全てが因果応報だとしたら、この結果はなんの因果に起因するのか?
――テスト最終日、昼過ぎ。
テストからの解放後、不破たちにさっそく絡まれて「打ち上げだ~!」とファミレスへと拉致される太一。
明日からはテストの返却期間。終業式までは基本的に全ての授業がテストの解説で終わる。
ほとんどの生徒がテストの結果に一喜一憂しつつも翌週に控えた夏休みを前に浮足立つ。
中には赤点から夏休み突入と同時に補習なんて憐れな連中もいるもんだが……
果たしていま目の前で妙にはっちゃけている彼女たちはどちら側に転ぶものか。
今から夏休みの計画を立ててはいるがいったいどれだけ実行できるかは正直怪しいもんである。
しかしこんな状況下にあっても太一はいまいち盛り上がりに参加しきれない。
名誉のために付け加えておくが、それが決して彼がただ陰キャをこじらせたコミュ障だからではない。多分にその要素が絡んでいるのは間違いないのは周知の通りだが、今ばかりは少し事情が違う。
周囲の迷惑なんのそのお客様の皆様ごめんなさい。
バカみたいに盛り上がるギャル4人の輪の中に放り込まれながらも彼の脳裏を占拠しているのはこの場にはいない別の女生徒の姿である。
鳴無亜衣梨――現在進行形でストーカー被害にあっているらしい彼女。
今朝もその姿を確認することはできたがやはり先日同様、疲弊しきった表情からはまるで精気が感じられなかった。
律儀に登校してきているのは果たしてテストのためか。そこまで殊勝な性格かどうかはまだ付き合いも浅いため分からない。
或いは学校の方が自宅よりも周りに人がいるため安全と判断し通学路の危険もおして登校してきている可能性もないわけじゃないが。
そもそも気になるのは彼女の両親はこの件に関してなにも動いていないのだろうか。
もしかすると言い出すことができずに一人で抱えている? それはなぜ? なにか家族関係に問題でもあるのだろうか?
もしくは実家を離れて一人暮らしをしているとうこともありえるが。
こんな状況である。もっとも身近な庇護者である親に相談し救援を求めるのが当然のような気もするが……しかしいじめを受けている生徒が、周囲に心配されまいと言い出すことができないという状況というもの確かにあるわけで………
答えは出ない。
いずれにしろもうすぐ夏休み。ただでさえ関係性の水割り状態になってしまった鳴無との仲。
ここで何もせずに長期休暇に入ってしまえば事態への介入はほぼできなくなると考えていい。行動できるリミットは終業式。
しかし行動するにしてもなにをどうする?
鳴無の感じからして関わってきてほしくはなさそうだ。
しかしどう考えても一人で対処しきれている様子でもない。
ただこの問題は時間が経てばたつほどに深刻化していくタイプの案件であることは間違いない。
ようは、うだうだと迷っている時間などないというわけである。
動き出すなら迅速に可及的速やかに……
と、太一が物思いに耽っている脇で、不破が「ちょいトイレ」と席を外した。
すると、
「宇津木。宇津木はこのあとどっか行くかとプランあったりする?」
「え?」
伊井野が太一に身を寄せ、次の予定についてどこに行こうかと訊ねて来る。急に話を振られて思わず口を閉ざしそうになってしまうが、ふと、
『主体性とかないの、君って?』
鳴無に言われた指摘を思い出し、胸の中でチクリと痛みが走る。
「宇津木?」
俯いた太一を伊井野が下から覗き込む。
『あの女に一泡吹かせてやれるくらいの根性みせろや』
……うん。
こんなところで躓いていたんじゃいつまでたっても前になど進めない。後退さえもしないなら真に人間として終わりである。
「あ、あの!!」
「うぉっ!?」
「ちょ、いきなりでかい声出すなし」
「ビビったわ~」
「あ、すみません」
へこへこ頭を下げる太一。普段声を出さないと肝心なところで妙に高い声が出る。いらぬ陰キャあるある知識。
「えと、このあと、なんですけど……不破さん、けっこうカラオケとか好きですし、そっちとかどうなのかな、とか……思いまして……」
徐々に声が尻すぼみになって行く太一。しかも自分の行きたいところではない『不破が好きそうだから』と口にするあたりまだまだ自主性が足りていない。
が、いままでなら決して彼から『ここに行こう』、『なにをしよう』などという発言自体が出てこなかった。
確かに完全な『I』の意見ではなかったかもしれない。
しかし最初の一歩などこれくらいでいいのである。なにより大切なのは、一歩踏み出した事実だ。
「カラオケね~。さっきも候補に出てたけど~、どうする~?」
布山が会田と伊井野に目配せする。
「まぁ別にいいけど。最近マンネリ気味じゃね?」
「だよねぇ」
しかし踏み出した一歩が必ずしも報われるとは限らない。が、
「――別にいいじゃんカラオケでも。つか最近ちょい油断して色々カロリーオーバー気味だったし、なんなら歌いまくってカロリーめっちゃ燃やしてやるし。てかお前ら、これから夏本番って時に毎日食いまくって薄着できんのww」
トイレから戻って来た不破の発言に、グループ女子の全員が、
「はぁ!? ちょっと自分が痩せたからってマウントとんなし!」
「オッケーじゃあ誰が一番カロリー燃やせるか勝負してやろうじゃん!」
「……」
会田と伊井野が不破の挑発にのせられ、布山はシャツから伸びた二の腕を摘まんでちょっと青い顔をしていた。
結局、ファミレスの後はカラオケでの大熱唱合戦が開催されることで決まったらしい。
踏み出した一歩、それが必ず報われることはないが、絶対に躓くという保証もない……それが、手厳しくも時には優しい、気まぐれな現実なのである。
へ(゜ω゜*へ)ワショーィ(ノ*゜ω゜)ノワショーィ
――一方、
ようやくテストが終わった。
しかし鳴無亜衣梨の顔にはなんの達成感も映ってはいない。
明日からは終業式までテストの返却期間とその解説。比較的楽な授業内容の上、それが終われば後は夏休みを待つのみと気楽なものだ。
不破が強襲を仕掛けて来た一件からクラス内の雰囲気は多少ヒリついていたが、今は目の前に迫った長期休暇に心を躍らせている。
なんの憂いもなく、ただ明日が来るのが待ち遠しいとはしゃぐクラスメイト達。
しかし鳴無はそんな彼らのことなどまるで視界に入ってはいない。夏休みなどと浮かれられる気分でもない。
教壇で教師がテストの解答と説き方の解説、捕捉している中で鳴無はおもむろに窓へと視線を移す。
瞳をすがめて視界に映る校門を注視する。
今の時間、そこを通りかかる人間は少ない。ふと人影が校門を横切っていく。
鳴無はそれだけで思わず肩を小さく震わせた。通りを歩いて行ったのはパッとしない中年のサラリーマンだった。それを確認し鳴無は「はぁ」と一息つく。
しかし度々窓の外を見ては、落ち着きなく爪を噛み膝を揺すってしまう。
最近はずっと寝不足だ。おかげでズキズキと頭が痛む。鏡に映った自分の顔色など思わず笑ってしまうほどだ。時々吐き気まで催す。本当に最悪の気分だ。
自宅での夜。窓の外に『例の人影』を認めた瞬間から、鳴無は寝られなくなった。
まともに眠ったのは、先日の宇津木太一に無理やり保健室に連れていかれた時くらいなものだ。
彼のことは気に食わないが、アレだけは正直助かった。あそこで寝てなければ今ごろは倒れていたまである。
学校は安全だ。日中の自宅に家人は誰もいない。
ならば多少危険を冒しても登校した方が逆に危険を回避できる。少なくとも人の目がある場所では『例の影』を見かけたことはない。
昨今、不審者に対する学校側のセキュリティは少し過敏なほどで、外部からの侵入者に関してはほぼ心配の必要もない。
鳴無は人気のない場所へは極力近づかないよう心掛けているし、相手も自分の存在が既に気取られていることは分かっているだろう。
人目さえあれば迂闊な行動には出てこないはず。
相手の正体は分かってる。こんな陰険な行為に及んだ理由にも心当たりはあった。
他人が聞けば、確実その人間は鳴無のことを指さし、『自業自得』と揶揄するであろう、そんな理由……
「はは……これが因果応報ってヤツ? ……はっ……バッカみたい……」
鳴無はこんな状況にも関わらず口を歪ませて嗤った。クラスの誰も鳴無の呟きには気付いていない。
授業は着実に進んでいく。6限目を終え、クラスメイト達は部活へ行く者、グループでたむろして無駄話に興じる者、さっさと帰宅する者達で別れていく。
しかし、鳴無に絡んでくる生徒はいない。だが今はそんな状況がありがたい。昼間からずっと痛む頭に、鳴無は放課後を迎えると同時に机に突っ伏した。
痛みが引くまで、しばしの間だけでも寝かせてほしい。大丈夫。今はクラスメイトが傍にいる。30分くらい仮眠すれば、少しは体調もマシになってくれているはずだ。
そうしたら、すぐに家へ帰ろう。夕方になる前に。陽が高い位置にあるうちに。夕闇という天然の隠れ蓑が出来上がる前であれば、きっと大丈夫。
…………だが、
鳴無が次に目を開いたのは、空が燃えるよな赤に染まる、6時過ぎ。教室は静まり返り、人の気配は皆無だった。
「――っ!? うそ……」
完全に寝過ごした。ちょっと仮眠を取るだけのつもりだったのに。頭の痛みは引いたが別の意味で頭の痛い状況に陥った。やはり日頃の寝不足がたたったか。
マズい……
マズいマズいマズいマズいマズいマズい!
家まではどれだけ急いでも20分程度は掛かる。
しかも途中には人気のない箇所まである。迂回路はあるがどこを通っても人通りの違いはそこまでない。
そればかりか時間ばかり掛かって自ら危険度を上げにいくようなものだ。ならば最短ルートを選択する他ない。
加えて、部活をしている生徒ですら帰宅を始めているこんな時間に学校に居残っている状況も非常によろしくない。
人の数が少なくなればそれだけ外から中に入り込むことが容易になる。
今この瞬間、鳴無のストーカーが内部に紛れ込んでない保証もない。
とにかく鳴無は鞄を手に取ると慌てて校門へと急いだ。
幸い、外に出るまで誰かの気配を感じるということはなかった。
しかし安堵などできようはずもない。むしろ本番はこれからである。
校門を出てから、自然と鞄を握る手に力が入った。背後を何度も確認し、足早に帰路を抜けていく。
心なしか普段よりも人影が少ない気がする。薄暗くなってきた通りの街灯がパッと青白く灯った。
防犯のために設置された灯り。しかし切羽詰まった鳴無にはなんの慰めにもなりはしない。
それどころか、
「――っ!?」
ふと、背後から伸びる影が自分の真横から前方に伸びていることに気が付いた。
息が詰まる。動機がする。発汗して額や掌が湿り気を帯びる。
影がふっと揺らめく。瞬間、鳴無はバッと影から逃れるように駈け出した。
後ろを振り返る余裕などない。影の正体を見てしまったら動けなくなる気がした。
故に、がむしゃらに通りを駆け抜けていく。前だけ見て。目じりに思わず涙が滲む。
どうしてこうなる? 自分はただ……ただ!
「いや、いや……」
呼吸が乱れる。足がもつれそうになる。
きっと今、自分は相当にひどい顔をしているに違いない。構うものか。そんなことを気にしてる余裕なんてとうにない。
通りを滅茶苦茶に走り抜ける。正規ルートから外れて、とにかく背後から迫ってくる影を振り切ろうと必死に足を動かした。
そして、自宅まであと半分というところまで来た。この先だ。最も人気がなくなる鬼門。団地の入り口。
横目に公園が見える。緑化が実施され昼間であれば子供連れで賑わう憩いのエリア。
しかし今は木陰に何かが潜んでいるのではないかという言い知れない恐怖だけが演出され、鳴無の恐怖をこれでもかと煽ってくる。
背後から伸びていた影は、いつの間にか見えなくなっていた。
時刻は6時半を過ぎ、もうすぐ19時……そろそろ、空に瑠璃の幕が掛かり始める。
逃げ切れた?
鳴無の全身は7月の熱気と緊張から噴き出した汗で全身が濡れ、まぶたに垂れてくる雫を手で拭う。
ようやく後ろを振り返る。しかしそこには、誰の姿もない。思わず安堵の息を吐く。しかし喉が渇いた。この熱気に中で全力疾走。おまけに大量の発汗である。体が水分を求めていた。
視界を巡らせると、ちょうど公園の入り口に自動販売機があった。
あまりのんびりはしていられないが、喉の渇きも無視できない。このままではストレスの前に熱中症で倒れてしまいそうだ。
自販機の上部には最近人気のアニメとのコラボ商品の展開を告知するポップ。緊迫状態の中、そんなものでも精神的負荷の軽減には役立ってくれる。
硬貨を投入しスポーツ飲料のボタンに手を伸ばす。
と――
ジャリ……
「え?」
小さな、靴が地面をするような音がした。それは、鳴無が先ほど影を撒いたと思ったのとは“逆の方角”……自宅へと続く道の側から……
おもむろにそちらへ視線を向ける。
すると、街灯の下。そこにいた人物の顔を認めた瞬間、鳴無は凍り付いた。
「やぁ、こんばんは。久しぶりだね、亜衣梨」
街灯の下に立っていたのは、少しくせっ気の脱色した髪の下に、爽やかな笑みを浮かべた同い年の男子だった。
全身真っ黒のコーディネート。黒のシャツ、黒のパンツ、黒のスニーカー……まるで、夜に溶け込むかのような出で立ちをした少年。
「なん、で……」
鳴無の声は震えていた。来た道を確認するように視線だけで背後を確認し、すぐに前に戻す。
少年は相変わらず笑みを湛えたまま。しかし鳴無はじりじりと後退しようとする。しかし、
「っ!?」
ほとんど予備動作もなく、いきなり少年の手が鳴無の手首を掴んだ。
「ああ……亜衣梨、やっと君とまた話せる」
「ちょっ、放しっ……むぅっ!?」
声を上げようとした彼女の口を、少年の手が塞ぐ。くぐもった声だけが辺りに木霊する。
そう。目の前にいるこの少年こそ、今日までずっと鳴無を付け回していた、ストーカーその人である。
「俺さ、君と別れてからずっと考えたんだよ。なにが悪かったのか、どうすれば君を繋ぎとめることができたのかってさ。そもそも、なんで俺がフラれたのかさ」
「っ~~~! ~~~~~~~っ!」
少年の拘束を振りほどこうと必死の鳴無。しかし彼の力を思いのほか強く逃れることができない。
「けっこう真面目に考えたんだぜ? でもやっぱり答えとかでないし、納得でもできなかったわけでさ……つかさ、そもそも亜衣梨から声かけてきたんじゃん? なのに付き合ってみたら数日で『飽きた』とかさ、意味わかんないじゃん? なぁ?」
「っ! っ!」
笑みの下に濁った瞳が覗いている。それはまるで狂気の色だ。薄闇の夕暮れ時、漏れる灯りに照らされた少年の形容しがたい顔に、鳴無の瞳に涙が溜まる。
……いや……いやいやいやいやいや!!
これから自分はなにをされるのか。少年は人の気配がない公園内に鳴無を引き込もうとする。
抵抗しようにも強く握られた手首に走る痛みと恐怖に足がうまく踏ん張ってくれない。
この通りと公園をまたぐ敷居。これをまただ瞬間、鳴無の中でなにかが終わる気配を感じ取る。
……助けて。
口を塞がれて声はできない。それでも、鳴無は呼ばずにはいられなかった。
……きらりん。
憧れていた、その人の名を――
「――おとなしさぁぁぁぁん!!」
「「っ!?」」
突如、鼓膜をビンを揺さぶるような声が響いた。鳴無と少年は同時に動きを止め、音の出所を見遣る。
すると、
「ひっ!?」
喉を引き攣らせたのは、少年だった。
紅に染まった沈みかけの夕日をバックに、こちらへと全速力で駆け寄ってくる影があった。それを一言で表現するのなら――『鬼』である。
鬼気迫る表情、眉間に寄った皺、口元から漏れ出る荒い吐息、ギラギラと逆光の中でも鋭く光るつり上がった鋭利な三白眼。
「ちょあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
まるでやけくそ気味な叫びを上げて鬼が跳んだ。その先にいたのは鳴無の手首を掴んだままの少年。
「うわっ!? ちょっと!? ぎゃあ!!」
少年は咄嗟に鳴無を話して回避しようとしたが間に合わず、鬼のタックルを喰らってもろとも地面に体を投げ出す格好になった。
「ぐぇ!」
下敷きになってヒキガエルみたいな悲鳴を上げる少年。鳴無はあまりの状況についていけず呆然としてしまう。
が、
「え?」
少年にタックルを決めた影の正体を把握した瞬間、彼女はなまじりが裂けてしまいそうなほどに目を見開いた。
「う、宇津木、君……」
「は、はい!」
ストーカーの少年に覆い被さったまま返事をしたのは、紛れもなく……鳴無が先週の土曜日に関係を絶った、宇津木太一であった。
しかも、状況は休む間もなく、次なる衝撃を鳴無に与えてくる。
「――おおいこら、宇津木!! てめぇ一人で先にズンズン行くんじゃねぇっつの!!」
「え……えっ? な、なんで……?」
鳴無の後方、そこから更に別の人物までもがこの場に合流してきたのだ。
「なんで、きらりんが……」
思考が状況に追いつく間もないまま、鳴無はただ、目を白黒させることしかできなかった。
ちょっとだけホラーっぽいナニかを感じてもらえましたか?
しかし最後に全てをぶち壊す!
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