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たまに自分が何してるか分からなくなることってあるよね

 全くもって遺憾である。不破と関わってからというもの、太一の日常から退屈の二文字は完全に夜逃げを決めてしまったらしい。

 平穏は当の昔に墓の下。賑わいは日増しにその勢力を拡大させて我が物顔で太一の周囲を闊歩する。

 

 追試試験まで残り五日。いよいよファイブカウントである。クソ真面目に試験対策に挑んでいたのは少し前の話……現在彼らはリビングで追試対策に配られたプリントを広げ、


「とりま最初の問題だけ完璧に問いとけば赤点はとらねぇし、ここだけ埋められるように準備すっか」

「でもこれカンペだけだとちょいカバーしきれなくない?」

「そうねぇ……机の上に出せるのも筆記用具だけだし……ペンケースも全部鞄に入れないきゃけないってなると……」


 ギャル3人は先日に引き続き追試で実施予定のカンニングについて熱く議論を交わしている。

 完全に不正を働くこと前提の話し合い。真面目にテスト勉強に励んでいたのは最初の三日程度。しかし時間に換算しても6時間も勉強してない計算だ。

 集まったが最後、勉強そっちのけで遊戯に全ての時間を吸い取られていく。特に今は夏休み。どれだけ時間を有効に、効率的に遊びに活用させるかを考えてしまう。


 まぁそれはいい。太一もその考え方には大いに賛同しようというもの。

 なんの役に立つのかもわからない勉強に時間を費やすくらいなら、少しでも好きなことに時間を割きたいと思うのはもはや学生の本能だ。

 

 とはいえ、それは決して必要なことを無視することが許される免罪符ではない。人間生きている以上は果たすべき義務が課せられる。学生ならそれは勉学だ。

 霧崎と鳴無の追試は、彼女たちがそんな義務から背を向けた結果としての負債である。自業自得と言っていい。そしてこの負債は積もり積もれば通常の借金同様、破産の未来が待ち受ける。

 

 有体に言ってしまえば退学だ。ドロップアウトとともいう。


 追試に挑む最大の目的は基本的にそんな途中退場を回避するためである。

 が、目下のところ彼女たちと太一の目指す追試のクリアを目指す動機は、

 ――お盆休みにこの面子で旅行にいくため、である。

 不純なんてもんじゃない。教師が聞いたら激怒する以前に涙を流すことだろう。ついでに追試に挑むその姿勢がカンニングに頼る不正とは……もはや洒落の利いた三文芝居である。きっと乾いた笑らいで場がほっこりするに違いない。


「消しゴムケースの裏は常套手段だけど……意外と動きでバレる可能性たけぇんだよなぁ」

「なら袖口に隠すのは? 考えてるふりして、こう」


 鳴無が額に手を当てる仕草で顔を隠しつつ袖の中をチラ見するジェスチャーをする。


「確かに消しゴムよりは動きが不自然にはならないかもね。じゃあとりあえず採用候補の1ってことで」

 

 霧崎がノートに「そで」とひらがなで記入する。そこにはすでに先程の消しゴムケース、シャープペンの中、机のうら(かがみ使用)など、カンニングを実施する上での候補が羅列していた。

 

 紙の上には意見交換で出たカンニングの際の注意点や、実際に盗みる時のやり方なども記載されている。

 もはやその熱量を勉学に回せば赤点を回避できるのでは、という野暮はなしだ。

 そんな思考に行きつくなら最初からカンニングなどという提案に食いつくわけもなし。


 太一は追試対策のプリントを睨みながら、過去のテストから配点を割り出し、どこをカンニングポイントに設定するかを思案していた。

 

 まさかごく限られた省スペースに隠すカンペにプリントの全てを網羅するなど不可能。それに今回の目的は最低限追試の合格ラインを超えること。だとすれば逆に正答率を不自然に上げるのは、教師から疑いの目を向けられる可能性もあるためよろしくない。

 ギリギリか少し上を目指す塩梅が重要である。

 そしてこれが地味にカンニングにとって重要な要素の一つとも言えよう。


 しかし、


「宇津木、配点間違えんなよ。そこぽしゃったら終わりなんだかんな」

「……分かってるよ」

「まぁまぁキララ。あんまプレッシャー掛けないの」

「太一君、ちゃんと頑張ってね」


 ギャル三人の視線に晒されながら太一は解答用紙と睨めっこ。


 ……僕はなにをやってるんだろう。


 自分のしていることに疑問を抱く太一。基本的に生真面目な性格な彼のこと。己が不正行為に全力で挑んでいるという事実は気持ちいいもんじゃない。

 だが霧崎の追試合格は勉強しているだけでは限りなく不可能に近いことは先日の小テストで証明済み。すでに時間は残り少ない。四の五の考えるより先に、太一は頭を振って手を動かすことにした。



 ( ..)φメモメモ



 ――そうして時刻は夕方を過ぎて19時を回った。本日は18時を過ぎたところで集まりは解散。涼子と入れ替わるように全員が帰路についた。


 そうして二人きりになったキッチンテーブルで、


「――調子はどう? 追試、なんとかなりそう?」

「ああ……うん。まぁ……ギリギリ……?」


 夕食時。いつものフィットネスゲームをプレイして汗を流してすぐ。食卓についた直後に飛び出した涼子の問い。


 しかし太一の返答は歯切れ悪くなってしまう。

 まさかカンニングの準備をしてますとバカ正直に口にできるわけもない。どうしても後ろめたい気持ちが顔を覗かせる。


 とはいえ、追試で霧崎たちが合格できなければお盆休みに全員で旅行に行くことができなるわけで……すでにそのための準備を涼子が進めていることを知ってるだけに、太一としても今更止まるわけにもいかないといった感じでもあり……


 実に悩ましい所である。


「そう。できれば皆でお盆は遊びに行きたいしね。頑張りなさい」

「うん」

「さて、それじゃ片づけちゃいましょう」


 心なしか姉の動作が普段と比べて軽やかな気がした。レンタカーの予約を入れている時、ネットで地元のイベントを調べている時……傍から見ても涼子が浮かれているのが見て取れた。

 カレンダーを前に浮足立っている姿など見せられたらもはや言い訳もできない。

 

 ……これ、絶対に合格させないといけないヤツだよなぁ。


 しかし現実はかなり厳しい。今回に限っていえばネックは霧崎。実力勝負はかなり分が悪い。故のカンニング(不正)


 明日からは追試教科のカンニングペーパーを用意する段取りになっている。

 目立ってはいけない。静かに密やかに。

 監視対象の目を盗み、答えを盗み見る。紙擦れの僅かな音さえ命とり。


 メモ帳より小さく、袖に隠せて剥がれないようにするには……


 と、太一が真剣にカンニングについて考え始めた時、


 ――ピンポーン。


「ん?」

「あら、お客さん? 太一、ちょっと出てくれる?」

「うん」


 太一は来客用のモニターで相手を確認する。と、そこに映ったのは、


『やほ~』

「霧崎さん?」


 2時間ほど前に自宅に戻ったはずの霧崎であった。

 真っ黒なセミロング。毛先にかけて赤いグラデーションがかかった特徴的な染め方。不破や鳴無と比べても小柄な体型に日焼けした肌。夏という季節にピッタリな快活な印象を持った彼女は、その肩に大きめのバックを引っさげてモニターごしに太一と向かい合った。


『ウッディ、ちょっとお願いがあるんだけどさ。上がっていい?』

「???」


 首傾げつつ、太一は霧崎を再び部屋へと招き入れる。


「いやぁごめんねいきなり」

「いえ。あのどうしたんですか? なにか忘れ物とか」

「ああ違う違う。その、なんていうかさ……」


 どこかバツが悪そうに頬を掻く霧崎。少しの間が空く。

 と、彼女は不意にいつもの軽い調子で、


「ちょっとさ、しばらくウッディんち泊めてもらっていい?」 

「………………………………はい?」


 妙なことを口走った。


 

 (・・?



 立っているだけで汗ばむ陽気。天高くオラつく太陽にカチコミ掛けて沈めてやりたい。制服のシャツが汗を吸って張り付き気持ち悪い。


 学校の中はいくらか涼しいもののクーラーなんて気の利いた設備が利用できるのは職員室か特別教室、あとは学食くらいなものである。職員室は言わずもがな、生憎と夏休みの今はその利用がほぼできないときた。


 近代化の波の中いまだ原始的に扇風機で耐え忍ぶこの学校の在り方には疑問を抱かざるを得ない。


「あっち~……」

「……」


 中庭木陰のベンチで手をうちわ代わりに仰ぐ不破。足元は靴どころか靴下も脱いで惜しげもなく素足を晒していた。


 本日は追試の結果が沙汰される日となっている。

 太一と不破は霧崎と鳴無の結果を確認するためにこうしてわざわざ学校まで出向いた次第。


 しかし結果を待つにしても学校は失敗だったと後悔。学校の中に入れないこともないが涼をとれる施設へは悉く入ることもできず、こうして汗を垂らす羽目になったわけだ。


 今日はテストが返却されてされてそれで終わり。解答などの解説はプリント渡されて終了だそうだ。1時間もすれば終わる。


 が、それでもこの熱気は殺人的だ。近くの喫茶店かコンビニにでも移動しようかと提案したが、「たるい」、「移動で余計な汗をかきたくない」という理由で不破に却下された。

 代わりに飲み物を買って来いとパシリにされたことを太一は理不尽と共に胸に刻んだ。

 

 しかしこう、薄着女子の夏あるあるに太一はどうも居心地が悪い。まぁ有体に言ってしまえば、ちょい透けているのだ……不破のアレが。

 なので太一はベンチには腰を下ろさず、不破を視界に入れないよう少しだけ彼女より前に出て立っている。

 

 ……早く戻ってこないかなぁ。


 スマホで時間を確認。時刻はもうすぐ10時。そろそろ戻ってきてもいい頃だと思うのだが。


 などと考えていると、不破たちとここ最近つくったグループチャットにメッセージが入る。


『終わった!』

『こっちも終わったわ』


 霧崎と鳴無からの通信。親指をぐっと立てる猫のスタンプが霧崎から送られてくる。


「やっとかよ……『今中庭』っと」


 不破がチャットで現在地を報せる。それからすぐ、


「――お待たせぇ!」

「はぁ……あの教師グチグチ小言多すぎ。もう終わったんだからいいじゃんって感じ」


 手を上げながら中庭に姿をみせた霧崎と、その後からしかめ面で続く鳴無。

 どうやら教師からありがたい教訓を訓示されたらしい。「あの禿達磨?」と不破が問い、「そうそう。もう鬱陶しくて」と鳴無。太一も一人の教師の顔が思い浮かび、思わず苦笑した。

 

「あのセンセ毎回はなし長いよねぇ」という霧崎の言葉に、「ねちっけぇんだよあいつ」、「ほんと、やんなる」と悪態の弾幕が張られそうな雰囲気の中、

 

「お疲れ様。結果は?」

 

 と、太一が話の軌道を修正させる。いいかげんこの猛暑の中、外にいるのも限界だ。そうそうに涼しいところに避難したい。


「わたしは問題ないわ。ていうか、カンニングする必要もなかったわね。なんていうか、プリントからカンニングする内容確認してるうちに、なんか問題覚えちゃってたし」

「ああ、なるほど。それで、霧崎さんは……」


 全員の視線が一斉に日焼けギャルの少女に集中する。そう。今回の追試でもっとも合格が厳しいのは彼女。カンニングという不正を用意してまで合格をもぎ取りにいったわけがだ……果たして。


「ああ、うん……」


 と、霧崎はつい、と顔を背ける。その反応に、不破の眉根が思わず寄る。


「は? ちょいマイ、もしかしてあんた。まさか合格してないとかいうそういうオチじゃ――」


 カンニングまでして不合格、となれば、いよいよどうすれば彼女を追試で合格に導けるというのか。不破と鳴無の顔に暗雲が漂い始め……しかし太一は真っ直ぐに彼女を見据え、


「霧崎さん……あの……」

「ふっふ~ん♪ な~んて! じゃ~ん!!」


 と、霧崎はかなりもったいぶった挙句、その手に追試の答案用紙をずらっと並べて太一たちの前に披露した。そこには、合格目標の35点ギリギリ、あるいはそれを上回る結果が赤文字で踊っていた。


「って、なんだよ! 普通に合格してんじゃん! ギリもあっけど……てか妙にためんなし!」

「はぁ……びっくりしたぁ。いやさすがにカンニングして不合格だったら本気でどうしようって思ったけど」

「えへへ……うん。ていうかまぁ……その、実はウチも、今回カンニングはしないで合格できたっていうか、うん」

「「は(はい)?」」


 咄嗟に信じられない、といった疑い表情で同時に霧崎を視線を寄せる不破と鳴無。


「いやぁ、まぁなんていうの。ちょっとね。頑張ってみようかなって。ね? ウッディ」


 水を向けられた太一は、どこか満足気な顔で頷いた。

 懐疑的な二人に、太一は「とりあえず移動しません?」と提案。


 近くのファミレスへ4人は向かった。太一と霧崎、二人の今日までを説明するために。



 v(≧∇≦)v イェェ~イ♪

次回!

回想回!!


『回』多いなっ!?


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