ゴールすると今度はそこがスタート地点になる、人生はこの繰り返し
不破と鳴無が中庭で対峙したあの日から、早いもので二日が過ぎたていた。
今日からいよいよ定期考査が開始される。周囲の空気は一層引き締まったり嘆く者たちの怨嗟に塗れたりとある意味混迷を極めている。
そんな中にも関わらず不破と太一は日課のランニング。朝の空気も7時へ近づいていくごとに熱気を帯び始める。
が、隣を走る不破は少し面白くないといったご様子。その理由を語るには少しだけ時系列チャートを過去に遡る必要があるだろう。
(-"-)
あの事件の翌日――太一と不破、そして鳴無は学年主任の倉島に呼び出しを受け、生徒指導室へと連行されていくことになった。
まぁあれだけの騒ぎを起こしたのだから言うまでもないことである。
頬に絆創膏をはっつけた太一、そんな彼を両サイドからサンドイッチする不破と鳴無。
両手に花だって? バカ言っちゃいけない。
こんな凶暴な花などあってたまるか。仮に花だったしても食虫植物の類である。
両手をパックンされたいなら是非ともどうぞ。今すぐこの場を譲り渡してやる。
3人を前に倉島は渋い顔。よほど酸っぱいもんを口の中にぶちこまれたらしい。
4月に厄介事を引き起こしてくれたというのに3か月そこそこでまたしても問題行動をやらかされたらならこんな面にだってなる。
「お前ら……特に鳴無……お前復帰して一週間だぞ」
倉島のねめつける視線が鳴無を射抜く。しかし彼女は先日とは打って変わって例の怪しい笑みを湛えていた。
が、今回最も問題視されているのは、教室で暴れた末に鳴無を呼び出し拳によるスキンシップを図った不破である。
事態は4月の時と比べてだいぶマシとはいえ、校内で暴力沙汰が起きたという事実は変わらない。
実際、不破と鳴無の間に挟まれて超絶居心地悪そうにしている太一は頬にでっかい絆創膏を張り付けている。
目撃者の証言曰く、不破の拳をガッツリと喰らって吹っ飛んだらしい。
おまけに二人が喧嘩することになった原因とくれば当事者ととして話を聞かないわけには行かない。
当然、倉島は事の顛末を太一に問いただす。
彼の証言いかんによっては、不破はもちろんこと、鳴無もただでは済まない。
なにせ鳴無のやったことは傍目にもかなり悪質な行為だ。当然不破同様に何かしらの処分が下されることになるだろう。
が、彼はオドオドとした態度ながらも、倉島を真っ直ぐに見返しながら、
「僕はただ……あそこで転んだだけです……二人の喧嘩とは、なんの関りもありません」
などと誰が聞いても嘘と判るようなことを口にした。
倉島からのじっとりと探るような視線が突き刺さる。彼の隣で僅かに鳴無の瞳が見開かれたのも彼は見逃さなかった。突けば確実に何か出てくる。それも核心的なものが。
しかし、
「はぁ~……宇津木はそれでいいんだな?」
『は、はい!』
倉島は盛大に溜息をもらしつつ、事の原因の追究することもなく、最後には不破と鳴無に、喧嘩の原因を問う。
が、不破はいつもの調子で「さぁ、忘れた」と適当に返し、鳴無も「よく覚えてませんね」と、いつもの調子で煙に巻くように回答するにとどまった。
むろんそれで済むはずがない。本来であれば……
「はぁ……じゃあもういいわ。お前ら帰れ。取り合えず不破と鳴無は反省文4枚。終業式までに書いてこい。いいか、『絶対』だぞ」
倉島は呆れた表情で頬杖をつくと、しっしっと手を払って3人を部屋の外へと追い出した。
思いがけず呆気ない幕引きである。
「あの先生が『絶対』なんて言うの、ワタシ初めて聞いたわね……」
咄嗟に呟いたのは鳴無。ようは今回の騒動を軽く見逃す代わりに出すもんを出せ、ということらしい。もしそれも渋るようなら後はないという一種の脅し。
不破は「めんどくさ」と愚痴をこぼし、太一が苦笑する。首の皮一枚つながった。学年主任が倉島でなければもっと面倒なことになっていただろう。
まぁある意味職務放棄ともとれるが、見方によっては機会を与えられたとも考えられる。が、その真意は測りようもない。
面倒ごとを嫌うならこんな問題生徒などさっさと学校から追い出してしまえばいい。口実は腐るほど転がっている。
それでも倉島はいつものマイペースっぷりでことをなぁなぁで済ませた。
まこと。あの教師は鳴無以上に読み切れない。
しかし考えたところで答えの出ない問題だ。太一と不破は教室へと戻ろうと足を動かす。
「ちょっと」
が、背後から鳴無に呼び止められた。二人は同時に振り返る。
「なんで何も言わなかったの? あそこで全部ぶちまければワタシにやり返せたかもしれないのに」
理解しがたいもので見るような視線が太一に向けられる。
「君、ほんと何がしたいの? もしかして、ワタシの弱みでも握った気になってる?」
鳴無の発言に不破の眉根が寄る。しかし彼は『いえ』と首を横に振って、
「単に、僕が今の生活をそのまま続けたかっただけです」
「ふーん……そう」
鳴無は冷めた目で二人の横をすれ違っていく。
「バッカみたい」
最後に、彼女はそう吐き捨てて、二人の前から姿を消した。
鳴無の後姿を見送った太一と不破。が、不意に太一の脛小僧に、
ゲシッ
「いっ――!?」
不破の蹴りが炸裂した。
「ちょっ!? 不破さん!?」
ちょっと涙目の太一。弁慶の泣き所へと綺麗に入った一撃。打撃を受けた足を抱えて思わず飛び上がってしまった。
「ふん……」
痛みをこらえる太一に向けて、不破は鼻を鳴らして彼を置き去りにさっさと教室へと行ってしまう。
まるで事態が飲み込めず太一の頭上では疑問符たちが行進していた。
太一をその場に置き去りに、
「せっかくのチャンスふいにしやがって……バーカ」
などと不破からも罵られる始末。不破の信条は『やられたらやりかえす』。良いことも悪いことも、されたことには相応の報いを。
不破の目から、太一は無条件で鳴無を許したように見えた。太一は鳴無に悔し涙を流したはずだ。
ならば今回の一件でやり返してもよかったはずだ。その権利をもっていただはずだ。
しかし、そうしなかった。
不破にはそれが、面白くない。或いは、そこまで鳴無の件で傷付いてなどいなかったのか。
だとしたら一人で憤っていた自分がバカみたいではないか。
(--〆)フンッ!(~_~;)???
――結局、もやもやしたものは翌朝になっても晴れず、不破は太一と並走しながらも少し距離を開けている。
「あの、不破さん?」
「……なに?」
「えと、なにか……怒ってます?」
昨日。帰ってきてからずっとこの調子だ。日付をまたげば多少は改善されるかもと思ったが。
「別に。なんてぇか。わざわざあの乳デカんとこ行って喧嘩売ったのがバカらしいって思っただけ。誰かさんもあいつになんもしねぇで許しやがるしよ」
「……すみません」
「ふん」
不破はそっぽを向いて走る速度を少し上げた。太一はそれに追従し、「あ、あのっ」と思い切って声を掛ける。
「……」
が、不破は無視を決めこむ。彼女の反応が思いのほか太一のメンタルにザクっと突き刺さった。
しかし少し前の太一であればここで俯いてただ彼女のあとを追いかけるだけで終わっていたかもしれない。
それでも、たとえ声が尻すぼみになっても、言いたいことを口にべきであるこということだけは、ほかならぬ目の前の彼女から教わったのではないか。
「僕、別に鳴無さんを許したりとか、してないから」
「は? じゃあ昨日くらやんに全部話せばよかったじゃん。そしたらあいつ、ぜってぇただじゃすまなったってのによ」
「うん……でも、それじゃ話が大きくなっちゃうし……そうなると、不破さんにも迷惑が掛かっちゃうから」
太一は不破とこうして過ごす時間を失いたくないと思った。
倉島はなぁなぁことを治めてくれたが、これがもっと話がややこしくなれば他の教師、或いは上の立場から不破たちの処分を強要されてもおかしくはない。
学校側としても、問題のある生徒などできれば抱えていたくはないだろう。
「バッカじゃねぇの。人の心配できるくらい余裕あんのかよ」
「それは……すみません」
「……はぁ~~~」
と、不破は盛大に溜息を吐き出し、少し速度を緩めて太一の隣に並ぶと、
「おかげであの乳デカクソ〇ッチも学校に残っちまったじゃねぇかよ。どうせガッコ辞めさせられんなら道連れにしてやろうと思ったのによ」
「すみません」
「だったらよ」
ふと、不破は手を上げ、太一の背中に、
――バチン!!
「い~~~~~~っ!?」
強烈な平手打ちを喰らわせた。
「え? え!?」
太一は背中に走るじわ~っとした痛みに隣を走る鳴無を見遣り、
「あの女に一泡吹かせてやれるくらいの根性みせろや。好き勝手に『つまんねぇ男』とか言わせてねぇで、あいつを黙らせられるくらいに男になってやるってよ」
「……」
思わず、太一は不破をじっと見つめてしまう。が、彼女は少し頬に朱を入れると、
「なんだよ? じっと見てくんじゃねぇよヘタレ」
「あ、すみま――いえ」
口癖のような謝罪の言葉を途中で飲み込み、太一は気持ちに胃の腑に力を入れて、
「はい。僕、鳴無さんを見返せるくらいの男になります」
不破を真っ直ぐに見返し、ハッキリと首を縦に振った。
「ふん……まぁ精々頑張れ」
「はい! ……って、ちょっと! 不破さん!?」
不破は鼻を鳴らすと、太一から顔を背けていきなり足の回転を速めて走り去っていく。
太一は慌てて彼女の後を追った。
不破は妙に胸焼けするようなゾワゾワする感情に顔が熱くなる。
……あっちぃ、くそ。
後ろから追ってくる太一を遠ざけるように、不破は更に、走る速度を上げた。
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更新遅れてごめんなさい!
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