主人公が優しくヒロインを助ける王道、なにそれおいしいの?
「な、なに言ってるにょにょ急に!」
太一の唐突な発言に、鳴無は夕暮れの中でも分かるほどに顔を真っ赤にして盛大に言葉を噛んだ。
不破と霧崎は、二人で顔を見合わせて首を捻る。二人にとって……特に不破にとって鳴無がしてきたことはとても許容できるものではないし、ましてやそれが『自分のため』などと言われたところで意味が分からないと思うのは当然のこと。
しかし周囲の反応をよそに、太一は真っ直ぐに鳴無を向き合っている。
「僕、ちょっとだけ気になってたんです。鳴無さんって、不破さんを悪く言うみたいに話したり、挑発するみたいなことを言ったりするんですけど……なんか、そのわりには嫌な感じがしないな、って」
以前、不破が太ってしまったが故にクラスで西住にフラれた時のことは今でも鮮明に思い出すことができる。
クラスの空気、特に不破を嘲笑する女生徒たちの囁き合う姿。不破がダイエットを成功させた後、太一を心配するような素振りから透けて見えた、女生徒二人の不破へ対して決して好意的ではない態度。
いずれも、太一はまるで体の内側を撫でられるような気持ち悪さを感じたのを覚えている。
しかし、鳴無からはそういったものは感じられなかった。
「最初は、なんで不破さんが男の人と付き合うのを邪魔するのかはわからなくて……でも、この前こんな話を聞けたんです」
それは太一が先日、テスト終わりに不破たちと一緒に行ったカラオケ店でのこと――
('ω')
テスト期間中に溜まった鬱憤(ほぼ遊び惚けいていたように見えるが……)を吐き出すかのように、不破グループの女子たちは耳にガンガンと響くような歌声で大熱唱。
特に不破がけしかけたカロリー消費数での勝負に躍起になる会田と伊井野。
声を枯らして歌う彼女たちを尻目に、太一は「宇津木~、ドリンクバーいっしょに行くべ~」と布山に誘われ飲み物の補充に出た。その際に、不破たちから「あ、じゃアタシの分もヨロ!」とグラスを押し付けられたが……
「皆めっちゃ歌うね~。ウチってほとんど声でないからさ~、あんましカロリー消費とかできなさそ~」
「そ、そうでもないですよ」
「そ~なん?」
両手にそれぞれグラスを持ってドリンクバーを目指す。布山は独特のイントネーションで喋る女子である。
あのグループ内では比較的のんびりとした性格で、いつもちょっと気だるげである。マイペースで少し掴みどころがない。
が、強めにグイグイと来る3人と比べるとまだ太一には話しやすい部類の女子である。こうして二人きりの状態でも会話できているのがいい証拠だろう。
「バラードとか、ゆったりと歌う曲の方がカロリー消費には向いてるって聞いたとこあります。お腹を意識して歌うならやっぱり激しい曲よりもいいのかなって僕も思いますしね」
伸びのある声を出す際は喉よりも腹から声を絞るイメージである。
「へぇ~。やっぱ宇津木ダイエットくわしいね~。でもそっか~。めっちゃガンガン声出さなくてもいいんだ~」
ドリンクバーで飲み物を補充する。追加料金を支払えばソフトクリームを自分で作れるサービスもある。不和などグラス一杯にソフトをひり出していた。
ジョッキ満杯に白いとぐろを巻くソフトなど太一は初めて見た。というかあれだけ一気に冷たいものをお腹に入れて後でトイレに駆け込む羽目にならなければいいが。
そもそもダイエットの目的はどこへ行った?
「でもこうしてまた皆でカラオケこれてよかったよね~。正直さ~、キララが鳴無ボコりに行ったって聞いた時はマジ終わったっておもったも~ん」
先日の中庭での一件は本当にギリギリだった。学年主任が倉島でなければもっと話は大事になっていただろう。あの適当さに今回は助けられた格好だ。
「でもさ~、宇津木も災難だったよね~。鳴無にからまれたんでしょ~?」
「ええ、まぁ」
曖昧に頷いて愛想笑いを浮かべる太一。が、布山は顎に人差し指を当てると、
「ん~。まぁ言うて~? 鳴無が絡んだのが『いつもみたいな男相手』だったら~。ウチらもあんまキララにも宇津木にも同情とかしなかったかもしんないけどね~」
「え?」
唐突に出て来た少し冷めた言葉に、太一は思わず声を漏らす。
「あぁ~。そういや宇津木はキララと絡み始めたの最近だもんね~……なんていうかさぁ、あんまし言いたくないんだけど~……ああこれ言っていいやつかな~……」
布山は少し言い澱むような仕草の後に、「まぁいっか~」と独自の解釈を完了させたらしく、先を続ける。
「キララってっさ~、こう言っちゃなんだけど、男の趣味めっちゃ悪いんだよね~。ぶっちゃけさ」
「へ? そうなんですか?」
「そうそ~う。もうね~、なんでソコ選んじゃうかな~、って毎回引くレベル」
割とひどい言いようである。が、太一は口を挟まず彼女の言葉に耳を傾けた。
「ほら~、西住とかさ~、割と分かりやすい感じするでしょ~?」
「あぁ~……はい」
不破にも西住にも悪いが、なんとなく納得できてしてしまった。
「あんな感じでさ~。毎回変な男を引っ掛けたり引っ掛かったりしててさ~。でもその度に鳴無が横槍入れたから~、まぁされた方は堪んないかもしんないけど~、ウチら的には本格的に付き合う前に持ってってくれて『ちょうどよかった』っていうか~」
「……」
……え? それって……もしかして。
布山の言葉に、太一はなにか靄がパッと晴れたような、喉に引っ掛かっていた物が外れたような感覚を覚えた。
「それで言ったら宇津木はまだマシ? って感じ? 顔はめっちゃ怖いけど~、いい奴っぽいし? ウチら……てかキララってさ~、あのビジュアルじゃ~ん? だから毎回町に出るとナンパすごいなんだよねぇ~。今回全然そいうのなかったも~ん。多分宇津木が近くいたからだよね~」
「……」
「? あれ? お~い、宇津木~?」
「え? あ、はい」
「どったの~? 急に黙っちゃって~?」
「いえ、別に。すみません」
「別に謝んてくてもいいし。てか、溢れてね?」
「え? あっ!?」
飲料のボタンを押したまま考え込んでしまい、太一のグラスからは飲み物が零れてしまっていた。おかげで手がベッタベタである。
「も~う、なにやってんし~ww」
ケラケラと笑われながらも、太一の頭にあったのは鳴無の顔であった。思いがけずに得た情報。それは、これまでに抱いていた印象を、ガラリと変えるものであった――
Σ(゜□゜;)
「――これは僕が勝手に想像したことですし、間違ってるかもしれません……僕は、鳴無さんが不破さんが変な男の人と付き合ったりないように、自分がその人達のことを引き受けていたんじゃないですか? それで不破さんが負い目を感じないように、わざと悪ぶった感じに振舞ってたんじゃないのかな、って……あの、間違ってたらすみません」
太一は最後まで自分の考えを語って聞かせた。もちろん状況や彼の勘からくる想像が多分に含まれてはいる。
が、太一は自分の考えがそこまで的を外したものではないのではないかと思っている。
「いやいや、それはねぇだろ。こいつがアタシのためとかありえねぇって」
「う~ん。ウッディには悪いけどウチもそこまでお人好しな考え方はできないかなぁ。ああ、でもキララの男の趣味が悪いってのは同感だけど」
「おいこらさりげなくアタシのことディスってんじゃねぇよ……てか宇津木の話が本当だったら、こいつアタシのことめっちゃくちゃく好きってことじゃん? でも全然そんな感じとかねぇ……」
と、不破が最後まで言いかけて鳴無の方を見遣ると、
「~~~~~~~~~~~っ」
「「!?」」
鳴無は下唇を噛んでスカートを両手でぎゅ~っと握りしめ、顔から耳、首筋、指の先まで真っ赤に染めて唸る鳴無の姿があった。
「え? なにその顔? は? もしかして宇津木の話マジなん?」
「っ!?」
不破に指摘された途端、鳴無はぼんっと音がしそうなほど更に顔を紅潮させ、なんならプルプルと震えて目じりに涙さえ浮かんできていた。
「えぇ~……」
霧崎もさすがに困惑の顔色を隠せない。
「あの、鳴無さん」
「……な、なによ」
太一に声を掛けられ、鳴無は涙目で彼を睨みつける。
「えと……その、すみません」
「~~~~~~~~~~~~っっっ!!!!」
「あっ、鳴無さん!?」
と、そんな太一の謝罪がトドメとなったのか、鳴無はぎゅりっと靴裏をすり減らす勢いで踵を返すと、脱兎のごとくその場から逃走を計った。
猛烈な勢いで遠ざかっていく鳴無の背中を、3対の瞳はただただ唖然と見送った。
が、不意に不破と霧崎が太一の肩にそれぞれ手を乗せると、
「「えぐい」」
「えっ!?」
イヤ~~~~~~~!!ε≡≡ヘ( >Д<)ノ
ストーカーは物理で殴って(蹴って)撃退!
ヒロインはメンタルを打ちのめしてフラグをへし折る!
これが、ラブ(笑)『コメディ』!!
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