一回喧嘩したらもう喧嘩しない、そんなわけないだろ
「ク、クソ〇ッチって……」
「ああん!? 人のオトコを『何度も』寝取っていくオンナがビッチじゃなくてなんだってんだよ!?」
捲し立てる不破。ただでさえ注目を集めていたところに、不破の声を聞きつけて更に野次馬の数が増えていく。
さすがに人が集まり過ぎたのか、不破は「チッ」と舌打ちして太一から離れる。
「宇津木、もうあいつに会うのやめろ。いいな」
「それは……」
「いいな!」
「っ……」
恫喝にも似た不破の態度に太一はぎゅっと胃の腑が縮こまる。
しかし、彼は唇を一回噛んで、
「いや、です」
「はぁ!? 宇津木! あんたっ、アタシの言う事きけないっての!?」
「僕が誰と付き合うかは……僕がっ、決めます」
「あのなっ、さっき言っただろ! あいつは! 人の男に手ぇ出しては何度もとっかえひっかえするようなオンナなんだよ! アタシのことが気に入らねぇからって当てつけしてんのか知らねぇけど! どうせお前のことも、アタシと関わりのある男だからって興味もってちょっかい出してるだけでっ――」
「彼女のこと、悪く言うのは、やめてください」
或いは、不破と鳴無は男女間でのトラブルで揉めたことがあるのかもしれない。
それでも太一は、彼女が不破の言うような意地汚い真似をするような人物には思えなかった……思いたくなかった。
自分のような人間にも普通に接してくれて、優しい表情を向けてくれる。
「あの人は、不破さんみたいに急に怒ったり、手を出してきたりしなくて……僕なんかのことも、対等に扱ってくれたんです。そんな人のことを悪く言われたら、僕だって気分はよくないです」
「あんたな! それは――」
「僕は、あの人と会うのをやめるつもりはありません。それに、僕の付き合いは、不破さんには、関係のない事じゃないですか」
「っ……ああそうかよ、だったら勝手にしな。その代わり、何があってもアタシは知らねぇからな!」
ドンと不破は太一の肩を突き飛ばすと、険しい表情のまま踵を返して教室へと戻って行った。
周りからは、「え、痴話げんか?」、「不良同士で揉めんなよ。よそでやれって」、「こ、怖かった~」などと好き勝手言ってくれている。
その場に残され太一は、不破にあてられた肩をさすりながら、「僕は、なにも間違ったことは言っていない」と、まるで自分に言い聞かせるように呟きを漏らした。
(¬ ¬)
「だぁぁぁぁ!! マジでムカつく! なんなんあいつ!? 人がせっかく親切で言ってやってんのにさぁ!!」
「いや、キララ。それはさすがに言い方がマズイって……それじゃ聞く耳持つ前に反発したくなるってば」
不破は太一と喧嘩別れをした勢いのまま授業をサボタージュ。廊下で彼女とすれ違った霧崎は不破の様子を訝しみ、不破にくっついて学校を抜け出した。
偶然顔を合わせた二人はそのまま校外の駅ビル地下のフードコートで顔を突き合わせ、不破は霧崎に先ほどの太一との件を霧崎に愚痴ったわけである。
「まぁキララの気持ちはわからないでもないけど、相手はウッディなんだしもちっと穏やかにさぁ」
「……」
不破は不貞腐れたようにカップ容器に入ったレモネードを勢いよく吸い上げる。
ストローは不破がガジガジと何度も噛むのを繰り返したせいでベコベコだ。霧崎はそんな相方に苦笑した。
「はぁ……キララは相変わらずだねぇ。でも鳴無がウッディにちょっかいかけてんのはちょいマズイかも」
「もう知るかよあんな奴」
「言うと思った。でもほんとにいいの?」
「いいんだよ!」
「ウッディんちで世話んなってるのに?」
「……」
……あ、目逸らした。わかりやす。
正直な話。不破もこう見えて太一のことをそれなりに気に掛けているのだ。
まず鳴無から太一に接触しに行ったのは不破が彼に関わっている可能性が非常に高い。
なにせ鳴無は、不破と親しくなった男に度々接触しては、横からかっさらっていくというのを数回に渡って行ってきた前科がある。
だいたい半年ほど前だったか、最初に不破のカレシを誘惑し、自分に意識を向かせ最後には浮気させる。
しかし彼女との関係が一ヶ月以上も続いた例はほとんどなく、ほぼすべての男が一週間……最速で1日もせずに別れている。
どんな別れ方をしたのか、鳴無と関わった男たちはその大半が憔悴し、中には相当に精神を病んだ者もいたという……
以降も、鳴無は不破と親密になりそうな男にちょっかいを出すのを繰りかえし……
2年に進級した4月。不破は一年の頃からそれなりに親密な関係を築きつつあった男を、またしても鳴無に奪われ……ついに耐えかねた不破が鳴無へ詰め寄り、最後には殴り合いの喧嘩にまで発展。
教師たちに強引に引き剝がされ、二人は仲良く停学処分を喰らう羽目になったわけである。
それが、一学期初めにあった出来事の顛末だ。
しかし不気味だったのは、不破がかなりの剣幕で鳴無に殴りかかっていたのに対し、鳴無は終始口元に笑みを浮かべていたことだ。それを挑発ととった不破が更に感情を爆発させて殴り合いはエスカレートしていく羽目に。
なぜ鳴無は不破から男を奪っていくのか。よほど不破のことが気にくわないのか。それとも、ただ略奪愛を愉しんでいるだけなのか。
どちらにしろ、不破も、彼女に関わってしまった男たちも災難でしかない。
特に今回のターゲットはよりにもよって太一ときた。恋愛経験どころか友人関係にさえいまだ難を抱えた彼に、鳴無は不破とはまた別のベクトルで劇薬すぎる。
「とりま忠告はしたからね。それでなんもしないなら、あとはウチも知らないから」
これは不破と太一の問題である。霧崎としても完全に他人事とは言えないかもしれないが必要以上に踏み込むつもりもない。
友達だからとなんでもかんでも首を突っ込むのは違う、というのが霧崎のスタンスだ。
頼まれれば助言もするし少しくらいなら手助けだってする。
だが、最後にどんな結末を選ぶかは当人の問題。そこに霧崎は責任を持てないし、持つ気だってないのだ。
「キララ」
「……なんだよ」
「あとから『ああすればよかった』って愚痴、ウチは聞くつもり、ないからね」
「……うっせぇよ、ったく」
不破は悪態をついて、カップに残ったレモネードを吸いあげる。後には、ズズズ、となんとも間の抜けた音が響く。
霧崎は呆れをたぶんに含んだため息を吐き出し、なんでこう面倒くさいかなぁこいつ、と手元の午〇ティーに口をつけた。
ε-(´―`)
――結局。
不破と太一はお互いにアレ以降とくに言葉を交わすことはなく、ダラダラと時間だけが過ぎていく。
太一と不破の間に微妙な空気が漂っていることを敏感に感じ取った会田たちも接触を控える形になった。
マンションでもその通りで、二人は互いを避けるように生活し、それの様子を見た涼子が声を掛けても、「なんでもない」とこう答えるばかり。
しかし二人して同じ答えを返しているあたりに、涼子は「まぁなんとかなるでしょ」と、周囲とは違い以外にも気楽に構える姿勢をとった。
なるようにしかならないと諦めたのか、それとも涼子なりに二人のことを信用しているのか。
それは本人に訊いてみない事にはわかりようもない。
霧崎も二人の距離感がぎこちないものになっているのには気づきつつ、成り行きを見守ることにした。
太一はその後も、不破に宣言した通り、鳴無と連絡を取っては彼女との時間を共にする。
鳴無は会うたびにデートへの期待を滲ませる仕草を見せ、どんな場所を回ろうかと話を進めたり、日常の何気ない出来事に話題を膨らませて太一との会話を盛り上げる。
不破は鳴無が企てを持って太一に接していると口にした。
しかし実際のところはまだ誰にもわからない。或いは、本当に彼女が純粋に太一に好感を持ってせっしている可能性だってゼロではないのだ。
少なくとも、現状では……
まさしく、ふたを開けねばわからない、という状態だ。シュレディンガーの猫もこんな時くらいは仕事をボイコットすればいいものを……生真面目にその内をひた隠しにし、結末を頑として覗かせようとはしない。
融通が利かないあたりは、確かに猫そのものと言えるかもしれない。
――そして、不破との関係も微妙な状態が続く中、太一はついに、鳴無とのデート当日を明日に控えるところまで来ていた。
(=^・・^=)ニャー
次回、ほんとのほんとにデート回です!!
今回はマジです!!
甘くなるか苦くなるか!?
乞うご期待!!!
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