表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/175

親と子供、いつまでもエスパーごっこはやってられんのよ

 夜だというのに輪郭がぼやけそうなほどに暑い。


 不破は吐き出す吐息に籠る熱の感触に苛立ちを募らせる。感情のままに部屋を飛び出してきた。数週間前、母親と喧嘩した時をまるでやり直しているかのように。


 が、あの時はお互い頭に血が上っていたのに対し、今は不破ひとりが癇癪を起し、人の目があるにも関わらず衝動的に動いてしまった。


 走る脚を緩める。全力で走っていた割に呼吸はそこまで荒れてない。これも日ごろの運動習慣による賜物か。

 

 最も、今の彼女にはただの皮肉でしかないだろうが……


 ……ダッサ。


 いつの間にか駅前公園まで走ってきてたらしい。最近の習慣のせいだろうか。無意識にここを目指していたようだ。


「チッ……ああっ、クソ!」


 金に染めた髪を乱暴にかき乱す。久しぶりの親子の対話。太一がいきりな燈子と一緒に帰ってきた時はさすがに驚かされた。

 余計なことをしてくれたと睨みつけておくことは忘れていない。心の準備などなにもできていなかった。唐突な対面。連絡も入れず、てっきり小言でもぐちぐち言われるかと思っていたが……


 燈子はおどおどしながらも、どうにか娘に寄り添おうと必死に見えた。娘の考えを、気持ちを訊き出そうと。彼女なりに、母として娘に手を伸ばしてきた。

 

 ……ああ、ヤベ。アタシ、めっちゃガキ。


 訊かれていたのに、本音のいくらを答えもせず……


『アタシの気持ちとかどうでもいいんじゃん!!』


 そんな乳臭い言葉を吐いて飛び出してきた。少し冷静になって思い返してみると、これ以上ないほどにダサイ自分を見せつけられるようだ。


 公園のベンチにドカッと腰を落ち着ける。


 これからどするか。今は宇津木家に戻ることもできない。自宅は更に論外。不破は服のポケットをまさぐり、


 ……やべ。スマホ置いてきちまった。


 これでは友人の誰にも連絡を入れられない。ついでに言えば財布も宇津木家で置いてけぼりを喰らっている。

 こんな時間である。さすがに押しかけてインターホンを鳴らすのは躊躇われる。最悪、そのまま燈子に連絡が行ってしまうだろう。

 ネカフェもカラオケもファミレスさえ利用できない。完全に詰んだ。


 ……なにやってんだアタシ……バッカみて。


 不破はベンチに転がった。今日はもうここで野宿確定である。むしむしとした熱気。先ほどまで走っていたせいか喉が渇く。

 しかし財布もない中、煌々と入り口で存在感を主張する自販機さえ使えない。そう思うと余計に喉に渇きを覚え、なんとなく妙に気持ち悪くなってきた気がする。


「明日んなったらミイラだったりして……はっ」


 縁起でもない。不破は自分の言葉に自分で呆れた。途端、どっと疲労感に襲われる。


 瞼を閉じる。このまま寝てしまおう。これからのことは、とりあえず陽が昇ってきてからでも考えよう。


 微睡に身を任せようと息を細く吐き出した。


 しかし――


 ザリッ。


「っ!?」


 物音に思わず跳ね起きる。

 

 夜の公園。防犯用の街灯こそ点在しているものの、それでもカバーしきれない闇が随所に蟠る。気配がした。

 見通すことのできない暗がり。そこに……ナニかがいる。

 生物としての根源的恐怖が不破の顔を引き攣らせる。


 ザリッ、ザリッ――


 また聞こえた。この公園にホームレスが住み着いている話は聞いた事ない。であれば偶然通りがかっただけでの誰かか? しかし音はこちらに近づいてきている気がする。


 不破は身を固くした。夜の公園に女性がひとり。傍から見れば格好の獲物。


「……」


 拳を握る。臨戦態勢に入って音の出所へ意識を集中させた。来るなら来い。姿を見せた瞬間タコ殴りにしてやる。


 ――が、もしも相手が人間ではなかったら。


「……は、はは。いやいやいや」


 冷や汗がたらりと一筋垂れて口元がわなわなと震える。そういえば、と思い出す。

 どれだけ前だったか。この公園は深夜0時になった瞬間、霊界と現世の境が曖昧になり、行方不明者が続出したなんて都市伝説が囁かれた時期があった。

 俗にいう『神隠し』というヤツだ。

 加えて、その直後は必ずと言っていいほど、明らかに人ではない、得体のしれないモノを目撃した。などというネットの書き込みが絶えなかったとかなんとか。


 不破も地元の人間。そういった噂が囁かれていたことだけは知っている。


 折よくもうすぐ噂の深夜0時。


「ないないない!」


 珍しく不破が動揺していた。誰がいるわけでもないのに声に出して噂をひとり否定している。


 ザリッ、ザリッ、ザリッ――


 音は確実にこちらへと近付いてきている。

 

 ……ないないないない! あれは噂あれは噂、デマデマデマデマ!


 と、夜の中でひとりという状況に加えて正体不明の音に不破はなんと、目じりに涙を浮かべていた。


 そう、何を隠そうこの不破満天……オカルトの類が、致命的なまでにダメなのである。


 闇の先、音が不意にピタリと止む。ぶるぶると拳を握っていた不破。視界の先、ぼんやりとした大柄のシルエットが見て取れた。


 カゲはゆらりと動き、不破のベンチを照らす街灯に、いよいよその姿を現した――頭から血を滴らせた、目つきが異様に悪い男。


「――きゃあああああああああっ!!??」

「うぇぇっ!? あ、あの不破さん!?」

「血だるまのバケモノ~~~っ!!」

「えええええっ!?」


 街灯の下へにゅっと顔を出したのは、なぜか額からダラダラと流血した太一であった。


 前回のジェイソンコスといい今回といい、ハロウィンの仮装には些か気が早すぎる。太一はベンチできゃーきゃー騒ぐ不破に、自分を認めさせるのに四苦八苦する羽目になった。



 (゜Д゜;≡;゜д゜)



「まっぎらわしい真似してんじゃねぇ!!」

「ぎゃふん!!」


 夜中に近所迷惑なんのその。騒ぐだけ騒いでようやく太一に気付いた不破は顔もお目々も赤くして憤る。太一は何度も不破に蹴られる羽目に。


 しかしいつものような勢いがない。恥ずかしさを紛らわせるために当たり散らしている印象だ。


「てかなんだよそれ! マジでビビったじゃねぇかよ!」


 不破は太一の額を指さす。太一は苦笑しながら、


「すみません……不破さんを追いかけようしたら、運悪く自転車とぶつかっちゃいまして……あはは」

「んだよそれ……バカなんじゃねぇの。ちゃんと周り見ろし」

「あ、あはは……」


 なんとなく額から水っぽい感触がするなとは思っていたが、てっきり汗だとばかり思っていた。まさか流血しているとは。それは不破も驚くはずである。彼女でなければ面倒なことになっていただろう。


 ちなみに相手の自転車は太一の姿に「殺される~!」と脱兎のごとく逃げ去った。皆も自転車を運転するときはよく注意しなきゃダメだぞ。お兄さんとの約束だ。事故ると割とシャレにならないことになっちゃぞ。


 水場で血を洗い流す。排水溝が赤く染まる光景は軽くホラーだ。額を切ったらしい。しかし見た目以上に傷は深くなさそうだ。ちょっとピリピリした痛みはあるが。とはいえ念のため後日病院は確定だろう。


 太一はハンカチで額を抑える。生憎と財布は彼も忘れて来た。できれば絆創膏が欲しい。

 ひとしきり暴れたのち、二人はベンチに腰掛ける。なんとなく、なにかあると公園が彼等のルーチンワークのようになっている気がした。


「不破さん、怖いのとかダメなんですね」

「っ……わりぃかよ。てか、なにニヤニヤしてんだよ。気持ちわりぃ」

「すみません」


 ただ、先程の不破は珍しく可愛いと思ってしまった。ちょっと涙目で、女の子らしい悲鳴を上げて。普段の不破からは想像できない姿。思わず太一の口元が緩んでしまう。


「しょうがねぇじゃん。あいつらは一方的にこっち触れんのに、こっちは触れねぇから殴れねぇし」


 ただし怖がってる理由は可愛くなかった。しかしもし幽霊に触れることができたら不破ならチョークスリーパーとか決めてそうだ。カンガルーが犬相手にヘッドロックしてるレベルでシュールな絵面が出来上がりそうである。


 その際太一はどっちの味方をすべきであろうか。


「つうか、宇津木はなに? もしかして、ママから連れて行いとか言われた?」

「いえ……」

「じゃあなに?」

「あの……か、帰ろう? 皆、心配してます。特に、燈子さんは」

「……」


 が、不破は無言で顔を逸らした。いつも態度をハッキリさせる不破が、こういう反応をするのは珍しい。


「帰ってどうすんだよ……どうせ、また喧嘩するだけじゃん」


 拗ねたような表情で、不破はベンチの上で膝を抱える。なんとなくその姿が、小さな子供のように太一の目には映った。


「不破さんは、お母さんのこと、嫌いなんですか?」

「別に……嫌いじゃねぇけど……だた、なんていうか……いちいち勉強しろとか、将来はどうするの、とか……小言ばっかでうせぇっていうか」

「……」

「ていうかさ、アタシの人生じゃん? 勉強するもしないも、将来どうすっとか、アタシが決めることじゃね? なんで干渉されなきゃなんねぇだっての」

「……」

「逆にさ、ママの方がよっぽど将来どするかとか考えなきゃじゃん? いっつも使い古したぼろっぼろの服着てさ、アタシがバイトで稼いだお金とか全然受け取らねぇし! アタシこれでも前はそこそこ稼いでたんだよ!? なのにさぁ、『自分のために使いなさい』って! なにそれ!?」

「…………」

「ちょっとは自分の見てくれに気ぃつかえっての! 親があんなんじゃ恥ずかしいじゃん!? てか、週一休みで家にいる時ほぼ寝てるかアタシに構うかのどっちかだし! いつか体壊すじゃんあんなん!? だから――」


 捲し立てる不破。太一は内心で「ああ」となんとなく納得してしまう。


「不破さん、お母さんのこと、好き、なんですね」

「はぁ!? 今の聞いてなんでそうなだよっ!?」

「いえ、だって……」


 逆に、今の発言を聞いてどすうれば不破が母親を嫌ってると判断できるというのか。言葉は確かにきついが、随所に母親への気遣いを隠しきれていない。今日は随分と不破の珍しい側面と目撃する日のようだ。


「適当なこと、言ってんじゃねぇよ」


 街灯の下。不破の頬に薄く朱が挿す。


「母親とか、うぜぇだけだし……」


 そんな不破を前に、太一は少しだけ、寂しそうな表情を浮かべた。


「僕は、不破さんが羨ましいです」

「……なにが?」

「今日、不破さんのお母さんとコンビニで会ったんです。話ましたよね?」

「んで、連れ来たって話だろ。なにしてくれてんだよマジで」

「すみません……でも燈子さん、コンビニで不破さんの好きなアイスの話をした時、すっごく優しい顔してました。それで、不破さんに買っていってあげてって……さっきの袋に入ってます」

「……なにそれ。罰ゲームの意味ねぇじゃん」

「ですね」


 太一は苦笑した。結局、罰ゲームで指定されたアイスは全て燈子の財布からねん出されている。


「僕の母さん……えと、今は父さんと一緒に海外にいるんだけど」

「知ってる。りょうこんからきいた」

「はい。で、僕……母さんにほとんど期待とかされてなくて……その、あまり関心も持たれてないっていうか」

「……」


 知っている。少し前、不破は涼子からその辺りの話は聞かされていた。小学校時代から母親に姉と能力を常に比較され……期待に沿えなかったのか母親の関心は太一から離れ、全ては涼子へと向けられることとなった。

 それが元で家族関係は相当にギスギスしたものになってしまった、と……


「干渉されるのが鬱陶しい、って気持ちは、僕も分かるよ。姉さんとか、いつも心配してきて、たまにすごいお節介だなって思う時もあるから。でも」


 ――僕は母さんから、一度もそういうことってされたことないんだ。


 太一は、公園の星の見えない空を見上げた。少なくとも、太一の記憶の中では、母親から一度でも家族として関心を持たれた覚えがない。いや、或いは最初は、姉と同じように優秀な息子であると、そう思われていた時があったのかもしれないが。


「燈子さん、わざわざマンションの近くまで来てたみたいです。不破さんが心配で『風邪とか引いてないか』って訊かれました……でも会う勇気がない、って」

「……」

「それに、前に燈子さんが家に来た時も、不破さんのこと、すっごい大好きなんだなぁ、っていうのが伝わってきて」


 ちょうど、不破のダイエットが成功した直後くらいだったか。

 当時を思い出して語る太一に、不破は耳まで赤くして「余計なこと覚えてんじゃねぇよ」と、全く痛くないパンチを肩に当てて来た。


「不破さん。なんで学校、やめてもいいって思ってるんですか?」


 燈子が不破に訊いたのと同じ問い掛け。以前、不破が鳴無と対峙した時も、一歩間違えれば退学の危機だった。しかし不破は「それでもかまわない」と突っ走った。


 なぜ、そこまで学校に関心がないのか。彼女はスクールカーストでも上位に位置している。友人もいる。太一のように、卑屈に学校でうずくまっているわけじゃない。


 確かに勉強はめんどくさい。ただ、不破の地頭の良さを考えれば、無理に勉強などしなくても、卒業くらい簡単ではないか。


 昨今は、高校を卒業していないことで受ける社会的偏見はなかなかに厳しいものがある。確かに高校中退が必ずしも人生のバッドエンドに直結するわけでもはないが……あえて自分を不利に追い込むこともない。不破だってその辺りは理解しているのではないか。彼女は決してバカではない。


 それでも、不破が「学校なんかやめてもいい」と思えてしまうのは……


「…………最近のママ。ちょっと体調崩すことが多くなってて」

「はい」

「だから、ちょっと休めばいいじゃん、って言ったんだけど……アタシに不便させたくないから頑張る、って……」

「そうですか」


 なんとなく今の言葉だけで、不破がなにを考えてるのかわかる気がした。


「別に、学校とか行かなくても働けるとこあるし……お金つかって無駄にガッコ行くよか、ちょっとでもお金稼いだ方がいいじゃん?」


 要は、母親が心配で仕方ないのだ、この暴れん坊なギャルは。


「あの、訊いていいですか? その、お父さんは……?」

「知らね。ママは死んだ、って言ってるけど。お墓参りとか、アタシしたことねぇし」

「……すみません」

「別に。最初からいなかったし、気にしたことねぇわ」

「はい」


 なんとなく、これまでのことからそんな気はしていたが、不破にはどうやら、父親がいないらしい。


「不破さん」

「なに?」

「やっぱり、帰りましょう。それで、ちゃんと話をしましょう。燈子さんと」


 きっと、誰もが自分の考えを相手に伝わってると勘違いしてしまう時がある。口にしなくても、理解してほしいと、そう願ってしまう。


 でも、言葉にしなくては伝わらない気持ち、感情の方が何倍も多い。そのことを、太一は最近になって、ようやく知った。だからこそ、


「帰りましょう。不破さん」


 太一は不破に手を伸ばした。彼女が自分みたいにウジウジしてる姿は、見たくなかったから。

ぜ、前回に引き続き、

おふざけがないっ、だとっ!?


作品が面白かった、続きが読みたい、と思っていただけましたら、

『ブックマーク□』、『評価☆』、「いいね♪」をよろしくお願いいたします。

また、どんなことでもけっこうです。作品へのご意見・感想もお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ