他人のためという自己中、結局ひとなんてそんなもんである
――ほんの少し時間を巻き戻し、鳴無がストーカーとバッティングした日の朝……
「よし」
早朝5時。普段より少しだけ早く起床した太一はいつものジャージに着替えてランニングの準備を済ませる。
先日で定期考査は終了。今日からはテストが返却され授業内容も解答内容を解説していくだけの比較的楽な部類にシフトしていく。
――これで、ようやく鳴無の件に集中できるというものだ。
まぁというより行動方針を決定したのが前日なので必然的に動き出しが今日になっただけのことなのだが。
というか意思決定をしてから数日間あの状態の鳴無を放置していたならそれはそれで鬼畜の所業である。そこに痺れも憧れもしない。普通に軽蔑する。
しかしなんにしても心意気新たに太一はぐっと拳を握って昨晩から考えに考え抜いた行動内容を脳内でシミュレートする。
とにもかくにも鳴無がストーカーされている現場に居合わせるのが肝要。
四六時中かのじょの周りに張り付くことも考えたがそれは逆に太一がストーカーのようではないかと却下する。思考回路も『彼女を危険から守りたくて見張ってたんです』ともはや定型文過ぎて逆に引く。
そもそも目的はストーカーに付きまとい行為をやめさせることである。
そのための手段も、とりあえず考えてはみた。
……僕の顔を使えば、もしかしたら。
不破、鳴無、更にはここ最近で気付かされた周囲の自分を遠巻きに見つめてくるような視線から、ようやく太一は自分の顔が世間一般から強面と評される顔立ちであることを自覚した。
もっとも、他人から避けられるというのは当然ながらダメージではなるのだが、今この時においては使えるのではないかと考える。
鳴無の関係者に自分のような男がいることを知らしめ、ついでに脅しの一つでもかければあるいは相手が引いてくれるのではないか。
……大丈夫。夕べ映画も見たし……なんとかなる、よね?
脅しの参考にアウトロー系の作品を視聴、態度や声音さえ意識して変えれば、自身の見た目も相まって相手にプレッシャーをかけることができるはず……という希望的観測のもと無謀な作戦を立案したわけだ。
相手が太一の見た目に恐怖してくれなければ成立しない、どころか逆上して襲われる危険性も孕んでいる。
正直に言って良策とはとても思えない……しかしこれが今の彼に考えられる唯一の手段。
この太一、一回思い込むと暴走するタイプである。太一が不破のことを好きと勘違いし続けた姉のDNAがしっかりとこの弟にも流れているようだ。
姉弟仲が遺伝子レベルで良好なようでなによりである。
「お~い、宇津木~、そろそろランニングでっぞ~……って、なんだ起きてんじゃん」
「あ、不破さん。おはよう」
「うぃ~。ほらさっさと行くぞ~」
「うん」
ノックもなしに部屋に不破が入ってくる。この光景も随分と当たり前になってきた。しかしこの距離感で男女付き合いがなのだからある意味でバクである。
今日は晴れている。清々しいほどに青一色。せめてこんな空色のように、全てが万事解決してくれるといいのだが。
不破と並走しながらも、太一はどうやって鳴無とストーカーに接触すべきかを考える。
とはいっても、できることなどそれこそストーカーのように鳴無をこっそりと追跡し、ストーカーが現れるのを待つしかないだが。
隣でなにやら、う~ん、う~ん、難しい顔をして走る太一。不破はなにか妙な既視感を覚えて、横目に太一を見やり目を細める。
……こいつ、またなんか隠してやがんな。
前回ほどぼうっとしているといことではないのだが、明らかに普段と様子が違う。
ハッキリいって不審。しかも現状で彼がこうなる要因の心当たりが一つしかない……
……ちょっと問い詰めてみっか。
取り合えず今日の昼休み。色々と事情を知ってる霧崎に連絡し太一を尋問……もとい事情聴取の実行が決定された。
もしもまだ性懲りもなくあの女に未練を覗かせるようなら、
「シメる」
ぼそりと、太一にも聞こえないほど小さく不破は呟く。考え事をしていた太一は、隣から発せられるゾッとする気配に思わず身震いした……
( ̄ε ̄?;)ゾゾゾ
ホームルーム前……
宇津木は教室を出て2年3組へと走った。鳴無の所属クラス。さすがに彼女がどこのクラスかは周囲の囁きからすぐに知れた。
仮に今日から動き出すにしても彼女が学校に来ていなければ意味がない。
なにせ自宅を知らない。もし登校してなければその時点で計画破綻である。
が、その心配は無用。鳴無の姿が教室にあることはしっかりと確認できた。窓際奥の席だったのでこっそりと確認するには少し苦労したが。
次の休み時間。太一はまたしても鳴無のクラスへと向かう。彼女の体調はあまり優れていないように思える。
早退してしまわないかをチェックしておく必要があった。もっとも、授業中に帰宅してしまってらその時点でアウトだが。
……うん、まだいる。
しかし懸念に反して鳴無は朝と全く同じ位置に座っていた。朝と同じ位置。クラスの誰かと会話している様子もない。ポツンと一人。太一は妙な親近感を覚えた。
次の休み時間、その次の休み時間も、太一は授業が終わるなり3組へと向かう。
……あれ? なんか今の僕、ストーカーっぽくない?
移動中、ついに気付いてはいけない部分に気付いてしまった。太一の行動は傍から見ればまごうことなきストーカーのソレである。追及されたら言い逃れ不可能なレベル。
それこそ昨晩にも考えた、『彼女を危険から守りたくて見張ってたんです』状態である。もはや警察待ったなし。お巡りさんこっちです。
しかしてそんな太一に鉄槌を下さんとするのは日本の法廷ではなく、
「おいこら宇津木、ちょっとこっちこい」
昼休み。教室を出ようとした太一の首根っこを押さえたのは不破満天。彼女は有無を言わさぬ迫力で太一を教室から連れ出し、例の校舎裏へと連行していく。
「「「(え? 何事?)」」」
教室でクラスメイト達の視線を一斉に浴びながら……
――ダンッ!
「ひっ!?」
校舎裏。太一は不破からロマンスの欠片もない壁ドンを喰らい引き攣った悲鳴を上げる。不破の後ろでは苦笑気味の霧崎。
「おい宇津木、あんた今日、休み時間の度にどこ行ってやがった?」
「そ、それは……」
「言いたくねぇならアタシが言ってやる。2年3組……あの牛チチクソ〇ッチの教室だよな!!」
「っ! み、見てたんですか……?」
「おうよ。お前があの牛チチ見に行ってる現場にな!」
不破のこめかみに青筋発生。キリリと音を立ててただでさえ鋭い瞳が抜き身の刃と化していく。なまじ美人であるだけに迫力もとんでもない。
しかし霧崎がいる以外はまるで5月のワンシーンが再現されているようである。
「あんたマジで懲りてんのか!? それともマゾか!? マゾなんだな!? いや変態か! あんだけされてまだクソ〇ッチに執心してやがんのか!?」
「い、いえ。僕は」
「ああん!?」
「ひぃ!?」
不破は完全に頭に血が上っている様子。鼻先がつっくつ勢いで詰め寄られほのかにいい匂い……などと現実逃避できる様子でもなく、もはや涙目太一さん。
「こらこら……キララちょいステイ。それじゃウッディも言い訳できないっしょ」
……き、霧崎さ~ん。
助け船を出してくれた霧崎。太一は思わず彼女に惚れそうになってしまう。
「ちゃんと話を聞いて、その後でどの程度シメるか決めないと。罪と罰はちゃんと過不足なく、帳尻合わせなきゃ♪」
……霧崎さ~ん!!
この世は鬼しかいなかった。
「チッ……」
鳴無はあからさまに不服そうに舌打ちするも、太一から距離を取る。
「でもさぁウッディ。マジなんで、って感じなんだけど……もしかしてさ、本気で鳴無に未練あったりとかじゃないよね?」
霧崎は比較的穏やかに問い詰めて来る。その目が笑ってないのだけはかなりおっかないが。
「えと……その……」
説明するか悩む。もしも事情を話して二人までついて来たら……さすがに危険である。同時に、太一自身がなぜ行動を起こそうと考えたのか、それを伝えるのはかなり恥ずかしい。
しばらく無言の時間が流れた。不破はイライラしつつも急かしてくることはなかったが、さすがにこままへどもどし続ければ今度は肉体言語が跳んでくるかもしれない。
「……その、実は……」
結局、太一は沈黙に耐えきれずに鳴無がストーカーされていること、自分がそれをどうにかしようとしていることを吐露した。
が、そんな話をすれば当然、
「は? 意味わかんねぇ。それって宇津木がどうにかすることとかじゃなくね?」
「う~ん。ウッディには悪いけどキララに全面的に同感かなぁ。さすがにそれはお人好しってレベル超えてると思う」
「はい……僕も……そう思います……」
「じゃあすぐにやめろし。あの女がストーカーされてんはあいつの責任じゃん?」
「それは、そうなんですけど……」
不破と霧崎の反応は冷ややかだった。鳴無をよく思ってないのもあるのだろうが、それ以前に太一が彼女のために何かしようと行動していることを批難している空気がある。
……でも。
きっと、ここで踏ん張れるかどうかで、太一が成長するのか、それとも現状維持のまま惰性で生きて行くのか……それが、決定してしまう気がした。だからこそ――
「僕は……僕は! 不破さんの友達に相応しい男になりたいんです!」
「「は?」」
脈略なく発せられた発言に、不破と霧崎は声を揃えて首を訝しんだ。
「不破さんは僕なんかでも付き合ってくれて、すっごくカッコよくて! だから、僕は自分を磨くために、鳴無さんをストーカーから助けるんです! だってなんかその方が――カッコいい感じがするじゃないですか!?」
「えぇ……」
「いや~……カッコいい、かなぁ……?」
「カッコいいんです! 僕的には!」
太一は顔真っ赤状態で持論を語る。ついでに、
「それに! なんていうか鳴無さんも、僕に助けられたらなんか悔しい感じとすると思いませんか!? 前に言われたんです! 『別に君のことそこまで興味なかったし』って! そんな相手に助けられたら、なんか屈辱的じゃないですか!?」
「「……」」
「…………っていう、感じ、です……はい」
勢いに任せて全部吐き出した太一は最後にしおしおと小さくなっていく。
そんな彼に彼女たちは、同時に、
「「ゲスい」」
「そんなに!?」
と声を揃えた。
「はぁ……つまりなにか? あの〇ッチを助けて、どや顔してやるつもりだったってか?」
「う……」
「なるほどね~……うん……まぁ、いいんじゃない? ウッディがいいなら」
「なんかドン引きしながら言うのやめてくれません!?」
散々な反応が返ってくる。
……は、話すんじゃなかった。
太一は盛大に公開した。彼の黒歴史がまた一ページ綴られてしまったらしい。彼の青春が真っ黒なページで埋め尽くされる日はそう遠くないもかもしれない。
「す~~~~……はぁ~~~~……くっだらねぇ……」
「うぅ……いいですよ。別に不破さんたちに関係ない話ですし。この件は僕一人で」
「は? バカ言えっての」
「え?」
「アタシ、まだあんたのこと完全に信用してねぇから」
「え?」
なにやら、話の流れが妙な方向に転がっていく予感が。
「あんたが本当にあの女に未練ねぇのか、しっかり監視してやるし。つうわけで、あんたについてくから」
「ええっ!? あ、危ないからダメ――」
「文句、ねぇよな?」
「はい……ありません」
ギロっとTレックスみたいな眼光で睨まれた。頭からぱっくりいかれそう。
「そういうことなら、ウチもついてこっかなぁ」
「霧崎さんまで!?」
「そそ。キララがついてくなら、ウチがいてもいいよね、ウッディ?」
「ええ……」
なにやら断れる雰囲気でもなく、太一の選択は、首を縦に振ることだけであった。
――その後、放課後まで3人でこっそりと鳴無の動向を監視。思いがけず鳴無が夕方まで教室で眠りこけるという事態に不破の苛立ちボルテージが募りつつ……
教室を飛び出した鳴無を、3人は揃って尾行することとなったわけである。
……まぁ、その際にガタイのいい太一の影がうっかりと伸びて鳴無に(ストーカーと間違われて)気付かれ、あわや見失う寸前であったのは、なんとも間の抜けた話である。
ちなみに、鳴無を追いかけながら不破にめっちゃ怒られたのは言うまでもない。
「バカかおめぇは!?」
キック!! ヽ( # ゜Д゜)ノ┌┛Σ(ノ >Д<)ノゲシッ
※彼は主人公です。
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