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【Web版】毎日家に来るギャルが距離感ゼロでも優しくない  作者: らいと
2:『鳴無亜衣梨は判らない』
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自分にとって大切な優先順位をつければ物事は大抵うまくいく…はず

「は?」


 不破からストレートに放たれたのは、こいつなに言ってるの? という半開きの視線。周りの生徒たちも似たり寄ったりの表情だ。

 太一は全力で自分が滑った事実を突きつけられた。あまりにも華麗にその場をスライディングですり抜けていく様はむしろ見事とさえ言るかもしれない。吉〇興業ならクビ待ったなしである。


 いやしかし言ってることは間違ってない。この諍いの原因は間違いなく太一である。

 化石のようなセリフの古臭さとあまりにも場の雰囲気を無視したエアブレイクな発言でさえなければ、或いはもっと格好もついたのやもしれない。


 が、飛び出した発言を引っ込めることができないのは6月の一件で実証済み。ふと周囲の呟きが漏れ聞こえてくる。


「え? なにアレ?」

「僕のため……は? マジか?」

「つか、あいつ顔怖くね?」

「バカ。指さすな。巻き込まれんだろ」

「ねぇ? なんか雰囲気的にあの人っぽくない? 喧嘩の原因」

「ああ、かも……え? でもなんか殴られてなかった?」

「なんか顔だけなら普通に不破のカレシって感じはするかも」

「俺『自分の為に争わないで』とかガチで言う奴はじめて見た」

「いやいやいや。普通にギャグだろ。真面目に言っていたらそれもギャグ」

「この状況でああいう台詞出て来るか普通? 逆に度胸ありすぎて引くんだが」

「ていうかさ、どうなんのこれ? もうなんか滅茶苦茶じゃん」


 太一は口をパクパクさせて赤いペンキでもぶちまけのかと思ってしまうほどに赤面している。さすがに自分でも先程の発言はないと思っている。

 いったいいつの時代の台詞だ。それこそ誰かが言ってたが完全にギャグでしか見たことない。

 それをクソ真面目に口走った先程の自分を殴り飛ばしてやりたい。


 ……いや、ついさっき不破に思いっ切りぶん殴られたばかりなのだが。


「ああ……なんだ、殴られて頭おかしくなったか? もう一発殴っとけば治るか、あん?」

「いえ、遠慮させてください」


 拳を持ち上げる不破。太一を昭和家電か何かと勘違いしてるんだろうか。


 が、微妙に弛緩した空気の中、鳴無は冷めた目つきで二人を見下ろしていた。


「なにしてるんですか、君は?」

「あ……お、鳴無、さん……」

「もしかして、ほんとうに助けてくれたんですか? この前あれだけ言われて、まだワタシに未練タラタラなのかしら? だったらストーカーの素質ありますねぇ。気持ち悪い」

「てめ、この……っ!?」


 嘲笑する笑みを湛えて太一を揶揄する鳴無。不破が再び瞳を吊り上げ鳴無に食い掛ろうとするが、咄嗟に太一は彼女の腕を柄んだ。


「ダメです、不破さん」

「放せ! つかあんた、マジでこのクソ女にまだ入れ込んでんじゃ」

「そんなんじゃ、ありません。もう、そんなことはどうだっていい」

「はぁ? じゃあなんで邪魔すんだよ!?」


 不破は太一の腕を振りほどくと、逆に太一に険しい表情を向けた。思わず尻込みしそうになる内心をどうにか押しとどめ、太一は顔を上げる。


「だって、このままじゃ不破さん、本当に退学になっちゃうから」

「だったらなんだってんだ!? アタシはガッコなんかどうだっていい! アタシのツレに手ぇ出した奴は全員ぶっ飛ばす! それで退学んなる? 上等だってんだ! アタシは別にそうなったって全然っ――」


「僕がイヤなんだよ!!!」


 不破の言葉を遮り、太一は彼には珍しく彼女へと詰め寄った。


「せっかく、不破さんと仲直りできて……皆で、ご飯食べたり、霧崎さんとも一緒に、遊んだり……」


 霧崎から連絡を受けて、ここまでただガムシャラに走ってきた。どうすればいいのかも、どうしたいのかもあやふやなまま。


「僕にとって、色んなことが初めてで……その全部に、不破さんがいて、関わってきて……僕が変わりたいって、そう思った切っ掛けをくれて……なのに……」


 考えた。ない頭を絞って、自分にとっての『大切』を。


「なのに、その不破さんが、いなくなるなんて、イヤです……」


 だが、本当は最初から分かっていたのかもしれない。太一にとって、ナニが最も優先順位が高いのか。

 どれだけ回り道をしても、結局のところ行きつく先にいるのは、いつだって彼女だった。


 ならばもう、あとは言葉を伝えるしかない。


『言いたいことがあるならハッキリ言えっての!』


 ずっと不破に言われてきたことだ。しかしどれだけ言葉を尽くしたところで気持ちの何割が相手に伝わるというのか。

 幾重にも重なった複雑怪奇な感情の形など誰にも、それこそ本人にだって完全に理解などできるモノではない。

 おまけに質の悪いことに言葉には大なり小なり嘘が混じる。そうなればより複雑さは増していく。ならば言葉を紡ぐことに意味はあるのか? 

 ……などと説いたところでそんなことは無意味である。結局ひとは対話でしか相互理解を得られない。体で、瞳で、そして口で。


 人が思考だけで会話できるその日まで、


「ゲームのコントローラーも買ったし、無理やり会田さんたちに引き会わせるし、霧崎さんと一緒に、いっぱい僕のこと振り回すし!!」


 相手に自分を知ってもらう手段は、いつだって最も扱いづらい言葉でしかないのだから。


「僕にいっぱい構ってきたんですから! 最後まで相手してくれないと困る! いきなり退学になってもいいなんて、無責任じゃないか! 僕は……僕は――っ!」 」


 故に、ここにいる不器用な少年も、思いを言葉に乗せるのだ。


「僕はもっと! 不破さんと一緒に遊んでいたいんです!!」


 学校じゃなくてもいいなんてことない。だって、ここにはまだまだ、太一たちも知らないイベント、未体験ゾーンが待っているはずなのだから。


「……あんたさ」

「はい」

「キモイ」

「なんで!?」


 尽くした言葉の返礼は罵倒だった。思わず太一も華麗にツッコミを入れてしまう。


「つかさ、それ全部あんたの都合じゃん? それにアタシが従う理由とかなくね?」

「う……そのとおり、です……」


 シュンと下を向いてしまう太一。が、不破は下から太一の顔を覗き込んでくると、


 バチン!


「いった!」


 いつもの額ではなく、鼻っ面にデコピンを見舞してきた。予想していなかった箇所への打撃に太一は鼻を抑えて涙目である。


「な、なんでふか急に!?」

「ったく。んなんだからあの乳でか女にいい様に遊ばれんだよ。ハンセイしろハンセイ」

「えぇ……」


 なにやら理不尽なことを言われているような気がする。しかし不破からは先程までの全身を絞られるような圧は綺麗になくなっていた。


「はぁ……ああもういいわ。なんか全部なえた。終わり終わり! 行くぞ宇津木!」

「あ、は、はい!」


 マイペースにその場を去って行こうとする不破。太一もそれに続く。


「って、ちょっと! 待ちなさいって! 人のこと呼び出しといて放置なわけ!?」

「ああん?」


 不破が面倒くさそうに振り返る。ポツンと状況に取り残された鳴無。彼女は困惑とも怒りとも取れない表情で不破を見つめていた。


「なんだよ? まだ用あんの?」

「用があって呼び出したのはそっち!」

「いやまあそうだけど……さっき言ったじゃん。もういいって。だからお前も教室帰れば?」

「はぁっ!?」


 ……おお。鳴無さんのあんな顔を初めて見た。


 太一は謎に感心してしまった。同時に、不破に振り回されている身として、彼女にほんの少し同情も覚えてしまう。


「あぁ~、なんか急に腹減ってきた。宇津木、教室からカバンとってきて」

「え?」

「今日はもうバックレるわ。外で適当に食べる」

「ええっ!?」

「あ、ちな宇津木も付き合ってもらうから。てか今日プールの予定じゃん。ああでもクソ真面目に泳ぐのダリィなぁ……てなわけで、飯食ったらこないだの温泉行くか!」

「え、あの不破さん!?」

「したら霧崎にも声かけみっかなぁ。あいつこないだハブしたのまだネチネチ言ってくるし。てか宇津木、カバン。ダッシュ」

「ああ、もう! わかりましたよ!!」

「よろ~。アタシ昇降口で待ってっから」


 手をヒラヒラと振ってスマホ片手に中庭を去って行く自由人。


 周囲の人間は鳴無も含めのそのあまりの自由っぷりにただ唖然とさせられる。


 そんな中、太一は「はぁ」と溜息をつき苦笑。しかしすぐに表情を気持ち引き締め、拳をぎゅっと握ると鳴無へと振り返って近付いた。


「あの、鳴無さん」

「っ……なに?」


 太一から声を掛けて来るとは思っていなかったのか、鳴無は警戒心を露わにじっとりと睨みつけて来る。


「その……言っておかないといけないことがあると、思って」

「なによ。ああ、この前の件でなにか文句でもあるってこと? でもアレは君が単につまらない男ってだけで、ワタシは」


 鳴無は口元を歪ませて太一を揶揄しようとし、


「あの、先週は僕に付き合ってくれて、ありがとうございました!」


 しかし太一の思わぬ発言に遮られた。こんな自分でも付き合ってくれた鳴無。卑屈かもしれないが、太一は確かに楽しいと思える時間を彼女から貰ったのだ。

 その結末がどうあれ、過程で得たものは変わらない。彼女に自分は、一時とはいえ『友人』として過ごさせてもらった……太一には、たったそれだけでのことでも、頭を下げる価値を彼女に見出すことができた。

 故の、感謝の言葉である。


 ただ、そうして前向きに物事を捉えることができたのは、きっと……


「あと、その……ごめんなさい!!」

「は? え? なにそれ?」

「そ、それじゃ!」


 太一は慌てて踵を返し、鳴無に背を向けて教室へと走る。今度こそ本当にその場に一人取り残されてしまった鳴無。


 すると、周りから、


「え? なに? いま、あの子フラれた?」

「なんかそんな感じじゃね?」

「うわぁ、マジで。こんな人のいっぱいいる場所でって……ちょっと可哀想」


「っ!?」


 鳴無は慌てて周囲を見渡す。そこには、明らかにこちらへ同情の視線を注ぐ群衆の視線の数々。


 鳴無は顔と頭に熱を覚えて、思わず口元を腕で隠し、その場から去った。


 ……ちょっとちょっとちょっと! なんでアタシがフラれた風になってんのよ!


 フったのはむしろ自分だ。なのに、この場の空気は完全に鳴無を恋の敗者であるかのように演出していた。


 ……宇津木、太一!!


 ナチュラルに先日の一件をやり返してきた男子生徒の顔を思い出し、鳴無は顔を赤くしながら廊下をズンズンと進んでいく。


 が、太一は別に鳴無にやり返してやろうなどと思いはつゆほどもなく……彼は単に、言葉が足らなかっただけ。もっとより彼の言葉を正確に伝えるなら以下の通りとなる。


『せっかくのデート、全部鳴無さんに予定とか行き先とか、全部丸投げしちゃってごめんなさい』である。


 不破を待たせている焦り、更にはこっぴどい別れ方をした鳴無を前にした緊張、ダメ押しに彼のコミュニケーション能力の不足……以上の点が複雑に作用しあった結果が、あの盛大に内容をはしょった『ごめんなさい』なのである。


 まさしく奇跡のマリアージュ。状況と絶妙に勘違いされそうな会話の流れが、まこと珍妙に噛み合った喜劇的演出であった。

 尤も、それに巻き込まれた鳴無は自業自得と言うべきかとばっちりと言うべきか。とにもかくにも赤っ恥である。


 そして、そんな奇跡の現場を見ていた人物がひとり。


「ピュ~♪ やるじゃんウッディ」


 霧崎麻衣佳。陰で様子を窺っていた彼女。ポケットでスマホが振動。不破からのメッセージに嬉々として『OK』の返事を書き込むと、霧崎は荷物を取りに教室へ。


 鳴無も午後の授業から学校から姿を消し、結局その日、事件の当事者全員が学校をサボタージュ。


 報告を受けた倉島教諭は、


「勘弁してくれよ……」


 と、天井を仰いだという。



 オーイ( ̄□ ̄;)!!

こ、これはもしや「ざまぁ」展開か!? 

そうなんだな!?

↑↑↑(んなわけない…)


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