条件を満たしてると出現する裏ボスとかラスボスの最終形態とか…
人は時に自分の持つ性質と異なった行動に出ることがある。
いつもはうるさいくらいに騒がしい人間が急にしおらしくなってみたり、暴力的な人間がふと優しさを覗かせ見たり、逆におっとりとして優しいと思っていた人物が豹変したり……普段は大人しく目立たない人間が、急に大胆な行動に出たり……etc.
それは人間が表層で見せるより複雑かつ複数の側面を内に抱える生き物だからだ。
お人好しと呼ばれるほど者の内側にだって相手を害してやりたいと衝動的に考えてしまう面があり、傍目には悪辣に映る人間にも、相手によっては地母神のごとく慈愛に満ちて接する、なんていう一面を持っている可能性を秘めている。
それは立場と環境でコロコロと移り変わる代物で、完全に制御することなどできるものではない。もしも『自分は感情を御しきれている』などと思っているならきっとそれは盛大な勘違いだ。
それは御しているのではなく、抑え込んでいるだけのこと。強引に内側で圧迫された感情は、時にほんのちょっとした切っ掛けで理性を決壊させて外に溢れ出す。
抑えておけば抑えておくほどに外へ吹き出した時に個人の制御の及ばない激流となる。
そのことを太一は六月に実感した。とめどなく溢れて来る激情は土石流のようで歯止めがきかず、容赦がない。故に、感情を向き合うということは今の自分の状況をただあるがままに受け入れることなのである。
客観的に、今の自分は喜んでいる、怒っている、悲しんでいる、楽しんでいる……素直に、ただあるがままに、自分の状態を俯瞰し、許容する。
もっとも、そんなことが容易にできるなら人生に苦労なんてないのだが……喜怒哀楽なんて四文字で感情を完全にタグ付けできるわけもなく、素直であるかそうでないかで自分の感情に嘘だってつけるのが人間だ。
そして――自分の取った感情的行動に『なぜ!?』とわけもわからず頭を抱えたりすることがあるのもまた、人間である。
……ああ~! 僕はなにしてんだ~っ!?
そしてここにもまた、感情の赴くままに行動し……しかしその大胆さに『なぜ!?』と自己を顧みて盛大に後悔の念に苛まれる少年が一人。
ほんのりと消毒薬のニオイに包まれた白い空間。カーテンで内と外を区切ることができる二つのベッド。保健室である。
パーティションには手洗いうがいを促し、喫煙やら薬物の使用禁止を警告するポスターやら掲示物がびっしりと張り付けられている。
中には避妊はしっかりしましょう、なんて注意を呼び掛ける代物も。
保健室の隅、空間の角で頭を抱えてうずくまるは宇津木太一。二つのベッドの内、カーテンが開かれた一つにはジト目で彼を見遣る鳴無亜衣梨の姿があった。
養護教諭は現在不在なのか留守。鍵は掛かっていなかったのでそのまま中に入ったが、よくよく考えればこれはなかなかに危ないシチュエーションではないか?
男女が保健室に二人きりというのは、年頃でいらぬ知識ばかりをせっせと収集する思春期男子にとってまさに魔境。
咄嗟にカッとなって鳴無をここへ連れてきたが、これから果たして自分はどうする? あまりにも衝動的に動き過ぎた。どう考えても向こう見ず。
石橋をしつこく入念に点検していた頃の彼はどこへ行ってしまったのか。
これではまるでノリでバカをやらかす高校生そのものではないか。
太一もこの数ヶ月で随分と不破に毒され……感化されてきたようでなによりである。
「ちょっと……こんなところに連れ込んでなんのつもりよ? ……まさか、妙なことしようって魂胆じゃ」
「違いますよ! 全っぜんそんなつもりありませんから!! 鳴無さんにそんな感情微塵も抱きません!!」
「……なぜかしら。そこまで全力で否定されるとそれはそれで腹立つわね」
鳴無が「はぁ」と息を吐く。すると顔半分を手で覆って目を瞑った。
「全く……こっちは疲れてるってのに……」
鳴無はベッドの方に重心を寄せる。片手で体を支える様から、体調が優れていないことが覗える。
「あの、とりあえず横になった方がいいと思います」
「ええ……そうする…………変な事したら、大声上げるから」
「だからしませんってば!!」
「……どうだか」
鳴無は倒れ込むようにベッドの上で横になった。途端に「はぁ~~~」と細く長い吐息が漏れ出る。
「もういいから……教室戻ったら? 今ならまだテスト受けられるでしょ」
「……」
時計を確認する。既にテストは開始されている。事情を話せば今からでもテストを受けさせてもらうことはできるだろう。時間的にも解答をギリギリ埋められるだけの猶予もある。
しかし……
「僕、まだ鳴無さんに事情を訊いてないです」
などと言いつつ、既におおよその検討はついているのだが。
「……訊いて、どうするっていうのよ?」
「それは……」
判らない。
最初はただ、彼女から『関係ない』と言われて腹が立った。
しかし冷静になってみると自分は果たして話を聞き出して何がしたかったというのか。
彼女のしたことを思えば無視を決め込んだところで誰に責められることもない。
逆に、ここで彼女と関りを持とうとしている太一の行動にこそ疑問を抱く者の方が多いはずだ。
それでも彼が動いたのは、
「君、ほんとずっとそんな感じだよね……ハッキリしないっていうか。人の顔色ばっかり窺ってる感じ」
「……」
「正直、君に関わったのは完全に失敗だった。この前の中庭のヤツで、なんでかワタシが君にフラれたみたいな空気になったし……なんでこっちが可哀想に思われなきゃいけないのよ……もう、最悪」
「……」
「今回ばかりはほんとにきらりんがわからない……なんで君みたいなのを側に置いてるのよ……おまけに君と付き合ってもないってのにあの怒りようって……あの子、前はそんなんじゃなかったのに……宇津木太一……君のせいで、もうワタシの頭ん中全部ぐちゃぐちゃよ……」
鳴無は好き勝手言いながら腕で目を覆った。最後に彼女は、消え入りそうな声で、
「早くどっか行って。君にそばにいられると、イライラして仕方ないのよ」
ゴロンと転がって背中を向ける鳴無。ほんの数日前まで太一をからって、引っ張っていった後ろ姿が、今は本当に小さく見える。
「……鳴無さん」
「……」
「あの、間違ってたらすみません……」
「……」
「もしかして――ストーカー、ですか?」
「っ……!」
太一の声に、鳴無の細い肩が震えた。彼女はなにも語らない。しかし今の反応が彼の言葉が正しいと証明していた。
「いつからですか?」
返事は期待していなかった。しかし、鳴無は一瞬太一に振り返ると、
「……彼に気付いたのは、この前の土曜日。君と駅で、待ち合わせしたあの時よ」
「あ」
あの時、鳴無はいきなり走り出したのを思い出す。なるほど。あのとき彼女の視線の先には、そのストーカーの姿が映っていたわけだ。
すぐに顔を背けるも、おもむろに口を開いた。
「あの時はと君と一緒だったし。ちょっと気まずくてワタシから避けたって感じだったんだけど……でも……それから気が付くと、後ろを付いてきてるのよ……ずっと……ずっと……」
「っ……それは……」
想像する。道を歩いている最中、背後からこちらを付けて来る人間がいる状況を……ずっと、ずっと……歩調を変えても合わせてきて、ぴったりと影のように……背中に張り付かれる。
ゾッとした。ただの妄想にも関わらず、足元から這い上がってくる怖気に肌が粟立つ。
実際に付きまといを経験したことのない太一でさえ嫌悪感を抱くのだ。
現在進行形で被害を被っている彼女は、果たしてどれだけ精神を摩耗させたのだろう。
「その……相手は、知り合い、ですか?」
「……ええ……前にちょっとだけ、『遊んであげた』男の子……」
「そう、ですか」
もしかすると、今回の太一のような目にあった人物なのかもしれない。だとすれば、今回の一件、彼女にも相応の責任があることになるが……
「あの、警察とかは?」
「今のところ実害ないしね。話は聞いてくれてもたぶん動いてはくれないんじゃない。調べたけど、こういうのって実際になにか被害がないとほとんどなんもしれくれないのが大半なんだってさ」
「……そうですか」
「まぁ、警察も暇じゃないんでしょ。世の中にゴロゴロしてる小さな面倒事、全部に対処してたら時間なんていくらあったって足りないでしょうし」
その諦めを含んだ言いよう。鳴無はこれから、どうするつもりでいるのだろうか。
「別に、どうもしない。どうしようもない」
「……」
「これで満足した? それとも、『ざまぁ』って思ったかしら?」
「そんな!」
「まぁどっちでもいいけど……ワタシ、ちょっと寝るから……最近、寝れてないのよ」
「……はい」
鳴無は掛け布団を頭まですっぽりとかぶり、これ以上は何も話すつもりはないと、言外に太一を拒絶した。
これ以上、彼女と語ることもできない。太一はベッドから離れ、扉へと向かう。
すると、ちょうど養護教諭が戻って来た。白衣を着た中年くらいの女性。太一の姿にビクッと顔をこわばらせたが、彼がこの場にいる事情を説明すると、
「そう、ありがとう。時間はギリギリだけど、事情を説明すればまだテストは受けられると思うわ。あとは私が看ておくから、君は教室に戻りなさい」
養護教諭に見送られ、太一は教室へと戻った。
しかし、なんとか受けることができたテストも、太一はまるで集中することができなかった。
「……」
自分に何ができるかも、自分が何をしたいのかも、やっぱり分からない。
『あの女に一泡吹かせてやれるくらいの根性みせろや。好き勝手に『つまんねぇ男』とか言わせてねぇで、あいつを黙らせられるくらいに男になってやるってよ』
「あ」
テストを受けながら、思わず声が漏れた。監督脅威からの訝しむ視線を向けられ、太一は慌てて解答用紙に視線を固定させる。
ふと脳裏をよぎったのは、先日に不破から掛けられた激励の言葉。
……そうだ。
思い出した。
……僕は、不破さんの友達して、隣にいるのにふさわしい人間になりたい。
ならば、
――だれかを見捨てる様な男に成り下がることなど、できるはずがなかったのだ。不破は、こんな自分のためにも本気で怒れるような人間だ。
ここで鳴無を見捨てる様な行動をとる人間が、彼女の隣に相応しいなどとは思えない。
『関係性なんて利己的なものよ』
同時に、涼子の言葉が脳裏をかすめる。直後、テスト終了を告げる鐘の音が鳴る。
太一は開いた窓から吹き込む風を受けて、小さく呟きを漏らす。
自分の取るべき行動の方向性が、定まった瞬間である。
「……鳴無さん、僕は今回……」
――あなたを利用します。
太一は人知れず、鳴無亜衣梨へと、宣戦布告した。
( `・ω・´)ムンッ!
読者の皆様、一週間! お待たせしました!!
ラストへ向けて! 投・稿・再・開!!!!
お待たせして本当に申し訳ございませんでした!!
第二章のクライマックス! 突入でございます!!!!
※数話分あります。本日から連続投稿を実施します。
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