これぞ鉄板、赤面必死のデートイベ、甘ったるいったらありゃしない
まずもって、滑り出しの時点で太一は己の迂闊さを呪った。
まず第一に鳴無の女子としての外見的スペックを見誤っていた。
決して低く見積もっていたつもりはないが、今の彼女を女子高生とカテゴライズするにはいささか大人び過ぎている。それで別に背伸びしている様子もないのだから恐ろしい。
周囲の男連中が彼女の姿を視界に収めて思わず視線をロックオン。ついでにカップルだろうか、鳴無につい視線をやってしまった男に女がライドオン。熱量の籠ったダメージ判定付きのスキンシップが繰り広げられる。
くわばらくわばら。
第二に手持無沙汰で待っていたのなら飲み物の一つくらい用意しておけばよかったのではないか。
これがもし不破相手であれば調教されたマインドが勝手に彼女の好みに合わせて飲み物を事前準備させていたことだろう。
これは気が利かない男とジャッジされてしまったのではないか。
第三にとにかく彼女の隣に立つのに自分のコーディネートは果たして相応しいものであるか否か。
少なくともダサくはないはず。男子高校生として見ればこれでも多少背伸びしているくらいだ。
不破と霧島プレゼンツ。今以上のコーデなど太一の知識では到底不可能な上に余計なアレンジは下手をすれば今の形を崩す結果を招く恐れが非常に高い。
故に今着ている服意外に選択肢などなかった。
だが彼女の隣に立った瞬間、太一はまるで自分が子供っぽく思えて仕方ない。
こんなことなら姉にでも相談してもっとフォーマルな装いで決めて来るべきではなかったのか後悔の念に苛まれる。
しかしあえて言うなら別に今のカジュアル寄りの服装でも問題はない。全ては太一が勝手に気遅れているだけに過ぎない。
女性経験値の少なさがそのまま自己肯定感の低さに繋がっているだけ。
童貞マインド&メンタルの彼が気後れするのはある意味では当然と言えた。
むしろ開き直れる輩がいるならそいつはよっぽど女性に対してトラウマでも抱えているに違いない。
「好きです。付き合って」、「あ、ごめん無理」と食い気味に断られた経験でも持っているのだろう。
結果「別に女子と無理して付き合いたいとか思ってねぇし」とちょっと夕日が目に染みて言い訳っぽく愚痴ってみたりした末に女子に対して捻くれたりするのである。
閑話休題。
とにかく今の太一は目の前の鳴無と自分を比べて勝手に自己評価を下してしまっているわけだ。
「宇津木君?」
不意に下から鳴無が顔を覗き込んでくる。ほんのりメイクが施された顔がドアップで迫ってくる迫力に太一は思わずたじろぐ。
美貌に物理判定があったなら太一は今頃苛烈なコンボを決められてボッコボコのサンドバック状態になっている違いない。なにより無防備に近づいてくるものだから警戒のしようもなく容易に懐へ入られてしまう。
彼女が暗殺者なら今頃太一は文字通り魂を引っこ抜かれているだろう。南無三。
が、どっちにしろこのままいけば太一のメンタルは飽和状態の後に崩壊しるのは必至。少しだけ後ろに下がり太一は息を吸う。
「大丈夫? もしかして具合悪かったり?」
「い、いえ大丈夫です……その、ちょっと鳴無さんが……」
「ワタシが?」
「あの、その……」
ここで「綺麗です」などと軽々しく口にできるなら太一ももっとマシな人間関係を築けていたのかもしれないが、たられば話が無駄の極みであることなど周知の事実。
が、腐っても不破と今日まで過ごしてきた太一。今こそ成長した己を見せる時。今やらずにいつやるの。
「え、と……いい感じ、過ぎて。ちょっと……近寄りがたいなって……」
「あら。それはどうも。でも、そんな風に離れてたら――」
「っ! お、鳴無さん!?」
鳴無は太一が話した距離を一気に詰め、彼の腕にぎゅと抱き着いてきた。
「デートっぽくないでしょ。ほらほら♪」
より密着してわざと太一の腕を自身の谷間に食い込ませる。ニヤニヤとからかうような笑みを張り付けた彼女。
このちょくちょく見え隠れするSっ気も普段とのギャップも相まってドギマギしてしまう。
果たして今日という日を太一の心臓は持ちこたえてくれるのか。もしかすると次の瞬間には白目を剥いてない保証もない。
バクバクとやかましい心音が十六連打しまくる中、鳴無はふと視線だけを駅とは逆方向にチラと向ける。
彼女は視線にコソコソと見え隠れす存在を捉え目を細めた。
しかし太一からは彼女の様子は確認できず、鳴無は次の瞬間には何事もなかったかのように顔を上げ、
「そろそろ行こ。おいしいって評判のお店、調べておいたんだから」
「え? ちょっ!?」
「ほら早く」
鳴無は太一の腕を解放するも、その指はぎゅっと彼の手をホールドし駅構内へと小走りに入って行く。週末という事もあってかなかなかの賑わいっぷり。
しかし鳴無は民衆の群れの隙間を縫うようにひた走る。なんと優れた空間認識能力か。太一は雑踏の中彼女に手を掴まれどんどん奥へと導かれていく。
途中、彼女は幾度か後方を振り返り、改札の少し手前まで来たところとで足を緩め、「もう大丈夫かな……」と誰にともなく小さく呟いた。
「あ、あの……どうしたんですか急に?」
「うん? ああ、ごめんごめん。ちょっと知り合いの顔が見えてね。さすがにみられるのは恥ずかしくて、ちょっと慌てちゃった」
今日はちょっと気合入れて来たから、と彼女は続けた。
しかしその知り合いとやらのことはどうやら撒くことができたらしい。
それはともかくさっきから手を握りっぱなしである。太一は自分とはまったく異なる細くしなやかな手の感触に意識が向いて顔を熱くする。
「ねぇ、せっかくだし、このまま行こ?」
彼女は繋がれた手を上げ、はにかんだ顔を見せて来た。大人っぽく、あどけなく、年上のように見えて、ときおり年相応。
コロコロと表情を変える鳴無の魅力に、太一はただ無言で彼女の提案を受け入れた。
もしこの時、彼の手がフリーであったなら、そのゆでだこ状態の顔を隠すのに必死になっていたことであろう。
(/ω\)キャーッ!
一方そのころ、太一の後を追っていた不破と霧崎は……
「はぁ!? ちょっ!?」
目の前でいきなり駅の中へと走って消えていった太一たちの姿を慌てて追いかけ、
「ちょ、人多すぎだし!」
「キララ、これ、無理だって!」
「ああ、くそ!」
人の壁に阻まれ追跡を断念させられる結果となっていた。
「あいつらどこ行ったし!?」
「はぁ……キララ~。今日はもう諦めようよ。これじゃもう見つからないって」
「だぁぁぁぁぁっ!」
キャップを外して搔きむしる不破。十中八九、ほぼ99%予想していたことではあったが、やはり太一が待ち合わせしていた相手は鳴無亜衣梨であった。
しかも遠目にもいちゃつく様子は傍から見れば完全にカップルのそれ。細部までは窺い知ることはできないがどう見ても知り合いや友達の距離感ではない。
しっかりと胸元に太一の腕を引き寄せ完全に密着。心なしか太一の鼻の下も伸びていたように思う。
「宇津木のやつ。あんのクソ〇ッチにまんまとなびきやがって! 飼い主はアタシだろうがよ!」
「いやキララ人前でその発言は色々とアウトだからやめようか……」
霧崎は簡易変装セットをパージして中から呆れの表情を見せる。それにしても意外と熱気が籠っていたのか全部外すと意外に涼しい。二度とつけたくない。
「つか、もしかしてウチらがいたの気付かれた?」
「じゃねぇの。でなきゃあんな風に逃げねぇだろ普通」
「それなりに距離あったと思うんだけど……」
もしも勘がいいという話ならそれこそ野生動物なみである。
或いはそれだけ太一と会うのに周囲を警戒していたのか。
いずれにしろ、気付かれてしまった以上これ以上の追跡は不可能。
というよりどの方角へと走って行ったのかさえ不明だ。もしも電車を利用したならどこのホームからどの方面に向かったのか。
これを捜索するなどもはや興信所か刑事ばりに足を駆使し聞き込みを繰り返す羽目になる。
当然そんな労力も時間もない。つまるところ、ゲームセットである。
「まぁでも相手が鳴無亜衣梨ってわかっただけでも収穫じゃん。現場も抑えたしあとはガッコで直接あいつに『ウッディに関わるな』って言ってやればいいし」
「まぁそうなんだけどさぁ……なんかイラっとくんだよなぁ」
「まぁまぁ。そういう日はもうさ、とにかく遊んで全部忘れちゃおって! カラオケでもゲーセンでもどこでも付き合うからさ」
「……はぁ」
不破は溜息を吐き出しながらマスクもサングラスも取っ払い、「ああくそっ! スポ天でバッティングすっぞ!!」と周囲をビクつかせるほどの声量で声を張り上げた。
「そんじゃ勝負ね。ウチが買ったら施設利用代おごりで」
「はっ、いいじゃん受けてやるし! ぜってぇ敗けねぇけど!」
不破と霧崎はスポーツ系総合アミューズメント施設へと進路を取り、
「宇津木の奴! 帰ってきたらシメール!!」
「いやだからそういうこと人前で言うな……ってなんかお巡りさん来てない!?」
「は? やっべ! 逃げっぞ!」
不審な格好に加えて不穏な発言。どうやら勤勉な派出所勤めのお巡りさんが出動したらしい。
不破と霧崎は脱兎のごとくその場を退散。お昼の駅構内は随分と賑やかな光景が広がっていたという。
ε≡≡ヘ( >Д<)ノコラー!
そんな騒動などつゆ知らず、太一と鳴無は隣町へと無事到着。
地元と比べて駅周辺の施設が充実しホームから無数に伸びる通路は街の各所へと繋がっている。
都心部というほどでもないが土地勘がない人間がここを訪れると迷子は必至。駅のホームから出ると主に東側と西側へと出る通路に別れ、太一たちは東側通路へと出るように歩を進める。
先頭を歩くのは鳴無。彼女は太一の手を取って迷うことなく先を歩く。事前に調べていたのか、この辺りの土地に明るいのか、歩調に迷いがない。
駅から出ると正面にはペデストリアンデッキが広がっている。奥に見えるビル群の影響か地元と比べても空の面積は狭く感じられる。
デッキを少し歩くと眼下にアーケード街が見えて来た。家族連れから太一たち同様に男女で手を繋ぐ二人組の姿も散見される。
今日が休みという事もあってかアーケードを行きかう人の流れはまるで途切れる様子もなく、出ては入りを繰り返している。
まさしく人間ピストン状態。あの中に入ったなら三半規管の弱い人間はひと酔い必至であろう。
鳴無は太一に振り返り、「実はこの先に惜しいナポリタンのお店があるの。ちょっと歩くけど大丈夫?」と訊いてきた。
「大丈夫です」
「うん。それじゃ、はぐれないようにね」
などとお決まりの台詞と共に手に籠る彼女の力が強くなった。
アーケードに入った途端、両サイドに展開された商店から賑やかなBGMが飛んでくる。
色彩豊かにジャンルもバラバラな店が雑多に並ぶ様は簡易的な繁華街のようである。パチンコ店のネオンがぎらつくエリアはその音も更にけたたましく活気というよりはもはや騒音である。
鳴無と並んで手を繋ぎ、手汗を気にしながら歩くこと10分弱。
アーケードを抜けて通りを少し外れるとビジネスホテルが見えて来た。
しかし一階部分にはデフォルトされたシェフのイラストが描かれたボードが立てかけられている。
「ここ。ここのナポリタンね、美味しいって評判だったから一回自分で来てみたんだけど、ワタシ的には大当たりだったの」
「へぇ、そうなんですね」
「うん。多分宇津木君も気に入ってくれるんじゃないかな? あ、もしかしてトマト系だけとかじゃないよね?」
「大丈夫です」
「ならよし」
入口を入ってすぐ券売機に出迎えられる。前払いシステムが採用されているようだ。
太一は鳴無に勧められるままシンプルなナポリタンを注文。鳴無は「じゃあ今回は~」とマイペースに券売機の前で指を行ったり来たりさせた末に「これにしよっと」とボロネーゼを注文。
ソフトドリンクを追加でオーダーし二人は店内の奥の席に陣取った。
「やっぱり先に入って正解だったね」
「ですね」
時刻は11時40分を少し回ったあたり。
しかし既に席の大半が埋まり始めていた。外からは次々と客が入店。この調子ならあと少しもすれば満席確定である。
鳴無の計画通り少し早めに席を確保しておいて正解だった。お昼ぴったりに入ったのでは余計な待ち時間を取られていた。
せっかくのデート、時間は有効に活用していきたいもんである。
もっとも、待ち時間の間に話で盛り上がれるくらいがあるいはちょうどいい関係性と言えなくもないのかもしれないが……
しかしそこは個人の思考が絡む部分なのでなんとも言えない。待つのが苦ではない者もいればほんの些細な待ち時間に苛立つ人間もいる。
不破などその典型だ。彼女は堪える、というがそもそも苦手な人種である。
「そういえば聞いたんだけど、宇津木君。不破さんと同棲してるかと」
「ぶっ!」
「わぉ。その反応は図星かな? 分かり易いね」
口に含んでいた水を危うく噴き出すところであった。いきなり心臓に悪い話題が飛び出した。
しかし別クラスの鳴無がなぜその情報を持っているのか。ソースが気になるところである。
「げほっ……な、なんでそのことを」
「人の口になんとやら障子ににゃんにゃんってやつ。聞き耳を立ててれば、軽い口から情報なんてするっと入ってくるってわけ」
「そ、そう。あの、でも別に僕が不破さんを誘ったとかそういうことじゃなくて……」
なにやらはぐらかされている気がしないでもないが、今はそれよりなぜか妙な焦燥感にかられて言い訳が口をついた。
「なんていうか、急に押しかけてきてそのままなし崩し的に、って感じで」
「でも男女が一つ屋根の下ってどうなのかな~」
にやにやと意地の悪い笑みを浮かべて太一を下から見上げてくる。
「ワタシ、結構嫉妬深い方だから、気を付けてね♪」
「は、はい」
なにをどう気をつけろというのか。ハッキリ言葉にしないあたりになにか寒気を覚える。
「だ、大丈夫です。そもそも不破さんは、僕なんかのことを絶対にそういう対象には見ませんから」
言ってて悲しくなってくるがそれが事実なのだから仕方ない。不破との間に間違いが起こるなど万が一にもありえない。
最悪彼女にちょっかいを掛けようものなら確実に袋叩きの末のされるのは太一の方である。
不破は絶対に容赦しない。そんな光景がありありと想像できる。
「そう。なら安心かな。とりえずは」
最後の一言は果たしてつけくわる必要があったのか微妙に疑問だがそこは考えないようにしておく。
と、そうこうしているうちに注文の品が届く。
鮮やかな赤い太めのパスタにピーマンの緑がよく映えるしんぷるなナポリタン。鳴無の方にはひき肉たっぷりのソースが掛かったボロネーゼ。
昼食時というだけでなく、緊張しっぱなしでカロリーをやたらと消費した体は「はやく食え!」と言わんばかりに胃を収縮させ校内に唾液を分泌させる。
「おいしそ~」
鳴無がソースとパスタを絡めてフォークで巻き取り口へと運ぶ。そのなんとも幸せそうな表情に思わず太一は見入ってしまう。
「うん、これも大正解。ほら、宇津木君も食べてみて」
「は、はい……」
ナポリタンなど本当に久しぶりだ。もはや親の敵といわんばかりに真っ赤に染め上げられたパスタをくるりとフォークに絡めて一口。
「あ。美味しい」
「でしょ? チーズかけたら更に最高」
言われるまま備え付けの粉チーズを投下。自信満々にすすめてくるだけあってなかなかに美味。
粉チーズのほのかに発酵した芳醇な香りとトマトベースのソースがベストマッチ。ア〇ロをガ〇ダムタイプに乗せるレベルでかみ合っている。
あのひと結構何でも乗ってるよね割と浮気性。つまり彼は粉チーズというわけだ。
「う~ん……やっぱりそっちももっかい食べたいなぁ」
「え?」
「てなわけで、こっちもあげるからそっちもちょうだい♪」
などと鳴無は有無を言わさぬ早業でボロネーゼをフォークに巻き付け太一の口へと持っていく。
……も、もしかして、また?
いつぞやの再現VTRでも見せられているかのようだ。鳴無はなんの躊躇もなく「はい、あ~ん」と赤面必死の必殺ムーブをかましてくる。
「あ、あの鳴無さん……さすがに人が見てますから……」
「え~。別に気にしなくてもダイジョブだって。人間他人のことなんて興味ないんだからさぁ」
いやいやいや! 太一は内心で思いっきり突っ込んだ。太一は思わず視線を周囲に巡らす。
しかし太一と目が合う前にっ全員が視線を逸らし「あ、どうぞお気になさらず。こっちはこっちで勝手に食ってます」と言わんばかりに気にしてない風を装ってくれている。優しい人たちだ良かったね太一。
「ほ~ら」
「っ……」
ぐいぐい迫るボロネーゼ。
しかし既に一度は彼女と決めた関節キッス。いい加減中学生マインドとおさらばする時が来たのだ。いざ行かん、年齢階層ワンアップ。
迫るボロネーゼはさながら赤いキノコのよう。小さかった配管工もそれでちょっと大人になりました。
「あむっ」
行った。太一はもはや味も定かでない口内でボロネーゼを咀嚼。
「どう? 美味しいでしょ」
「ソ、ソウデスネ」
これでようやくひと段落。ホッと息つく太一である。しかし先ほどの彼女の言葉はこうである。
『やっぱりそっちももっかい食べたいなぁ』
これが俗にいう「まだだ、まだ終わらんよ」である。
「はい、じゃ今度はそっちのば~ん♪」
「え……?」
「ほ~らはやく」
体ごとこちらに向き直る鳴無を前に、太一はナポリタンへと視線を移す。
……もう、勘弁してください。
まだまだ、羞恥イベントに終わりは見えない。
(/////)ウゥ…
《告知》
少々執筆にお時間をいただきたく、次回の更新は10月7日予定。
デートイベント前編!
続きはちょっとだけ待っててください( TДT)ゴメンヨー
作品が面白かった、続きが読みたい、と思っていただけましたら、
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