どんな顔をすればいいって、笑って誤魔化すんだよ
風呂上がり。自室へ戻った太一はスマホ片手に『れんあい』とスワイプ。
しかし漢字変換も検索機のお世話になることもなく、
……なんか気持ち悪い。
己の行動に妙な羞恥を覚えてネットを閉じる。今日はいつものフィットネスゲームもかなり適当に済ませてしまった。本当なら今日でステージクリアまで行くはずだったが、それは明日に持ち越しだ。
しかしこの状態で果たして今日の二の舞を踏まずにいられるか。
なんのけなしにスマホをいじる。特に目的があるわけでもなく、無為にアプリの一覧を開いたり、ネットの占いコーナーを覗いたり……そんな時、視界にひとつのアイコンが入り込む。
「あ」
それは今日、昼休みに件の少女との会話でほんの少しだけ話題になったアプリゲームだった。
不破とのダイエットが始まってからほぼログボ勢となって久しい。少し前はガッツリとプレイしていたものだが、今となってはそこまで関心もなくなっている。
が、そのプレイ意欲とはまた別に、太一は思わずアイコンをタップしゲームを起動させた。何かを期待する気持ちか、或いは夢から覚めるための儀式的な意味合いか。
が、しばらくぶりのゲームは大型アップデートのためかダウンロードからインストールまでに20分以上も時間を要した。画面下に表示されるゲージ状のバー。1ギガバイト近いダウンロード。普段は特になにも思うところなどないのだが、今日はこの時間がひどくもどかしかった。
ようやくアップデートが終了しタイトル画面からゲームにログイン。ゲーム的にはなかなかおいしいログイン報酬が数多く用意される中、それらの受け取りさえも惜しむように太一はメニュー画面をタップした。
すると――
「っ――」
『フレンド』の項目に『!』の表示が確認できた。太一のアカウントにフレンドの申し込みか、既存フレンドからのメッセージが届いているかのいずれかを示すマーク標記。
ゲーム内でもそのコミュ障をいかんなく発揮する太一にとっては新規フレンド登録の申し出である確率が高い。
……まさかね。
などと思いつつ、太一は画面をタップ。すると案の定というべきか『フレンド承認』の項目に『!』がついていた。
開いてみると、一人のプレイヤーがフレンドを申し込んでいた。そこに記載されていたプレイやネームを確認し、太一は思わず目を開く。
――『オトナシ』
これははたして偶然か。今日あったばかりの女性と同じ苗字の読み方のプレイヤーが太一にフレンド申請をしてきたと? いやさすがに無理がある。ネット上で自分の名前をもじったり、名字だけは素のままというプレイヤーは普通にいる。
ネットリテラシー的に、個人を特定される可能性のある情報を公の場に公開する事が、果たしてどこまで正しいかは別として。
そんなことより今はこのフレンド承認をどうすべきか。
プレイヤーレベルは『5』。チュートリアルを終えたプレイヤーは必ずこのレベルにまで到達する仕様になっている。つまりまだ開始してから本当に間もなく、このプレイヤーは太一にフレンド登録を申し込んできているわけだ。
対して太一のプレイヤーレベルは200を超えている。普通であれば新規勢を援助する意思でもなければ承認はお断りさせてもらうところだが……
太一はわずかな逡巡を経て――『承認』ボタンをタップした。
相手は現在、ログイン中と表示がある……要するに、太一が承認の意思を示したことは相手にもう伝わっているというわけだ。
……どうしよう。
顔の見えない相手ならフレンドチャットで『よろしく』と気軽にメッセージを送ることもできるのだが。
この相手が果たして自分の知る『彼女』であった場合、どう書き込みをすればいいかまとまらない。
ゲーム側が用意してくれたチャット用のスタンプを使う手もあるが、なにか軽い気がしてそれも躊躇する。
しばらく画面とにらめっこを繰り広げていると、
『こんばんは』
「っ!?」
相手の方から先にメッセージが送られてきた。思わずスマホを取り落としそうになる。さすがに動揺しすぎと思われるかもしれないが、今日の出来事のインパクトが強すぎた。太一はいらぬ警戒心を抱いてしまう。
姉に内緒でこっそりと多額の課金をしてしまった時以上の緊張感。ガチャで高レアリティキャラが出るか出ないかなど目じゃないほどに手が汗ばんでいる。
遊ぶするためにあるアプリゲームでなぜこんな意味不明なドキドキを味わわねばならんのか。ゲームの仕様以上に彼の現状がバグってる。
が、このプレイヤーがまだ例の彼女である保証はない。名前だけ一緒の赤の他人という可能性も……
『今日は突然ごめんね』
『昼休みに教えてもらったゲーム』
『さっそくインストールしちゃった』
どう考えてもご本人で間違いなかった。
……い、いや。まだ僕を他の誰かと勘違いしてる可能性も。
『放課後はいきなり迫っちゃってごめん』
『ちょっと雰囲気にながされちゃってたかも』
『さすがに会ってすぐキスはナシだったよね』
「ん”ん”~~~~っ!!」
最後の抵抗とばかりに敢行した現実逃避も見事に封殺。太一は再び鮮明に鳴無との急接近を思い出してベッドの枕をひっつかみ顔に押し当てた。
部屋の中にぐぐもった悲鳴(?)が上がる。なんなら足をばたつかせた末に部屋の中をゴロゴロと転がる勢いである。
凶悪なまでの羞恥心が太一に襲い掛かる。顔面が赤熱して今にも火を噴くのではないか。それほどまでに熱い。風呂上がりにしてもこれは異常。もしや風邪でも引いたのかと体温計を探しにいこうとすら考える。
……って、そうじゃないだろう僕!
メッセージが送られてきたという事はすなわち相手に返事をせねばならないということ。いつまでも童貞ムーブかまして疑似的な既読スルーを決め込んでいる場合じゃないのである。
しかし、
「な、なんて返せば……」
恋愛以前に童貞こじらせたボッチ主人公にいきなりあのキスについてどう対応しろというのだ。
難易度があまりにも高すぎる。さながらゲームに触れたことすらない初心者にいきなりソウルライクをプレイさせるようなものだ。
いやあっちは何度失敗しても許される分まだ優しい可能性すらある。
現実の相手がいる中、対応いかんによっては彼女の好感度が一気に下降しマイナスに突入することにもなりかねない。
しかも人間の評価とは加点されることはほぼほぼなく、基本的に減点されていくのが一般的。
つまるところ、如何にして持ち点を維持し続けられるかが重要というわけである。
だが困ったことになんの攻略情報もない中、ナイーブすぎる男女の話題をどう切り抜けろと言うのだ。
ましてやキス……
気にしてないと余裕をみせるべきか。いや相手に関心がないと思わせてしまうかもしれない。
ならば逆に肯定的に『ううん、別に悪い気はしなかったよ』などと送ってみるか。とはいえこれだとこちらも相手に対して好意があることを示すことになる。
まだ太一の中で彼女はそこまでの存在じゃない。
いっそのこと『迷惑なので今後はやめてください』とつっぱねる……できるわけがな~い!
もう本当にどこまでいっても答えが出ない。
右に行っては左へ、左に行っては斜め後方へ。もはや青山の樹海も真っ青なレベルの大迷走。
脳内羅針盤は機能を放棄して好き放題に針を大回転。どこに舵をとればいいのかわからない。いっそ太一の目もグルグルと回り始める。
「そ、そうだ。まずは謝らないとっ」
手探りで進路を探す中、太一はまず、相手から逃げてしまったことを謝罪すべきだったと思い至った。
どう謝ろうかと少し迷いつつ、
『僕こそすみません』
『急に逃げ出して』
ストレートに、いっそ無難にメッセージを送る。
果たして、
『ううん。気にしないで』
『お互いに会ったばかりだもん』
『仕方ないよ』
理解を示す返事が送られてきた。思わず太一はほっと胸をなでおろす。
が、その安堵も束の間。彼女からのメッセージはまだ続きがあった。
『それで、よければなんだけど』
『まずはお互いに友達から』
『関係を始めていく、ってのはどうかな』
「え?」
思わぬおかわりに太一は画面を注視した。
つまりまだ、彼女はこちらとの関係を継続させたいという意思があるということ。
しかも関係性のスタート地点として『友達から』と明記してきたということは……彼女的には『その先』に至ることを考慮した上での提案ということであり……
「~~っ」
太一の頬がまたしても熱くなる。
いったいなぜそこまで彼女は太一にこだわりをみせるのか。『一目惚れ』などと言ってはいたが、これが一過性のものでいない保証もない。
だがしかし、ならば彼女の言うように『友達』から関係をスタートさせれば、或いは互いに対する『正しい』認識をしっかりと把握できるようになるのではないか。
それが果たして『恋』などという未知の領域へと至る代物であるのか否か。
『分かりました』
ここにきてようやく太一も観念した。そもそも同じ学校、同じ学年ということはどこかで鉢合わせる可能性はそれなりにあるわけで、その度に逃げるわけにもいかない。
ならばここは腹をくくりるよりほかにないだろう。
不破と過ごし、多少は太一にも度胸がついたということなのかもしれない。
『ありがとう! 嬉しい!』
『あ、でもひとつだけ』
腹を決めた太一に、鳴無が喜びを表現すると同時に、あるメッセージを書き込む。
『この関係、Fちゃんには内緒ってことにしよ』
「え?」
比較的プライベートな会話ができるフレンドチャット。
しかしやはり個人の名前を書き込むことはさすがに躊躇われる。鳴無もそれは分かっているのだろう。名前をぼかして書き込んだ。
しかし二人に共通して『H』とつく人物な一人だけである。
『どうしてですか?』
『あの子とはちょっと色々あったからね』
さすがに顔を合わせづらい、と追加で書き込まれた。そういえば彼女となにかいざこざがあったと聞いていたことを思い出す。
『そういうわけだから』
『誰も嫌な思いをしないよう』
『ワタシたちの関係は秘密』
『って、ことでお願いね』
太一が何か書き込むより早く、鳴無との関係は不和に秘匿とすることが決定してしまった。
この強引さはどこか不破に似たものを感じる。もしかすると、案外この二人は似た者同士、ということもあるのかもしれない。
『それじゃ』
『今日はありがと』
『また明日ね』
『あ、さっそくキャラ借りていくね』
『これからよろしく』
それきり、メッセージは途切れた。最後の一言、いったいゲームと現実、どちらに対する『よろしく』だったのだか。
しかし思わぬ形で友人が増えた。しかも女子。不破、霧崎に続く第三のギャルである。
5月から今日まで、太一の人間関係は確実に広がりを見せている。不破との接触を皮切りに、太一の生活は大きく変化してきた。
そしてまた、彼の生活に一石を投じる存在が現れた。
先ほどまでメッセージのやりとりをしていたスマホの画面を見下ろす。そこにはしっかりと、他者との繋がりを示す痕跡が残っていた。
……友達から、か。
いったいこれからどうなってしまうというのか。正直にいって考えなどまるでまとまらない。彼女の気持ちがもし本物だったとしたら、自分たちは『そういう関係』になるのだろうか。
……想像もできないなぁ。
たらればの話だ。先のことなどその時にならなければ判らない。期待しすぎても裏切られるし、悪い想像をしていてもそこまでひどいことにならないなどザラだ。結局、先をよくしたいなら『今』で努力する他ないわけである。
もっとも、色事が必ずしも人を幸せにしてくれる保障もないわけだが。
それにしても、よりにもよって不破を相手に秘密にしなくてはならないことができるとは。今日のお昼に教室から逃げ出してしまったことを反省し……
明日もし、今日のように不破からグループでの食事に誘われた際は参加してみる、と意気込んでいたというのに。
これでは後ろめたさも手伝って余計に緊張感が増してしまうというもの。
そして、往々にして秘密というのは、抱えた瞬間に面倒事を誘ってくるわけで……
――ピンポーン
スマホ片手に思考に耽っていた太一の耳に、来客を報せるインターホンが鳴った。時刻はそろそろ夜の9時。
『は~い……あら、満天ちゃん?』
「えっ!?」
噂をすれば影が挿す。先ほどまでチャットで話題にしていた人物……不破満天が突然の宇津木家来訪。
太一は部屋の扉を開けて玄関に走った。
「よっ」
手を上げて軽く挨拶してくる不破。
「不破さん!? 今日は友達と遊びに行ったんじゃ?」
「いやもう解散したし」
「え? なら、なんでウチに?」
「そうね……ちょっと時間も遅いし。満天ちゃん、なにかあった?」
姉弟で不和に問い掛ける。彼女は肩に少し大きめのバッグを担いでいる。それは、まるで旅行先に荷物を持っていくかのようなサイズの代物で……
「あぁ~……え~と……」
不破にしては珍しく、何か言い澱むようなハッキリしない態度。
涼子と太一は互いに目を合わせ、再び不破に視線を戻す。すると、彼女はおもむろに後頭部を掻き、どこかバツが悪そうに、
「なんていうか。ママとちょっと喧嘩して……その……家出してきた、っていうか」
「えっ!?」
不破の発言に太一は驚愕。涼子も困惑の表情を浮かべていた。
「てなわけで。しばらくここに泊めてほしんだけど」
「えぇ……う~ん……まぁ私は構わないけど……」
「おっ! マジで!? りょうこんマジサンキュー! 宇津木、わりぃけどまたしばらくヨロシク」
「……」
なんと、まさかの不破のお泊りパートⅡであった。涼子もさすがにこの時間に女性をひとり外に放り出せないと判断したのか、不破の宿泊を渋々と言った様子で了承。
しかし、不破に秘密にしなくてはならないことができた途端にこれとは。
太一は頬をひくつかせる。その形は歪に笑みの形を作っており、まるで誰かに仕組まれているのではないかと、いもしない第三者の存在を呪った。
「あ、あはは……」
人間、どんな顔をすればいいかわからなくなった時、『笑えばいいと思うよ』などと誰に言われなくとも、ただ場を誤魔化すように、笑うことしかないできないものなのである。
( ̄▽ ̄;)ァㇵㇵ…
安心してください!
当然今回も不破はガッツリと関わってきます!!
まさかのお泊り!? 第三のギャルとの関係は!?
次回もお楽しみに!!!
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