一難去ってまた一難、人生ずっと難ばかり
現在時刻は夜の10時過ぎ。学生が出歩くにはいささか不適切な時間。
かの有名な友情崩壊ゲーから不破たちの絆(笑)を無事に守り通した太一。日中の熱気がいまだにこびりつくように居座る夜道。彼は最下位の罰ゲーム(理不尽)によりコンビニへアイスを買いに出る。
歩いて5分程度の距離。マンションのエントランスから出た途端、むせかえるような夏の気配に出迎えられた。ぶわっと汗が染み出して気持ち悪い。
というか、ゲームに熱中しすぎでもうこんな時間である。この調子でいくと、霧崎と鳴無はこのまま宇津木家に泊まる流れになりそうだ。
……さっさとアイス買って帰ろ。
本日も気が滅入るような晴れ模様であった。夜空にも雲の気配はない。しかし煌めく地上の瞬きに押されて星空を拝むことはできない。
明かりはどこまでも陰に優しくないらしい。かつては星々の独壇場であった夜。しかし今は地上のより強い光に呑まれて彼らは存在感を奪われた。小さいモノほどかすみ消えゆく。
そんな、なんとなく居場所を奪われた星たちに太一は自分を重ねた。いやなことがあった時はなんとなくオセンチになってみる。これも陰キャが身に着けた精神的自衛手段。逃避だ。
とはいえ、夜に街灯が増えたおかげで治安は保たれ、安全性が確保されていることを思えば、結局のところこれもトレードオフといやつなのだろう。
少し歩いた先にコンビニの灯りが見えて来た。時間的に人気はまばら。今日は入り口にたむろするような反社会勢力くずれはいないらしい。
が、それとは別の……ともすれば彼らなどより関心を引く女性の姿を認めて、太一は思わず足を止めた。
「あ、太一君。こんばんは」
「こ、こんばんは。燈子さん」
「こんな遅くにお買い物?」
「ええ、まぁ」
コンビニの入り口近くに立っていたのは、不破満天の実の母親、燈子であった。
疲労感をうかがわせる目元。しかし儚げな雰囲気の中にほんのりと漂う上品さを併せ持つ綺麗な女性。彼女は黒い長髪を後ろで束ね、Tシャツにパンツスタイルとラフな出で立ちだ。
不破が彼女からしっかりと遺伝子を受け継いでいることがわかる。歳がいくつかは知らないが、スラリと長い手足に均衡の取れた女性らしいスタイル。とても一児の母とは思えない。
しかし襟がよれ、裾がほつれたパンツに擦り切れたスニーカーという、若干くたびれた印象の衣服が彼女の魅力を盛大に損なっていた。
「僕はその、ちょっとアイスを買いに……燈子さんも買い物ですか?」
そういえば不破の家がどこにいあるのか聞いた事なかったが。この近くなのだろうか。
「あぁ……ううん、違うの。ただその……あの子のことが気になって、ちょっと近くまで、ね」
「あ」
ここ最近のドタバタで失念していた。そういえば不破は母親と喧嘩して家出してきたのだった。それは母親として心配にもなるだろう。
「……でも、ちょっと会いにくくて……娘はどう? 風邪とか引いてないかしら? あの子、お腹出して寝ちゃったりするから」
「い、いえ。大丈夫です。元気ですよ。それはもう、すっごく」
元気過ぎて好き勝手やってるくらいだ。太一の返答を聞いて「そう。よかった」と、涼子はほっとしたように表情を緩める。
が、それも束の間。彼女はすぐになまじりを下げて、どこか困ったように苦笑を浮かべる。
「ダメね、私……あの子の母親なのに、娘に会う勇気も出ないなんて……太一君の家にも迷惑をかけているのに……ほんと、ごめんなさいね」
「い、いえ。そんな、気にしないでください。姉さんもなんやかんや不破さん、えと……満天さんと一緒で、楽しそうですし」
「でも、あの子けっこうやんちゃじゃない? 太一君、あの子にいじめられたりしてない?」
「ああ、まぁ……大丈夫ですよ」
そこで即答できないあたり、いまだ二人の関係はお察しという感じだ。とはいえ、以前ほどは太一も彼女と過ごしていて疲れるということもなくなってきた。慣れたのか、はたまた不破が軟化したのか。
いずれにしろ、一緒に生活してて「苦痛だ」とは感じてない。そこだけは、太一の素直な気持ちである。
「気遣ってくれてありがとう。あんな子だけど、これからも仲良くしてあげてね」
「はい」
「お買い物の邪魔してごめんなさいね。あ、よかったら何か冷たい物でもどうかしら? 今日はおばさんが奢ってあげるわ。娘がお世話になってる、ちょっとしたお礼」
「え? でも」
「いいのよ。気にしないで。それと迷惑じゃなかったら、あの子の分のアイスも、届けてくれないかしら? ……今の私には、こんなことしかできないし……」
「……わかりました」
なんとなく断り切れなくて、太一は燈子と一緒にコンビニに入った。
「これ、あの子が好きな味なの。あまり買ってあげられないんだけど。たまに買って帰るとね、すごく上機嫌になるのよ、あの子」
燈子が手に取ったのは、不破に頼まれていたアイスの、クッキー&クリーム味だった。「宇津木君はどの味が好き?」と聞かれ、「えと、抹茶味」と答えると、「ふふ、結構渋いのね。じゃあ、一緒に買っちゃおっか」と迷わずカゴに入れてしまった。
お会計を済ませ、アイスが入った袋を燈子から渡される。
「それじゃ、太一君。またね。遅いから、気を付けて帰ってね」
「……」
「太一君?」
「あ、あの……」
「?」
コンビニの入り口で、別れを切り出す燈子に太一は、
「その……今から僕の家、来ませんか?」
「え?」
(´・ω・)?
「…………」
「…………」
宇津木家のキッチンテーブル。
そこには、不破と燈子が向かい合わせて腰掛け、かれこれ10分以上沈黙を貫いている。
リビングの外では、太一、涼子、霧崎、鳴無が扉の隙間から様子を窺っていた。
「ねぇ、大丈夫なのきらりんとママさん? さっきからずっと黙ったままだけど?」
「んん~……あんまよくない感じじゃない? キララはなんかピリピリしてるし、キララママはなんか気まずそう……いつもなら我を忘れて娘大好きコールなのに」
「……僕、余計な事しちゃったかな?」
「どうかしらね……いずれはお互いに向き合わなきゃいけないことだったし……でも、ちょっと急すぎたかもしれないわね」
なんとなく、ずっとこのままでいいのか、と燈子を自宅に招いた太一。お互いに話し合って、親娘で解決してくれることを望むばかりだが……
『少しだけ、2人にしてもらえませんか?』そう言われて、全員で部屋の外に出たのだが。やはり気になってしまう。全員が息を潜めて事の成り行きを見守っていた。
二人で向かい合ってそろそろ15分。最初に口を開いたのは、燈子であった。
「キララちゃん」
「……なに?」
「ごはん、ちゃんと食べてる?」
「……食ってる。てか、それりょうこんたちに失礼じゃん」
「でも、あなたって面倒になると適当に済ませちゃうじゃない。せっかく作ってもらったもの、残したりしてない?」
「アタシそこまでクソじゃないから。ちゃんと食ってるし、なんならたまに作ってるし」
「そう……」
「……」
それきり、また沈黙。見ている方はハラハラして仕方ない。が、今度はそこまで長くは続かなかった。
「キララちゃん。この前、テストだったんじゃない? どうだったの、結果は?」
「別に。いつもどおり」
「赤点は? 取ったりしてない?」
「アタシそこまでバカじゃねぇから」
「「う……」」
不破の一言が思いがけず霧崎と鳴無にダメージを与える。胸を抑える二人に、太一はそっと「ちゃんと勉強、しましょうね」と呼び掛けた。
「キララちゃん。ずっと聞きたかったの。なんであの時、『学校をやめてもいい』なんて言ったの? 学校でなにか嫌なことでもあったの? お母さん、あの時キララちゃんの言いたいこと、ちゃんと聞いてあげられなかったから……お願い。キララちゃんの気持ち、お母さんに教えて」
「…………」
燈子がいよいよ核心へと踏み込んだ。キララが宇津木家に来ることになった切っ掛け。『学校なんかやめてもいい』……そう口にした不破。
あの時は口論になってお互い冷静になって話をできる状況じゃなかった。
が、今なら娘がなぜあんなことを口にしたのか。その真意を、落ち着いて訊き出せるのではないかと。
「仮に学校をやめて、キララちゃんはどうするの? なにか、やりたいことがあるの?」
「……別に」
「じゃあ、学校で嫌なことされてるの? いじめ、とか……」
「んなわけねぇじゃん。ちょっかい出してくるなら相手してやるし」
「……あまり乱暴なことしちゃダメよ……でも、それじゃあなんで学校をやめてもいいなんて思うの?」
「……前にも言ったじゃん」
学校は、つまらない――役に立つのかもわからない授業。「規律、規律」と口うるさい教師。将来のため、などと口にして、どんな将来のために学校に通っているというのか。
その意味を不破は理解できなかった。意義を見出せなかった。学校に通ってもお金になるわけでもない。
それなら、学校などやめてすぐにでも社会に出て働いた方が有意義ではないのか。知識でお腹は膨れないが、お金で腹は満たせるのだから。
「友達とか、会おうと思えば学校の必要とかないじゃん。別に外でだって会えないわけじゃないし」
「……キララちゃんの言いたいことは分かったわ。でも、今は高校を卒業してないとお仕事に就くのも大変なのよ? それは分かってるの?」
「だったらまたモデルの仕事応募するし」
「それだけで生活していけるの? それにモデルさんって、体型維持とか、食事制限とか色々大変なんじゃないの? それを、キララちゃんはずっと続けて行けるの?」
「…………」
「もし、もしね。キララちゃんがモデルさんになりたいって夢があるなら、お母さん応援するよ? そういうこと勉強する学校とかもあるんでしょ? だったら、やっぱり学校は行かないと。ちゃんとお勉強して、将来の為に」
「……でも……じゃん」
「え? なにキララちゃん?」
「っ――! ママ! アタシの気持ちとかどうでもいいんじゃん!!」
「っ!? キララちゃん!?」
不破は椅子を蹴倒しながら立ち上がると、勢いのままにリビングを飛び出した。太一たちはその勢いのまま壁に押しやられ、不破はそれを気にも留めずに玄関を乱暴に開いて外へと出て行ってしまった。
燈子は玄関から消えていく不破の背中を呆然と見送り、その場で立ち尽くしてしまう。
「太一。満天のこと追いかけて」
「え? でも」
「いいから。こんな時間に女の子一人にできないでしょ」
「う、うん……」
太一は、咄嗟に燈子を見遣り、
「こっちは大丈夫だから。行ってきなさい。なにができるとか、今は考えなくていいから」
「……わかった」
涼子に促されて、太一は不破のあとを追った。
ε=┌( ・д・)┘
新章冒頭からクライマックス(?)な展開!?
いやぁ青春し始めてますねぇ♪
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