男一人に女子複数でハーレムとか思った奴、そんなわけあるか
『ガッコとかいつでもやめてやる、って言ったら、ママにめっちゃ怒られた』
その末に喧嘩して家出しきた次第。以上、不破満天家出の理由。
しょうもない!
いや待てまだ最終結論を出すには早すぎる。もう少し情報を引き出す必要があるだろう。
現在不破は入浴中。母親が仕事に出かけた隙を見計らってバックに荷物を詰め込みこうして宇津木家に逃げてきたようだ。
しかしまさか逃げ込んできた先が宇津木家とは。今日遊んでいた友人たちの家ではダメだったのだろうか。
曰く『ここならアタシの替えの下着とかもまだそのままだし』ということらしい。
バックの中身ももっぱらコスメやら着替えの服やらが詰め込まれている。
それに話を聞く限り、友人たちからは、『いきなり泊めてと言われても……』、『一泊ならなんとかなるけど、数日はちょい厳しいかなぁ』、『ごめんたぶんパパが許してくれないと思う』と断られたようだ。
確かにいきなりおしかけれてもすぐに「OK」と返事するのは難しい。
しかし話を聞く限り、不破はしばらく自宅に戻る気はなさそうである。
今回は母親と盛大に揉めたと言うし、まったくもって困ったもんである。こちらとら便利屋ド〇えもんじゃないっての。
不破が風呂に行ってる間、涼子は電話を掛けている。相手は燈子。さ
すがに親への連絡を入れないわけにはいかないと思ったのだろう。困り顔で受話器を相手に「ええ」、「はい」と相槌を打っている。
しかしこれはマズイ。いつまで不破が我が家に居座るつもりかは知らないが。現在進行形で太一はなにやら不破と因縁のあるらしい鳴無との関係構築を図ろうとしている真っ最中、というかスタートを切ったばかり。
そこに件の不破がよもやよもや、突撃となりの宇津木宅ばりの電撃訪問。誰かディレクターとプロデューサーを呼んで来い説教の末にしばき倒してやる。
胃が痛い、なんてもんじゃない。いっそ腹がねじ切れる。完全にこちらのメンタルを握りつぶしにきてやがる。
「ふぅ……太一。取り合えず満天ちゃんの気持ちが落ち着くまではウチに置いてあげることになったから」
「……了解」
これまたいつぞやのデジャヴュのようだ。あの時はやむにやまれぬ事情があったので仕方ない。かろうじて諦めもついた。足首が治るまでという明確な期限もあったためそこまで精神的負荷は(比較的)少なく済んだのだ。
しかし今回は親娘喧嘩ときたもんだ。いつまで居座るつもりかは、全ては不破の機嫌次第。
「ちょっと急だけど、あんたもフォローしてあげてね」
聞けば電話口の燈子からもなにやら声に疲弊が見て取れたという。本当にただ喧嘩しただけか、それともなにかもっと別に理由があるのか。
いずにしろ、今の不破は見た目以上に感情が高ぶっている恐れがある。
下手に突くとなにかの拍子に感情の起爆スイッチが入る恐れがある。いったいいつから彼女は地雷系に転向したというのか。
ジョブチェンするにしてももっと別の選択肢を選んでほしいもんである。
「予備の布団、買っておいて正解だったわね」
まさかこんな形で使うことになるとは思ってなかったけど、と涼子は苦笑しながら腰に手を当てる。脱衣所の方に一度振り返り、姉は押し入れへ布団を引っ張り出しに行く。
太一は姉に「なにか手伝う?」と問いかけるも、「別にいいから、満天ちゃんが上がってきたら相手してあげなさい」とリビングに残されてしまった。
……相手をしろって。僕にどうしろってんだよぉ。
不破との距離感をいまだつかみ切れていない太一。確かに彼女と友達になりたいと啖呵をきったことはまだ記憶に新しい。だからといって人間そう簡単に変われるもんじゃない。
不破と二人きりにされたところで、精々がゲームに誘ってプレイするくらい。それでも十分かもしれないが太一の中で打てる手段が現状でそれしかない、というのもどうなのだろうか。
せめて普通に会話で盛り上がるくらいできなくてはダメなのではないか。
しかし今の太一にはなかなか無謀なチャレンジだ。現状、太一は声を詰まらせる癖を堪えるのでもギリギリといった有様。
とてもじゃないが場を盛り上げたりするようなスキルはない。
ましてや今は秘密も抱えている。うっかりポロリ、なんて誰得にもならない展開は御免である。
……でも。
某巨大人型決戦兵器のパイロットじゃないが、いつまでも逃げているわけもいかないのも事実。
それにこれはある種の好機とも捉えられる。
彼女とより深く接していくことで、対人スキルを鍛えることができるのではないか。あの不破満天と『普通』に接することができれば、他の人間へもスムーズに関係を広げていける。
少なくとも、彼女ほど気難しい人間はそういない。
虎穴に入らずんばなんとやら。むしろ虎の方からこちらに突進してきているようなもんだが気にしてはいけない。
死中にこそ活を求めよ、である。
「よし……」
太一は気持ち居住まいを正す。6月に不破とサウナを訪れた時……『もうちょっと姿勢くらい上げてろって』。
何かに挑むとき、あの言葉をよく思い出す。
太一は脱衣所に視線を向ける。すると、狙いすましたかのように戸が開かれた。
「ふぅ……」
金の髪にタオルを当てて、薄着の不破が入ってくる。
「っ……」
太一は思わず目を見張る。
ほんの数か月前までぽっちゃりとした体形だった不破。しかし5月に起きた西住とのカップル解消事件を切っ掛けに始まったダイエット。
太一や涼子、果ては霧崎も(部分的に)巻き込んでついに元の体形を取り戻すに至った。
モデル業の経験があると言っていただけある。服の上からでもわかるほどに見事なプロポーションだ。
Tシャツにショートパンツと随分とラフな格好ゆえに余計身体のラインが浮き彫りになる。
不破が足首を捻った時も同じような格好を目にしたことはあったが。
あの時は怪我をした彼女の足下に意識が向いていたこともあって、今更ながらに全体像を把握したというわけだ。
「ちょい。ジロジロ見すぎじゃね。視線がキモい」
「ご、ごめん」
さすがに見すぎた。太一は慌てて視線を逸らす。
「ねぇ、なんか飲みもんない?」
「あ、ちょっと待ってて」
太一は冷蔵庫に走る。自然と不破にパシられる習慣が身についた悲しき心身。
完全に調教されてしまっている。くっころ展開もスキップして完堕ち一歩手前である。
「すみません。今は水しか入ってなかったです」
「ふ~ん。まぁそれでいいや。サンキュー」
太一の手からペットボトルを受け取りグイっとあおる。
「ぷはぁ……冷たくておいしい~」
「あまり冷たいもの一気にお腹に入れると体に悪いですよ」
「分かってるよ。いちいち小言いってくんなっての。おかんかお前は」
太一の忠告もどこ吹く風。不破は残りの水も一気に喉へと流し込んでしまった。
太一は「はぁ」とため息をつきつつ、これが彼女なんだよなぁ、とどこか諦めの心境だ。人の言うことなどほぼ無視。自由奔放で傍若無人。
しかしどこか引き寄せられる魅力を持った彼女。正直に言って質が悪い。なぜ自分は彼女と友達関係の継続を望んでしまったのか。
などと思いつつ、意外と後悔がほとんどないのだから不思議なもんだ。
不破はリビングのソファに腰掛ける。勝手知ったるなんとやら。テレビをつけてチャンネルを行ったり来たり。まるで自宅にいるかのような気安さだ。
しかし面白い番組がなかったのか、今度はスマホをいじり始める。
太一は彼女の隣に腰掛け、彼女が回したままのチャンネルにしばらく意識を向けた。
……多分、話をするなら今だよな。
「あの、不破さん」
「ん~?」
返ってきたのは生返事。メンタルに響くジャブの一撃。しかしここでくじけてはいけない。俺は長男だからの精神でなんとか乗り切る。
ちょっとくらい素っ気ない態度を取られたからなんだというのだ。
「え、と……その……」
めちゃくちゃダメージ喰らってます。そりゃ元々弱メンタルしか持ち合わせていないのだから当然だ。太一は視線を泳がせてもごもごと口の中で声を出す。
しかし当然相手に伝わるはずもなく。
「いやマジで何?」
「あ、と……」
「……」
しどろもどろの太一。不破はさも面倒くさそうな態度を見せつつ、彼の額に指を持ってきて、
――バチン!
「いった!」
例のデコピンを喰らわせる。
「うつぎ~、アウト~」
額を抑えて悶える太一に不破の棒読みが炸裂した。
「で? さっきからマジなんなんだっての。言いたいことあんならハッキリ言えってアタシ前に言ったよな?」
「はい……すみません」
実際のところ、本当に言いたいことを口にすると不破から折檻されることがほとんどなのだが。
「別に謝れとかアタシ言ってないから。つか用がないならに話しかけてくんなっての」
「いえ……用は、あります……」
「あ、そ。だったらさっさと言えって。そうやってオドオドされっとイラっとしてくんだよ」
「はい……気を付けます」
不破の言葉は厳しいが、相手の時間を使わせてもらっている中でハッキリしない態度を取られれば誰だっていい気分ではない。
おそらく不破のようにハッキリと感情を表に出して言葉にしてくる人間は少ないだろうが。
そう考えると不破のこうした歯に衣着せぬ物言いも見方によっては優しさ、ということかのか。
いや、そんなわけはない。これは太一の感性がバグってきているだけの話である。
不破に対してどうやら太一は妙に前向きなバイアスが掛かっているように思えてならない。
「その……今日のお昼、すみませんでした。せっかく誘ってもらったのに」
「は? ああアレ? 別に気にしなくてもいいんじゃん? え? なにそんなこと気にしてたわけ?」
「いえ、そこは違くて……ああでも完全に違うってわけでもなくて……」
言いたいことがうまく脳内で整理されてくれない。不破の方も太一の要領を得ない話し方に、今にも眉間に皺が寄りそうだ。というより既に若干寄っている。
「えと……実は別に、無理して学食で食べる必要もなくて……本当は、不破さんに誘ってもらえて……嬉しかったんですけど」
ただ……と太一はつなげ、少しうつむきがちに口を開く。
「あの時……僕は逃げちゃったんです……不破さんの友達が、怖くて……」
「は? いや怖いってなに? あいつら別に宇津木になにもしてなくね?」
「まぁ、そうなんですけど……」
そういうことではない。確かに何もされていないのに相手を怖がる、というのは不破には理解のできない感情なのかもしれない。
しかしそれは不破が『判らないなら判るまで触ってみる』という行動派の人間であるからだ。
太一のように、石橋を形成する石材を一個一個叩いて確認しすぎる人間からすれば、自分と関わりのない相手はそれだけで恐怖の対象なのである。
まぁいっそ橋を叩くことが目的になってしまった人間、と言ってもいいのかもしれないが……
「僕、本当に憶病で……僕が話しかけにいっても、相手にされなだろうな、とか。嫌な気持ちにさせるんじゃないかな、とか……色々考えすぎちゃって……それで結局は、なにもできなくなちゃって」
不破に心の内を吐露する太一。対して不破は、そんな彼を目を細めてまるで観察すような視線を向ける。
「でも僕……やっぱりこのままじゃダメじゃないかな、って思って」
情けない自分を晒しつつ、言葉にところどころ詰まりつつ、太一は少しでも自分の考えを口にする。
「不破さんはクラスの中心にいて、本当にすごいなって、いつも感じてて……」
「ふ~ん。それで……?」
「だ、だから……そんな不破さんが、僕なんかでも友達って言ってくれて……その、少しでも一緒にいて、恥ずかしくない人間になりたいな、って思ったんです」
不破の視線に耐えながら、太一は最後に、
「ですから、その……今度ごはんとかに誘ってもらえた時は……ちゃんと、一緒に食べられるようになりたいな、と。そんな感じです」
「……」
不破はなにも答えない。太一はおそるおそる顔を上げる。だいぶ言葉も怪しく、何が言いたいのかも要約できてなかった。
もしかしたら、不破を怒らせてしまったのではないか。
戦々恐々。太一は不破と目が合った。
が、視界に映り込んできたのは、彼女の不機嫌な顔、ではなく……むしろ、妙にニヤついた気味の悪い笑みが張り付かせた姿だった。
……あ、なんかこれ嫌な予感。
冷や汗が首筋を伝う中、不破は太一の前でゆっくりと手を持ち上げ、
「10回」
「へ?」
「あんたがさっきまでにどもったりつっかえたりした回数」
「そ、それって……」
不破は両手を開いて太一につきつける。太一は思わず額を手を隠す。しかし不破は腕を下ろした。
しかしニヤついた顔はそのままに。
「デ、デコピン、ですか……?」
「う~ん……まぁそれもいいけどよ~……」
どこか含むような言い方。
しかし彼女は「でも」と口にしながら、太一に顔を寄せてくる。
切れ長の瞳が太一の眼球を捉える。整った不破の顔が間近に迫って太一は思わずのけぞった。
「宇津木、アタシと一緒にいて恥ずかしくない奴になりたいって~?」
「は、はい……」
「そっかそっか。OK。そういうことなら、協力してやらねぇとなぁ?」
「……え?」
これはまた……太一はなにやら別の地雷を踏み抜いてしまったような気がしてならなかった。
: (((;"°;ω°;)):ガクガクガク
――そして、その翌日。
「「「…………」」」
「…………」
朝、クラスのホームルーム前。太一は不破のグループに属する3人の女子と、机を合わせてまるで面談のような恰好で向かい合っていた。
しかし誰も口を開かず、太一は全身からどっと噴き出してくる冷や汗で全身を濡らしていた。思わず隣に座る不破に視線を向ける。しかし彼女は、
「(ニヤニヤ)」
先日に引き続き、非常にいやらしい笑みを湛えて腕を組んでいた。
……な、なんでこんなことになるんだよぉ。
3人の女子からの警戒するような視線の集中砲火を浴びて、太一は今にも吐きそうになっていた。
(꒪ཀ꒪)
次回、サブキャラが増える…かも?
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