彼女の過去と共に歩んで来たようなジャージは健康的に汗を吸い、真夏の陽気を手招きする早朝というシンとした空気は、しかし使用者の恨み言に塗れた泣き言を前に静謐さの欠片もない。


「頑張ってください。このひと区画だけ走ったら終わりですから」

「それは――っ、いいんだけど――――、これ、マジっ――『勉強』の役に、立つの――っ!?」

「そのはずです……多分」

「おおい今なんつった!?」

「だ、大丈夫です! これはれっきとした科学的根拠のある方法……だったはず!」

「語尾でちょくちょく自身失くすのやめて!? マジで!」

 

 さて。昨晩に霧崎が自宅に押し掛け、「カンニングの保険」で真面目に追試を合格できるようにもしておこう、という、どっちが本来の保険なのか順序がぐっちゃぐちゃな建前から始まった霧崎の学力向上計画。


 それがなぜ、インドアではなくアウトドアに屋外でせっせとランニングに勤しんでいるのかというと――


「ふぅ……お疲れ様です。今日はこれくらいにしておきましょう」

「はぁ、はぁ、はぁ……やっば……前から思ってたけど、ウチ、思ったより、体力、えぐいくらい落ちてる……」


 普段不破と待ち合わせ場所に使っている駅前公園。設置されたベンチに霧崎は倒れ込むような勢いで腰を下ろした。現在時刻は5時30分。家を出たのが5時を過ぎたあたりだったはず。だいたい15~20分ほど走った計算か。

 

 太一としてはかなりペースを落として走ったつもりだったのだが……


「すみません。もうちょっとゆっくり走ればよかったですね。次は気を付けます」

「……これ、もしかて追試までずっとやんの?」

「もちろん」

「うへぇ~マジか~……」


 霧崎から勉強を手伝ってほしい、と頼まれた太一。

 しかし数日前からすでに、教科書やら授業のノートやらと顔を突き合わせつつ彼女の学力に手を加えることはかなり難易度が高い、ということを理解してしまった。

 そうなると真面目に、それこそただ真面目に机に齧り付いているだけでは目的を達成させることは困難。

 太一は霧崎と別れた後、自室でノートパソコンを開いて日付が変わるまで、WWW(ワールドワイドウェブ)の大海からなにか攻略法がないかと潜水士ばりに潜り続けていたのだが……


 そこでふと、偶然にも見付けたとある情報。


 ――運動による記憶力の向上。


 軽い運動を実行してから勉強すると、脳が活性化して記憶力を高める効果があるとか。

 お世辞にも霧崎の記憶力は良いとは言えない。

 しかも現状、追試範囲をおさらいするには些か時間も足りていないという現状である。

 ならば、問題を理解してて解かせるよりも先に、『暗記』に焦点を絞って、とにかく合格点をもぎ取る、という方向で行くのが確実ではないか。

 もともと太一も、霧崎の追試対策の方針として『解く』よりも『覚える』に絞って試験に挑む方が勝算が高いと前から訴えてはいたのだ。

 

 半信半疑でネットを開いてみると、そこには運動後に記憶力が向上したという旨の実験記録も散見できた。さすがに専門用語が羅列するような本格的な実験記録はチンプンカンプンで内容の半分も理解できなかったが。

 少なくとも運動後に記憶力の向上が見込めることだけは理解できた。

 

 太一はすぐにこれを実行。早朝の起床を渋る霧崎をなんとか連れ出し、先程までランニングに出ていた、というわけである。


「とりあえず僕はこのまま不破さんを待ってます。霧崎さんは先に帰って、用意しておいたプリントをやってみてください」


 太一の机には追試対策用に渡されたプリントが解答とセットで置いてある。霧崎には先に解答を記憶もらってから、プリントを埋められるだけ埋めていって自己採点しておいてほしいと説明してある。


 今回の目的はあくまでも実力での追試合格である。授業内容の理解はこの際求めない。そこまでやれるだけの時間的余裕もないし、なにしろ霧崎の現状の能力的にもそれは厳しい。


 プリントの暗記。それだけをこなしてとにかく正答率を上げていく。


「僕は不破さんと走ってから戻りますから。たぶん7時過ぎると思います」

「ウチと走ってキララとも走るとか、ウッディってば真面目だねぇ」

「そうでもないです。それに、真面目でいったら霧崎さんだって十分にまじめな方だと思いますけど」

「そう? ウチ、ウッディがいないところで解答見ながらプリント適当にそれっぽく埋めて『できた』とか言っちゃうかもよ~?」

「……そんなズルするなら、最初から僕のことろなんかこないと思いますけどね」

「わぉ。ウッディも言うようになったじゃん」


 しばらく駄弁りながら休息。不破とバッティングする前に霧崎は宇津木宅へと戻っていった。

 

 太一はウォーミングアップで火照った体にスポーツ飲料を流し込んで不破を待つ。

 

 霧崎との件は不破たちには内緒。目指すゴールが同じでも道筋を違えていると知られれば面倒なことになるかもしれない。

 彼女の性格的にもいい顔はしなさそうである。


 ネタバラしするにしても追試が終わったタイミングか。


「うぃ~っす」


 しばらく待っていると、スポロゴジャージのポケットに手を突っ込んだ不破が現れる。霧崎同様、髪は後ろで結わえられている。不破が走る時は決まってこの髪型だ。


「ん? なんか宇津木、汗臭くね?」

「えっ?」


 咄嗟に襟を引き寄せる。が、そんな太一を見やりながら不破は「ぷっ」と吹き出し。


「はははっ! 嘘だよ。まぁ、汗かいてんのは見りゃわかけっど」

「むぅ……」

「なに? アタシ来る前から走ってたん?」

「うん、まぁ……」

「ふ~ん」


 胡乱気な眼差しで太一を見つめて来る不破。しかし彼女は目を伏せると何事もなかったかのように、


「んじゃ、行くか」


 馬の尾のようになった髪を翻し、太一に背を向けて走り出してしまう。

 太一はそれに無言で続いた。カンニングを言い出した彼女を、型破りと思っても、非常識だと思っても、なんでか間違っているとは思えない太一。

 いや、行動はきっと間違っている。ただ、彼女の在り方を、間違えているとは思えないのだ。

 綺麗ごとじゃなく……彼女の、ただ勝つために撮れる手段はなんにでも手を伸ばす姿勢に圧倒される。


 だから……


 きっと、太一は霧崎に協力しようと思ったんだ。太一の今の目標は、不破かのじょだから。目標とは、超えていくものだろう。その道のりは、まだ遠い。隣に並ぶことも、いまだできないほどに。


 ……でも、ちょっとずつ。

 

 5月――霞むほどだったその後ろ姿が、今は視えている。

 

 それは確かな手応えだ。取りこぼしたくない。しかし、


 ……霧崎さん、ちゃんとできてるかな。


 遠い目標に辿り着くためには、目の前の目標を勝ち取らなくては。

 

 ジリジリとアスファルトが焼け焦げる様な気配が漂い始めた頃、太一と不破はランニングの脚を止め、それぞれの帰路につく。

 最近は私服に着替えてから宇津木家に来るため、基本的に不破はランニング後家に一度帰宅している。ここしばらくは宇津木家に私物を持ち込んで生活していたせいか、別れ際「めんどくさ」と愚痴って去って行く不破。

 いずれ、なにもなくとも不破の私服やら私物やらが大挙して宇津木家に押し寄せ、なんの違和感なく常駐する未来が今から見えるかのようだ。

 

 が、そんな先を想像しても、「まぁ仕方ないか」などと諦めてるのやら悟っているのやらおつむが壊れ(バグっ)てきたのやら……太一はきっとそのまま受け入れてしまう自分を容易に思い描けてしまった。



 (;~ω~)



「ただいま~」

「あ、ウッディ!」


 と、玄関を開けた太一に霧崎が駆け寄ってきた。まるでご主人様の帰宅を喜ぶ犬のよう。しかしてこの小さな少女もまた不破と同等かそれ以上に太一を振り回すじゃじゃ馬である。制御不能の大型犬。引きずり回されて傷だらけになること請け合いだ。


 霧崎の衣服は黒のTシャツにデニムショートに着替えている。ほのかに石鹸の香りがするのはシャワーを浴びたからか。


「じゃ~ん!」


 霧崎は意気揚々と対策プリントを太一の前に突き出す。

 そこには、


「ねぇこれすごくない!? ウチすごくない!?」


 設問の半分……その更に半分の答えに丸がついた解答用紙。


「おおっ」


 思わず太一も唸る。正直この正答率では追試の合格ラインには到達していない。せめて前半の問題を8割は埋めてもらわねば安全圏とは言い難い。

 しかし、


「ウチ、ここまで自力で問題正解できの何気に初かも!」


 実に悲しい事実を嬉々として暴露しつつ、霧崎の地力の片鱗を垣間見ていた太一からすれば、この結果は確かに目を見張るものがある。周りからすれば一笑に付されるかもしれないが、これは確かに二人にとっては大きな成果であった。


「運動の効果、やっぱりありそうですね」

「かも! ねぇウッディ、午後もみんなが来る前にちょっと走ってみようよ!」

「いいですね。ただ、さすがに暑いですし中でいつものゲームでやりません?」

「それいいね。うん? なら朝っぱらから外で走らなくてもよかったんじゃね?」

「いや、さすがに姉さん寝てるから」

「ああ、そっか。へぇ、意外に家族想いなんだ、ウッディって」

「う~ん……まぁ、ね」


 なんやかんやと姉には世話になりっぱなしである自覚はある。起床するまでは多少ゆっくりさせてあげたいと思う。


「二人とも~、朝ゴハンはできてるわよぉ!」

「「今行く(行きま~す!)」」


 涼子に呼ばれて二人同時にリビングに声を張った。

 手出しの掴みは悪くない。この調子で行けば、追試までにギリギリ全教科で合格点に届く力をつけられるかもしれない。目標は随分と小さいが、まぁこれくらいで丁度いい。欲張りすぎるとろくなことにならない。


 着実に、確実に、結果を残せる程度に攻めていく。


 霧崎は解答用紙をほくほく顔で見下ろている。結果がついてくると物事は楽しくなるものだ。太一も確かな手ごたえを感じている。


 運動による記憶力の向上。方針を確定し、二人は追試までの残り4日……

 カンニングと並行し、設問を自力で埋めるために、文字通り奔走していった――


 εヘ( >Д<)ノ 

皆も朝活しようぜ!

改めまして、更新が遅れて申し訳ありませんでした

ワクチン接種もなんとか無事に終わり、年末年始も執筆に邁進してまいります!!


作品が面白かった、続きが読みたい、と思っていただけましたら、

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また、どんなことでもけっこうです。作品へのご意見・感想もお待ちしております。

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