世知辛い世の中ほどほんのちょっと褒められただけで調子の乗る
「……ということがありまして」
「あはは……それはお疲れ様。しかし彼女も随分と思い切ったことしたねぇ」
不破と霧崎が喫茶店で駄弁っているちょうどその頃。
宇津木太一は校舎から出て少し歩いた場所にあるコンビニのフードコートで、鳴無と今日のことについて話していた。
――昼休み。不破のグループで食事を共にするという目標を掲げていた太一。
無事にその目的は達成され、グループ内で彼女たちと共にテーブルをくっつけてご飯を共にする。
これだけ聞けば女子一人に男子一人というなんともおいしいシチュエーションなのだが、生憎と太一の口に拡がったのは世界最強の香辛料キャロライン・リーパーもかくやといわんばかりの激烈な絡みである。辛い絡み……くっそつまらん。
ちなみにキャロライン・リーパーの『リーパー』は死神という意味らしい。
なるほど納得である。グループの女子たちはまさしく太一の精神を狩りにきた死神というわけだ。
誰か斬〇刀を持った死神を連れてきてくれ。彼女たちの相手をさせてやる。きっといい勝負ができるはず。無理か。
閑話休題。とまぁそんな中、当然の流れというべきか。緊張で腹の調子を盛大にブレイクした太一は、なんとかその場を抜け出してトレイへ走る羽目になった。
その際に偶然にも廊下で鳴無と再会。
『ねぇ、よかったら放課後、時間取れないかな?』
と、上目遣いで誘われて今に至るわけである。
鳴無は相変わらず女らしさを前面に押し出した清楚ギャルスタイルで太一の話に耳を傾ける。
基本的に聞き役。太一の愚痴に相槌を打ってはリアクションを返し、慰め同情し賛同し彼の心情に寄り添う。
手の中にはココアのパック飲料。カウンターテーブルの上にはプリンとシュークリームが乗っている。
鳴無曰く甘い物好きらしい。コンビニに来ると必ず何かしら買ってしまうと苦笑いを浮かべていた。
糖質過多。ここ最近ずっとダイエットに勤しんでいた太一からすれば随分と懐かしい光景だ。
しかしそれでこの体形を維持しているとは恐れ入る。或いは迷信気味に囁かれる食べても太らない体質というヤツの持ち主か、それともよほど見えないところで体形維持のために努力しているのか。
「宇津木君ってほんとに真面目だよね」
「そう、ですかね」
「そうだよ。普通自分が嫌な思いをしてまで他人と関わろうとか思えないし。でも『自分を変えるため』って思いで果敢に挑戦してるわけで、素直に尊敬するよ」
「あ、ありがとうございます」
ストレートな褒め言葉に太一は後ろ髪を掻く。照れくさくて顔が熱い。もしかするとこんなとき自信家な人間は「当然じゃん」などと軽く言えてしまうのだろうか。あるいはそうした自信に溢れている人間こそ好かれやすいのかもしれない。
しかし生憎とまだ太一にそこまで自己を肯定できるだけのモノはない。人生において勝った回数よりも負けた回数の方が何倍も多い。
いや、もしかするとそんな人間ばかりで世界はできているのではなかろうか。
だからこそ「勝つ」ということがあまりにも特別視されるのだろう。
だが太一にはそれがない。故に自己の肯定が難しい。だからこそ、他者からの肯定はこんなにもあっさりと心に響いてしまう。
「そういえばさ、昨日のゲーム、結構プレイしてみたんだ」
話題がシフトした。アプリゲーム、家庭用ゲームの話、行きつけのお店はあるのか、休日の過ごし方は、テレビは見るのか、映画は、動画サイトでよく見るチャンネルは、学校の成績は……
彼女はとにかく話題を提供しては太一に話させる。時折、太一の返答に「あ、ワタシも!」と共通点を見つけては話題を広げ、収束する前にまた別の話題へと。
……なんか、楽しいかも。
ふと思い出される数年前の記憶。小学校に通っていた時期は、まだ太一もそれなりに他者と関わることに積極的だった。
それいつの頃からか苦痛になり、一人でいることを選ぶようになっていった……それ自体は誰に気を使う必要もないため非常に楽な生活だった。
なにも嬉しいこともないが、なんの面倒事にも巻き込まれることもない。決して人と関わることが幸せの条件ではない。
しかし、それでも時折、自分の居所が宙に浮いているようで、さみしさを覚える時もある。
最近はかなり強引に他者と繋がる機会があった。不破という猛牛は誰の制止も聞くことなく真っ直ぐこちらに突進してくる。自分のしたいこと、言いたいことに蓋もせず、内側にある己を外に向けることに一切の躊躇いを持たない。
そんな彼女の姿に憧れはするものの、やはり四六時中一緒にいれば疲れてしまう。かつての孤独を懐かしむ日もちょいちょいあるくらいだ。
しかし、目の前の鳴無という少女は一緒にいても疲労感を覚えない。それは、彼女が太一のペースに合わせているためだ。
しかしそう感じさせないほど自然な仕草、口調、表情で、鳴無は太一を解きほぐす。
思わず、一緒にいたい、と思わせられる。
「でも、今日で不破さんから言われた『相手に10回以上絡む』っていうの……半分も達成できてないんだよなぁ」
「ていうか、絡むってそもそも基準とか曖昧じゃない? 話しかけるだけなのか、それとも……」
「え!? ちょっ!?」
不意に、鳴無は太一の腕をぎゅっと引きせて抱き寄せる。そんなことをすれば必然的に太一の腕が鳴無のアレなソレにしっかりとホールドされるわけでありシャツ一枚隔ててしっかりと体温まで伝わってしまうわけで……
「こんな感じで、相手に触るとこまでいっちゃうのか……とかね」
小悪魔的に確信犯な表情で見上げてくる鳴無。異様に加速する血流が太一の顔を赤くする。腕にはじんわりと汗が滲み鼓動も速度を上げる。
このままいけば確実に世界をスローモーションで視認することができるに違いない。走馬灯待ったなしか。
なるほど不破グループだけでなくここにも死神がいたわけだ。
しかしハニトラを仕掛けてくる死神とはけしからん。ちょっと事務所でお話しようか。
「あはっ……これだけで赤くなっちゃって……宇津木君って結構かわいいのかな?」
「か、かわっ!?」
「ふふふ……」
取り乱す太一を前に鳴無は蠱惑的に笑う。太一の動揺する姿を面白がっている様子だ。
太一はパクパクと口を開閉しガッチガチ。鳴無はひとしきり太一の羞恥に溢れる顔を堪能たのち、そっと彼の腕を解放する。
腕にいまだ彼女のぬくもりと感触が残っているようで太一の鼓動はしばらく静かになってはくれそうもない。
と、鳴無は「ごめん」と舌を出して謝ってくる。
「なんか宇津木君が他の女の子と随分と仲良くなってみたいな話を延々聞かされたから、ちょっとからかっちゃった……えへへ」
などと、先ほどとは打って変わって随分と子供っぽい仕草を見せる。
「うん……やっぱりワタシ……宇津木君相手だとちょっと調子に乗っちゃってるかも……」
彼女はそんなことを口にして、太一の心臓はどきんと跳ねさせる。
いまだ引かない頬の熱が頭の中まで翻弄し、太一は誘蛾灯に誘われる羽虫のように、彼女から視線を外すことができなくなる。
「ねぇ、連絡先、交換しよ?」
「え?」
「ダメ?」
「いえ、その……はい」
「いいの!? やった! ありがと!」
本当に嬉しそうに、彼女はスマホを取り出し、まるで子供が親におもちゃをねだるような表情でメッセージアプリの画面を表示させる。
自分と連絡先を交換できることをここまで喜ばれたことなどない。太一は思わず、交換した連絡先の表示を前に、頬が緩むのを止められなかった。
「これで、また一歩。ワタシとの親密度アップだね。宇津木君」
「そ、そうですね」
「ふふ……ねぇ……」
と、彼女は再び、太一に身を寄せ、こてんと少し首を傾けながら、
「この調子で、もっと一気に親密度、上げていかない?」
「え? あの、それは……」
どうやって……そう訊く前に、彼女は太一の脳に、更なる衝撃を加えてくる。
「今度の週末、よかったらワタシと――」
デート、しない?
彼女の言葉に、太一の頭は、一瞬、真っ白になった。
(゜。゜)ぽか~~ん
※告知※
少々体調を崩し、明日投稿予定の話を書き終えることができませんでした。
そのため、明後日ころに続きを投稿します。申し訳ありません。
ちょっとづつ近付いていく二人。
しかし問題は山積みです。
どうする主人公?
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