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【Web版】毎日家に来るギャルが距離感ゼロでも優しくない  作者: らいと
2:『鳴無亜衣梨は判らない』
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間違ってはいない、うん、間違ってはいないけども……

 電話口にノイズ交じりの霧崎の声を拾う。走りながら、手の中でガサガサと音を立てる袋の音がやかましい。


「ふ、不破さんが退学って、なんなんですかソレ!?」

『退学になるかも、って話……キララ、4月に鳴無と殴り合いして一回停学くらってるし』

「な、殴り合い!?」


 なにかあったとは聞いていたがそこまでとは。当時の太一は周囲の出来事にまるで関心などなかったため完全に初耳だ。改めて自分が周囲のことを完全にブロックしていたことを思い知る。


『てかキララ、1年のころに何度も停学くらって2年に進級すんのもギリギリだったんだよねぇ……言っちゃうと完全にイエローカード状態なわけ……だから、次でっかい問題起こしたらどうなるかわからないってこと』

「で、でも、不破さんだっていきなり鳴無さんに手を出したりなんて」

『それが分からないから危ないんだって……キララ、あれで身内が攻撃されると容赦ないし……ウッディ、自分がもちっとキララに気に掛けられてるって自覚持った方がいいよ』

「……はい」

『ウッディが行ってどうにかなるかもわからないけど……たぶん関係ない人間がなに言っても聞かないと思うから……』

「僕が、不破さんを、とめる?」

『まぁそうなるのかなぁ……』


 できるのか? 自分に?


 あの唯我独尊を地で行く不破満天を。如何に今回の当事者とはいえ。本当に……?


 しかし、霧崎の目から見ても不破の表情はかなり険しかったらしい。今回の一件は相当頭にきてるといった様子。咄嗟に霧崎は太一を教室へ呼びに出たが、折り悪くすれ違ってしまったわけだ。

 間が悪い。メッセージを打ち込む時間が惜しいとばかりに通話して来たあたり霧崎の焦るが見て取れる。

 今回の事態を治められるとすれば、きっと太一が最も大きなカギを握っている。なんとも頼りないクモの糸。それでも……


 しかしどうやって止めればいいのか。

 頭に血が上った不破が人の話を聞くかは怪しいものだ。不破と過ごしてそのことは身に染みて理解できている。

 言葉を如何に駆使しても彼女はきっと止まらない。ブレーキのぶっ壊れた暴走列車。どこかに衝突するまで止まらない。


 ならばどうする?


 そもそも太一はどうしたいのか? 現場に駆け着けたとして一体どんな解決を望むのだ? 喧嘩はいけません? 

 誰のために喧嘩が始まると思っているのか。太一のためだ。他者が自分のために退学覚悟で。

 太一は果たしてそんな相手になんと声を掛けるつもりなのか……


 ……僕は。


 正直いさかいの現場になど行きたくない。他人の怒りはそれだけで恐ろしい。

 それがたとえ誰のためのものであったとしても、気の小さい太一にとってはミキサーに手を突っ込むようなもの。

 

 そんな彼が、それでも不破の下に走るのは……


 ……僕は!


 中庭はもうすぐ。必死の形相で駆け抜けていく太一に気付いた生徒が道を開ける。

 いったいどんな顔になっているのか。すれ違う生徒の表情が完全に引き攣り一部からは悲鳴さえ上がる。


 なるほどこれは便利だ。一時はこんな強面なんの役に立つとも思ったが、なかなかどうして短所も使いようというわけである。

 勢いよく駆け抜けていく太一。前傾姿勢で腕を振り、肌をすれ違う空気を置き去りに、流れていく景色が色のラインになって後方へと流れていく。


 不破の下へ、一秒でも早く。決定打が打たれる前に――



 ε≡≡ヘ( >Д<)ノ不破さーん!!


 

 ――時間を少しだけ遡ること約10分前。


 バターン!


 けたたましい音を立てて2年3組の扉が引かれた。談笑しながら昼休みを満喫していた3組の生徒たちの視線が一瞬にして扉へと集中する。


 そこにいたのは今にも暴れ出しそうな猛獣もかくやといった様相を呈した不破満天であった。

 靡く金髪はさながらの獅子のたてがみ、抜き身の刃のごとくつり上がった瞳は猛禽類を想起させる。触れたが最後、切り刻まれたすえ爆破は必至。

 少女の形をした野獣。

 その視線は教室の奥で窓のひとり窓の外を眺めている生徒へと狙いをつける。相手を射抜く眼光は狩人のそれ。不破の威圧感に教室は一瞬で飲み込まれた。


 真っ黒な髪を外からの風に自由に遊ばせた鳴無亜衣梨。垂れ目気味の瞳がゆらりと緩慢に不破へと滑る。


 不破と鳴無の瞳がかち合う。途端、不破は誰の目も気にした様子もなく教室の敷居を跨ぎ、鳴無の座席へと近付くと、


 ――ガシャン!


 鳴無の机を盛大に引き倒した。派手な音に教室の中で小さな悲鳴が上がる。女子生徒は思わず目と耳を塞ぎ、男子生徒たちも唖然とした様子で突然の来訪者の暴挙に目を丸くした。


「あらきらりん。お久しぶり~♪」


 しかし机を倒された当の本人は表情を変えることなく、あろうことか笑みさえ浮かべて手をヒラヒラと振ってみせた。


「よぉ、鳴無」

「ハロー。2カ月ぶりくらいかなぁ? 感動に再会にこれはさすがにご挨拶なんじゃない?」

「相変わらずヘラヘラした面しやがってんなぁ……」

「笑顔は美容にいいだから。きらりんはむしろそんな皺寄せてたらすぐおばあちゃんになっちゃうかもね~」

「てめぇ……」


 ビリビリと質量さえもったかのような重苦しい空気が教室内を満たす。周りの生徒は息苦しささえ覚えてビクついている。


 不破満天……彼女はこのクラスではかなり有名な生徒だった。4月に起きた校内暴力事件。1組の不破と3組の鳴無が男女関係でトラブルになった末に殴り合っての大喧嘩。

 教師が止めに入るまで幾度も拳と蹴りの応酬が繰り広げられた光景は無関係の生徒たちからすれば悪夢でしかない。机は吹き飛びガラスは割れて教室内は阿鼻叫喚の地獄絵図。

 あの事件以来クラス内で不破は恐怖の象徴であり、鳴無もまたクラス内では危険物……腫物扱いだ。


 しかしよもや、鳴無が学校に復帰してきてたったの一週間でまたしても不破が教室に乗り込んでくるなど誰が予想できたであろうか。

 一部の生徒は既に教室を飛び出している。大方教師を呼びに行ったといったところか。


 緊迫した空気の中、最初に動いたのは不和だった。彼女は鳴無の胸倉をつかむと、顔をぐっと近づけ、


「ちょっとその小奇麗な面ぁ貸せや」

「あら、きらりんに褒めらちゃった♪ ええいいですよ。それで? どこでデートしてくれるのかしら?」

「中庭……そこでてめぇのその綺麗な顔ぐっちゃぐちゃにしてやる」


 不破は鳴無を目立つ場所に連れ出した。


 そこでこの女のしでしたことの代償を思い知らせる。言葉通り……不破は鳴無のこのにやけ面を徹底的に殴り潰すつもりだった。


 ――そして、昼食を取る生徒たちがひしめき合う中庭で、不破と鳴無は対峙した。


 狂犬じみた迫力を醸す不和に、優雅に微笑みを浮かべる鳴無。


 対極の二人のただならぬ気配に、周囲の生徒たちは「ねぇ、なんかアレやばくない?」、「なぁ、あれって2年の不破と鳴無だよな?」、「ああ、4月に教室で大暴れしたって……え、もしかしてまた?」、「おいおい。先生呼んだ方がいいんじゃね?」ヒソヒソと二人を取り巻き呟きを跳びかわす。

 しかし周囲の雑音など我関せずと不破と鳴無のにらみ合いは続く。


「それで、なんでこんな場所に呼ばれたのかしら?」

「てめぇ、しばらくっれてんじゃねぞ」

「ん~? なんのこと?」


 小首を傾げる仕草を見せた鳴無に、不破は詰め寄り再び襟首を掴み上げた。


「宇津木太一! てめぇ、この名前知ってるよなぁ!?」

「宇津木太一……ああ、あのつまんない男。ええ知ってるわよ。きらり~ん……いくらきらりんが好き者でもアレはちょっとないって~。付き合うにしてももうちょっとまともな男一杯いたでしょ?」

「ああ? てめぇなに勘違いしてやがんだ?」

「あら? あの子ってきらりんのカレシだったんじゃないの? そうじゃなくても気があったとか」

「お前バッカじゃねぇの!? 誰があいつをカレシにするかってんだよ! アホな勘違いしてんじゃねぇぞピンク脳が! そのデカ乳におつむ全部もってかれてんじゃねぇのか!?」

「はい? なら彼はきらりんのなんなのよ?」


 ふと、鳴無の表情から笑みが消えた。しかし不破は噛み付くように口を開き、


「あいつはアタシのダチだ! ……いやダチっていうか犬? いや犬以上ダチ未満って感じ?」

「え~と? なに言ってんの?」

「だぁ! アタシも分んねぇよ! てかどうでもいいんだよんなこたぁよ! アタシが言いてねぇのは! アタシのツレに手ぇ出してタダで済むと思ってんじゃねぇだろうなってこったよ!!」

「……なにソレ? きらりん、好きでもない付き合ってもない男のためにそんな怒ってんの? は? え? ちょっと、ほんとなにソレ?」


 鳴無が心底意外なものを見たと言った顔をする。


「おかしいおかしいおかしい。それって他人のためじゃん。きらりんってもっとさ、アレでしょ? 自己中なキャラじゃん? なにそのいい人ムーブ? 似合ってない、そんなの全然きらりんっぽくないって」

「はぁ? アタシらしさってなんだよ? んなもんてめぇが勝手に決めんなや。てめぇは宇津木を泣かした。だからとにかく殴られてケジメつめろや」

「は、はは……うそうそうそ……マジで言ってんの? あんなクソダサイ男のために、きらりんが? あははっ! それなんてギャグ!?」

「ああん!? てめぇ、さっきから何ふざけて――」


「ふざけてんのはあんたでしょうが!!!!」


 直後、鳴無が吼えた。不破を突き飛ばし、これまでの飄々とした余裕ぶった表層が剥がれ落ちる。まるで塗り固められた化粧を剥がすかの如く、鬼気迫る形相で声を荒らげる。


「ふざけるなふざけるなふざけるな!! 違う違う違う! あんたなんかきらりんじゃない!!」


 あまりの豹変ぶりに不破でさえたじろぐ。しかしなおも彼女は止まらない。


「自分さえよければ他なんてどうでもよくて! 全部自分の都合だけしか考えない! それがあんたでしょう!? ツレの為ってなによ!? なんで普通に良い人みたいなことやってんの!? 似合わないことしてんじゃないわよ! そんなの全然きらりんじゃないってば!!!」


 不破はなぜ彼女が急に激昂したのかまるでわからない。4月の殴り合いの喧嘩の時でさえ、彼女がここまで感情を露わにすることはなかった。

 が、そんなこと不破には関係ない。彼女の目的は、とにもかくにも太一を弄んだこの女に制裁を加えることなのだから。


「うっせぇんだよ! てめぇが勝手にアタシのこと語んじゃねぇ! 好き勝手抜かしやがって、覚悟できてんだろうなっ!?」


 不破の拳がいよいよゴキンと音を立てながら持ち上がり、そのまま流れるように勢いよく振り抜かれようとしていた。


「っ……!」


 不破を睨みつけていた鳴無も、彼女の動作に思わず両腕を前に出す。拳の一撃に備える鳴無に、もはや止まる様子もない不破。

 バネ仕掛けの玩具のように、理性の制御装置ストッパーから解放された不破の握り拳が鳴無へと奔る。


「――ダメです! 不破さん!」

「っ!?」


 しかし、不破の一撃が鳴無へ届くより先に、間に割り込んできた男子生徒が一人。


「ぶへぇっ!?」


 その彼は右の頬に不破の拳を受け、なんとも情けない悲鳴を上げながら、手に持ったツナサンドとパック牛乳が入った袋ごと真横へと吹っ飛んでいった。


「ちょっ! 宇津木!? 何やってんだあんた!?」

「っ――!?」


 地面に身を投げ出すことになった太一。一緒に袋からツナサンドと牛乳も飛び出してコロコロと転がる。

 地面にばたんと大の字になってうつ伏せになる太一の姿に、不破と鳴無は目を見開いた。


 一瞬の静寂。


 が、不破は太一へと駆け寄るなり彼を無理やり引き起こして声を上げる。


「あんたマジでなにしてんだ!? おかげであのクソ〇マ殴り損ねちまっただろうが!」

「そ、それは、良かったです」

「はぁ!?」


 不破は思わず太一を睨みつける。しかし彼はホッとしたような締まりのない顔をしていた。


「宇津木! あんたまさかっ、あんなクソ〇ッチ庇いやがったのか!? ふざけんな! 誰のためにアタシが!」

「ダ、ダメだよ! そんなことしたら不破さん、退学になるかもしれないって霧崎さんがっ」

「んなこと覚悟の上だっつうの! あんたこそ! あの女に遊ばれたってのに、まだ未練があるってのか!?」

「そ、そんなんじゃないです……ただ……その……」

「だったら出しゃばってくんなよ! あんただってムカついたんだろうが! だからアタシがあの女にケジメつけさせるって言ってんだよ! それで退学になるんなら上等だってんだ! とにかく邪魔すんじゃねぇ!!」


 が、不破のこの発言に、太一は思わず彼女の両肩に手を置き、これ以上ないほどに真剣な顔つきで、


「ダ、ダメだよ」

「はぁ!? なにがダメだってんだよ!?」

「で、ですから、その……」


 太一の頭の中は支離滅裂だ。咄嗟に飛び出したはいいがこの先のことなどなにも考えていなかった。


 ……どうしようどうしよう!?


 絡まりもつれる思考の渦。しかし不破はもはや爆発寸前。陰キャムーブをかましている余裕はない。


 せめて、なんでもいい。何か言わなければ。しかし、何を? 捻る捻る、これでもかと限界まで捻り切る。


 その果てに飛び出したの、彼の言葉は――


「や、やめてください! これ以上僕のために争わないで!」


 などと、どこぞのこっすい少女漫画のヒロインみたいな台詞を口走った。


 途端、先程までとは別の意味で、場は完全に静まり返った。



 ( ゜д゜)ポカーン ( ゜д゜)ポカーン

主人公が実はヒロインポジでした!

こんなヒロインイヤや!!


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また、どんなことでもけっこうです。作品へのご意見・感想もお待ちしております。

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[良い点] あかんこの子最高やw
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