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青春イベント立て続け、はてさて明日はブリザード?

 ――時間は数日前に戻して宇津木宅リビングへ。


「マジごめんねぇ。いきなり押しかけちゃって」

「い、いえ」


 麦茶の入ったグラスを3人分用意して太一はリビングのテーブルに運ぶ。

 チラと視界に霧崎が先ほどまで肩に掛けていたバックが映り込む。なにやら数週間前に不破が家出してきた時の光景を思い出させる。

 涼子もデジャヴュを感じているのか、霧崎の荷物を視界に掠めつつ、彼女に問い掛ける。


「どうしたの霧崎ちゃん? もう夜も遅いけど」

「あはは……いやぁ、その……なんていうか、このままだと追試やっばいかなぁって。家だとどうしても勉強しようって気にもなれないんだよねぇ。でも追試は合格したいし、って感じだし。そこでなんだけど~……」


 珍しくもってまわったような言い回し。だがなんとなく、太一はこの時点で霧崎が言わんとしていることがわかるような気がした。


「ごめん! 追試まで泊まり込みでウッディんちで勉強させて!」


 パン、と手を合わせて拝み込む霧崎。太一は内心で「やっぱり」と呟いた。


「なるほどねぇ。私たちは別に構わないけど」

「えっ!?」

「構わないけど」


 太一の反応に完全スルーを決めて涼子は話を継続させる。太一の宇津木家での人権の低さよ。ピエンマークのボールがあったら姉の顔面に投げつけてやりたいもんである。

 太一が理不尽の持って行き場に迷っていると、


「ご両親から許可はいただいてるのよね?」

「もち! 友達んちでしばらく勉強してくるって、お父さんからOK貰ってきました!」

「ならよし」

「ちょっと姉さん!?」

「いいじゃない別に。霧崎ちゃんが真剣に勉強したいって言うんだから。あんたもちゃんと協力してあげなさいよ」


 なんということだ。これでは不破と入れ替えで霧崎が厄介になりにきただけではないか。よもやローテーションでも組んでいるのではあるまいな。

 

「よっろしく~!」


 元気に手を上げる霧崎。どろっとした夏の熱気にも負けず劣らず。霧崎は「シャワー借りるねぇ」と奔放さを発揮して浴室へと消えていく。


「ちょっと姉さ~ん……なんで勝手にOKしちゃうの~」

「別にいいじゃない。それにあんたにとってもいい機会じゃない。満天ちゃんだけじゃなくて、色んな子と親睦を深めたほうがあんたのためよ。それに、わざわざ頼ってきてくれたのに追い返せないでしょ」

「まぁそうだけどさぁ……でもさぁ」


 自分だって男なんだが……


 すでに今更な気もするが、思春期男子のいる自宅に女子を泊まらせるというのはどうなんだ。ちなみに太一の中でそろそろ不破は女子というカテゴライズから外れて、不破という種族、或いはタグとして認識し始めていたりする。


 男女付き合いはしたこともないくせに、女子と同棲まがいの生活を送っているというのはこれ如何に……涼子は空になったグラスを片付けにキッチンへ引っ込んだ。


 ……霧崎さん、なんのつもりなんだろう?


 追試はカンニングで乗り切るのではなかったか。であれば今更まじめに勉強に取り組む意味はそこまでない。仮にするにしても後からでもいいではないか。

 泊まり掛けで勉強する、となれば、それだけ急いで学力を上げたいと思っているという事。太一にはどうも彼女の心理が読み取れない。


「はぁ……」


 思わずため息が漏れる。ようやく不破が自宅に戻ったというのに、今度は霧崎か。いったいいつになったら太一に静かな夜は訪れるのだろう……


 がっくりと肩を落とす太一。とりあえず自室にこもることにした。ベッドに腰掛け一息入れる。

 自室は太一の数少ない心安らげる空間だ。トイレや浴室と比べると気密性は低く、外部からの侵入には脆弱な部分があるものの、基本的に「ここは自分のテリトリー」という精神的安心感がある。

 大抵の場合、個人の部屋というのはほとんどの人間が無断入室を遠慮しようという思考が働くものだ。そういった良識が鍵に近い役割を果たすのだ。


「――ウッディ入るよ~」

「…………」


 が、そういったケースに当て嵌らない人間もいるわけで……具体的には、目の前にいる霧崎とか。

 ノックも気にせず空けはならたれた部屋と外界とを繋ぐ扉。そこに立つ霧崎は風呂上りのためか肌は上気して髪はしっとり艶が出ている。

 

 着ているのは無地の黒い大きめのメンズTシャツ。小柄な彼女には余計サイズが大きいのか、襟首から肩が少しだけチラ見えてしている。そして……なんとなくだが下に何か履いているような様子がない気が……うむ。

 

 これは単に彼女が無防備なのか、はたまた太一を男として見てないのか、その両方か……とりあえず、ごちそうさまです。


「シャワーサンキュー。さっきまで汗やっばいの。すっごいスッキリした♪」

「そうですか……それで、あの、なんですか?」

「ちょっとウッディに話……ていうか相談かな、これは」

「相談?」


 太一は首を傾げながらオウム返し。

 霧崎は太一の机から椅子を引き出すとそこに腰を落ち着ける。部屋の主であるはずの太一より高い視線でお見下ろされる格好。ついでにいえば、如何に丈の長いメンスシャツでもこの位置からだとその秘境が思わずコンニチハしそうになっているわけで、いいぞもっとやれ。


「さすがにいきなりすぎたかなぁ、っては思ってたし。事情だけは説明しておこうかなって、ね」


「てなわけだから、お邪魔してみた感じ」と霧崎は口にした。彼女は椅子の上で胡坐をかくように脚を組みかえ、どこかバツが悪そうに苦笑する。


「ん~……まぁなんていうの。正直さ、別にカンニングして合格するっていうのはいいのよ。うん」


 たださぁ、と霧崎はおもむろに机の上で整列する教科書を手に取り、パラパラと中身を確認する。


「はは……ぜんぜん分かんない」


 手にしているのは科学の教科書。試験範囲には付箋が張られている。彼女は該当するページを開き、少しだけ眺めるとパンと閉じて天井を仰ぐ。


「ウチはズルしなきゃ勝てない……それは事実なんだけどさ。やっぱこう、悔しいくないわけじゃないのよ、これで」


 が、これが自分の学力だけのせいではないことを霧崎は理解しているつもりだ。こうなっている要因のひとつに学校を長期的にサボってきたツケであることは理解している。

 しかし「やっても意味がない」と、中学の頃にさんざん突き付けられた事実が、彼女を授業から遠ざけた。要は尻尾巻いて逃げたのだ。


「だからまぁ、仕方ないっては思うのよ。全部自分のせいだってのはね、分かってるの」


 でもさ……


「だからって勝てないのは悔しいし、気分も悪い……面倒な性格してるっしょ、ウチ」


 しかし、中学時代はどんなに自分でやってみても成績には直結しなかった。


「呆れる? 頑張ってもないのに、悔しいって思うの」

「……いえ」


 なんとなく、霧崎の気持ちは理解できる気がした。


「まぁ、別にズルしても結果がいいなら問題なのかもしれないけど」


 過程はどこまでいっても結果の後づけ。世知辛い世の中は、成果だけでしか出来上がらないのだから。それでも……


「ウッディ」

「はい」

「やっぱさ。保険くらいは、かけておくべきだって思うじゃん」


 その言葉は、カンニングという総意の空気に気を遣った、霧崎の精一杯だったのかもしれない。


「いざって時の為に、自力でも追試合格できるようにさ、ウチもなっておくべきじゃないか、ってね」


 最悪、カンニングがうまくいかない事態も想定される。だから……自力も上げておく。

 果たして、それはどちらが彼女の本音なのか……人付き合いに乏しい太一には判断しかねたが。


「わかりました」


 ただ、彼の身上的にも、


「明日からもう一回、僕と勉強、してみましょうか」


 こっちの方が、何倍もやる気が出るというものだ、と太一は頷いた。


 しかし、こうも立て続けにまともな『青春イベント』とは……いったいどこの誰が、どんな風の吹き回しを起こしたか。これは明日にでも、夏場の酷暑だろうが吹雪でも起きるのではなかろうか。


 かくして、霧崎と太一の、保険という名のイベント開幕である。



 (ง๑ •̀_•́)ง

 今回はちょっと短め!


※本日ワクチン接種を受けてまいりました

 そのため次回の更新が遅れるかもしれません

 本作をお楽しみいただいている皆様、誠に申し訳ございません

 なんとか一週間以内には次回の更新を、と考えてはいますので、どうかご容赦ください


作品が面白かった、続きが読みたい、と思っていただけましたら、

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また、どんなことでもけっこうです。作品へのご意見・感想もお待ちしております。

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[一言] やっぱり正しい事の方がモチベーション出ますよな どうか、副反応が重くない事を願います
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