デートとは男女の戦場であり割と生々しいもんである
本日は晴天なり。
梅雨も終わりカラッとした空模様が続く中。
いよいよ迎えたデート当日。降水確率0%。窓の外は曇りなき蒼。気温23度、例年と比べ若干低め。しかし動き回ることを考えると丁度良い陽気だろう。
宇津木太一は洗面台の前で自身の姿を入念にチェック。髪のセットを入念に、それこそ普段では考えられないほど慎重に丁寧に、顔の角度を変えてはおかしなところがないか確認する。
尤も、彼はいじれる髪型が一つしかないためどれだけ手を加えたところでそこまで大きな変化があるわけでもない。
要は気持ちの問題だ。人生で初めての女子と二人きりイベント(不破とのイベントは華麗に記憶から忘却、見事にノーカン扱いとなっている)。必然的に気合も入るというもの。
しかし一か月前の太一であれば、たとえ女性と外で会うとなったとしても特に自分の姿になどこだわりを持つことはなかっただろう。
不破を始めとした女性陣から身だしなみについて指摘を受け、少しづつでも改善して来た結果、彼の意識にも変化が表れてきた、そういうことなのだろう。
とはいえ、そんな不破と今は絶賛冷戦状態なわけであるが……
あの日から、日課のランニングも別々の場所を走り、市民プール通いも時間をずらしたり互いに離れたレーンで泳いだりと、二人して近くにいるくせにやたらと相手を遠ざける。
しかしそんな中にあっても不破はどこか普段通りに、太一は相手のことが気になるも、今回は意地になっているのか表情を取り繕って気にしていない風を装う。
不破との一件がわだかまりのように胸の内で絡みつく。これさえなければ今日は本当にただ純粋に鳴無とのデートを楽しめたのではないか。
或いは、不破に自分と鳴無の関係を納得させられるだけのナニかがあれば、などとついつい考えてしまう。
だがどれだけ考えても説得の材料がいきなり閃いてくれるなどという都合のいい展開はなく……
太一はまだ自分の姿に悩みつつ、洗面台の上におかれたスマホの時間表示を確認し「そろそろ出なくちゃ」と自分いじりを諦める。
現在部屋には太一ひとり。涼子は土曜日で半日は仕事。不破は特になにを言うでもなく一人で勝手に出かけて行った。シンと静まり返ったリビング。
これから楽しい時間が待っているにしては、妙に物寂しい気配が漂っている。
しかし太一は頭を振って思考を切り替える。今は鳴無と過ごす時間にのみ意識を向けるべきと、出かける準備を進めていく。
といってもスマホに財布やらハンカチ、ポケットティッシュ、最後に鍵をポケットに突っ込めばそれで終わりだ。
生憎と外に持っていけるようなバックの類は持っていない。ほぼ身一つ。身軽と言えばいいのかツメが甘いと言えばいいのか。
太一はひとつ気合を入れる。時刻は9時半過ぎ。余裕に余裕を重ねてマンションから外に出る。
空を満たす青い無窮の天蓋を仰ぎ見て、待ち合わせ場所へと向かった。
――物陰から、自分に向けらる2対の視線があることにも気付かずに。
|(・ω・ )ω・ )
……ウチはなにをやらされてんだろう?
マンション脇の駐車場と通りを隔てる壁から顔を出す二つの影。
マスクとグラサンにキャップというどう考えても怪しさしか漂わない風貌の二人組。
視線の先には先ほどマンションを出た宇津木太一。
キャップからはみ出す髪は金と毛先に赤いグラデーションが入った黒。不破と霧崎である。
「ねぇ、マジでやんの?」
「やる。てかやっぱ確認しとくべきじゃん? あいつが誰と会ってんのかさ」
「いやどう考えても鳴無っしょ」
「いうて実際に会ったとこまだ見てねぇし」
「そうだけどさぁ……本人もゲロっちゃったんでしょ? だったらもう確定じゃん」
「別の奴って可能性もないことないじゃん」
「いやいやいや」
……なんでそんな頑なになってんのキララ。
確かにオトナシという苗字の人間が別にいないわけではないが、状況証拠だけでほぼ確実に相手はあの鳴無亜衣梨で間違いない。それは不破も判っているはずだが……
「それに、なんか聞いてっとあいつ鳴無の下の名前、知らねぇっぽいんだよ。亜衣梨って名前出した時、ちょっと首傾げてたし」
「……よく見てたねそんな細かいとこまで」
普段の満天であれば相手の所作にいちいち気に留める様なことはない。なんやかんやと太一のことが気になっていることは明白だ。
が、彼女の内のどんな感情がそこまで太一に対する興味を引いているというのか。
まさか恋心、などとは言うまい。
こう言っては何だが不破が太一に好意を抱く要素は現状上澄みもびっくりなほどに希薄。
ましてや二人の感性はまるで真逆。
しかし極が違えばくっつくなんて法則があるわけもない。人間磁石のように単純ではないのだ。
或いはもっと単純なら日本の少子化も解消されるのか。日ノ本の明日は暗い。
実際、霧崎から見ても不破が太一に乙女な思考回路を発揮している様には思えない。
しかし適当な男と同じような扱いになってないこともまた事実であった。
地域純民からの奇異の視線に晒されながら、二人は太一の背中を追跡する。
「なんつうかさぁ。宇津木が今の宇津木になったのってアタシのおかげじゃね? 痩せたしダッサイ服とか髪もちょいマシになってさ」
「うう~ん……まぁ、ね」
以前、霧崎はまだガッツリ太っていた太一の写真を見たことがある。
髪は長く目元が隠れ清潔感はほぼ皆無。ぽっちゃりしている以前に姿勢も悪く服装の印象もあいまって、とにかくどれだけひいき目に見ても積極的に関わって行こうなどとは思えない姿であった。
「思うんだけどよ。もし宇津木が前のまんまだったら誰もちょっかい出そうとか思わなかったんじゃね、って」
「ああ~、うん」
……ウッディごめん。でも同意。
内心で太一に頭を下げつつ、それでも以前の太一であれば確かに霧崎も敬遠していた可能性が非常に高い。
そう考えると、鳴無も以前のままの太一であれば不破の関りも「なにかの間違い」と接触してくることもなかったのではないか。
可能性の話ではあるがまったくないとも言い切れない辺りが太一の人となりを表している。なんとも切ない実態だ。
「なのによ、人がコツコツ育てた男を横から持ってかれるのって面白くねぇじゃん」
「まぁね」
「だろ?」
メチャクチャな言い分ではあるが納得できないこともない。
要は自分の育てた農作物を害獣害虫に食い荒らされる心境に近い。
しかしそうなると太一がそもそも人間扱いされいるのかも随分と怪しいというものだ。
とはいえ女性から独占欲を出されている現状もまた確か……しかし果たしてこれが羨ましい類の代物かはなかなかに議論の余地が残るが。
不破と霧崎は太一の後を追う。
困惑の事態がより混迷を極めていく気配をプンプンにおわせていた。
(;¬д¬)
午前10時。太一は駅前でそわそわと落ち着きなく待ち人の姿を待つ。駅ビルに建物中央に設置されたバカでかい時計で時刻を逐一確認。
首が上に行ったり下を向いたりと忙しない。お前は福島の郷土品かと突っ込みを入れたくなるほど首ががっくんがっくん上下運動を繰り返す。
待ち合わせ時間は11時。
1時間も早く現地入りとはさすがに気が早すぎる。完全に手持無沙汰。なにをするわけでもなくただ駅前に立ち続けるだけ。しかし人間暇な時ほど余計なことを考える。
服装は本当にこれでよかったのか、髪型は崩れていないかTPOに反したものになってないか、シャワーは念入りに浴びてきたつもりだがそれでも不快な臭いを漂わせてはないかなどなど……etc.
ここで少しばかり話をしよう。
不破を自宅へと招いたとき、彼は確かにドキドキしていた。
しかしそれは彼女という劇薬を自宅へと招き入れて果たして自分は無事で済むのかという恐怖にも似たドキドキである。
そして今もまた、太一は鳴無と人生初のデートイベントを目前に鼓動がやばいほど脈打っている。
意外にもこの二つのドキドキ、どっちも似たような緊張感を伴う代物であった。
デートだからと期待に胸膨らむといった甘ったるいドキドキが訪れるのかと思いきや……襲ってきたのは未知なるものに対する恐怖心にも似た感情である。
とにかく脳内で浮かぶの「失敗したらどうしよう」などという全く持って訳益なしの不安のときた。
もはや行き過ぎた緊張は彼の心臓をテクノ〇レイクさせかねない勢いである。
ご覧ください。彼の強張った強面フェイスを前に通行人が距離を取り、そこだけぽっかりと半円状の美しい空間が出来上がってしまったではありませんか。
これぞまさしく現代が再現したリアル領域展開。週末にお出かけ和気あいあいな家族団らんに見事な水差し、仲睦まじい男女の熱にも冷や水浴びせて甘い空気をジェノサイド。
まさしくそこにいるだけで週末の緩い空気をことごくブレイクしていく様はもはやデストロイヤー。
厨二感が出てて大変結構。まるで休みを返上して仕事をしている人間たちの呪いが太一と通して周囲にばら撒かれているかのようである。
もっともそのご本人もこれから盛大に爆発を決めるイベントへ挑む前段階。
果たして今からこんな調子で大丈夫か。のっけから幸先に不安しか感じさせないあたりさすがと言うべきか。
もれなく陰キャボッチであった太一は今日も絶好調にそのコミュ障っぷりを発揮しそうな勢いである。
駅の利用者たちにことごくいらんプレゼントを放出している太一。しかし全人類平等に時間は流れていくもの。なんやかんやと時刻は11時10分前――
「あ――宇津木く~ん」
「っ!」
ここ一週間で妙に聞きなれた声が彼の鼓膜を震わせた。わざわざとやかましい休日の駅前にあっても明確に音の出所を捉えて首を巡らす。
そこにいたのは見間違えようもない、休日仕様の鳴無であった。
感所はノースリーブシャツに脚線美を強調するかのようなベージュのパンツ、腕にはシンプルなバングルと、女子高生よりむしろ大学生といって差し支えないファッションであった。
「ごめん、待たせたかな?」
「だ、だいじょぶです」
「そっか。それじゃ、さっそくだけど、いこっか」
それは、これからデートイベントが開始される狼煙が、空へと上がったことを宣言された瞬間であった。
ドキ(´,,・ω・,,`)ドキ
なんか内容がめっちゃ長くなったので前後編で分けました。
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